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第2章 前世 シャルル視点
番外編 ミンス伯爵の末路
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ある日のこと。ミンス伯爵は自身が趣味と実益を兼ねて経営している奴隷商に赴いた。
奴隷である商品の入出庫を確認し、見目のいい奴隷がいれば、売る前に少し遊ぶ。気に入れば、自分が買い上げることもある。妻と自分の秘めたる楽しみだ。
しかし、あの金髪の王子は惜しいことをしたものだ。
あれは売らずに自分たち夫婦の玩具にするつもりだった。きっと、素晴らしい遊びができただろうに。あれほどの上玉は生きている間に二度と手に入るとは思えなかった。
思い出すと名残惜しくて、ミンス伯爵は顔をしかめた。
アレクサンダー皇太子があんなに早く帰って来られるとは思わなかった。
でもまあ、考えようによっては運が良かったともいえる。
皇太子があれほど気に入っている王子を玩具にして遊んでしまったら、後でどれほどの報復を受けたことか。あの皇太子は尋常じゃなく恐ろしいからな。
ミンス伯爵はぶるっと身体を震わせた。
「伯爵。女がひとり入荷したようです。ご検分を」
使用人にいわれて、裏口に通じる部屋に足を運んだ。
大きな布でぐるぐる巻きにされた芋虫のような人間が、荷車の上でうごめいていた。
「30代貴族女性です。移動中に馬車を襲われ、売られました。子供もいたようですが、別の男が連れ去ったようです。この女性はどうされますか?」
「30代か。子供の方が良かったのにな。まあ、貴族なら売れるだろう。今日の密輸船はまだ間に合うか?」
「今日の夕方出航予定です。今ならぎりぎり間に合うかと」
ミンス伯爵は人の悪い笑みを浮かべた。
「では、運べ。貴族なら足がつかないよう、できるだけ速やかに密輸船に乗せろ。いつものように外国に売り払う。30代でも貴族だ。高く売れるぞ」
「承知しました」
ミンス伯爵は大満足で奴隷商を後にした。
夕方になり、ミンス伯爵は館に戻った。いつもなら愛する妻子が出迎えてくれるのに、今日は現れない。
「メリーベルとナタリーはどうした? いつも出迎えてくれるのに」
「それが、買い物に出かけられて、まだお帰りにならないのです」
執事が困ったように首を傾げた。
「なに? 遅すぎないか?」
「買い物に夢中になって、遅れることはままあります」
「そうか。そうだな。心配するのはまだ早いな」
だが、夕食の時間になっても二人は帰ってこなかった。
(事故に巻き込まれていなければよいが)
ミンス伯爵の頭に、午前中売り飛ばした貴族女性のことが思い浮かんだ。
(30代貴族女性! まさか! あれではないだろうな? 一緒に子供がいたといっていた。その子を別の男が連れ去ったとも)
密輸船はもうとっくに出航している時間だ。海の上となると、追いかけようもない。
それに、娘はどこへ連れ去られたのだろう?
ミンス伯爵は卒倒した。
◇◇◇
「なに? ミンス伯爵は中身を確認せず、妻を売ったのか!」
執務室で部下の報告を聞いていたレオナルドは思わず叫んだ。
それは予想もしていない展開だった。
調査してみると、ミンス伯爵夫妻は、売る前に奴隷を玩具にして、卑猥な遊びにふけっていることが判明した。大方、シャルルを引き取った後も、そのようにして遊ぶつもりだったのだろう。
レオナルドは、ミンス伯爵だけでなく、妻の方も鉄槌が必要だと考えた。
「はい。どうやらそのようです」
部下は頷いて、状況を説明した。
ミンス伯爵の妻子は、店から出てきたところを、拉致した。妻は布で巻いてミンス伯爵経営の奴隷商に売りに行った。子供に罪はないので、娘は家に返してやるつもりだった。
ところが、娘からまさかの帰宅拒否にあったのだ。
娘は、両親が怖いので家に帰りたくないという。毎日、両親の部屋から悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえるというのだ。あの両親は化け物だ、いつか私も殺される、助けて欲しい、と娘はレオナルドの部下の腕を握りしめて離さなかったという。
一方、妻の方は、拉致した後、誘拐された貴族女性と説明してミンス伯爵の奴隷商に持ち込んだ。てっきり、ミンス伯爵は中を確認し、自分の妻だということに気づくと思っていた。まさか、中を見ずにそのまま密輸船に乗せ売り払うとは思わなかった。
レオナルドは、少しだけ、ミンス伯爵夫妻を驚かすつもりだった。自分の妻や自分が奴隷として売買をされるとどんな気分になるか。夫妻に思い知らせてやるつもりだったのだ。
それなのに、話は大きく変わった。
帝国で貴族を奴隷として売買するには、国王の許可がいる。だが、許可されることはめったにない。
奴隷として売買していいのは、平民のみで、それも借金の形として本人が望んだ場合のみである。誘拐された者を売買するなど許されない。
貴族で、しかも誘拐された者を売買するとは、二重に違法である。
娘の告発もあり、ミンス伯爵邸は捜査された。すると、行方不明になっていた娘たちが数人地下室で見つかった。伯爵を尋問すると、過去に何人か貴族子女を外国に売り払ったことを白状した。
自国の貴族子女が他国で奴隷になっているという事実に、皇帝は激怒した。皇帝の命令で、密輸船の足取りを追い、周辺諸国をくまなく捜索された。
すでに売り飛ばされた貴族子女は、他国で保護され一人を除いて全員無事に帰国を果たした。
ミンス伯爵は極刑に処せられた。伯爵夫人は見つからないままだった。そして、娘は愛情深い親戚に引き取られたという。
奴隷である商品の入出庫を確認し、見目のいい奴隷がいれば、売る前に少し遊ぶ。気に入れば、自分が買い上げることもある。妻と自分の秘めたる楽しみだ。
しかし、あの金髪の王子は惜しいことをしたものだ。
あれは売らずに自分たち夫婦の玩具にするつもりだった。きっと、素晴らしい遊びができただろうに。あれほどの上玉は生きている間に二度と手に入るとは思えなかった。
思い出すと名残惜しくて、ミンス伯爵は顔をしかめた。
アレクサンダー皇太子があんなに早く帰って来られるとは思わなかった。
でもまあ、考えようによっては運が良かったともいえる。
皇太子があれほど気に入っている王子を玩具にして遊んでしまったら、後でどれほどの報復を受けたことか。あの皇太子は尋常じゃなく恐ろしいからな。
ミンス伯爵はぶるっと身体を震わせた。
「伯爵。女がひとり入荷したようです。ご検分を」
使用人にいわれて、裏口に通じる部屋に足を運んだ。
大きな布でぐるぐる巻きにされた芋虫のような人間が、荷車の上でうごめいていた。
「30代貴族女性です。移動中に馬車を襲われ、売られました。子供もいたようですが、別の男が連れ去ったようです。この女性はどうされますか?」
「30代か。子供の方が良かったのにな。まあ、貴族なら売れるだろう。今日の密輸船はまだ間に合うか?」
「今日の夕方出航予定です。今ならぎりぎり間に合うかと」
ミンス伯爵は人の悪い笑みを浮かべた。
「では、運べ。貴族なら足がつかないよう、できるだけ速やかに密輸船に乗せろ。いつものように外国に売り払う。30代でも貴族だ。高く売れるぞ」
「承知しました」
ミンス伯爵は大満足で奴隷商を後にした。
夕方になり、ミンス伯爵は館に戻った。いつもなら愛する妻子が出迎えてくれるのに、今日は現れない。
「メリーベルとナタリーはどうした? いつも出迎えてくれるのに」
「それが、買い物に出かけられて、まだお帰りにならないのです」
執事が困ったように首を傾げた。
「なに? 遅すぎないか?」
「買い物に夢中になって、遅れることはままあります」
「そうか。そうだな。心配するのはまだ早いな」
だが、夕食の時間になっても二人は帰ってこなかった。
(事故に巻き込まれていなければよいが)
ミンス伯爵の頭に、午前中売り飛ばした貴族女性のことが思い浮かんだ。
(30代貴族女性! まさか! あれではないだろうな? 一緒に子供がいたといっていた。その子を別の男が連れ去ったとも)
密輸船はもうとっくに出航している時間だ。海の上となると、追いかけようもない。
それに、娘はどこへ連れ去られたのだろう?
ミンス伯爵は卒倒した。
◇◇◇
「なに? ミンス伯爵は中身を確認せず、妻を売ったのか!」
執務室で部下の報告を聞いていたレオナルドは思わず叫んだ。
それは予想もしていない展開だった。
調査してみると、ミンス伯爵夫妻は、売る前に奴隷を玩具にして、卑猥な遊びにふけっていることが判明した。大方、シャルルを引き取った後も、そのようにして遊ぶつもりだったのだろう。
レオナルドは、ミンス伯爵だけでなく、妻の方も鉄槌が必要だと考えた。
「はい。どうやらそのようです」
部下は頷いて、状況を説明した。
ミンス伯爵の妻子は、店から出てきたところを、拉致した。妻は布で巻いてミンス伯爵経営の奴隷商に売りに行った。子供に罪はないので、娘は家に返してやるつもりだった。
ところが、娘からまさかの帰宅拒否にあったのだ。
娘は、両親が怖いので家に帰りたくないという。毎日、両親の部屋から悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえるというのだ。あの両親は化け物だ、いつか私も殺される、助けて欲しい、と娘はレオナルドの部下の腕を握りしめて離さなかったという。
一方、妻の方は、拉致した後、誘拐された貴族女性と説明してミンス伯爵の奴隷商に持ち込んだ。てっきり、ミンス伯爵は中を確認し、自分の妻だということに気づくと思っていた。まさか、中を見ずにそのまま密輸船に乗せ売り払うとは思わなかった。
レオナルドは、少しだけ、ミンス伯爵夫妻を驚かすつもりだった。自分の妻や自分が奴隷として売買をされるとどんな気分になるか。夫妻に思い知らせてやるつもりだったのだ。
それなのに、話は大きく変わった。
帝国で貴族を奴隷として売買するには、国王の許可がいる。だが、許可されることはめったにない。
奴隷として売買していいのは、平民のみで、それも借金の形として本人が望んだ場合のみである。誘拐された者を売買するなど許されない。
貴族で、しかも誘拐された者を売買するとは、二重に違法である。
娘の告発もあり、ミンス伯爵邸は捜査された。すると、行方不明になっていた娘たちが数人地下室で見つかった。伯爵を尋問すると、過去に何人か貴族子女を外国に売り払ったことを白状した。
自国の貴族子女が他国で奴隷になっているという事実に、皇帝は激怒した。皇帝の命令で、密輸船の足取りを追い、周辺諸国をくまなく捜索された。
すでに売り飛ばされた貴族子女は、他国で保護され一人を除いて全員無事に帰国を果たした。
ミンス伯爵は極刑に処せられた。伯爵夫人は見つからないままだった。そして、娘は愛情深い親戚に引き取られたという。
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