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第1章 今世 アレクサンダー視点
8 王太子の捕縛
しおりを挟む「俺はここにいる。何か不都合があったのか?」
馬から飛び降り、今にも城の中に駆け込もうとしている騎士の背後から、アレクサンダーは声をかけた。
「主! 王太子殿下が捕縛されました」
悲鳴ともいえる騎士の声に、アレクサンダーは息をのんだ。
「詳しく話せ」
「はっ」
騎士はよほど急いで帰ってきたのだろう。乱れた髪のまま、アレクサンダーの前で直立した。
「我々は予定通り、森の入り口まで王太子殿下を護衛いたしました。すでに辺境伯家の騎士たちが殿下をお待ちしていましたので、護衛任務を引き継ぎ我々は帰路についたのです。
途中、日が落ちきる前に、皆で野営の準備をしていました。そこへ先ほど別れたはずの辺境伯家の騎士が追いかけてきました」
騎士はいったん言葉を止め、呼吸を整えた。
「騎士のいうことには、途中で王家の騎兵隊に取り囲まれたそうです。
王太子殿下を国家反逆罪で捕縛する、身柄を引き渡せ、といわれました」
「国家反逆罪だと?」
アレクサンダーは呻いた。
「異議を唱えたところ、国王陛下の発行した正式な命令書を提示されたため、拒むことができなかったとのことです」
「国家反逆罪に問う根拠は?」
「密かに敵国と繋がり、国家を転覆させようとしている、と近衛騎士がその場で捕縛理由を述べたとのことです」
騎士はアレクサンダーが黙りこんでいるのを確認し、後を続けた。
「辺境伯の騎士からその話を聞き、私は野営を取りやめ急ぎ帰還した次第です。
途中、夜目が効かなくなり、前進することを断念したため、報告が遅れ申し訳ございませんでした」
「気にするな。深夜、森の中で馬を走らせることは無謀でしかない。その判断でよい。よくやった。疲れただろう、お前は休め」
「はっ」
騎士は安堵したように敬礼すると、小走りに馬の方へ行った。
残されたアレクサンダーは膨れ上がる怒りに、身体を震わせていた。むざむざと女狐ごときに出し抜かれれシャルルを奪われたことが、耐えられない屈辱だった。
他国のことであり内情に疎かったといえ、それは言い訳にもならない。昨日、シャルルとイザベラに詳しい国情を聞いた上でのこの失態は、自分の愚かさの証にしか思えなかった。
傍から見れば、アレクサンダーは単なる外国人、いってみれば第三者である。
フェラード王国とも王太子とも、なんの繋がりも責任もないし、口を出せる立場にもない。
にも拘らず、アレクサンダーが王太子を守れなかったことに責任を感じるのは、おかしなことである。
だが、そのおかしさに当の本人はまるで気づいていなかった。
憤怒の表情でアレクサンダーは城の廊下を歩いた。靴音が辺りに響き渡る。
「ヨハンはいるか!」
怒号である。
「主、ここに」
尋常でない主の様子に、ヨハンが階段を駆け下りてきた。
「王太子が捕縛された。今からアステリア皇帝にあてて親書を書く。書き上げたらすぐに届けてくれ。俺はフェラードの王城へ行く。あちらの出方次第では開戦だ」
「まさか、おひとりで王城へ乗り込むおつもりですか」
「森の中で精鋭部隊と会ったら、それを連れていくつもりだ」
「承知しました」
ヨハンは去り際に、歩み寄ってきたイザベラに気づき、頭を下げた。イザベラは真剣な表情でアレクサンダーを見つめた。自国の王太子に、何か不吉なことがあったのだと勘づいたようだ。
それでも凛とした態度を崩さない。強い女だとアレクサンダーは心の中で賞賛した。
「王太子が捕縛された。今から、フェラードの王城に行ってくる。第2王妃がザハドと手を組んでいる証拠は掴んでいるか?」
途端にイザベラの顔に生気が宿った。
「はい、掴んでおります。宰相に握りつぶされないよう、提出する方策を練っているところでした」
「それは僥倖。第2王妃の外見上の特徴を教えてくれ」
「赤に近い茶色の髪に薄茶色の釣り目です。派手に着飾るのがお好きな方で、いつも赤いドレスをお召しになっています。すぐにおわかりになるかと」
「イザベラ嬢、第2王妃の首は欲しいか?欲しいなら、土産に持って帰ってやってもよいぞ」
「いりませんわ。そんな不吉なもの。王城へ行くならお気をつけて、といいたいところですが、城主様にはそんな心配はいりませんわね」
「当然だ」
アレクサンダーは短く返し、それを聞いてイザベラは安堵の笑みを浮かべた。
◇◇◇
地図には載っていないが、森の中にも道はある。そこをアレクサンダーは馬で駆けた。
どの国においても、国家反逆罪の刑罰は死罪しかない。アレクサンダーは手綱を持つ手に力を込めた。
息が苦しく、身体が冷えるように感じた。
大切な者を失うかもしれない恐怖と、その原因を作った者への怒り、自分の不甲斐なさへの落胆、どうか間に合ってくれという焦り、そういった雑多な感情が渦巻いて呼吸することすら難しい。
先ほどまで、アレクサンダーを支配していた怒りは、いつの間にか恐怖という感情に座を明け渡していた。
恐怖など今までアレクサンダーは感じたことはなかった。戦闘中ですら覚えがない。
それが今、全ての感情を抑えつけ、恐怖がアレクサンダーの中で渦巻いている。アレクサンダーはそのことに気づき驚愕した。
大切な者を失う恐怖?
会ったばかりのシャルルを?
前世で近しい間柄だったいわれても、ろくに覚えてもいない相手のことを?
失うことに恐怖を感じるほど、大切なのか?
だが、この感情はずっと前にも味わった覚えがある。
そこまで考えて、ふいにアレクサンダーの脳裏に稲妻のような衝撃が走った。次いで頭の中の結界が崩れたような激しい感覚がアレクサンダーを襲った。
遠い記憶がなだれ込んできた。
「アレク。助けて……」
最初に思い出したのは、消え入るようなシャルルの声だった。
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