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第1章 今世 アレクサンダー視点

5 逃げてきた侯爵令嬢 その1

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 この日、シャルルは城に泊まることになった。
ディナーを取るために連れだって食事室に入れば、一人の女性がテーブルについていた。
彼女は二人を見てにっこりとほほ笑み、立ち上がった。


「イザベラ・ヘイスティング侯爵令嬢だ。紹介するまでもないが」


 シャルルは意表をつかれた顔をアレクサンダーに向けた。


「もちろん知っている。弟の婚約者だからな」

「王太子殿下。お久しぶりでございます。城主様のご厚意で、しばらくこのお城に滞在させていただきます」

「イザベラ嬢。それを弟は知っているのか?」

「まずは座ろう」


 話が長くなりそうだ。アレクサンダーが二人の会話を断ち切って、座るように手で合図した。


「…ああ、そうだな。そうしよう」


 アレクサンダーが座ったので、続いてふたりも席に着いた。
 イザベラは静かな顔をシャルルに向けた。


「アンソニー様は私がこのお城にいることをご存じありません」

「まさか、知らないのか。あんなに仲睦まじい様子だったのに」

「第2王妃様が、私に冤罪をかけようとしたのですわ。アンソニー様にお話しして、第2王妃様に居所が伝わったら困ります。何も告げず逃げました」

 イザベラの口から、いきなり第2王妃を責める発言が出たことに、アレクサンダーは密かに驚いた。
シャルルを見れば、こちらも息をのんだ気配がした。

 扉が開いて、数人の給仕たちが入ってきた。それぞれの手には料理を掲げている。
牛のパテ、焼いた鴨肉や羊肉、ハムやチーズ、蒸した野菜、白いパンなどがテーブルに並べられた。給仕がグラスにワインを注いだ。


「後はよい。自分でする」


 アレクサンダーが言うと、礼をして給仕たちが退出した。

「続けてくれ」

 アレクサンダーはそう言って、ワイングラスに手を伸ばした。
イザベラが頷き、少し前のめりになった。


「こうなったら、包み隠さずに申し上げます。先のザハドとの戦いは、第2王妃様とザハドが組んで起こした戦いです」
「だろうな」


 そっけなくシャルルがいったので、イザベラは鼻白んだ顔をした。気を取り直したように口を開いた。


「では、目的はおわかりですか?兵を率いて戦場に現れるであろう王太子殿下を、戦闘に紛れて殺害するためです。
土砂崩れを起こし、辺境伯軍の到着を邪魔したのも第2王妃様の差し金です」

 よくある王位継承権争いだな、と思いアレクサンダーはシャルルに視線を向けた。

 特段ショックを受けた気配はない。
その女に何度も殺されかけているのだろう、と推測した。
シャルルは第1王妃の息子だから、アンソニーというのは第2王妃の息子か。

 イザベラはワインを一口飲んで続けた。


「第2王妃様は王太子殿下を亡き者にして、ご自分の息子であるアンソニー様を王位につけたいのです。
彼女はザハドと密約しています。
たぶん、アンソニー様が王位につけば、ザハドを優遇するという約束なのでしょう」

「それで、なぜ、イザベラ嬢が冤罪をかけられるのだ?筆頭侯爵家のご令嬢を罠にかけるとはよほどのことだ」

「アンソニー様の婚約者を、扱いやすい貴族家の令嬢に替えようとしているのではないでしょうか。
我が侯爵家は、敵国と手を結ぶほど落ちぶれてはおりませんから」


 イザベラはツンと澄ましていった。


「なるほど。ザハドと手を結んだから、侯爵家の後ろ盾はいらなくなったというわけか。
あの女狐は前から私の命を狙っていたんだ。
何を聞いても今更驚かない。
ザハドのことは、内密に調べている最中だ。先の戦闘には不審な点が多いからな」

 ナイフとフォークを動かす手はそのままに、シャルルはいった。

「それで、イザベラ嬢。どういった冤罪をかけられそうになったのだ?」


 アレクサンダーの言葉を聞き、イザベラが憤怒の表情を浮かべた。なかなか気の強い女性だなとアレクサンダーは思った。


「アンソニー様毒殺未遂です。アンソニー様が毒で倒れる事件が起きます。犯人は私。

私が、他の令嬢と仲良くするアンソニー様を自分だけのものにしたくて毒を盛った、というものです。

よくそんなことを考え付くものです。あの人の頭の中は、お花が咲いているのかもしれません。ものすごいお花畑ですわ!」


 むきになって言うイザベラがおかしくて、アレクサンダーは笑った。
笑った後で、笑う話ではなかった、と表情を改めシャルルを見た。こちらも同じように笑いを引っ込めたところだった。イザベラは二人を睨んで後を続ける。


「王族暗殺など、たとえ未遂でも一族郎党処刑です。冤罪をかけられた時点でお終いですわ」

「なるほど、イザベラ嬢が危なかったのは理解した。しかし、城主殿、どういった経緯でイザベラ嬢を匿ったのか?二人は、前から付き合いがあったのか?」


 いきなり矛先を変えてきた。シャルルは強い目をアレクサンダーに向けてくる。
この目はあれだ、さっきも向けられた、色恋沙汰が絡んだ嫉妬の目だ。

 命を狙われている話が出たばかりなのに、気にするのがそこか。それより重要なことがあるだろう。まるで嫉妬深い古女房のようだな。

 アレクサンダーは妙なところに感心した。





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