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番外編 桔梗 (完結)
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俺はその日、地元で有名だという商店街を歩いていた。この土地に来て仕事を始めて数週間。俺はまず規則正しい生活に慣れるのに精一杯だった。今までの不摂生が悔やまれる。
今日はあるものを探してこの商店街にやってきた。商店街は雑多で活気に満ちていて多くの人達が行き来している。道行く人々は休日のせいか、家族であったり恋人であったりが楽しげに笑い合い俺の側を通り過ぎる。
俺だけがあの日から時が止まってしまったような気さえした年月だった。
だが、俺は雪人に導かれるようにこの土地にやってきた。それは意味のあることだったとそう思いたい。
大通りから細い路地に足を向ける。俺を雇ってくれた社長によるとこの商店街は古いものから新しいものまであらゆるものが共存した場所だという。探し物があるという俺に彼はあそこなら望むものが見つかるかもしれない、そう言った。
事前に何も調べずにやってきた俺はその路地で期間限定のギャラリーを見つけた。その店内に入ると、若手の作家達の陶器や漆器、ガラス細工などが美術館のように並べられていた。気に入れば購入できるらしい。創作への熱意を感じる素晴らしい作品ばかりだ。
俺はその中で黒の小箱が気になった。それは黒い漆器の蓋付きの小さい箱で蓋には薄紫の星形の花が遇われていた。黒と可憐な花は、はっとするほど美しく俺は目を奪われた。
「そちら素敵ですよね、地元の作家さんの作品で世界にひとつの一点ものなんですよ」
女性スタッフが話しかけてくる。
「ええ、とても綺麗ですね、漆黒に慎ましやかな花が目を引きます」
「そうですよね、人気のある作家さんなんですよ。こちらのお花は桔梗だそうです」
雪人はこれを気に入ってくれるだろうか。俺は雪人の欠片を収める箱を探しに来たのだった。
俺はこの土地で新たな住まいを見つけ生活を始めた。雪人にも新しい場所で安らいで欲しいと思ったのだ。他も見るがやはりこれが心惹かれる。
「これをいただきます」
ありがとうございます、女性は箱を手に取るとレジに向かう。
「おうち使いですか?贈り物でしたらラッピングもできますよ」
「…恋人へのプレゼントですのでラッピングをお願いします」
「優しい彼氏さんですね、きっと彼女さんもお喜びになると思いますよ」
少々お待ちください、と女性は手際よく小箱を和紙で包むと綺麗なリボンを掛ける。
この瞬間だけは、俺は愛する恋人に贈り物をする幸せな男だ。
包んだ小箱を紙袋に入れ渡される。
「そうそう、このお花の花言葉は『永遠の愛』なんだそうですよ、なんだかロマンチックですよね」
「……ええ、素敵ですね…」
俺は雪人に何か形の残るようなものを贈ったことがなかった。愛の証として雪人の誕生日には指輪でも贈ろうかそんなことも考えていたが、それはもう出来ない。
雪人の指に指輪を嵌めてやることは出来ないけれど、永遠の愛を誓うことはできる。
この小箱は雪人が眠るのになんと相応しいんだろう。
小箱を受け取りながら、俺はほんの少しだけ心が温かくなった。
「あ、大樹、目が覚めた?」
「少し寝ていたか」
「いいよ、まだ寝ていても。もう少しで夕飯ができるから」
「いや、もう起きるよ、皿でも出そうか」
「うんありがとう。…大樹何かいい夢でも見てた?表情が柔らかかったよ」
「ああ、いい夢を見ていたよ」
「ん?なんでこっち見て笑ってるの?」
「俺はいつだって、お前に幸せを貰っていたんだと思っただけだ」
「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるね。おかずもう一品作っちゃおうかな?」
「それはまたでいい、今日は早めに休め。明日から出勤だろう?神谷先生」
「そうだね、万全の体調で臨みたいもんね」
「…愛してるよ要」
「え、急に何?」
「お前は?」
「愛してるに決まってるでしょ。大好き大樹、愛してる」
転生したら元彼が引きこもりになっていた 番外編 終わり
今日はあるものを探してこの商店街にやってきた。商店街は雑多で活気に満ちていて多くの人達が行き来している。道行く人々は休日のせいか、家族であったり恋人であったりが楽しげに笑い合い俺の側を通り過ぎる。
俺だけがあの日から時が止まってしまったような気さえした年月だった。
だが、俺は雪人に導かれるようにこの土地にやってきた。それは意味のあることだったとそう思いたい。
大通りから細い路地に足を向ける。俺を雇ってくれた社長によるとこの商店街は古いものから新しいものまであらゆるものが共存した場所だという。探し物があるという俺に彼はあそこなら望むものが見つかるかもしれない、そう言った。
事前に何も調べずにやってきた俺はその路地で期間限定のギャラリーを見つけた。その店内に入ると、若手の作家達の陶器や漆器、ガラス細工などが美術館のように並べられていた。気に入れば購入できるらしい。創作への熱意を感じる素晴らしい作品ばかりだ。
俺はその中で黒の小箱が気になった。それは黒い漆器の蓋付きの小さい箱で蓋には薄紫の星形の花が遇われていた。黒と可憐な花は、はっとするほど美しく俺は目を奪われた。
「そちら素敵ですよね、地元の作家さんの作品で世界にひとつの一点ものなんですよ」
女性スタッフが話しかけてくる。
「ええ、とても綺麗ですね、漆黒に慎ましやかな花が目を引きます」
「そうですよね、人気のある作家さんなんですよ。こちらのお花は桔梗だそうです」
雪人はこれを気に入ってくれるだろうか。俺は雪人の欠片を収める箱を探しに来たのだった。
俺はこの土地で新たな住まいを見つけ生活を始めた。雪人にも新しい場所で安らいで欲しいと思ったのだ。他も見るがやはりこれが心惹かれる。
「これをいただきます」
ありがとうございます、女性は箱を手に取るとレジに向かう。
「おうち使いですか?贈り物でしたらラッピングもできますよ」
「…恋人へのプレゼントですのでラッピングをお願いします」
「優しい彼氏さんですね、きっと彼女さんもお喜びになると思いますよ」
少々お待ちください、と女性は手際よく小箱を和紙で包むと綺麗なリボンを掛ける。
この瞬間だけは、俺は愛する恋人に贈り物をする幸せな男だ。
包んだ小箱を紙袋に入れ渡される。
「そうそう、このお花の花言葉は『永遠の愛』なんだそうですよ、なんだかロマンチックですよね」
「……ええ、素敵ですね…」
俺は雪人に何か形の残るようなものを贈ったことがなかった。愛の証として雪人の誕生日には指輪でも贈ろうかそんなことも考えていたが、それはもう出来ない。
雪人の指に指輪を嵌めてやることは出来ないけれど、永遠の愛を誓うことはできる。
この小箱は雪人が眠るのになんと相応しいんだろう。
小箱を受け取りながら、俺はほんの少しだけ心が温かくなった。
「あ、大樹、目が覚めた?」
「少し寝ていたか」
「いいよ、まだ寝ていても。もう少しで夕飯ができるから」
「いや、もう起きるよ、皿でも出そうか」
「うんありがとう。…大樹何かいい夢でも見てた?表情が柔らかかったよ」
「ああ、いい夢を見ていたよ」
「ん?なんでこっち見て笑ってるの?」
「俺はいつだって、お前に幸せを貰っていたんだと思っただけだ」
「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるね。おかずもう一品作っちゃおうかな?」
「それはまたでいい、今日は早めに休め。明日から出勤だろう?神谷先生」
「そうだね、万全の体調で臨みたいもんね」
「…愛してるよ要」
「え、急に何?」
「お前は?」
「愛してるに決まってるでしょ。大好き大樹、愛してる」
転生したら元彼が引きこもりになっていた 番外編 終わり
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