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ある春の日の出逢い
五
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琥太郎は、無意識に唾を飲み込んだ。
左馬之介の顔は、決して嘘をついているようには見えなかった。
異様な沈黙が、辺りを支配する。
途方も無い、話である。
この侍と自分の主人である女将が、生き別れた実の兄妹であると言うのだ。
普段の琥太郎であれば一笑に付していたところだが、今はとてもそんな気にはなれなかった。
なぜならこうして二人並んでいるのを見ていると、否定できないものがあったのだ。そう二人とも面差しがよく似ているのである。男女の差こそあれ、この二人には父母を同じとした血の繋がりが、その面差しによく出ているのであった。
また例えそれが左馬之介の虚言だったとしても、彼には得になるような事はない。むしろ武家の者と町の者が実は血の繋がった兄妹でしたという荒唐無稽な話をしようものなら、下手をすると相手に正気を疑われかねないだろう。
そして左馬之介自身立派な二本松藩のお抱え藩士で、金に困っている様子は全く無い。町の者として裕福な身なりをした女将の沙絵に、実は兄妹でしたと名乗って相手の弱みにつけこみ金を無心するようなこすっ辛い輩にも見えない。
琥太郎は、呆然とした表情をしている自分の主人の様子を伺った。
沙絵は、左馬之介の言葉が理解できなかった。
自分とこの目の前にいる侍が、生き別れた実の兄妹だったなんて到底信じられなかった。
しばらく呆然としてた沙絵であったが、なぜだかこの状況がとても可笑しく感じられて自然と笑いがこみ上げた。
「……くっ、ふふふ…あはははは」
笑い出したら、止まらなくなっていた。
後ろに控えていた琥太郎は、己の主人の不作法を咎めるように声をかける。
「女将さん…」
沙絵は琥太郎の言いたいことは分かっていたが、この状況がどうにも可笑しくて簡単には笑いの発作を止められそうになかった。
しばらく沙絵は笑い続けていたが、どうにか笑いを抑えることに成功すると、目の前に座っている左馬之介に頭を下げる。
「どうも、あいすみません。お話の途中で笑ってしまうなんて、本当失礼しました。でも、青木様もお人が悪いですよ。私とあなた様が実は血の繋がった兄妹だったなんで、そんな事天地がひっくり返ったってありゃしませんよ。」
笑いをこらえながら沙絵が言うと、左馬之介も面白そうに笑った。
「まぁ、そなたがそう言うのも無理はないな。笑ってしまうのも致し方なかろう。でもな、これは誠の事なのだ。」
そう言って左馬之介は、沙絵の後ろに控えている琥太郎に視線を移す。
「その方、私と沙絵殿を見てどう思う?」
突然声をかけられた琥太郎は、驚いたように左馬之介を見ると視線をスッとそらして俯いた。
「…どうと言われましても」
居心地が悪そうに身じろぎをして、琥太郎は言葉を濁す。
「まぁ、そう言わず。私と沙絵殿は似ておろう。」
はっきりと左馬之介がそう切り込むと、琥太郎は沈黙する。その沈黙は、彼が左馬之介の言葉を肯定してるようなものだった。
「琥太郎⁉」
問い詰めるように沙絵は、後ろにいる小太郎に向き直る。
彼はチラッと己の主人の顔を見るが、すぐ気まずげに視線をそらしてしまう。
「こら、琥太郎!はっきりおし!」
強い口調で沙絵が言うと、彼は観念したように口を開いた。
「…青木様のおっしゃる通りでございます。女将さんと青木様は、本当の兄妹のようによく似ておいででございます。」
己の付き人の言葉に、沙絵は酸っぱいものでも飲み込んだような顔つきになる。
左馬之介は慈愛に満ちた顔つきで沙絵を見ると、穏やかな口調で彼女に語りかけた。
「まぁ、沙絵殿。これも奇妙な縁だ。今しばらく、私の話に付きおうてくれないか」」
そう言って彼は、沙絵に笑いかけた。
左馬之介の顔は、決して嘘をついているようには見えなかった。
異様な沈黙が、辺りを支配する。
途方も無い、話である。
この侍と自分の主人である女将が、生き別れた実の兄妹であると言うのだ。
普段の琥太郎であれば一笑に付していたところだが、今はとてもそんな気にはなれなかった。
なぜならこうして二人並んでいるのを見ていると、否定できないものがあったのだ。そう二人とも面差しがよく似ているのである。男女の差こそあれ、この二人には父母を同じとした血の繋がりが、その面差しによく出ているのであった。
また例えそれが左馬之介の虚言だったとしても、彼には得になるような事はない。むしろ武家の者と町の者が実は血の繋がった兄妹でしたという荒唐無稽な話をしようものなら、下手をすると相手に正気を疑われかねないだろう。
そして左馬之介自身立派な二本松藩のお抱え藩士で、金に困っている様子は全く無い。町の者として裕福な身なりをした女将の沙絵に、実は兄妹でしたと名乗って相手の弱みにつけこみ金を無心するようなこすっ辛い輩にも見えない。
琥太郎は、呆然とした表情をしている自分の主人の様子を伺った。
沙絵は、左馬之介の言葉が理解できなかった。
自分とこの目の前にいる侍が、生き別れた実の兄妹だったなんて到底信じられなかった。
しばらく呆然としてた沙絵であったが、なぜだかこの状況がとても可笑しく感じられて自然と笑いがこみ上げた。
「……くっ、ふふふ…あはははは」
笑い出したら、止まらなくなっていた。
後ろに控えていた琥太郎は、己の主人の不作法を咎めるように声をかける。
「女将さん…」
沙絵は琥太郎の言いたいことは分かっていたが、この状況がどうにも可笑しくて簡単には笑いの発作を止められそうになかった。
しばらく沙絵は笑い続けていたが、どうにか笑いを抑えることに成功すると、目の前に座っている左馬之介に頭を下げる。
「どうも、あいすみません。お話の途中で笑ってしまうなんて、本当失礼しました。でも、青木様もお人が悪いですよ。私とあなた様が実は血の繋がった兄妹だったなんで、そんな事天地がひっくり返ったってありゃしませんよ。」
笑いをこらえながら沙絵が言うと、左馬之介も面白そうに笑った。
「まぁ、そなたがそう言うのも無理はないな。笑ってしまうのも致し方なかろう。でもな、これは誠の事なのだ。」
そう言って左馬之介は、沙絵の後ろに控えている琥太郎に視線を移す。
「その方、私と沙絵殿を見てどう思う?」
突然声をかけられた琥太郎は、驚いたように左馬之介を見ると視線をスッとそらして俯いた。
「…どうと言われましても」
居心地が悪そうに身じろぎをして、琥太郎は言葉を濁す。
「まぁ、そう言わず。私と沙絵殿は似ておろう。」
はっきりと左馬之介がそう切り込むと、琥太郎は沈黙する。その沈黙は、彼が左馬之介の言葉を肯定してるようなものだった。
「琥太郎⁉」
問い詰めるように沙絵は、後ろにいる小太郎に向き直る。
彼はチラッと己の主人の顔を見るが、すぐ気まずげに視線をそらしてしまう。
「こら、琥太郎!はっきりおし!」
強い口調で沙絵が言うと、彼は観念したように口を開いた。
「…青木様のおっしゃる通りでございます。女将さんと青木様は、本当の兄妹のようによく似ておいででございます。」
己の付き人の言葉に、沙絵は酸っぱいものでも飲み込んだような顔つきになる。
左馬之介は慈愛に満ちた顔つきで沙絵を見ると、穏やかな口調で彼女に語りかけた。
「まぁ、沙絵殿。これも奇妙な縁だ。今しばらく、私の話に付きおうてくれないか」」
そう言って彼は、沙絵に笑いかけた。
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