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ある春の日の出逢い
四
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お茶で一息をついた後、自然と二人は目線を合わせる。
「…お沙絵殿は、江戸の生まれなのか?」
左馬之介は穏やかな口調で話し始めると、沙絵は自然に笑みを浮かべた。
「そうなんでございますかね?いえねぇ、わたしも幼い頃母と死に別れているんです。それもどこかの旅路の途中でね。」
「なんと⁉それはどちらで?」
「…確か甲州街道の野田尻の辺りだったとか。わたしも幼くて、あまり覚えていないんですよ。」
「…野田尻。母御はご病気で?」
探るような顔つきで左馬之介は、沙絵に尋ねた。
「それが殺されたんでございます。数人の男たちに追いかけられて、母は私を抱えながら逃げていたんですが、背中を斬られてね。口から大量に血を吐きながら、母が苦しそうに息をしていたのは覚えています。…あれは斬られたせいではなくて、病にでもかかっていたんですかねぇ。よく母が咳をしていたのを覚えているんで…。」
左馬之介は沙絵の話を聞くと、スウと顔色が青くなりブルブルと小さく唇を戦慄かせた。
「…背中を斬られてたとは、穏やかでない。その破落戸は武士か?」
「ええ。在所の若い侍たちでした」
「そなたは、怪我を負わなかったのか?」
「あのままでしたら、わたしも男たちに殺されたかも知れませんね。でも、その後わたしと母は助けられたんです。」
「ほう。助けられたとは、運がいい。」
「ええ。ちょうど旅をしていた人が途中で通りかかって、男たちを追い払ってくれたんですよ。でも、母は出血が多くてそのまま亡くなってしまいました。その人は近くの神社に母を弔ってくれて、そのままわたしを江戸に連れてきてくれたんです。」
「なんと。奇特な御仁だ。」
「本当に…。その人は、その後もわたしを実の子のように可愛がってくれて、育ててくれました。」
「……………」
沙絵は黙り込んだ左馬之介を見ると、彼の目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「青木様?」
驚いた沙絵だかすぐに心配そうに声をかけると、左馬之介は肩を震わせていた。そして彼がゆっくりと目を閉じると、溢れ出た涙が頬をすうっと流れていく。左馬之介は、何かを堪えるように泣いていた。
沙絵は泣いている左馬之介を見つめどうしたら良いか困ってしまい、眉をひそめて静かに泣く左馬之介をただ見つめていた。
しばらくして左馬之介は懐から手ぬぐいを出すと、涙を拭った。そして、赤くなった目を沙絵に戻すと彼は満ち足りたような微笑みを浮かべる。
「どうやらそなたは、私の生き別れた妹らしい。」
左馬之介はそう呟くと、慈しみのこもった目で沙絵のことをしみじみと見つめる。
「え⁉何を…!?」
沙絵は左馬之介の思いがけない言葉に二の句が継げなくなり、ただポカンと涙が滲んだその涼しげな切れ長の瞳を見つめ返す事しかできなかった。
沙絵の様子に、たまりかねた琥太郎が身を乗り出す。
「…青木様、話の途中で失礼します」
言葉が出ない沙絵に変わり、後ろに控えていた琥太郎が左馬之介に声をかけた。
左馬之介は視線を、沙絵の後ろに控えている若い男に移す。
琥太郎は、真剣な目で左馬之介を見ていた。
「…うちの女将さんが、あなた様の妹さんだとおっしゃる理由はございますか?」
琥太郎の問いに最もだと言うふうに、左馬之介は頷く。
「突然こんな事言われれば驚くのも当然だろうし、また信じられないだろう。しかし、私は確信している。この者は私の生き別れた妹だ」
はっきりとした口調で、左馬之介は断言した。
「…お沙絵殿は、江戸の生まれなのか?」
左馬之介は穏やかな口調で話し始めると、沙絵は自然に笑みを浮かべた。
「そうなんでございますかね?いえねぇ、わたしも幼い頃母と死に別れているんです。それもどこかの旅路の途中でね。」
「なんと⁉それはどちらで?」
「…確か甲州街道の野田尻の辺りだったとか。わたしも幼くて、あまり覚えていないんですよ。」
「…野田尻。母御はご病気で?」
探るような顔つきで左馬之介は、沙絵に尋ねた。
「それが殺されたんでございます。数人の男たちに追いかけられて、母は私を抱えながら逃げていたんですが、背中を斬られてね。口から大量に血を吐きながら、母が苦しそうに息をしていたのは覚えています。…あれは斬られたせいではなくて、病にでもかかっていたんですかねぇ。よく母が咳をしていたのを覚えているんで…。」
左馬之介は沙絵の話を聞くと、スウと顔色が青くなりブルブルと小さく唇を戦慄かせた。
「…背中を斬られてたとは、穏やかでない。その破落戸は武士か?」
「ええ。在所の若い侍たちでした」
「そなたは、怪我を負わなかったのか?」
「あのままでしたら、わたしも男たちに殺されたかも知れませんね。でも、その後わたしと母は助けられたんです。」
「ほう。助けられたとは、運がいい。」
「ええ。ちょうど旅をしていた人が途中で通りかかって、男たちを追い払ってくれたんですよ。でも、母は出血が多くてそのまま亡くなってしまいました。その人は近くの神社に母を弔ってくれて、そのままわたしを江戸に連れてきてくれたんです。」
「なんと。奇特な御仁だ。」
「本当に…。その人は、その後もわたしを実の子のように可愛がってくれて、育ててくれました。」
「……………」
沙絵は黙り込んだ左馬之介を見ると、彼の目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「青木様?」
驚いた沙絵だかすぐに心配そうに声をかけると、左馬之介は肩を震わせていた。そして彼がゆっくりと目を閉じると、溢れ出た涙が頬をすうっと流れていく。左馬之介は、何かを堪えるように泣いていた。
沙絵は泣いている左馬之介を見つめどうしたら良いか困ってしまい、眉をひそめて静かに泣く左馬之介をただ見つめていた。
しばらくして左馬之介は懐から手ぬぐいを出すと、涙を拭った。そして、赤くなった目を沙絵に戻すと彼は満ち足りたような微笑みを浮かべる。
「どうやらそなたは、私の生き別れた妹らしい。」
左馬之介はそう呟くと、慈しみのこもった目で沙絵のことをしみじみと見つめる。
「え⁉何を…!?」
沙絵は左馬之介の思いがけない言葉に二の句が継げなくなり、ただポカンと涙が滲んだその涼しげな切れ長の瞳を見つめ返す事しかできなかった。
沙絵の様子に、たまりかねた琥太郎が身を乗り出す。
「…青木様、話の途中で失礼します」
言葉が出ない沙絵に変わり、後ろに控えていた琥太郎が左馬之介に声をかけた。
左馬之介は視線を、沙絵の後ろに控えている若い男に移す。
琥太郎は、真剣な目で左馬之介を見ていた。
「…うちの女将さんが、あなた様の妹さんだとおっしゃる理由はございますか?」
琥太郎の問いに最もだと言うふうに、左馬之介は頷く。
「突然こんな事言われれば驚くのも当然だろうし、また信じられないだろう。しかし、私は確信している。この者は私の生き別れた妹だ」
はっきりとした口調で、左馬之介は断言した。
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