2 / 18
ある春の日の出逢い
二
しおりを挟む
沙絵の正面には、男が座っている。
歳頃は二十の半ば頃で、色白で細面の顔立ち。眉は優美に弧を描き切れ長の目は涼しげで、まっすぐ通った鼻筋に薄い唇は今は閉じられている。
月代は綺麗に剃られており、身につけている衣服も見苦しくない。何処かの藩邸にいる若侍といったところか。
優男といった印象の男で体つきも細かったが、かといってなよなよとしたところはない。
昨今の若い侍は、腰に刀を二本差し歩くこともままならない者もいると言う。そんな中先程出逢った男の腰には、きちんと二本刀を差していた。
スッとした立ち姿で動きもしなやかさがあり、只者ではない雰囲気を沙絵は感じた。
上野の不忍池で見知らぬ男に手首を掴まれた沙絵は、驚きに目を見張った。
手首を掴んでいる男は、食い入るように沙絵の顔を見つめていた。
後ろに控えていた琥太郎が、沙絵の前にスッと出て男を牽制する。
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
丁寧な話し方だったが、琥太郎は鋭い視線で男を見やる。
しかし、男には琥太郎の言葉は届いていないのか、琥太郎の方を一切見ない。
ただ、沙絵の顔を食い入るように見つめていた。
戸惑った表情で、沙絵は男を見る。
見知らぬ男に手首を掴まれていると言う状況ではあったが、不思議な事に沙絵には一切恐怖と言う感情が浮かんで来なかった。
どちらかというと、妙な懐かしさを感じた。
内心で、沙絵は首を傾げいていた。
「お侍さん、女将さんの手を離していただけないでしょうか。」
自分の声を聞こうとしない男に苛ついた琥太郎は強い口調でそう言うと、沙絵の手首を掴んている男の手を握りしめた。
男はハッとして、初めて琥太郎に視線を移す。
呆然とした顔で男は琥太郎を見て、自分の手を見やるとすぐに沙絵の手首を離した。
「これはすまぬ。」
折り目正しく男は、沙絵に頭を下げた。
男の礼を尽くした態度に、琥太郎はすぐ沙絵の後ろに戻った。しかし、視線は男から離れない。ジッと男の動向を伺っていた。
沙絵は、目の前に立つ男を見ていた。
彼女は、男に興味を持った。
何と言っても男は、自分のことを母親と呼んだのだ。
こんな面白いことはない。
沙絵は男と視線を合わせると、ニッコリ微笑んだ。
「お侍さん、お時間ありますか?」
男はしばらく沙絵の顔を見つめると、かすかに頷く。
「じゃ、少し私にお時間をくださいな。」
そうして、沙絵は馴染みの茶店に男を誘った。
歳頃は二十の半ば頃で、色白で細面の顔立ち。眉は優美に弧を描き切れ長の目は涼しげで、まっすぐ通った鼻筋に薄い唇は今は閉じられている。
月代は綺麗に剃られており、身につけている衣服も見苦しくない。何処かの藩邸にいる若侍といったところか。
優男といった印象の男で体つきも細かったが、かといってなよなよとしたところはない。
昨今の若い侍は、腰に刀を二本差し歩くこともままならない者もいると言う。そんな中先程出逢った男の腰には、きちんと二本刀を差していた。
スッとした立ち姿で動きもしなやかさがあり、只者ではない雰囲気を沙絵は感じた。
上野の不忍池で見知らぬ男に手首を掴まれた沙絵は、驚きに目を見張った。
手首を掴んでいる男は、食い入るように沙絵の顔を見つめていた。
後ろに控えていた琥太郎が、沙絵の前にスッと出て男を牽制する。
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
丁寧な話し方だったが、琥太郎は鋭い視線で男を見やる。
しかし、男には琥太郎の言葉は届いていないのか、琥太郎の方を一切見ない。
ただ、沙絵の顔を食い入るように見つめていた。
戸惑った表情で、沙絵は男を見る。
見知らぬ男に手首を掴まれていると言う状況ではあったが、不思議な事に沙絵には一切恐怖と言う感情が浮かんで来なかった。
どちらかというと、妙な懐かしさを感じた。
内心で、沙絵は首を傾げいていた。
「お侍さん、女将さんの手を離していただけないでしょうか。」
自分の声を聞こうとしない男に苛ついた琥太郎は強い口調でそう言うと、沙絵の手首を掴んている男の手を握りしめた。
男はハッとして、初めて琥太郎に視線を移す。
呆然とした顔で男は琥太郎を見て、自分の手を見やるとすぐに沙絵の手首を離した。
「これはすまぬ。」
折り目正しく男は、沙絵に頭を下げた。
男の礼を尽くした態度に、琥太郎はすぐ沙絵の後ろに戻った。しかし、視線は男から離れない。ジッと男の動向を伺っていた。
沙絵は、目の前に立つ男を見ていた。
彼女は、男に興味を持った。
何と言っても男は、自分のことを母親と呼んだのだ。
こんな面白いことはない。
沙絵は男と視線を合わせると、ニッコリ微笑んだ。
「お侍さん、お時間ありますか?」
男はしばらく沙絵の顔を見つめると、かすかに頷く。
「じゃ、少し私にお時間をくださいな。」
そうして、沙絵は馴染みの茶店に男を誘った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる