夜桜仇討奇譚(旧題:桜の樹の下で)

姫山茶

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ある春の日の出逢い

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 沙絵の正面には、男が座っている。
 歳頃は二十の半ば頃で、色白で細面の顔立ち。眉は優美に弧を描き切れ長の目は涼しげで、まっすぐ通った鼻筋に薄い唇は今は閉じられている。
  月代さかやきは綺麗に剃られており、身につけている衣服も見苦しくない。何処かの藩邸にいる若侍といったところか。
 優男といった印象の男で体つきも細かったが、かといってなよなよとしたところはない。
 昨今の若い侍は、腰に刀を二本差し歩くこともままならない者もいると言う。そんな中先程出逢った男の腰には、きちんと二本刀を差していた。
 スッとした立ち姿で動きもしなやかさがあり、只者ではない雰囲気を沙絵は感じた。

 上野の不忍池で見知らぬ男に手首を掴まれた沙絵は、驚きに目を見張った。
 手首を掴んでいる男は、食い入るように沙絵の顔を見つめていた。
 後ろに控えていた琥太郎が、沙絵の前にスッと出て男を牽制する。
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
 丁寧な話し方だったが、琥太郎は鋭い視線で男を見やる。
 しかし、男には琥太郎の言葉は届いていないのか、琥太郎の方を一切見ない。
 ただ、沙絵の顔を食い入るように見つめていた。
 戸惑った表情で、沙絵は男を見る。
 見知らぬ男に手首を掴まれていると言う状況ではあったが、不思議な事に沙絵には一切恐怖と言う感情が浮かんで来なかった。
 どちらかというと、妙な懐かしさを感じた。
 内心で、沙絵は首を傾げいていた。
「お侍さん、女将さんの手を離していただけないでしょうか。」
 自分の声を聞こうとしない男に苛ついた琥太郎は強い口調でそう言うと、沙絵の手首を掴んている男の手を握りしめた。
 男はハッとして、初めて琥太郎に視線を移す。
 呆然とした顔で男は琥太郎を見て、自分の手を見やるとすぐに沙絵の手首を離した。
「これはすまぬ。」
 折り目正しく男は、沙絵に頭を下げた。
 男の礼を尽くした態度に、琥太郎はすぐ沙絵の後ろに戻った。しかし、視線は男から離れない。ジッと男の動向を伺っていた。
 沙絵は、目の前に立つ男を見ていた。
 彼女は、男に興味を持った。
 何と言っても男は、自分のことを母親と呼んだのだ。
 こんな面白いことはない。
 沙絵は男と視線を合わせると、ニッコリ微笑んだ。
 「お侍さん、お時間ありますか?」
 男はしばらく沙絵の顔を見つめると、かすかに頷く。
 「じゃ、少し私にお時間をくださいな。」
 そうして、沙絵は馴染みの茶店に男を誘った。
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