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 女の子の言葉を信じるなら、クライヴは今になってようやく僕と離れたいと気付いたらしい。Sランクとして活動する内に依頼が受けられない不満が溜まって来た……とか。それとも恋人としての自分に不満があった?

 でも、本当にクライヴがそんなことを言ったのか?

 僕には今一つ信じられない。
 疑わしそうなこちらの表情に気付いたらしい女の子が、うんざりしたようにため息をつく。

「信じてないんですか。だったらこの話をしてあげます。青い薔薇を咲かせられないあなたにはうんざりしたってクライヴは言っていました」

 『青い薔薇』彼女の口から出てきた言葉に唖然とする。

 僕が青い薔薇の栽培に昔から挑戦していることは、クライヴしか知らないことだ。

 青い薔薇、自然には絶対に生えることのない奇跡の花。
 その花と別の薬草を混ぜて作った薬は強力な「魔力増強剤」になるという文献を読んだことがある。
 だから、僕はどうしてもその薬を作ってクライヴにあげたいと思ったんだ。平凡な自分が唯一できることといったら薬草作りだから。せめてクライヴの力になる薬を作りたいって。

 そのことを話した時クライヴはこくりと頷いて「待ってる」と言ってくれた。

 あれから時間はだいぶ経ってしまったが、何とか咲かせられる可能性が見つけられてあと一歩のところまで迫って来た。でも、ここに来るまで僕があまりにも遅かったから、クライヴはもう待てないと見切りをつけてしまったのだろうか。

 女の子の口から青い薔薇の話が出たことで、彼女の話は本当のことなのだと確信してしまった。へなへなと体から力が抜ける。
 パーティーを解消したいと思われたことよりも、青薔薇を咲かせることができない役立たずだと思われてしまったことが何よりも辛かった。僕が彼にしてあげられることって、本当に何一つ無かったんだなって。

 ぽろっと涙が零れ落ちた。いい大人の男が泣いているなんてみっともないと思ったんだろう。女の子は目を細めた。

「そういうことですから、これからは私が彼とパーティーを組みます。公私ともに支えるつもりなので、安心してくださいね。クライヴからは言い出し辛いと思うので、あなたから伝えてもらえますか?」

 口下手なクライヴが青い薔薇の話をしたってことは、相当この女の子に信頼を寄せているということだ。
僕と付き合っていながら女の子と浮気するような奴じゃないって信じてる。でも、もしかしたらもうとっくに気持ちは僕から離れて女の子の方に向いていたのかもしれない。
 僕は馬鹿だ。ちっとも気付かなかった。

 今更ながら思い返してみれば……予兆はあった。
 最近、クライヴが僕から視線を逸らすことが多くなった。それに、近づくと火傷したみたいにバッと離れていくことも。
 変だな? と思いながらも無意識のうちに見えない振りをしていたんだろうな。クライヴの心がもうとっくに僕から離れているってことに。

「分かった……」

 離れたくないってみっともなく縋りついてしまいたいけど、僕にだってちっぽけなプライドはある。離れたいと思っている相手を引き留めたりなんてできない。
 しくしく泣きながら頷いた。

 白魔道士の女の子は「私がこの話をしたことはクライヴに言わないでくださいね」と言い残し宿屋に帰るため席を立った。
 カフェに残されたのは僕一人。
 ごしごしと涙を拭う。僕が泣いていたことを知ったらクライヴが罪悪感を抱いてしまうかもしれない。全然、何も気にしていませんよという風に装わなければならない。




 僕達が滞在している宿屋へ戻ると、クライヴは共用スペースをうろうろしながら待っていた。

「遅かった、どうした?」

 と僕に気付くと心配そうな表情で近づいて来る。
 やっぱり女の子の話は嘘だったんじゃないかってこの表情を見ると思ってしまう。でも、クライヴに抱き着きに行きたい衝動をぐっと堪える。

「クライヴ。今、少し話をしてもいいかな?」

 部屋の中に入るや、パーティーの解消を切り出した。
 僕がパーティーを解散したいのだということにした。二人のランクが違っているのが気になってたまらないから、別の相手と組みたいと。

 それはクライヴに罪悪感を抱かせないためでもあるし、僕のなけなしのプライドのためでもある。クライヴに捨てられたっていう事実から目を逸らすため。彼に言われるよりも前に自分から切り出した。……それぐらいは許されるだろう?

「誰と組むつもりだ?」

 腕が痛いぐらいに掴まれる。
 クライヴの冷え冷えとした表情はいつものことだったけれど、この日は何故かいつもよりも強く感じられる。

「それは……まだこれから考える」

「俺達の恋人関係は続くのか?」

 僕の体がビクッとなる。本当は別れたくない。だけど……。

「それも……一旦白紙に戻そう。僕達子供の頃からずっと傍にいすぎたからさ。お互いそれぞれ別のパーティーを組んでみるって言うのも悪くないと思う。その中で、誰か別の相手が好きになってしまったら付き合えばいい。……どうかな?」

 こう言っておけばクライヴは白魔道士の女の子とも気兼ねなく付き合えるだろう。
 安心した顔をするかと思いきや、クライヴの顔がどうしてかとても悲しげに歪んだと思ったら、腕を掴んでいた手が離れて行った。

「……分かった」

 クライヴがくるりとこちらから背を向けた。引き留められなかったことに一抹の寂しさを感じる。ああ、やっぱり。クライヴは僕との別れを望んでいたのかもしれない。

「……それじゃあ。君の活躍を祈っている」

 それに対するクライヴの答えはなかった。
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