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第15章 領主の娘の帰る場所
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ロワーズの屋敷で働き始めてから1週間が経った。
もともとレイピアは仕事覚えがいい方だったので、1週間も経った今ではだいぶ慣れたものである。いつものように朝早くに起き、仕事に向かうため準備を始める。
「姐さ~ん! 姐さん姐さん」
この日も動きやすいパンツスタイルの服に着替え、腰のベルトに剣を差し入れたところで、朝もまだ早いというのに辺りを憚らないラグスの大声が扉越しに響いた。レイピアは苦笑する。
ラグスと戦ったあの日以来、すっかり彼はレイピアのことを姐さん扱いしている。尊敬の眼差しで見つめ、子犬みたいに後をくっついてくるのだ。少し鬱陶しいと思わなくもないけれど、特に害を与えてくるものでもないから好きにさせている。
扉を開けるとラグスが目の前に立っていた。
「ラグス。朝からそんな大声出したらみんな驚くわ」
「へ、へえ。すみません」
注意を受けると、顔を赤くし巨体をこれ以上ないくらいに小さくして反省する。しょんぼりとした様子はどこか憎めないものがある。思わずくすっと笑う。
「一体どうしたの?」
「姐さんは今日1日フリーだそうですぜ」
「え?」
ラグスの口から出た言葉はレイピアにとって意外なものだった。目を丸くする。
「1週間働きっぱなしだったから今日はフリーで構わないって、ロワーズの旦那から言付けられました」
「そんな……」
レイピアがあまり嬉しくなさそうな顔をしているのを見て、ラグスは首を傾げた。思っている疑問を正直に口に出す。
「姐さんは休みが嬉しくないんですかい?」
「休みなんていらないわ」
キッパリとレイピアは答える。
自由な時間が多ければ多いほど、忘れたくてたまらない人の顔を思い出してしまうから。振り払うように頭を振る。
休みなんていらない。忙しい方がずっといい。
「私、ロワーズさんに言ってくる!」
言い終えるか終わらないかのうちにロワーズの部屋に向けて歩き出す。
***
「困ります、休みなんて」そう訴えたレイピアに対して執務室にいたロワーズは困った顔をした。
「休みがいらない? 休みといっても有給だから気にすることはないよ」
「いえ、そういうわけではなく……働いていたいんです」
頑としてレイピアはゆずらなかった。
その頑なな態度から何かを察したようでロワーズは口髭を撫で、ジッとレイピアを見つめた。まるで心の中を見透かされてしまうようだった。
思わず居心地の悪さを覚える。
「どうしてかな、商人なんていう仕事をやっていると相手の心の動きというものが自然と見えてきてしまう」
どう答えて良いのかわからず沈黙する。
「仕事に打ち込むことで、何かから目を背けようとしている。君はそんな風に見えるよ」
「あ……」
口元に手を当て、顔を俯かせる。
「そう…かもしれません。きっと逃げているんです、私は。でも、決して仕事に支障はきたしません。だから働かせて欲しいんです」
ロワーズは1つだけため息をつくと、レイピアに向けてにっこりと笑いかけた。
「わかった。そこまで言うのなら自由にしなさい」
そして言葉を続ける。
「だが、君がもし君の抱えている事情と向き合う日が来たら―――迷わず正しいと思った行動を起こしなさい」
それは自分の抱えている事情と向き合う日が来たらこの仕事を辞めてもかまわないということなのだろうか、そう思ったがあえて尋ねようとはしなかった。ただ無言で頭を下げてロワーズの部屋を後にした。
ロワーズの部屋から外へと向かう長い廊下には大きな窓がいくつもあって、庭園を見渡すことができた。何気なくレイピアが窓の外へ目を向けると警備にあたっている男達の姿が視界に映った。
そこで彼女は表情を凍りつかせる。
警備の者は3人いて、その中の1人…ちょうどレイピアから背を向けていて顔はよく見えないのだが、彼の髪の毛は金色だった。
サラサラの。
そう、あの人と同じ―――。
違う、別人だ。
頭の中ではそのことを理解しているのに、過剰に反応してしまった。
「レイピア姐さん?」
ロワーズの部屋から出てきたレイピアを追いかけて来たラグスが不思議そうに首を傾げて、その顔を覗き込む。レイピアの顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだった。けれど視線だけは同じ場所をずっと見続けている。驚き、レイピアの視線を追うと外に金髪の男が立っている。
「あの金髪野郎が何かしたんですかい!?」
いきり立ったラグスは金髪の男に殴りかかるため、袖をまくり上げる。窓から飛び出そうとしたところで、それを止めたのはレイピアだった。弱々しく首を振る。
「違う、違うのラグス……」
そうつぶやいたきり、レイピアは顔を俯かせもう言葉を続けられなかった。
***
レイピアはその日の仕事をいつも通りきちんとこなしていたけれど、顔はずっと青ざめたままで、話し掛けてもどこか虚ろでほとんど返事が帰ってこなかった。仕事が終わると食事も取らずに部屋に戻った。半ば駆け込むような形で。
そんなレイピアを見てラグスは心配で仕方がなかった。
「一体どうしちまったんだ姐さん……っ!?」
思い当たる原因といえば庭の警備についていた金髪男を見てからだ。どう考えてもそれしか思い浮かばない。
だが、レイピアは彼には全く関係がないという。関係がないのに、なぜあんなにも怯えるのだろうか?
念のため外にいた金髪男を捕まえて話を聞いてみたが、彼はレイピアのことを知っているとは言ったものの話をしたことはないという。嘘を言っているようには見えなかった。
だったら何故なのか。
金髪が関係しているのだろうか?
おろおろとラグスはこれからどうするべきか考えた後、レイピアに夕飯を持っていくことにした。
「レイピア姐さん! 食事を持ってきやした」
ドアをノックする。
しかし、しばらく中からは何の反応もなくてラグスの不安は高まった。もう1度ドアをノックしようと手を伸ばしたところでようやく返事が返ってきた。
「ごめんね……。食べられないわ。食欲がないの」
ドア越しに響く弱々しいレイピアの声。
ますますラグスの不安が高まる。
「でも姐さん、食事をちゃんと取らないとぶっ倒れちまいますぜ?」
「今は胸がいっぱいでとても食べられないの。明日はちゃんと食べるから……」
「姐さん~~……」
巨体に似合わぬ今にも泣きそうな声を出した。
ラグスが見ている限りレイピアはここに初めて来た日から今まであまり食事を取っていないように思えた。もともと食が細いのかもしれないが、それでも仕事量に比べあの食事量は異常なほど少なかった。
現に最初に会った日よりも痩せているような気がする。
ラグスの不安は頂点に達していた。
***
その翌日のこと。
門の警備をしている男が、暇を弄びくあ~っと欠伸をする。ここ数週間、特に事件もなく平和な日々が続いている。
だが気を緩めてはいけない、盗賊団がちまたで暴れまわっているのだ。そう思い直した男は頬をピシャリと叩き気持ちを引き締める。
と、そこへいつの間にやってきたのか1人の青年がすぐ側まで来ていて、にこやかに片手を上げて挨拶してきた。
「やあ、こんにちは。今度この街でサーカス公演を行なうことになってね。ビラを配りに来たんだ」
青年はそう言って、ビラを1枚警備の男に手渡す。ビラには青年の言うとおりサーカスのプログラムや舞台の写真が載っている。
身元がハッキリとしていて、なおかつ昼間から堂々と侵入してくる盗賊もいないだろうと考えた警備の男はわずかに警戒を緩める。
彼らの目の前にいる青年がどこから見ても盗賊の類には見えなかったことも大きな理由の1つにある。
髪の毛はサラサラで、貴族の血を濃く継いだ金色。娘に黄色い声を上げられるような甘い顔立ち。ビラ配りをしているよりもテラスで優雅に紅茶でも飲んでいる方が似合う青年だった。
「ほお。サーカスか…1度も見たことがないな。おもしろいものなのか?」
「もちろんさ。見て必ず損はさせない、保障するよ」
余程自信があるようで、キッパリと断言してみせる。思わず警備の男は苦笑する。
「はは、すごい自信だな」
「まあね」
得意げに口の端を上げてニッと笑う。
警備の男は不思議な感覚に捕らわれる。目の前の青年が言うと、それまであまり気にもしていなかったというのに、サーカスに対する興味がわいてくるのだ。必ず見に行ってみようと思わせる何かがある。
数分ほどサーカスについて雑談を交わした後、青年が話題を変えた。
「それにしてもこの屋敷はずいぶんと警備が厚いようだけど?」
「ん、ああ……。これはな、盗賊対策なんだ。最近アクアクリスは物騒でなぁ」
「ふうん、なるほどね」
青年は門に寄りかかり、チラと屋敷を見上げる。何か言うために口を開きかけたが、それは言葉にすることができなかった。
「おい、コラ―――ッ!」
こちらに向かって駆けてきたラグスの怒声によって阻まれたのだ。
警備を怠って話をしていたことを怒られるのかと思って、警備の男は身をすくませたがラグスの怒りは別のものだった。
「金髪野郎は屋敷に近づくんじゃねえ!」
という内容のものだった。明らかに金髪だけを限定している。
シッシッ、と蝿を追い払うように手を払う。青年はそのラグスの行動に特に気分を害した様子もなく肩をすくめてみせる。どことなくおどけた感じで。
「ひどい扱いようだね。ここでは金髪差別でもしているのかい?」
「そういうわけじゃねえ。ただ、金髪を見ると姐さんの気分が悪くなるんだ!」
「……姐さん?」
ラグスの言葉を耳に留めた青年の目が、一瞬鋭くなった。探し求めていた獲物を見つけた獣のように。それは本当に一瞬のことだったので大男は少しも気がつかなかった。
「ああそうだ。俺はあの方の表情が曇るのを見ちゃいられねえ! ああ、おいたわしいレイピア姐さん……っ。いいか、わかったらあっちへいっちまえ!」
目を潤ませて拳を握り締める大男に青年は少々呆気に取られるものの、すぐに表情を元に戻すと納得したように門から離れる。
「わかった。それじゃあ俺はこれで失礼するよ。もしよかったらあんたもサーカスを見に来てくれ」
そう言い残し、踵を返して走り去る。それはとても軽やかな身のこなしだった。
ロワーズの屋敷で働き始めてから1週間が経った。
もともとレイピアは仕事覚えがいい方だったので、1週間も経った今ではだいぶ慣れたものである。いつものように朝早くに起き、仕事に向かうため準備を始める。
「姐さ~ん! 姐さん姐さん」
この日も動きやすいパンツスタイルの服に着替え、腰のベルトに剣を差し入れたところで、朝もまだ早いというのに辺りを憚らないラグスの大声が扉越しに響いた。レイピアは苦笑する。
ラグスと戦ったあの日以来、すっかり彼はレイピアのことを姐さん扱いしている。尊敬の眼差しで見つめ、子犬みたいに後をくっついてくるのだ。少し鬱陶しいと思わなくもないけれど、特に害を与えてくるものでもないから好きにさせている。
扉を開けるとラグスが目の前に立っていた。
「ラグス。朝からそんな大声出したらみんな驚くわ」
「へ、へえ。すみません」
注意を受けると、顔を赤くし巨体をこれ以上ないくらいに小さくして反省する。しょんぼりとした様子はどこか憎めないものがある。思わずくすっと笑う。
「一体どうしたの?」
「姐さんは今日1日フリーだそうですぜ」
「え?」
ラグスの口から出た言葉はレイピアにとって意外なものだった。目を丸くする。
「1週間働きっぱなしだったから今日はフリーで構わないって、ロワーズの旦那から言付けられました」
「そんな……」
レイピアがあまり嬉しくなさそうな顔をしているのを見て、ラグスは首を傾げた。思っている疑問を正直に口に出す。
「姐さんは休みが嬉しくないんですかい?」
「休みなんていらないわ」
キッパリとレイピアは答える。
自由な時間が多ければ多いほど、忘れたくてたまらない人の顔を思い出してしまうから。振り払うように頭を振る。
休みなんていらない。忙しい方がずっといい。
「私、ロワーズさんに言ってくる!」
言い終えるか終わらないかのうちにロワーズの部屋に向けて歩き出す。
***
「困ります、休みなんて」そう訴えたレイピアに対して執務室にいたロワーズは困った顔をした。
「休みがいらない? 休みといっても有給だから気にすることはないよ」
「いえ、そういうわけではなく……働いていたいんです」
頑としてレイピアはゆずらなかった。
その頑なな態度から何かを察したようでロワーズは口髭を撫で、ジッとレイピアを見つめた。まるで心の中を見透かされてしまうようだった。
思わず居心地の悪さを覚える。
「どうしてかな、商人なんていう仕事をやっていると相手の心の動きというものが自然と見えてきてしまう」
どう答えて良いのかわからず沈黙する。
「仕事に打ち込むことで、何かから目を背けようとしている。君はそんな風に見えるよ」
「あ……」
口元に手を当て、顔を俯かせる。
「そう…かもしれません。きっと逃げているんです、私は。でも、決して仕事に支障はきたしません。だから働かせて欲しいんです」
ロワーズは1つだけため息をつくと、レイピアに向けてにっこりと笑いかけた。
「わかった。そこまで言うのなら自由にしなさい」
そして言葉を続ける。
「だが、君がもし君の抱えている事情と向き合う日が来たら―――迷わず正しいと思った行動を起こしなさい」
それは自分の抱えている事情と向き合う日が来たらこの仕事を辞めてもかまわないということなのだろうか、そう思ったがあえて尋ねようとはしなかった。ただ無言で頭を下げてロワーズの部屋を後にした。
ロワーズの部屋から外へと向かう長い廊下には大きな窓がいくつもあって、庭園を見渡すことができた。何気なくレイピアが窓の外へ目を向けると警備にあたっている男達の姿が視界に映った。
そこで彼女は表情を凍りつかせる。
警備の者は3人いて、その中の1人…ちょうどレイピアから背を向けていて顔はよく見えないのだが、彼の髪の毛は金色だった。
サラサラの。
そう、あの人と同じ―――。
違う、別人だ。
頭の中ではそのことを理解しているのに、過剰に反応してしまった。
「レイピア姐さん?」
ロワーズの部屋から出てきたレイピアを追いかけて来たラグスが不思議そうに首を傾げて、その顔を覗き込む。レイピアの顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだった。けれど視線だけは同じ場所をずっと見続けている。驚き、レイピアの視線を追うと外に金髪の男が立っている。
「あの金髪野郎が何かしたんですかい!?」
いきり立ったラグスは金髪の男に殴りかかるため、袖をまくり上げる。窓から飛び出そうとしたところで、それを止めたのはレイピアだった。弱々しく首を振る。
「違う、違うのラグス……」
そうつぶやいたきり、レイピアは顔を俯かせもう言葉を続けられなかった。
***
レイピアはその日の仕事をいつも通りきちんとこなしていたけれど、顔はずっと青ざめたままで、話し掛けてもどこか虚ろでほとんど返事が帰ってこなかった。仕事が終わると食事も取らずに部屋に戻った。半ば駆け込むような形で。
そんなレイピアを見てラグスは心配で仕方がなかった。
「一体どうしちまったんだ姐さん……っ!?」
思い当たる原因といえば庭の警備についていた金髪男を見てからだ。どう考えてもそれしか思い浮かばない。
だが、レイピアは彼には全く関係がないという。関係がないのに、なぜあんなにも怯えるのだろうか?
念のため外にいた金髪男を捕まえて話を聞いてみたが、彼はレイピアのことを知っているとは言ったものの話をしたことはないという。嘘を言っているようには見えなかった。
だったら何故なのか。
金髪が関係しているのだろうか?
おろおろとラグスはこれからどうするべきか考えた後、レイピアに夕飯を持っていくことにした。
「レイピア姐さん! 食事を持ってきやした」
ドアをノックする。
しかし、しばらく中からは何の反応もなくてラグスの不安は高まった。もう1度ドアをノックしようと手を伸ばしたところでようやく返事が返ってきた。
「ごめんね……。食べられないわ。食欲がないの」
ドア越しに響く弱々しいレイピアの声。
ますますラグスの不安が高まる。
「でも姐さん、食事をちゃんと取らないとぶっ倒れちまいますぜ?」
「今は胸がいっぱいでとても食べられないの。明日はちゃんと食べるから……」
「姐さん~~……」
巨体に似合わぬ今にも泣きそうな声を出した。
ラグスが見ている限りレイピアはここに初めて来た日から今まであまり食事を取っていないように思えた。もともと食が細いのかもしれないが、それでも仕事量に比べあの食事量は異常なほど少なかった。
現に最初に会った日よりも痩せているような気がする。
ラグスの不安は頂点に達していた。
***
その翌日のこと。
門の警備をしている男が、暇を弄びくあ~っと欠伸をする。ここ数週間、特に事件もなく平和な日々が続いている。
だが気を緩めてはいけない、盗賊団がちまたで暴れまわっているのだ。そう思い直した男は頬をピシャリと叩き気持ちを引き締める。
と、そこへいつの間にやってきたのか1人の青年がすぐ側まで来ていて、にこやかに片手を上げて挨拶してきた。
「やあ、こんにちは。今度この街でサーカス公演を行なうことになってね。ビラを配りに来たんだ」
青年はそう言って、ビラを1枚警備の男に手渡す。ビラには青年の言うとおりサーカスのプログラムや舞台の写真が載っている。
身元がハッキリとしていて、なおかつ昼間から堂々と侵入してくる盗賊もいないだろうと考えた警備の男はわずかに警戒を緩める。
彼らの目の前にいる青年がどこから見ても盗賊の類には見えなかったことも大きな理由の1つにある。
髪の毛はサラサラで、貴族の血を濃く継いだ金色。娘に黄色い声を上げられるような甘い顔立ち。ビラ配りをしているよりもテラスで優雅に紅茶でも飲んでいる方が似合う青年だった。
「ほお。サーカスか…1度も見たことがないな。おもしろいものなのか?」
「もちろんさ。見て必ず損はさせない、保障するよ」
余程自信があるようで、キッパリと断言してみせる。思わず警備の男は苦笑する。
「はは、すごい自信だな」
「まあね」
得意げに口の端を上げてニッと笑う。
警備の男は不思議な感覚に捕らわれる。目の前の青年が言うと、それまであまり気にもしていなかったというのに、サーカスに対する興味がわいてくるのだ。必ず見に行ってみようと思わせる何かがある。
数分ほどサーカスについて雑談を交わした後、青年が話題を変えた。
「それにしてもこの屋敷はずいぶんと警備が厚いようだけど?」
「ん、ああ……。これはな、盗賊対策なんだ。最近アクアクリスは物騒でなぁ」
「ふうん、なるほどね」
青年は門に寄りかかり、チラと屋敷を見上げる。何か言うために口を開きかけたが、それは言葉にすることができなかった。
「おい、コラ―――ッ!」
こちらに向かって駆けてきたラグスの怒声によって阻まれたのだ。
警備を怠って話をしていたことを怒られるのかと思って、警備の男は身をすくませたがラグスの怒りは別のものだった。
「金髪野郎は屋敷に近づくんじゃねえ!」
という内容のものだった。明らかに金髪だけを限定している。
シッシッ、と蝿を追い払うように手を払う。青年はそのラグスの行動に特に気分を害した様子もなく肩をすくめてみせる。どことなくおどけた感じで。
「ひどい扱いようだね。ここでは金髪差別でもしているのかい?」
「そういうわけじゃねえ。ただ、金髪を見ると姐さんの気分が悪くなるんだ!」
「……姐さん?」
ラグスの言葉を耳に留めた青年の目が、一瞬鋭くなった。探し求めていた獲物を見つけた獣のように。それは本当に一瞬のことだったので大男は少しも気がつかなかった。
「ああそうだ。俺はあの方の表情が曇るのを見ちゃいられねえ! ああ、おいたわしいレイピア姐さん……っ。いいか、わかったらあっちへいっちまえ!」
目を潤ませて拳を握り締める大男に青年は少々呆気に取られるものの、すぐに表情を元に戻すと納得したように門から離れる。
「わかった。それじゃあ俺はこれで失礼するよ。もしよかったらあんたもサーカスを見に来てくれ」
そう言い残し、踵を返して走り去る。それはとても軽やかな身のこなしだった。
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