盗賊と領主の娘

倉くらの

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第14章 消えた領主の娘

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 サーカス団を出たレイピアはそのままの足でホットリープの自分の屋敷へと戻ってきた。
 ダイヤが盗まれた日、レイピアは屋敷の者に何も告げずすぐにスキルを追った。そのためレイピアが行方不明になったとして屋敷では騒がれていたのだ。屋敷に帰ると、使用人達は駆けより口々に「無事だったのですか!?」「今まで一体どこにいたんです!?」と言った。レイピアはそのことに関しては適当に言葉を濁して足早に父のいる書斎へと向かった。

「レイピア、お前」

 驚き、目を見開いてレイピアを凝視する父親の目の前にダイヤを突きつける。

「盗まれたピンクダイヤモンド、盗賊から取り戻して来ました」

「これは……。今まで行方不明だったのはこれを探していたのか?」

 レイピアは頷く代わりに冷たく言葉を放った。

「あなたのためではないわ。これは、お母様の思い出を守るためにやったこと。あなたにしてみれば……単なる宝石にしかすぎないのでしょうけど」

 レイピアの父の瞳が微かに寂しそうな色を帯びて揺らめく。やがてしばらくの沈黙の後、ポツリポツリと語り始める。

「このダイヤはな…私があれに送った唯一のもので、あれも生涯大事にしていたものだ」

 母を思い出し、懐かしむように父は目を細めた。

 自分がダイヤを母の思い出として大切にしていたように、父もまた同じ思いを抱えていたというのか。
 信じられないという思いでまじまじと父の顔を見る。
 だが、そこにあったのはまぎれもなく母への愛情に溢れている父の姿だった。母が亡くなってから初めて見る姿でもあった。
 思わず息を呑む。

「この宝石だけは、どうしても盗まれるわけにはいかなかったのだよ……」

 そう言って、とても大切そうに宝石を握りしめる。レイピアは混乱を隠し切れず言葉も出せない。その心情を察しているように、父は言葉を続けた。

「今さら信じてもらえないかもしれないが……」

「当たり前じゃない。今さらよ! あなたは1度だってお母様のお墓参りに行かなかった」

 怒りで肩を震わせる。

「それどころか毎日毎日仕事ばかりでお母様のことすら口に出さなかった。まるで存在すらしてなかったように……っ」

「すまない。だが、私も辛かったのだ。あれのことを思い出さないように仕事に逃げることしかできなかった」

 そうすることでしか孤独感を紛らわすことができなかった、そう父は語る。
 そこにはいつもの気難しい顔の父の姿はなく、代わりに人間らしい弱々しさが垣間見えた。レイピアはそんな父から顔を背ける。

「……あなたはこの2年、私を探しにすら来なかった」

 屋敷を飛び出してから、父からは一度も音沙汰がなかった。その気になれば財力でも何でも使ってレイピアの行方を探すことなど容易にできたであろうに。それをしなかったのだ。
 そのことは少なからずレイピアの心に悲しみを与えていた。

「私の存在なんて、どうでもいいようなものだったんでしょう?」

 そのレイピアの言葉を聞き、彼はハッとしたように目を見開く。

「探さなかったのは少し冷却期間を置いたほうがいいと思ったからだ。お前は私の顔など見たくないだろうと思っていた。だが、それが余計にお前を傷つけていたとはな……すまなかった」

 戸惑いながらも、撫でるようにレイピアの頭にそっと手を置いた。
 父に、こんな風に触れられたのは何年ぶりだろうか……。

「……盗賊から予告状が来た時、お前を呼び戻すいい機会だと思った」

 けれど実際2年ぶりに会うとどう接したらいいのか、どう声を掛けていいのかわからなかった。
 無口な男は何度も言葉を途切れさせながらも、レイピアに自分の気持ちを伝えていく。

「これだけはわかって欲しい。お前が旅に出てからは、毎日無事でやっているのか不安でたまらなかった」

 レイピアはわずかに顔を父の方に振り向かせた。
 家を飛び出した時、本当はずっと探してもらいたかった。「家に帰ろう」と、たった一言父の口から聞きたかった。

「あなたの愛情はわかりづらいわ。私は、鈍いから今みたいに言葉にしてもらわないとわからないのよ」

「私達は……少し、話し合う機会が少なかったのかもしれないな。すまない、レイピア」

 途切れ途切れながらも、言葉にしてもらってようやくわかった。
 父はちゃんと母のことを愛していた。そして、自分のことも。
 愛する者を失って仕事に没頭することしかできなかった父の思いも、今ならわかる。2年前とは違い、レイピアも今は愛する人を失うことの苦しみも悲しみを知っているから。


 思い出すのはスキルの顔。
 いつも、さりげなくレイピアの心を癒してくれた人。

 スキルとユーザが決闘をする時、なぜあなたがそんなことをする必要があるのと問いかけたレイピアに対して彼はこう言った。
 それはまるで謎かけのような、言葉。

「なぜ、ね。さあどうしてだろうね? あいつが気に入らないから、ゲームに決着がつかないうちに君を連れて行かせるわけにはいかない、このどちらも当てはまりそうで…実はそうじゃない」

 意味がわからなかった。いくら考えてもわからなくて。いや、違う。わからなかったのではない。わかろうとしなかったのだ。その時は、その言葉が表している意味を知ってしまうのが恐かったから。
 彼の言った言葉の意味、それは―――。

 『君をユーザに渡したくないから』

 謎かけのような言葉は、遠まわしだけどレイピアに対する思いが確かに込められている。

 スキルはレイピアに対して『愛している』という言葉を一度も言っていないけれど、彼は自分が考えているよりもずっと自分のことを愛してくれていたのかもしれない。
 逃げ出してしまわずに、話し合って、きちんと彼の気持ちを確かめるべきだったのかもしれない。

 だが、もう遅い。
 彼のことを信じることができず、いつか捨てられてしまうのではないかという不安にかられて自ら離れてしまったのだから。
 もうサーカス団に、スキルの元になど帰れるはずがない。

「……レイピア?」

 不思議そうに自分を見つめてくる父と目が合って、ハッとすると慌てて何でもないという風に首を左右に振る。

「これからどうするんだ……?」

「旅に出ます。お父様のことが嫌いだからとか、そういうことじゃなくて私には冒険者が合っているみたいなんです。今更縁談の話もないでしょうが……結婚してこの屋敷を継ぐことはできません。私は外の世界で生きて行きます」

 2年前に持ち上がった縁談話のことに触れて、それはできないと伝える。もはや一度家を出た貴族令嬢などに持ち込まれる縁談の話などないだろうが。
 少し寂しげに父の瞳が揺れる。

「そうか……。お前の好きにするといい。屋敷のことは気にするな」

 無言でレイピアは頭を下げる。

「でも、いつかはお父様の顔を見に、立ち寄ろうと思っています」

「いつでも歓迎する」

 2年間、見ないうちに増えてしまった顔のしわをさらに深くして父は笑った。レイピアも微笑する。2人の間に深く、修復のきかないほどに広がっていた溝がゆっくりと埋まっていった瞬間でもあった。



 遠慮するレイピアに父は旅の資金としてかなりの金額を援助してくれた。そのため馬車を1台借り切ることができた。それほど大きくない馬車だったが、レイピアと荷物を乗せてもまだ余裕がある。

「お嬢さん。どちらへ?」

 御者に問われ、レイピアは顎に手を当てて考え込む。
 まだ具体的にどの街に行こうか考えていない。

「そうね……。これから暑くなるから北へ」

「北? 具体的な場所などは?」

「どこでもいいわ。ホットリープを離れた場所なら、どこでも」

 レイピアのことを自由気ままな旅人だと理解したのだろう。御者の男はそれ以上深く尋ねず、思いついた考えを提案する。

「それじゃあここから馬車で3日ほど行ったところにあるアクアクリスの街はどうですかね? 水の都って呼ばれていてこれからの季節にはうってつけですよ」

「うん! 決まり。そこがいいわ」

 ゆっくりと馬車が動き出す。
 遠ざかっていくホットリープののどかな景色を見ながら、レイピアはスキルのこと、そしてサーカス団の仲間達のことを思い出していた。

 色々あった1ヵ月。楽しかったことも辛いこともあった。でもやはり思い出すのは楽しかった思い出の方が多いかもしれない。
 たぶんこの先どんなことがあってもあそこにいた1ヵ月ほど印象深いことはだろうと思う。
 知らずのうちに涙が頬を伝い落ちてきた。御者に不審がられないように慌てて拭うと、荷物を枕がわりにして眠りについた。
 眠ってしまえば泣いてしまうこともないから。


 馬車はゴトゴトと揺れながらホットリープの北――アクアクリスの街を目指して進んでいく。




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