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第9章 楽しいサーカス
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「さあ、楽しいサーカスが始まるよ!」
レイピアが向かった先、赤と白で縁取った券売所の前では奇妙な格好をした男が身振り手振りをまじえて、今から始まるサーカス・ショーを面白おかしく紹介していた。
その男の服装は水玉模様のだぶだぶズボンに赤と白のストライプのシャツという何とも派手な服装をしている。奇妙なのは服装だけではなくその顔。
黄色の毛糸で作られた髪の毛をカツラのように被り、顔は真っ白で真っ赤に塗りたくられた唇は頬の辺りまで伸びている。そしてまん丸の赤鼻。
その男は団員の誰かが変装しているものなのだろう、しかし声も顔も変わっているため誰なのかはわからない。レイピアが奇妙なものを見るような目で男を見ていると、男も彼女に気がつきその奇妙で、もとから笑っているようなその顔をさらに笑みの形に歪める。
「おや、お嬢さん。そんなに目をまんまるくしちゃって。私がそんなに奇妙ですかい? 私はピエロって言うんですけど…ああ、ご存知ない。ぜひとも覚えておいてくださいね。では、親愛の印にこの風船をどうぞ」
そのピエロはやけに動作を大げさにして片手に持っていた風船の束からその1つをレイピアに差し出した。
「え、あ…ありがとう」
戸惑いながら赤色の風船を受けとる。風船など手にしたのは生まれて初めてだった。
幼い少女のようにレイピアの心臓はドキドキと高鳴る。
いいな~と後ろから声が上がる。サーカスを見に来た子供達がすぐ側でレイピアの持つ風船を羨ましそうに見上げていた。
ピエロはそんな子供達に向かって手招きをする。
「ほらほら焦らないでこっちにおいで。風船はまだまだたくさんあるよ」
その言葉に誘われるように子供達は一気にピエロを囲んだ。それを視界の隅に入れつつ、レイピアはテントの中へと足を運んだ。
テントの中はすでに熱気が立ち込めていた。
座席の部分はよく見えるようにとライトで照らし出されて、そこだけがやけにハッキリとテントの中に浮かび上がっている。
チケットに書かれた席番号を探して歩き回っていると急に1番前の座席からさっと手が上がった。リグである。
「レイピアさん、こっちですよ」
手招きしてレイピアを呼び寄せるリグの隣には足を組んだブレンも腰をかけていて、何で俺がこんな所に来なくちゃなんねえんだ? とその表情は語っている。
「どうしてあなた達がここにいるの?」
「1人で見てもつまらないだろうから…って」
「スキルが言ったの?」
「ええ。私は仕事が終わって暇ですし、ブレンは謹慎中ですからね」
うっせーよ、と仏頂面でブレンが言う。
確かに周りを見ると親子や恋人同士ばかりで、1人で見にきている者などいなかったからそのさりげない気遣いをありがたく思った。
風船を椅子にくくり付けてから腰をおろす。椅子はそれほど固くもなく、ほどよく綿を詰めた布が敷かれてあったので座りやすかった。
「もうそろそろ始まりますよ」
観客席を煌々と照らし出していたライトが徐々に消え、ステージの中央だけに光が集められるとそれまで賑やかだった観客席は一斉に静まりかえった。
それが始まりの合図。
「ようこそ我がサーカス団へ!」
朗々とした声がテント内に響き渡る。
ステージの中央にはいつの間にか現れた黒い生地に金の刺繍の施されたスーツ風のステージ衣装とシルクハットを被った壮年の男が両手を掲げて観客達に感謝の言葉を述べた。
その壮年の男はサーカス団の団長、つまりスキルの父親である。
レイピアは2度ぐらい会ったことがあるが、その時の団長のイメージというと豪快で荒々しい感じで本当にスキルの父親だろうか? と思わせるような人だったが、今ステージで観客に声をかけている団長の振る舞いはどことなく貴族風で紳士的に見える。
それは団長だけに限ったことではなくて、団長の側に控える団員達も皆別人のように顔つきが変わって見える。
やがて挨拶を終えた団長が服をひるがえしてその場から立ち去ると、軽快な音楽が鳴り始めてステージ左右の照明が舞台を照らしてキラキラと輝き出した。
すでにこの時点でレイピアの心はサーカスという名の魔法に捕まってしまった。うっとりと頬を上気させて調教師の指示に従って器用に足を動かして玉乗りをするクマやくるくると踊るようにとんぼ返りする曲芸師を見つめた。
演目の組み方もまた見事なもので、空中ブランコのようにスリリングで見ていて冷や冷やしたかと思えば、すぐにピエロの芸によって笑いが起きる。スリリングなものとほっと一息つく演目が交互に組まれているのだ。
観客まで引っ張り込んでのピエロの道化は本当におもしろくて、笑いすぎて思わず涙をこぼしそうになった。
「すごいのね…私、こんなに楽しいものを見たのは生まれて初めてよ!」
素直にそう思った。
興奮したまま、両手を握り締めて言うレイピアにリグは微笑みの形に目を細め、ブレンは腕を組んだままの姿勢で得意げな顔をした。
「あたりまえじゃねえか! なんたって俺達のサーカスだぜ」
「ブレンは謹慎中ですけどねぇ」
「だー、うっせえぞリグ!」
お互いの口をひっぱりあって喧嘩ごしになるブレンとリグに、レイピアはくすくすと笑いをこぼした。
「次の演目が始まるわ。何かしら? ……あ」
レイピアはステージを見つめたまま、固まる。
その視線の先にはふわりと妖精のように軽やかにステージに立つシャンナリーの姿があった。彼女はマスカットの瞳と同じ色のステージ衣装を着ている。その衣装は肩とお腹の部分が露出していて体のラインがくっきり出るタイプのものだったが、シャンナリーが着ると愛らしい顔立ちゆえに少しも下品さが感じられない。その愛らしい顔でにこやかに観客席に手を振るものだから男性客はおろか女性客の視線もシャンナリーに釘付けになった。
「続きましては我がサーカス団でも指折りの美女、シャンナリーによるナイフ投げをご覧いただきましょう!!」
やけに大げさな身振り手振りで舞台進行をするのは道化師の姿をした団員だった。
観客達がわきあがる中、レイピアだけは釈然としない思いを抱える。
なぜか観客の方に向けられているはずのシャンナリーの視線が、レイピアただ1人に向けられているように思えて仕方がなかったからだ。
「この演目はお客さんの中から1人に手伝ってもらいます。そうですね…それじゃあそこの女性に手伝ってもらいましょう」
シャンナリーは愛らしい声で言って、真っ直ぐレイピアの方を指差した。
一斉に観客の目がレイピアに注がれる。
「わ、私っ!? なんでっ!」
ステージに上げられるなんて一言も聞いていない。
慌てふためいてリグに助けを求めるが、彼も今初めて知ったという風に首を左右に振ってみせた。
「私もこんな話は聞いてません…。でも、シャンナリーのナイフ投げの腕前は一流ですから怪我する心配なんてありませんよ」
声をひそめて、レイピアに耳打ちする。
「違うの、そうじゃなくって……」
私が心配しているのは――――。
そう言いかけて口を引き結んだ。
レイピアにはシャンナリーが何か企んでいて、仕掛けてくるのではないかと思えてならないが、しかしリグもほとんどの団員もシャンナリーの本性に気付いていない。きっと何を言っても信じてはもらえないだろう。
「大丈夫ですよ。さあ、ステージの方へどうぞ」
にこやかに笑うシャンナリーの姿はまさに小悪魔そのものに思えた。
ため息をつくと覚悟を決めたレイピアはステージの上へと足を踏み入れた。
「あいつ…何する気だ?」
ただ1人、シャンナリーの本性を知るブレンだけは眉をひそめてつぶやいた。
「さあ、楽しいサーカスが始まるよ!」
レイピアが向かった先、赤と白で縁取った券売所の前では奇妙な格好をした男が身振り手振りをまじえて、今から始まるサーカス・ショーを面白おかしく紹介していた。
その男の服装は水玉模様のだぶだぶズボンに赤と白のストライプのシャツという何とも派手な服装をしている。奇妙なのは服装だけではなくその顔。
黄色の毛糸で作られた髪の毛をカツラのように被り、顔は真っ白で真っ赤に塗りたくられた唇は頬の辺りまで伸びている。そしてまん丸の赤鼻。
その男は団員の誰かが変装しているものなのだろう、しかし声も顔も変わっているため誰なのかはわからない。レイピアが奇妙なものを見るような目で男を見ていると、男も彼女に気がつきその奇妙で、もとから笑っているようなその顔をさらに笑みの形に歪める。
「おや、お嬢さん。そんなに目をまんまるくしちゃって。私がそんなに奇妙ですかい? 私はピエロって言うんですけど…ああ、ご存知ない。ぜひとも覚えておいてくださいね。では、親愛の印にこの風船をどうぞ」
そのピエロはやけに動作を大げさにして片手に持っていた風船の束からその1つをレイピアに差し出した。
「え、あ…ありがとう」
戸惑いながら赤色の風船を受けとる。風船など手にしたのは生まれて初めてだった。
幼い少女のようにレイピアの心臓はドキドキと高鳴る。
いいな~と後ろから声が上がる。サーカスを見に来た子供達がすぐ側でレイピアの持つ風船を羨ましそうに見上げていた。
ピエロはそんな子供達に向かって手招きをする。
「ほらほら焦らないでこっちにおいで。風船はまだまだたくさんあるよ」
その言葉に誘われるように子供達は一気にピエロを囲んだ。それを視界の隅に入れつつ、レイピアはテントの中へと足を運んだ。
テントの中はすでに熱気が立ち込めていた。
座席の部分はよく見えるようにとライトで照らし出されて、そこだけがやけにハッキリとテントの中に浮かび上がっている。
チケットに書かれた席番号を探して歩き回っていると急に1番前の座席からさっと手が上がった。リグである。
「レイピアさん、こっちですよ」
手招きしてレイピアを呼び寄せるリグの隣には足を組んだブレンも腰をかけていて、何で俺がこんな所に来なくちゃなんねえんだ? とその表情は語っている。
「どうしてあなた達がここにいるの?」
「1人で見てもつまらないだろうから…って」
「スキルが言ったの?」
「ええ。私は仕事が終わって暇ですし、ブレンは謹慎中ですからね」
うっせーよ、と仏頂面でブレンが言う。
確かに周りを見ると親子や恋人同士ばかりで、1人で見にきている者などいなかったからそのさりげない気遣いをありがたく思った。
風船を椅子にくくり付けてから腰をおろす。椅子はそれほど固くもなく、ほどよく綿を詰めた布が敷かれてあったので座りやすかった。
「もうそろそろ始まりますよ」
観客席を煌々と照らし出していたライトが徐々に消え、ステージの中央だけに光が集められるとそれまで賑やかだった観客席は一斉に静まりかえった。
それが始まりの合図。
「ようこそ我がサーカス団へ!」
朗々とした声がテント内に響き渡る。
ステージの中央にはいつの間にか現れた黒い生地に金の刺繍の施されたスーツ風のステージ衣装とシルクハットを被った壮年の男が両手を掲げて観客達に感謝の言葉を述べた。
その壮年の男はサーカス団の団長、つまりスキルの父親である。
レイピアは2度ぐらい会ったことがあるが、その時の団長のイメージというと豪快で荒々しい感じで本当にスキルの父親だろうか? と思わせるような人だったが、今ステージで観客に声をかけている団長の振る舞いはどことなく貴族風で紳士的に見える。
それは団長だけに限ったことではなくて、団長の側に控える団員達も皆別人のように顔つきが変わって見える。
やがて挨拶を終えた団長が服をひるがえしてその場から立ち去ると、軽快な音楽が鳴り始めてステージ左右の照明が舞台を照らしてキラキラと輝き出した。
すでにこの時点でレイピアの心はサーカスという名の魔法に捕まってしまった。うっとりと頬を上気させて調教師の指示に従って器用に足を動かして玉乗りをするクマやくるくると踊るようにとんぼ返りする曲芸師を見つめた。
演目の組み方もまた見事なもので、空中ブランコのようにスリリングで見ていて冷や冷やしたかと思えば、すぐにピエロの芸によって笑いが起きる。スリリングなものとほっと一息つく演目が交互に組まれているのだ。
観客まで引っ張り込んでのピエロの道化は本当におもしろくて、笑いすぎて思わず涙をこぼしそうになった。
「すごいのね…私、こんなに楽しいものを見たのは生まれて初めてよ!」
素直にそう思った。
興奮したまま、両手を握り締めて言うレイピアにリグは微笑みの形に目を細め、ブレンは腕を組んだままの姿勢で得意げな顔をした。
「あたりまえじゃねえか! なんたって俺達のサーカスだぜ」
「ブレンは謹慎中ですけどねぇ」
「だー、うっせえぞリグ!」
お互いの口をひっぱりあって喧嘩ごしになるブレンとリグに、レイピアはくすくすと笑いをこぼした。
「次の演目が始まるわ。何かしら? ……あ」
レイピアはステージを見つめたまま、固まる。
その視線の先にはふわりと妖精のように軽やかにステージに立つシャンナリーの姿があった。彼女はマスカットの瞳と同じ色のステージ衣装を着ている。その衣装は肩とお腹の部分が露出していて体のラインがくっきり出るタイプのものだったが、シャンナリーが着ると愛らしい顔立ちゆえに少しも下品さが感じられない。その愛らしい顔でにこやかに観客席に手を振るものだから男性客はおろか女性客の視線もシャンナリーに釘付けになった。
「続きましては我がサーカス団でも指折りの美女、シャンナリーによるナイフ投げをご覧いただきましょう!!」
やけに大げさな身振り手振りで舞台進行をするのは道化師の姿をした団員だった。
観客達がわきあがる中、レイピアだけは釈然としない思いを抱える。
なぜか観客の方に向けられているはずのシャンナリーの視線が、レイピアただ1人に向けられているように思えて仕方がなかったからだ。
「この演目はお客さんの中から1人に手伝ってもらいます。そうですね…それじゃあそこの女性に手伝ってもらいましょう」
シャンナリーは愛らしい声で言って、真っ直ぐレイピアの方を指差した。
一斉に観客の目がレイピアに注がれる。
「わ、私っ!? なんでっ!」
ステージに上げられるなんて一言も聞いていない。
慌てふためいてリグに助けを求めるが、彼も今初めて知ったという風に首を左右に振ってみせた。
「私もこんな話は聞いてません…。でも、シャンナリーのナイフ投げの腕前は一流ですから怪我する心配なんてありませんよ」
声をひそめて、レイピアに耳打ちする。
「違うの、そうじゃなくって……」
私が心配しているのは――――。
そう言いかけて口を引き結んだ。
レイピアにはシャンナリーが何か企んでいて、仕掛けてくるのではないかと思えてならないが、しかしリグもほとんどの団員もシャンナリーの本性に気付いていない。きっと何を言っても信じてはもらえないだろう。
「大丈夫ですよ。さあ、ステージの方へどうぞ」
にこやかに笑うシャンナリーの姿はまさに小悪魔そのものに思えた。
ため息をつくと覚悟を決めたレイピアはステージの上へと足を踏み入れた。
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