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第6章 心の傷
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翌朝。
いつもなら気持ちの良い朝だった。テントの中に差し込む日差しはやわらかかったしいつまでも眠っていたくなるくらいに気温は温かかった。
しかし―――。
気分はこの上ないくらい最悪だった。自然とこの気持ちのいい朝ですら苛立たしいものに思えてくる。
レイピアはテントにあらかじめ取りつけられていた銀の鏡を眺めて盛大にため息をついた。目の下に大きな隈ができている。
理由は考えるまでもなかった。
昨日あれから悔しくて、恥ずかしくて朝方まで眠れなかったせいだ。ようやく寝付いたかと思うと、悔しさで目が覚める。その繰り返しで結局ほとんど眠っていない。
考えてみるとここに来てからというものスキルに一矢報いていないどころか、反対にレイピアの方がやられっぱなしなのだ。
「く・や・し――――!!」
昨日のことを思い出してしまい、腹が立ってぶるぶると身を震わせる。
ダイヤを奪い返すことはできないにしても、今日こそは…あの不遜で悪辣なスキルに目に物見せてやりたい。
あの涼しげで飄々とした顔に驚きの表情を浮かべさせてやりたいと思うのだ。
「顔、洗ってこようかな」
隈ができている上に寝ぼけ眼では顔がしまらない。気分を変えるためにも顔を洗うことにした。
もちろんテント内に水道が通っているわけもなく、わざわざ水をもらいに井戸まで行かなければならなかった。
井戸はテント街の中央広場にある。
正確にいうと井戸を取り囲むようにしてテントが建てられたのだ。この中央広場では井戸があることと広く場所が設けられていることから食事の炊き出しも行なわれている。
レイピアは井戸に取り付けられている滑車を使って水を汲み上げた。水は凍るように冷たく、顔を引き締めるのにちょうどよかった。
ザバーッ!!
突然の水音にレイピアはパチパチと目を瞬かせることしかできなかった。頭がようやく理解を示したところで、自分が水を思いっきりかけられたことに気づいた。
パタパタと音を立てて髪の毛から水が滴り落ちる。
水浴びをするにはまだ季節が早い。
急速に寒気が体全体に襲ってきた。ぶるぶると体を震わせたのは怒りのせいだけではない。レイピアは水をかけた主を見るためにキッと顔を上げた。
見ると3、4人の団員がレイピアを囲むようにして立っていて、中にはシャンナリーの姿もあった。その表情は楽しげに歪められている。
弱いものを見下す強者の顔、まさにそれだ。
「どういうつもりかしら?」
レイピアは頬を引きつらせながら、額に流れ落ちる水を袖で拭って団員達を順に睨みつけた。
「それはこっちが聞きたいな。ゆうべスキルのテントで何をしていた!?」
もう噂が広まっているのか…と心の中でうんざりした。スキルのテントへ歩いて行くところを目撃されていたのだろうか。常に監視されているような気がする。
最初に口を開いたのは男の団員だった。
頭にバンダナを巻いた褐色の肌の男は黒い瞳をギラギラさせて睨んでくる。その褐色の肌の男は言葉になまりはないものの大陸の東の方の血を受けついでいるのだろうか、どことなく異国風の顔立ちだ。そのことも加わって余計に威圧感が増す。
怯んでしまいそうになる気持ちを押し殺して、弱みを見せまいとレイピアは両腕を腰にあてて堂々とした態度で対峙した。
「もちろんダイヤを取り返すためよ」
「本当にそれだけか?」
探るようなバンダナ男の視線が向けられる。
「それ以外に何があるっていうの?」
あまりにレイピアが胸を反らして堂々としていたので、バンダナ男は隣にいる男と顔を見合わせる。それに業を煮やしたシャンナリーがウェーブのかかった黒髪を掻きあげると、一歩前に出てレイピアを指さした。
「みんなあんたがスキルを色仕掛けで迫ったって噂してるわ!」
一瞬、レイピアはその言葉の意味を理解することができなかった。
色仕掛けで?
迫った?
私が………!?
「はあ!? 何よそれ!!」
「色仕掛けで迫ってダイヤを盗ろうとしたんでしょう!?」
だんだんと腹が立ってきた。
そんな風に思われていたとは。大体色仕掛けで迫るどころか押し倒されたのはこっちの方である。その上、悔しくて眠れなかったのだ。
言いがかりにもほどがある。
「そんなことするわけないでしょう! 大体、私にはそんなことしなくったって正攻法で取る自信があるわよっ!」
レイピアは憤慨して顔を真っ赤にする。
「本当ね!? その言葉聞いたわよ」
「もちろん本当よ」
シャンナリーはマスカットのような瞳を真っ直ぐレイピアに向けた。射るような視線を受けて負けじと睨み返した。
先にその視線を緩めたのはシャンナリーの方だった。
「それを聞いて安心したわ」
「安心していいわよ。私、男なんて大嫌いだから。あの人とどうこうなるなんてあり得ない」
レイピアは吐き捨てるようにして言った。険しく、何者も寄せ付けないような表情で。
シャンナリーは驚きに目を見開くと、すぐに微笑むように目を細めてレイピアの耳元で囁いた。
愛らしい声で、歌うように。
「あたし、スキルと寝たことあるの。だからあんたは駄目よ」
それだけ言うとくるりと踵を返し、足取りを軽くして団員達を引き連れるようにして去っていった。
翌朝。
いつもなら気持ちの良い朝だった。テントの中に差し込む日差しはやわらかかったしいつまでも眠っていたくなるくらいに気温は温かかった。
しかし―――。
気分はこの上ないくらい最悪だった。自然とこの気持ちのいい朝ですら苛立たしいものに思えてくる。
レイピアはテントにあらかじめ取りつけられていた銀の鏡を眺めて盛大にため息をついた。目の下に大きな隈ができている。
理由は考えるまでもなかった。
昨日あれから悔しくて、恥ずかしくて朝方まで眠れなかったせいだ。ようやく寝付いたかと思うと、悔しさで目が覚める。その繰り返しで結局ほとんど眠っていない。
考えてみるとここに来てからというものスキルに一矢報いていないどころか、反対にレイピアの方がやられっぱなしなのだ。
「く・や・し――――!!」
昨日のことを思い出してしまい、腹が立ってぶるぶると身を震わせる。
ダイヤを奪い返すことはできないにしても、今日こそは…あの不遜で悪辣なスキルに目に物見せてやりたい。
あの涼しげで飄々とした顔に驚きの表情を浮かべさせてやりたいと思うのだ。
「顔、洗ってこようかな」
隈ができている上に寝ぼけ眼では顔がしまらない。気分を変えるためにも顔を洗うことにした。
もちろんテント内に水道が通っているわけもなく、わざわざ水をもらいに井戸まで行かなければならなかった。
井戸はテント街の中央広場にある。
正確にいうと井戸を取り囲むようにしてテントが建てられたのだ。この中央広場では井戸があることと広く場所が設けられていることから食事の炊き出しも行なわれている。
レイピアは井戸に取り付けられている滑車を使って水を汲み上げた。水は凍るように冷たく、顔を引き締めるのにちょうどよかった。
ザバーッ!!
突然の水音にレイピアはパチパチと目を瞬かせることしかできなかった。頭がようやく理解を示したところで、自分が水を思いっきりかけられたことに気づいた。
パタパタと音を立てて髪の毛から水が滴り落ちる。
水浴びをするにはまだ季節が早い。
急速に寒気が体全体に襲ってきた。ぶるぶると体を震わせたのは怒りのせいだけではない。レイピアは水をかけた主を見るためにキッと顔を上げた。
見ると3、4人の団員がレイピアを囲むようにして立っていて、中にはシャンナリーの姿もあった。その表情は楽しげに歪められている。
弱いものを見下す強者の顔、まさにそれだ。
「どういうつもりかしら?」
レイピアは頬を引きつらせながら、額に流れ落ちる水を袖で拭って団員達を順に睨みつけた。
「それはこっちが聞きたいな。ゆうべスキルのテントで何をしていた!?」
もう噂が広まっているのか…と心の中でうんざりした。スキルのテントへ歩いて行くところを目撃されていたのだろうか。常に監視されているような気がする。
最初に口を開いたのは男の団員だった。
頭にバンダナを巻いた褐色の肌の男は黒い瞳をギラギラさせて睨んでくる。その褐色の肌の男は言葉になまりはないものの大陸の東の方の血を受けついでいるのだろうか、どことなく異国風の顔立ちだ。そのことも加わって余計に威圧感が増す。
怯んでしまいそうになる気持ちを押し殺して、弱みを見せまいとレイピアは両腕を腰にあてて堂々とした態度で対峙した。
「もちろんダイヤを取り返すためよ」
「本当にそれだけか?」
探るようなバンダナ男の視線が向けられる。
「それ以外に何があるっていうの?」
あまりにレイピアが胸を反らして堂々としていたので、バンダナ男は隣にいる男と顔を見合わせる。それに業を煮やしたシャンナリーがウェーブのかかった黒髪を掻きあげると、一歩前に出てレイピアを指さした。
「みんなあんたがスキルを色仕掛けで迫ったって噂してるわ!」
一瞬、レイピアはその言葉の意味を理解することができなかった。
色仕掛けで?
迫った?
私が………!?
「はあ!? 何よそれ!!」
「色仕掛けで迫ってダイヤを盗ろうとしたんでしょう!?」
だんだんと腹が立ってきた。
そんな風に思われていたとは。大体色仕掛けで迫るどころか押し倒されたのはこっちの方である。その上、悔しくて眠れなかったのだ。
言いがかりにもほどがある。
「そんなことするわけないでしょう! 大体、私にはそんなことしなくったって正攻法で取る自信があるわよっ!」
レイピアは憤慨して顔を真っ赤にする。
「本当ね!? その言葉聞いたわよ」
「もちろん本当よ」
シャンナリーはマスカットのような瞳を真っ直ぐレイピアに向けた。射るような視線を受けて負けじと睨み返した。
先にその視線を緩めたのはシャンナリーの方だった。
「それを聞いて安心したわ」
「安心していいわよ。私、男なんて大嫌いだから。あの人とどうこうなるなんてあり得ない」
レイピアは吐き捨てるようにして言った。険しく、何者も寄せ付けないような表情で。
シャンナリーは驚きに目を見開くと、すぐに微笑むように目を細めてレイピアの耳元で囁いた。
愛らしい声で、歌うように。
「あたし、スキルと寝たことあるの。だからあんたは駄目よ」
それだけ言うとくるりと踵を返し、足取りを軽くして団員達を引き連れるようにして去っていった。
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