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第5章 長い一ヵ月のはじまり
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「それじゃあまずはこのテント街から案内しましょう」
食事を終えるとすぐに案内をしてもらうことになった。歩きながらリグはテントの1つ1つを紹介していく。倉庫として使われている所だとか、団員の寝泊りしているテントだとか。
そこでレイピアはふと気がつく。
「団員って何人かで1つのテントを使っているの?」
どのテントも皆3人から4人で1つのテントを使っていて、1人でテントを占領している者などいなかった。
「ええ、そうですよ。若君は1人で使っていますが」
「私も1人で使っているわ。何だか悪いわ…。私は歓迎されていないのに」
「若君が決めたことですから、文句を言う人なんていませんよ。あなたが気にする必要はありません」
「スキルの命令は絶対なの?」
「ええ。もっとも命令でなくても、みんな若君のことを心から慕っていますから文句を言う人なんていないんです」
てっきり次期団長というだけで団員が命令に従っていると思っていただけにレイピアは意外だ、と思った。
人柄で団員の信頼を集めているということか。そしてリグもまたスキルを慕っている1人なのだろう。
それなのになぜリグは自分に対してやさしくしてくれるのだろうか…?
私はスキルの敵なのに。
レイピアは不思議で仕方なかったが、リグがレイピアに対して好意的なのにはきちんとした理由があった。
お嬢様なのにそれを気取らないところとか、スキルに対して堂々と悪態をつくところとか…そんなところを好ましく思っているからである。
テント街を奥まで進んでいくと2人は今までよりも一回り大きい2つのテントにたどり着いた。他のシンプルなテントに比べてこの2つのテントは色合いもカラフルだった。
「この右にあるテントが団長とソアラ様のものです。そして左のテントが若君のものです」
右のテントは昨夜レイピアも訪れていたので知っていた。
リグは左のテントの前に立つと、声を掛けた。しかし中からの反応はなく、どうやらスキルはどこかへ出ているらしい。
「若君はいないみたいですね。まあ、そのうち会えるでしょう」
肩をすくめてリグは次の場所へ向けて歩き出した。レイピアも今すぐ会わなくてはならないという用事はなかったのでたいして気にしなかった。
次に2人が訪れたのは獣舎と呼ばれる動物達の檻だった。
テント街のように動物達の檻は規則正しく一列に並べられていた。中には象やライオンなどレイピアが初めて見る動物達もいたし、犬や猫など見慣れた動物達もいた。しかし感動するよりも先に動物達の匂いと鳴き声に顔をしかめた。
この辺りには風を防ぐ木も立っていないため風が吹くたび臭いが漂ってきた。獣舎とテント街が離れて設置されている理由の1つにこのことが挙げられるのだろう。
「動物達の檻にはあまり近づかないでくださいね」
リグのその言葉に不思議に思ったレイピアは小首を傾げる。
「なぜかしら?」
「動物達は繊細なんです。調教師以外の知らない人が来ると人見知りしますから。勝手に餌を上げたり、もちろん触ろうとして檻の中に手を入れたりしないで下さい。手を食いちぎられても知りませんよ」
釘を刺すようにして真剣な表情でリグは言った。
見るからに恐そうなライオンと目が合い、レイピアはぶんぶんと首を縦にふった。
「ええ、食いちぎられるのはごめんだわ。餌になんてなりたくないわね」
その答えにリグは満足げに頷いた。
ここに来ることはもうないだろう。そう思いレイピアはそれ以上先に進むことを止めて、次の場所に案内してもらうことにした。
***
最後に2人が向かったのはステージである巨大なテントだった。
テントには大きく太陽の絵が描かれていて、ポッカリと口を開けるようにして入り口がある。その周りには赤、ピンク、黄色など色とりどりの風船がくくりつけられていて、何ともかわいらしい。
リグの言葉によると、現実と夢の世界を繋ぐという意味で入り口には特に念を入れて飾り付けが施されるらしいのだ。
「昼間から公演があるので今はリハーサルをしています。ステージに案内することはできませんが、観客席の方へ行ってみましょう」
「リグはリハーサルに参加しないの?」
「私は動物の飼育担当ですから」
リグに案内されてテントに入る。
テントの中は鉄の支柱が所々に立てられているものの少しも圧迫感はなく、広く感じられた。ステージを囲むようにして馬蹄型に置かれた観客席は下から上にかけて階段状にせりあがっているため、とても見やすい造りになっている。
ステージの方に顔を向けると10人くらい人が集まっているのが目についた。その中にスキルの姿も見つける。取り込み中のようだったので、レイピアとリグは観客席の1つに腰を下ろすことにした。
レイピアは団員の中に今朝の黒髪の少女も発見し、ハッとした。
会話は聞こえないが、黒髪の少女はにこにこと誰から見ても愛らしい笑顔を浮かべて団員達に…特にスキルに愛想良くしていた。まるで先程とは猫を被ったように別人である。
「あっ、あの子! ねえリグ、あの子の名前は?」
黒髪の少女を指差し、リグの服の裾を引っ張って視線を向けさせた。
「シャンナリーですよ。あの子が何か?」
レイピアのただならぬ様子にリグが首を傾げて尋ねてきたが、すぐさま何でもないと否定した。
シャンナリーという名前の響きをどこかで聞いたような気がして、レイピアはしばらく考え込んだ。シャンナリー、シャンナリーと口の中で反芻してみる。そして思い出す。
パーティー会場で「私にはどんな名前が似合います?」と尋ねたレイピアにランスと名乗っていた時のスキルが「シャンナリーという名前はどうでしょう」と答えたのだった。そしてその後に由来を尋ねたら飼っている猫の名前だと言っていた。それを思い出してぷっと吹き出した。
黒髪の少女のステージ上での見事なまでの猫の被りよう。まさに大きな猫だ。
あの時は適当に猫の名前だと言ったにしてもいい例えだと思った。
けらけらと突然笑いだしたレイピアにひたすらわけもわからず首を傾げるリグだった。
「スキルはサーカスでどんなことをしているの?」
すでにリハーサルは終わっていたらしく、レイピア達が入ったときにはスキル達は最後の打ち合わせをしていた。
「若君は空中アクロバットという演目を行なっています」
「空中あくろばっと?」
聞きなれない言葉にレイピアは首を傾げた。
そもそもレイピアはサーカスというもの自体見たことがなかったから、空中アクロバットがどんなものか想像もつかなかった。それどころか空中ブランコや綱渡りすら知らない。幼い頃は深窓の令嬢として育てられ、つい最近までは冒険者として忙しく活動をしていたのだ。
こういったサーカスなどの娯楽に興じることがなかったため、どんなものか知らないのも無理ないことだった。
「レイピアさんもお昼から行なうサーカスを御覧になってはいかがです?」
リグの言葉にレイピアは「ええ…そうね」と曖昧に答えるだけだった。
正直なところレイピアには盗賊達がやる芸なんて…と軽蔑している気持ちがあるのだ。だから見たいとは少しも思わない。それよりもスキルがどこかに隠したかもしれないダイヤを探す気持ちの方がはるかに大きかった。
早くダイヤを取り返して、さっさとここから逃げ出すのだ。
曖昧なレイピアの返事からそれを察したリグもそれ以上深く勧めてこようとはしなかった。
ようやく打ち合わせが終わったらしく、レイピアの姿に気がついたスキルはステージと観客席の間に張り巡らされた柵をひょいと乗り越えて近くにやってきた。
「おはよう、ランスさん」
レイピアはわざとらしくにこやかに笑いスキルと対峙するようにしてさっと椅子から立ち上がった。またしても「ランス」という言葉に力を込めて言うレイピアにスキルは苦笑した。
レイピアは彼の名前を知っていたものの、今まで正式に彼の口から名乗られることがなかったので、わざと皮肉たっぷりに「ランス」と呼ぶようにしている。
「おはよう、猫被りなお嬢さん。申し遅れましたが私の名前はスキルと申します」
わざとらしいくらいにスキルは恭しくお辞儀をしてみせた。
レイピアは口の端が引きつりかけたが気づかれないようにつん、とそっぽを向く。
「あら、存じていましたわ。だいたい猫被りはお互い様じゃありません? パーティー会場で会ったランスさんと今のスキルさんは別人ですわよっ」
皮肉をたっぷりと込めてわざとらしく丁寧な口調でレイピアは返した。
スキルはおどけるような仕草でどこから取り出したのか、目と口の部分にしか穴の開いていない真っ白な仮面を取り出すとそれを被ってみせた。
「いえいえ、どちらも私の本当の姿でございます。私にはまるでこの仮面をつけたようにステージ用の顔と普段用の顔が存在するのです。貴女の猫被りとは違いますよ」
「猫被りですって!?」
青い目で睨みつけたレイピアに、くっくっとスキルは体を折り曲げて笑った。明らかにレイピアがムキになって怒っているのを楽しんでいる。
馬鹿にして!
完全にレイピアの方がこの目の前の男にからかわれているのがわかっていたので、それがおもしろくなかった。
何て口達者な盗賊なのだろう!
ああいえばこう言う。
口を塞いで針と糸で縫い付けてやりたい。
「母上から聞いたのだがゲームを受けてくれるようだね。それで朝から会いに来てくれたのかな?」
被っていた仮面を放り投げて、ようやく真面目な顔になったスキルが尋ねてくる。
レイピアはスキルを指し、大きく息を吸い込んでステージの方まで響き渡るような大声を出した。
「そうよ、私は宣戦布告を言いに来たの! 絶対にあなたからピンクダイヤを取り返してみせるわ! それでもってあなた達みたいな盗賊を全員とっ捕まえて煮るなり焼くなり好きにさせてもらうから!」
レイピアはスキルだけでなく、ステージの方にいる団員兼盗賊にまで必ず捕まえてやると宣戦布告をしたのだった。
言いたいことを言ってスッキリしたレイピアはくるりと背を向けると、唖然としているリグを置いてスタスタと歩いて出て行ってしまった。
唖然としているのはリグだけでなく、スキルもステージの方にいる団員達も一緒だった。口をポカンと空けて目を丸くしている。
どの顔にも貴族のお嬢様が怒鳴り散らして宣戦布告!? という困惑の色が浮かんでいる。
いち早く立ち直ったスキルはぷっと吹き出すと「何て面白い娘なんだ!」と体を屈めて笑い続けた。
あんなに勇ましい女、見たことがない!
「それじゃあまずはこのテント街から案内しましょう」
食事を終えるとすぐに案内をしてもらうことになった。歩きながらリグはテントの1つ1つを紹介していく。倉庫として使われている所だとか、団員の寝泊りしているテントだとか。
そこでレイピアはふと気がつく。
「団員って何人かで1つのテントを使っているの?」
どのテントも皆3人から4人で1つのテントを使っていて、1人でテントを占領している者などいなかった。
「ええ、そうですよ。若君は1人で使っていますが」
「私も1人で使っているわ。何だか悪いわ…。私は歓迎されていないのに」
「若君が決めたことですから、文句を言う人なんていませんよ。あなたが気にする必要はありません」
「スキルの命令は絶対なの?」
「ええ。もっとも命令でなくても、みんな若君のことを心から慕っていますから文句を言う人なんていないんです」
てっきり次期団長というだけで団員が命令に従っていると思っていただけにレイピアは意外だ、と思った。
人柄で団員の信頼を集めているということか。そしてリグもまたスキルを慕っている1人なのだろう。
それなのになぜリグは自分に対してやさしくしてくれるのだろうか…?
私はスキルの敵なのに。
レイピアは不思議で仕方なかったが、リグがレイピアに対して好意的なのにはきちんとした理由があった。
お嬢様なのにそれを気取らないところとか、スキルに対して堂々と悪態をつくところとか…そんなところを好ましく思っているからである。
テント街を奥まで進んでいくと2人は今までよりも一回り大きい2つのテントにたどり着いた。他のシンプルなテントに比べてこの2つのテントは色合いもカラフルだった。
「この右にあるテントが団長とソアラ様のものです。そして左のテントが若君のものです」
右のテントは昨夜レイピアも訪れていたので知っていた。
リグは左のテントの前に立つと、声を掛けた。しかし中からの反応はなく、どうやらスキルはどこかへ出ているらしい。
「若君はいないみたいですね。まあ、そのうち会えるでしょう」
肩をすくめてリグは次の場所へ向けて歩き出した。レイピアも今すぐ会わなくてはならないという用事はなかったのでたいして気にしなかった。
次に2人が訪れたのは獣舎と呼ばれる動物達の檻だった。
テント街のように動物達の檻は規則正しく一列に並べられていた。中には象やライオンなどレイピアが初めて見る動物達もいたし、犬や猫など見慣れた動物達もいた。しかし感動するよりも先に動物達の匂いと鳴き声に顔をしかめた。
この辺りには風を防ぐ木も立っていないため風が吹くたび臭いが漂ってきた。獣舎とテント街が離れて設置されている理由の1つにこのことが挙げられるのだろう。
「動物達の檻にはあまり近づかないでくださいね」
リグのその言葉に不思議に思ったレイピアは小首を傾げる。
「なぜかしら?」
「動物達は繊細なんです。調教師以外の知らない人が来ると人見知りしますから。勝手に餌を上げたり、もちろん触ろうとして檻の中に手を入れたりしないで下さい。手を食いちぎられても知りませんよ」
釘を刺すようにして真剣な表情でリグは言った。
見るからに恐そうなライオンと目が合い、レイピアはぶんぶんと首を縦にふった。
「ええ、食いちぎられるのはごめんだわ。餌になんてなりたくないわね」
その答えにリグは満足げに頷いた。
ここに来ることはもうないだろう。そう思いレイピアはそれ以上先に進むことを止めて、次の場所に案内してもらうことにした。
***
最後に2人が向かったのはステージである巨大なテントだった。
テントには大きく太陽の絵が描かれていて、ポッカリと口を開けるようにして入り口がある。その周りには赤、ピンク、黄色など色とりどりの風船がくくりつけられていて、何ともかわいらしい。
リグの言葉によると、現実と夢の世界を繋ぐという意味で入り口には特に念を入れて飾り付けが施されるらしいのだ。
「昼間から公演があるので今はリハーサルをしています。ステージに案内することはできませんが、観客席の方へ行ってみましょう」
「リグはリハーサルに参加しないの?」
「私は動物の飼育担当ですから」
リグに案内されてテントに入る。
テントの中は鉄の支柱が所々に立てられているものの少しも圧迫感はなく、広く感じられた。ステージを囲むようにして馬蹄型に置かれた観客席は下から上にかけて階段状にせりあがっているため、とても見やすい造りになっている。
ステージの方に顔を向けると10人くらい人が集まっているのが目についた。その中にスキルの姿も見つける。取り込み中のようだったので、レイピアとリグは観客席の1つに腰を下ろすことにした。
レイピアは団員の中に今朝の黒髪の少女も発見し、ハッとした。
会話は聞こえないが、黒髪の少女はにこにこと誰から見ても愛らしい笑顔を浮かべて団員達に…特にスキルに愛想良くしていた。まるで先程とは猫を被ったように別人である。
「あっ、あの子! ねえリグ、あの子の名前は?」
黒髪の少女を指差し、リグの服の裾を引っ張って視線を向けさせた。
「シャンナリーですよ。あの子が何か?」
レイピアのただならぬ様子にリグが首を傾げて尋ねてきたが、すぐさま何でもないと否定した。
シャンナリーという名前の響きをどこかで聞いたような気がして、レイピアはしばらく考え込んだ。シャンナリー、シャンナリーと口の中で反芻してみる。そして思い出す。
パーティー会場で「私にはどんな名前が似合います?」と尋ねたレイピアにランスと名乗っていた時のスキルが「シャンナリーという名前はどうでしょう」と答えたのだった。そしてその後に由来を尋ねたら飼っている猫の名前だと言っていた。それを思い出してぷっと吹き出した。
黒髪の少女のステージ上での見事なまでの猫の被りよう。まさに大きな猫だ。
あの時は適当に猫の名前だと言ったにしてもいい例えだと思った。
けらけらと突然笑いだしたレイピアにひたすらわけもわからず首を傾げるリグだった。
「スキルはサーカスでどんなことをしているの?」
すでにリハーサルは終わっていたらしく、レイピア達が入ったときにはスキル達は最後の打ち合わせをしていた。
「若君は空中アクロバットという演目を行なっています」
「空中あくろばっと?」
聞きなれない言葉にレイピアは首を傾げた。
そもそもレイピアはサーカスというもの自体見たことがなかったから、空中アクロバットがどんなものか想像もつかなかった。それどころか空中ブランコや綱渡りすら知らない。幼い頃は深窓の令嬢として育てられ、つい最近までは冒険者として忙しく活動をしていたのだ。
こういったサーカスなどの娯楽に興じることがなかったため、どんなものか知らないのも無理ないことだった。
「レイピアさんもお昼から行なうサーカスを御覧になってはいかがです?」
リグの言葉にレイピアは「ええ…そうね」と曖昧に答えるだけだった。
正直なところレイピアには盗賊達がやる芸なんて…と軽蔑している気持ちがあるのだ。だから見たいとは少しも思わない。それよりもスキルがどこかに隠したかもしれないダイヤを探す気持ちの方がはるかに大きかった。
早くダイヤを取り返して、さっさとここから逃げ出すのだ。
曖昧なレイピアの返事からそれを察したリグもそれ以上深く勧めてこようとはしなかった。
ようやく打ち合わせが終わったらしく、レイピアの姿に気がついたスキルはステージと観客席の間に張り巡らされた柵をひょいと乗り越えて近くにやってきた。
「おはよう、ランスさん」
レイピアはわざとらしくにこやかに笑いスキルと対峙するようにしてさっと椅子から立ち上がった。またしても「ランス」という言葉に力を込めて言うレイピアにスキルは苦笑した。
レイピアは彼の名前を知っていたものの、今まで正式に彼の口から名乗られることがなかったので、わざと皮肉たっぷりに「ランス」と呼ぶようにしている。
「おはよう、猫被りなお嬢さん。申し遅れましたが私の名前はスキルと申します」
わざとらしいくらいにスキルは恭しくお辞儀をしてみせた。
レイピアは口の端が引きつりかけたが気づかれないようにつん、とそっぽを向く。
「あら、存じていましたわ。だいたい猫被りはお互い様じゃありません? パーティー会場で会ったランスさんと今のスキルさんは別人ですわよっ」
皮肉をたっぷりと込めてわざとらしく丁寧な口調でレイピアは返した。
スキルはおどけるような仕草でどこから取り出したのか、目と口の部分にしか穴の開いていない真っ白な仮面を取り出すとそれを被ってみせた。
「いえいえ、どちらも私の本当の姿でございます。私にはまるでこの仮面をつけたようにステージ用の顔と普段用の顔が存在するのです。貴女の猫被りとは違いますよ」
「猫被りですって!?」
青い目で睨みつけたレイピアに、くっくっとスキルは体を折り曲げて笑った。明らかにレイピアがムキになって怒っているのを楽しんでいる。
馬鹿にして!
完全にレイピアの方がこの目の前の男にからかわれているのがわかっていたので、それがおもしろくなかった。
何て口達者な盗賊なのだろう!
ああいえばこう言う。
口を塞いで針と糸で縫い付けてやりたい。
「母上から聞いたのだがゲームを受けてくれるようだね。それで朝から会いに来てくれたのかな?」
被っていた仮面を放り投げて、ようやく真面目な顔になったスキルが尋ねてくる。
レイピアはスキルを指し、大きく息を吸い込んでステージの方まで響き渡るような大声を出した。
「そうよ、私は宣戦布告を言いに来たの! 絶対にあなたからピンクダイヤを取り返してみせるわ! それでもってあなた達みたいな盗賊を全員とっ捕まえて煮るなり焼くなり好きにさせてもらうから!」
レイピアはスキルだけでなく、ステージの方にいる団員兼盗賊にまで必ず捕まえてやると宣戦布告をしたのだった。
言いたいことを言ってスッキリしたレイピアはくるりと背を向けると、唖然としているリグを置いてスタスタと歩いて出て行ってしまった。
唖然としているのはリグだけでなく、スキルもステージの方にいる団員達も一緒だった。口をポカンと空けて目を丸くしている。
どの顔にも貴族のお嬢様が怒鳴り散らして宣戦布告!? という困惑の色が浮かんでいる。
いち早く立ち直ったスキルはぷっと吹き出すと「何て面白い娘なんだ!」と体を屈めて笑い続けた。
あんなに勇ましい女、見たことがない!
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