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第4章 取り引き
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リグがテントから出て行った後、レイピアは1人だけになった。
少しでも情報を得るためにテントの中を見渡してみる。
ここは倉庫として使われているらしく、サーカス用の衣装などがダンボールに入っていくつも積み上げられていた。先のすぼまった天井には照明用のランプが取り付けられていて夜でも衣装の出し入れが行なえるように明るい光を放っている。
レイピアはなんとか縛られた手を自由にしようと悪戦苦闘してみる。しかし手を動かせば動かすほど縄が手にくい込んでくるため、すぐに諦めた。
この後どうしようかと考えていたところでハッと思い出す。
「そうだ!」
ブーツの踵のところに小さい折りたたみナイフを仕込んでいることに気づいた。
冒険をしているといろいろとトラブルがつきものなので、何かあったときのために用意しておいたのだ。それさえあれば縄を切ることができる。
今度は左足を器用に使って右足のブーツを脱がせようと悪戦苦闘する。
「くっ、このっ」
「…あとちょっとっ」
手を使わずに脱ぐのはなかなか容易ではなかった。
もう少しで脱げかかったブーツだったが、いきなりテントの幕を開けられて驚き、勢いよく飛ばしてしまった。飛んでいったブーツは見事にダンボールの中に突っ込んでしまい中の衣装が派手に床に散らばり落ちる。
ちょうどテントに入ってきたスキルと目が合い、レイピアはバツが悪そうに顔をしかめてそっぽを向く。
一部始終を見ていたスキルは苦笑しながらブーツを拾い上げると、踵に仕込んであったナイフを取り外して同じくテントに入ってきたリグに放り投げた。
折りたたみ式のナイフはペーパーナイフのようなもので、人を傷つけられる鋭さはないのだが、リグはついあわててわっ、わっと手の平の上で転がした後で取り落としてしまった。
ちら、と責めるようにリグを見た後レイピアに視線を戻す。
「君は本当に貴族らしくないお嬢さんだね」
「お褒めの言葉をありがとう、ランスさん」
皮肉を込めた言葉を言って、レイピアは口の端を笑みの形にする。
こんな時ですら強気の態度を崩さないレイピアに苦笑してから、スキルは彼女の隣に椅子を置いて腰掛けた。
「君の処分が決まった」
レイピアは表情が固くなる。
「そう、殺すなら殺しなさいよっ!」
絶対に弱みを見せまいと噛み付くように言った。…心中では捕らえられたことへの不安と恐怖から心臓が破裂しそうなほどに早鐘をうっていたけれど。
「本人の希望ならそうして差し上げてもいいが、生憎君にはゲームに乗ってもらおうと思ってね」
「ゲーム?」
いぶかしげに眉をひそめるレイピアにスキルは悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。
この男は何をしようとしているんだろう、探るような目をスキルに向ける。しかし生憎彼の表情からは何も読み取ることができなかった。いつものようなにやにやとした軽薄な笑いを浮かべているだけ。
スキルはふいに真面目な顔つきになると、懐からしゃらりと鎖の音を響かせてピンクダイヤを取り出してレイピアの前に突き出した。
目の前にあるのに手を縛られていて取り返せない悔しさに唇を噛みしめる。
「1ヵ月以内にこのダイヤを取り返すことができたら君を解放してやってもいい。そして俺達を捕らえるなり好きにするといい」
「は……?」
いきなりスキルによって持ち出された提案にわけがわからず、レイピアは戸惑いの声を出した。
「もし1ヵ月以内に取り返すことができなかったら、君はこのダイヤを諦めて俺達のことも忘れるんだ。いいな?」
つまりピンクダイヤモンドをめぐって勝負をしようと言っているのだ。その声には否とは言わせぬ威圧感があった。だが、勇気をふり絞って問い掛けてみる。
「私がそれに乗らなくちゃいけない理由はないと思うけど?」
「君に選択の余地はない。断るつもりなら動物の檻にでも入れて一生幽閉するまでさ」
レイピアは言葉から感じられる冷たい響きに思わず背筋に寒気を覚える。
今まで見ていたスキルからは想像できないほど何の感情もこもらない表情で見つめてくる。睨まれるよりもこちらの方がよりいっそう恐怖を感じる。
本気だ。
本能的にそう思い、カサカサに乾いてしまった唇を噛み締める。
椅子に縛り付けられていなかったら間違いなく、恐怖に後ずさっていただろう。
「あなたでも捕まりたくないと思うわけ?」
「俺が捕まるのは構わないが、仲間までもが俺のミスで捕まるのは困る」
認めたくはないが、盗賊達は盗賊達なりに仲間への気遣いがあるらしい。もし断るようなことをすればスキルは間違いなく言葉通りレイピアを幽閉するだろう。
ごくりと息を飲んでさらに尋ねる。
「本当に…ダイヤを取り返せば解放してくれるの?」
「もちろん。約束しよう」
『約束』という言葉にレイピアはパッとスキルから顔を背けた。みるみるうちに怒りに顔を歪める。
「盗賊の約束なんて…どこまで信じられるかしら?」
どうせそんな約束守らないに決まっているもの!
吐き捨てるようにして苛立った口調で言った。突然のレイピアの豹変にスキルは戸惑うが、かまわず会話を続ける。
「確かに、お嬢さんにそう思われても仕方がないが、俺は約束を破らない」
そっぽを向いたまま固い表情で何も答えようとしないレイピアにスキルはため息をつく。
「まいったな。だが、君にはどのみちゲームに乗ることしか選ぶ道はない。期間は明日から1ヵ月だ。リグ、縄を外してやれ」
それまで緊張と不安の入り混じった表情で黙って見ていたリグがスキルの命令に従って縄を外そうとしたが、急にテントの幕が開いたため動きを止めた。入り口の方に目を向ける。
スキルもそれを追うようにして視線を移動させる。
そしてカチンと固まる。
そこからなんとも悲しげな表情を浮かべたスキルの母親のソアラが入ってきたのだった。
「は、母上!?」
いつになく狼狽した様子でスキルは声を上げた。
しずしずとソアラはスキルの側に寄るとパチン、と彼の頬を打った。それはスキルにとってはたいしたダメージではなかったが、心に与えるダメージとしては充分だった。
呆然とするスキル。
ハンカチを取り出してハラハラと流れ落ちる涙を拭くソアラ。
「スキル。あなたはいつから女の子を縛り上げて楽しむような子になってしまったの?」
私はそんな子に育てた覚えありませんよ、と言わんばかりにおっとりとした口調ながらスキルに非難の声を上げた。
「ご、誤解です!」
「女の子の心を射止めたいならこんなことをしては駄目。逆効果よ」
「だからっ、違います!」
なにやらソアラは激しく誤解しているらしい。
慌てふためくスキルをよそにソアラはレイピアの元にしずしずと歩いて行き、事のなりゆきを唖然として見ていたレイピアの縄を解いた。
「ごめんなさいね、息子には良く言って聞かせますから」
縄を解いたところでソアラが顔を上げるとレイピアと目が合った。
ふんわりとまるで日溜まりみたいな笑顔を浮かべているその顔、それは―――。
記憶の中にある女性と重なる。
「お……母様!?」
解放された手を口元に当てて、レイピアは絶句した。
ソアラは5年前に他界してしまった自分の母親と似ていた。
レイピアの母親は銀の髪の毛で、ソアラは金髪だったけれど、どことなくおっとりとした雰囲気と顔の造り、そして日溜まりみたいな笑顔がとても良く似ている。
母親ではない。
そう思いながらも、レイピアは自分の母親とソアラの姿を重ね合わせてしまった。
困惑した顔で小首を傾げるソアラにレイピアはたまらず抱きついた。
「お母様――っ! お母様!」
ソアラの胸に顔をうずめたまま、レイピアは堪えていたものを吐き出すようにして子供みたいに叫んだ。
スキルもリグもソアラも突然のことに呆然としてその光景を見ていた。
***
レイピアはそのままソアラのテントに連れて来られた。ここから先は女の子だけの話があるのよ、とスキルとリグは追い払われテントにはレイピアとソアラの2人だけになった。
顔を俯かせたままのレイピアの頭をソアラはやさしく撫でた。
ソアラはやがてのんびりした足取りで簡易コンロに向かっていき、ミルクを沸かした。沸いたミルクをカップにコポコポと注いでレイピアに手渡す。
ひと口飲む。温かいミルクに心を溶かされるように徐々に落ち着いていくのを感じる。その間ソアラは黙って静かに彼女の側にいた。
レイピアは気持ちがすっかりと落ち着いた頃に、自分がここに来た訳を1つ1つソアラに語り始めた。
領主の娘であること。ダイヤを盗んだスキルを追ってここまで来たこと。
そしてソアラが母親と似ていることも語った。
ソアラはそのたびに頷きながら真剣に話を聞いた。
彼女も盗賊の仲間だ、けれどレイピアは自分でも驚くほど母の面影を持つ彼女に対して素直になっていた。
「それで、レイピアちゃんはスキルとゲームをするの?」
ソアラの静かな問いかけにレイピアは表情を暗くしてさっと顔を伏せた。
「私、彼の言う約束なんて信じられないんです」
「私達が…盗賊だから?」
悲しそうな顔をするソアラに静かに首を横に振った。
「違います。そうじゃないけど…」
その頑なな態度にソアラは何やら察したようだった。
「レイピアちゃんは昔、約束のことでとても辛い思いをしたのね」
その言葉にレイピアはハッと顔を上げる。
「どうしてそれを……?」
ソアラは一瞬ためらった後、「女ですもの」と短く答えた。レイピアに昔、何かあったことに気づきながらもソアラはその事について尋ねてくることはなかった。
それはソアラのやさしさだった。
そしてレイピアにはそれがたまらなくありがたいと感じた。
「息子が決めたことだから、私にはレイピアちゃんにダイヤを返してあげることができないけれど…でも、できる限りお手伝いするわ」
がんばってダイヤを取り戻しましょうね、と言ってソアラは微笑んだ。
彼女はわかっているのだろうか。もしレイピアがゲームに勝ったらスキルを捕らえるかもしれないということを。それを承知で応援してくれるというのだろうか。
「息子は約束を破るようなことはしないわ。だからお願い、信じてあげて」
母親そっくりのソアラに言われてしまっては頷くしかなかった。
ソアラを信じてもいいと思った。
そして彼女の言った言葉も信じてみようと思い始めた。
スキルの約束を信じてもいいのかしら?
……信じても大丈夫なのかしら?
不安はいくつもあったけれどゲームに乗ることを決意した。
それ以外、選ぶ道はなさそうだから。
リグがテントから出て行った後、レイピアは1人だけになった。
少しでも情報を得るためにテントの中を見渡してみる。
ここは倉庫として使われているらしく、サーカス用の衣装などがダンボールに入っていくつも積み上げられていた。先のすぼまった天井には照明用のランプが取り付けられていて夜でも衣装の出し入れが行なえるように明るい光を放っている。
レイピアはなんとか縛られた手を自由にしようと悪戦苦闘してみる。しかし手を動かせば動かすほど縄が手にくい込んでくるため、すぐに諦めた。
この後どうしようかと考えていたところでハッと思い出す。
「そうだ!」
ブーツの踵のところに小さい折りたたみナイフを仕込んでいることに気づいた。
冒険をしているといろいろとトラブルがつきものなので、何かあったときのために用意しておいたのだ。それさえあれば縄を切ることができる。
今度は左足を器用に使って右足のブーツを脱がせようと悪戦苦闘する。
「くっ、このっ」
「…あとちょっとっ」
手を使わずに脱ぐのはなかなか容易ではなかった。
もう少しで脱げかかったブーツだったが、いきなりテントの幕を開けられて驚き、勢いよく飛ばしてしまった。飛んでいったブーツは見事にダンボールの中に突っ込んでしまい中の衣装が派手に床に散らばり落ちる。
ちょうどテントに入ってきたスキルと目が合い、レイピアはバツが悪そうに顔をしかめてそっぽを向く。
一部始終を見ていたスキルは苦笑しながらブーツを拾い上げると、踵に仕込んであったナイフを取り外して同じくテントに入ってきたリグに放り投げた。
折りたたみ式のナイフはペーパーナイフのようなもので、人を傷つけられる鋭さはないのだが、リグはついあわててわっ、わっと手の平の上で転がした後で取り落としてしまった。
ちら、と責めるようにリグを見た後レイピアに視線を戻す。
「君は本当に貴族らしくないお嬢さんだね」
「お褒めの言葉をありがとう、ランスさん」
皮肉を込めた言葉を言って、レイピアは口の端を笑みの形にする。
こんな時ですら強気の態度を崩さないレイピアに苦笑してから、スキルは彼女の隣に椅子を置いて腰掛けた。
「君の処分が決まった」
レイピアは表情が固くなる。
「そう、殺すなら殺しなさいよっ!」
絶対に弱みを見せまいと噛み付くように言った。…心中では捕らえられたことへの不安と恐怖から心臓が破裂しそうなほどに早鐘をうっていたけれど。
「本人の希望ならそうして差し上げてもいいが、生憎君にはゲームに乗ってもらおうと思ってね」
「ゲーム?」
いぶかしげに眉をひそめるレイピアにスキルは悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。
この男は何をしようとしているんだろう、探るような目をスキルに向ける。しかし生憎彼の表情からは何も読み取ることができなかった。いつものようなにやにやとした軽薄な笑いを浮かべているだけ。
スキルはふいに真面目な顔つきになると、懐からしゃらりと鎖の音を響かせてピンクダイヤを取り出してレイピアの前に突き出した。
目の前にあるのに手を縛られていて取り返せない悔しさに唇を噛みしめる。
「1ヵ月以内にこのダイヤを取り返すことができたら君を解放してやってもいい。そして俺達を捕らえるなり好きにするといい」
「は……?」
いきなりスキルによって持ち出された提案にわけがわからず、レイピアは戸惑いの声を出した。
「もし1ヵ月以内に取り返すことができなかったら、君はこのダイヤを諦めて俺達のことも忘れるんだ。いいな?」
つまりピンクダイヤモンドをめぐって勝負をしようと言っているのだ。その声には否とは言わせぬ威圧感があった。だが、勇気をふり絞って問い掛けてみる。
「私がそれに乗らなくちゃいけない理由はないと思うけど?」
「君に選択の余地はない。断るつもりなら動物の檻にでも入れて一生幽閉するまでさ」
レイピアは言葉から感じられる冷たい響きに思わず背筋に寒気を覚える。
今まで見ていたスキルからは想像できないほど何の感情もこもらない表情で見つめてくる。睨まれるよりもこちらの方がよりいっそう恐怖を感じる。
本気だ。
本能的にそう思い、カサカサに乾いてしまった唇を噛み締める。
椅子に縛り付けられていなかったら間違いなく、恐怖に後ずさっていただろう。
「あなたでも捕まりたくないと思うわけ?」
「俺が捕まるのは構わないが、仲間までもが俺のミスで捕まるのは困る」
認めたくはないが、盗賊達は盗賊達なりに仲間への気遣いがあるらしい。もし断るようなことをすればスキルは間違いなく言葉通りレイピアを幽閉するだろう。
ごくりと息を飲んでさらに尋ねる。
「本当に…ダイヤを取り返せば解放してくれるの?」
「もちろん。約束しよう」
『約束』という言葉にレイピアはパッとスキルから顔を背けた。みるみるうちに怒りに顔を歪める。
「盗賊の約束なんて…どこまで信じられるかしら?」
どうせそんな約束守らないに決まっているもの!
吐き捨てるようにして苛立った口調で言った。突然のレイピアの豹変にスキルは戸惑うが、かまわず会話を続ける。
「確かに、お嬢さんにそう思われても仕方がないが、俺は約束を破らない」
そっぽを向いたまま固い表情で何も答えようとしないレイピアにスキルはため息をつく。
「まいったな。だが、君にはどのみちゲームに乗ることしか選ぶ道はない。期間は明日から1ヵ月だ。リグ、縄を外してやれ」
それまで緊張と不安の入り混じった表情で黙って見ていたリグがスキルの命令に従って縄を外そうとしたが、急にテントの幕が開いたため動きを止めた。入り口の方に目を向ける。
スキルもそれを追うようにして視線を移動させる。
そしてカチンと固まる。
そこからなんとも悲しげな表情を浮かべたスキルの母親のソアラが入ってきたのだった。
「は、母上!?」
いつになく狼狽した様子でスキルは声を上げた。
しずしずとソアラはスキルの側に寄るとパチン、と彼の頬を打った。それはスキルにとってはたいしたダメージではなかったが、心に与えるダメージとしては充分だった。
呆然とするスキル。
ハンカチを取り出してハラハラと流れ落ちる涙を拭くソアラ。
「スキル。あなたはいつから女の子を縛り上げて楽しむような子になってしまったの?」
私はそんな子に育てた覚えありませんよ、と言わんばかりにおっとりとした口調ながらスキルに非難の声を上げた。
「ご、誤解です!」
「女の子の心を射止めたいならこんなことをしては駄目。逆効果よ」
「だからっ、違います!」
なにやらソアラは激しく誤解しているらしい。
慌てふためくスキルをよそにソアラはレイピアの元にしずしずと歩いて行き、事のなりゆきを唖然として見ていたレイピアの縄を解いた。
「ごめんなさいね、息子には良く言って聞かせますから」
縄を解いたところでソアラが顔を上げるとレイピアと目が合った。
ふんわりとまるで日溜まりみたいな笑顔を浮かべているその顔、それは―――。
記憶の中にある女性と重なる。
「お……母様!?」
解放された手を口元に当てて、レイピアは絶句した。
ソアラは5年前に他界してしまった自分の母親と似ていた。
レイピアの母親は銀の髪の毛で、ソアラは金髪だったけれど、どことなくおっとりとした雰囲気と顔の造り、そして日溜まりみたいな笑顔がとても良く似ている。
母親ではない。
そう思いながらも、レイピアは自分の母親とソアラの姿を重ね合わせてしまった。
困惑した顔で小首を傾げるソアラにレイピアはたまらず抱きついた。
「お母様――っ! お母様!」
ソアラの胸に顔をうずめたまま、レイピアは堪えていたものを吐き出すようにして子供みたいに叫んだ。
スキルもリグもソアラも突然のことに呆然としてその光景を見ていた。
***
レイピアはそのままソアラのテントに連れて来られた。ここから先は女の子だけの話があるのよ、とスキルとリグは追い払われテントにはレイピアとソアラの2人だけになった。
顔を俯かせたままのレイピアの頭をソアラはやさしく撫でた。
ソアラはやがてのんびりした足取りで簡易コンロに向かっていき、ミルクを沸かした。沸いたミルクをカップにコポコポと注いでレイピアに手渡す。
ひと口飲む。温かいミルクに心を溶かされるように徐々に落ち着いていくのを感じる。その間ソアラは黙って静かに彼女の側にいた。
レイピアは気持ちがすっかりと落ち着いた頃に、自分がここに来た訳を1つ1つソアラに語り始めた。
領主の娘であること。ダイヤを盗んだスキルを追ってここまで来たこと。
そしてソアラが母親と似ていることも語った。
ソアラはそのたびに頷きながら真剣に話を聞いた。
彼女も盗賊の仲間だ、けれどレイピアは自分でも驚くほど母の面影を持つ彼女に対して素直になっていた。
「それで、レイピアちゃんはスキルとゲームをするの?」
ソアラの静かな問いかけにレイピアは表情を暗くしてさっと顔を伏せた。
「私、彼の言う約束なんて信じられないんです」
「私達が…盗賊だから?」
悲しそうな顔をするソアラに静かに首を横に振った。
「違います。そうじゃないけど…」
その頑なな態度にソアラは何やら察したようだった。
「レイピアちゃんは昔、約束のことでとても辛い思いをしたのね」
その言葉にレイピアはハッと顔を上げる。
「どうしてそれを……?」
ソアラは一瞬ためらった後、「女ですもの」と短く答えた。レイピアに昔、何かあったことに気づきながらもソアラはその事について尋ねてくることはなかった。
それはソアラのやさしさだった。
そしてレイピアにはそれがたまらなくありがたいと感じた。
「息子が決めたことだから、私にはレイピアちゃんにダイヤを返してあげることができないけれど…でも、できる限りお手伝いするわ」
がんばってダイヤを取り戻しましょうね、と言ってソアラは微笑んだ。
彼女はわかっているのだろうか。もしレイピアがゲームに勝ったらスキルを捕らえるかもしれないということを。それを承知で応援してくれるというのだろうか。
「息子は約束を破るようなことはしないわ。だからお願い、信じてあげて」
母親そっくりのソアラに言われてしまっては頷くしかなかった。
ソアラを信じてもいいと思った。
そして彼女の言った言葉も信じてみようと思い始めた。
スキルの約束を信じてもいいのかしら?
……信じても大丈夫なのかしら?
不安はいくつもあったけれどゲームに乗ることを決意した。
それ以外、選ぶ道はなさそうだから。
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