盗賊と領主の娘

倉くらの

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第4章 取り引き

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 テントの1つに連れて来られたレイピアは、スキルの言葉通りリグによって縄で手と足を縛られた。もちろん短剣など武器の類は全て取り上げられた上で。
 怒りに肩を震わせて目の前のリグと呼ばれた男を睨みつける。意外にも睨みつけられた男は戸惑ったような、申し訳無さそうな表情をした。

「すみません、手荒なことをしてしまって」

 謝られるとは思ってもいなかったレイピアは少し驚いた。
 よく見るとこの男、盗賊という言葉とは無縁のような顔立ちをしている。どことなく穏やかでやさしげな感じだ。レイピアを縛り上げたのも仕方なく、という様子。

「若君も普段はこんな命令を出すような人ではないのですが…。一体何をしたんです?」

 スキルは今まで1度だって女性に対して乱暴な扱いをしたことはなかった。盗賊という荒々しいことをしているけれどその点については彼なりに信条を持っているようなのである。
 しかしレイピアへの扱いはまるで―――。
 リグは困惑を隠しきれないでいた。

 リグはテントの奥から椅子を一脚出すとレイピアを座らせて、縄の端っこを椅子の背もたれに縛り付けた。転がしておけと言われたが、さすがにそれはかわいそうだと思ったのかもしれない。ただレイピアの扱いを決め兼ねているらしくおどおどとした態度をしているが……。
 レイピアは若君? と首を傾げたがすぐにスキルのことだと理解した。

「私は、ただピンクダイヤを取り返そうとしただけよ」

 ぷいっとそっぽを向いてレイピアはそっけなく言い放った。

「もしかして、あなたは領主の娘!?」

 よほど驚いたらしく半ば叫ぶようにしてリグが言った。その大声にレイピアは顔をしかめる。ハッと気づいたリグは照れたように頭をポリポリ掻いた。

「あ、すみません。今まで若君を追ってきた貴族なんていなかったものですから。しかも……」

 ちら、とレイピアを見る。
 こんなお嬢様みたいな娘に――と言いたいらしい。

「そう、じゃあ今まであなた達が盗みに入った貴族達が無能だったということね。それともあの人の運が良かっただけなのかしら?」

 レイピアはとげとげしい口調で言った。その言葉には絶対にスキルの腕が良いことを認めないという響きがあった。
 言葉の端々から彼女の気の強さを感じ取ったリグは思わずぷっと吹き出す。

「何よ?」

「い、いえ何でもないです」

 レイピアに睨まれ、慌てて首を振る。
 まさか敵陣に捕らえられてしまってもこんな風に悪態をつく貴族の女性がいるとは思いもしなかった。毅然とした態度を少しも崩しもせずに。

 リグは何となくスキルがレイピアを縛って転がしておけと言った理由がわかったような気がして、しばらく笑いが止まらなかった。その度に無言で睨まれてしまったけれど。


***


 リグはその後すぐにスキルのテントに足を運んだ。今後どうするかを問うためだ。
 テントに入るとすぐにスキルの不機嫌そうな顔が目に入った。椅子に腰掛けて、しきりに机をとんとんと指で弾いている。
 やっぱりな、と思う。
 スキルはレイピアの前ではうろたえることはなく、むしろ余裕すら見せていたけれど、内心ではかなり動揺していたはずだ。長い付き合いのリグにはその心の動きが手に取るようにわかっていた。

「若君、これからどうするつもりです?」

「そうだな……」

 スキルが顎に手を当て考え込んだところで、テントに慌てた様子のブレンと何人かの団員が入ってきた。
 彼らに目を向けると、スキルは苦々しい顔をした。

「なんだ、もう話が広まったのか」

 相変わらず情報の回りが早いな、と呟く。
 おそらくレイピアをテントまで案内してきた男が他の団員達に事の次第を話したのだろう。

「お前が盗みに入ったところのお嬢様が追って来たんだって!?」

 お嬢様の行動にも驚いたものの、つまりはスキルが失敗を犯したということだ。それがブレンには信じられなかった。
 今まで1度もそんな失敗はなかったというのに―――。

「ああ、ドジったみたいだ。今これからどうするか考えているところだ」

 改めてスキルの口からドジったという言葉を聞いて、ブレンは目の前が真っ暗になった気がした。

「そのお嬢様を逃がしでもしたら絶対にスキルの正体をバラすに違いないな」

 吐き捨てるように言うブレン。
 そんなことになったらスキルは捕まり、サーカスも彼ら自身も危うくなる。
 何よりブレンにはスキルが捕まるなどということが許せない。
 貴族連中は傲慢で、自分勝手で弱いものに対してはどこまでも残忍だ。ましてや相手が盗賊とあっては―――。

 おそらく、生きて帰って来られる可能性は低い。
 そんなことは絶対に許せない。

「いっそのこと殺るか?」

 領主の娘を殺して証拠を隠滅する。ブレンの黒い瞳に危険な光が宿る。団員の中にざわめきが生まれるが、しかしスキルはゆっくりと首を振ることでその意見を否定する。
 こんな時ですら彼の信条を変えることはないらしい。

「じゃあ、どうするんだよ!?」

 スキルは団員達を順番に見ると、決意したように口を開いた。

「俺はこれからあのお嬢さんと賭けをしようと思う」

「……それはもちろん、お前と俺達の身の安全を考えての選択だろうな?」

 スキルが考えている賭けの内容はわからない。しかしスキルのことだからそれが仲間の安全を考えた上での1番の最良の手段なのだろう。
 いつだってそうだ。態度が軽くて軽薄に見られがちであるけれど誰よりも団員達のことを考えているのはこのスキルなのだ。

 ブレンの言葉にスキルはニッと自信に満ちた笑顔を向けた。
 ブレンと団員達の不安をかき消すような笑顔を―――。

「もちろん。負けるような賭けをするつもりはないさ。こうなった責任は俺にある。責任をとらせて欲しい」

 ブレンは一瞬考え込み、それから口元に微笑を浮かべた。

「わかった、それでこそ俺達のリーダーだ。俺はスキルを信じる」

 気合を入れるようにしてバシンとスキルの背を叩いた。リグも団員達もそれに乗じるように大きく頷いた。
 彼ならばなんとかしてくれると。
 皆、若きリーダーのスキルに絶対の信頼を置いているのだ。




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