8 / 58
第4章 取り引き
2
しおりを挟む
2
テントの1つに連れて来られたレイピアは、スキルの言葉通りリグによって縄で手と足を縛られた。もちろん短剣など武器の類は全て取り上げられた上で。
怒りに肩を震わせて目の前のリグと呼ばれた男を睨みつける。意外にも睨みつけられた男は戸惑ったような、申し訳無さそうな表情をした。
「すみません、手荒なことをしてしまって」
謝られるとは思ってもいなかったレイピアは少し驚いた。
よく見るとこの男、盗賊という言葉とは無縁のような顔立ちをしている。どことなく穏やかでやさしげな感じだ。レイピアを縛り上げたのも仕方なく、という様子。
「若君も普段はこんな命令を出すような人ではないのですが…。一体何をしたんです?」
スキルは今まで1度だって女性に対して乱暴な扱いをしたことはなかった。盗賊という荒々しいことをしているけれどその点については彼なりに信条を持っているようなのである。
しかしレイピアへの扱いはまるで―――。
リグは困惑を隠しきれないでいた。
リグはテントの奥から椅子を一脚出すとレイピアを座らせて、縄の端っこを椅子の背もたれに縛り付けた。転がしておけと言われたが、さすがにそれはかわいそうだと思ったのかもしれない。ただレイピアの扱いを決め兼ねているらしくおどおどとした態度をしているが……。
レイピアは若君? と首を傾げたがすぐにスキルのことだと理解した。
「私は、ただピンクダイヤを取り返そうとしただけよ」
ぷいっとそっぽを向いてレイピアはそっけなく言い放った。
「もしかして、あなたは領主の娘!?」
よほど驚いたらしく半ば叫ぶようにしてリグが言った。その大声にレイピアは顔をしかめる。ハッと気づいたリグは照れたように頭をポリポリ掻いた。
「あ、すみません。今まで若君を追ってきた貴族なんていなかったものですから。しかも……」
ちら、とレイピアを見る。
こんなお嬢様みたいな娘に――と言いたいらしい。
「そう、じゃあ今まであなた達が盗みに入った貴族達が無能だったということね。それともあの人の運が良かっただけなのかしら?」
レイピアはとげとげしい口調で言った。その言葉には絶対にスキルの腕が良いことを認めないという響きがあった。
言葉の端々から彼女の気の強さを感じ取ったリグは思わずぷっと吹き出す。
「何よ?」
「い、いえ何でもないです」
レイピアに睨まれ、慌てて首を振る。
まさか敵陣に捕らえられてしまってもこんな風に悪態をつく貴族の女性がいるとは思いもしなかった。毅然とした態度を少しも崩しもせずに。
リグは何となくスキルがレイピアを縛って転がしておけと言った理由がわかったような気がして、しばらく笑いが止まらなかった。その度に無言で睨まれてしまったけれど。
***
リグはその後すぐにスキルのテントに足を運んだ。今後どうするかを問うためだ。
テントに入るとすぐにスキルの不機嫌そうな顔が目に入った。椅子に腰掛けて、しきりに机をとんとんと指で弾いている。
やっぱりな、と思う。
スキルはレイピアの前ではうろたえることはなく、むしろ余裕すら見せていたけれど、内心ではかなり動揺していたはずだ。長い付き合いのリグにはその心の動きが手に取るようにわかっていた。
「若君、これからどうするつもりです?」
「そうだな……」
スキルが顎に手を当て考え込んだところで、テントに慌てた様子のブレンと何人かの団員が入ってきた。
彼らに目を向けると、スキルは苦々しい顔をした。
「なんだ、もう話が広まったのか」
相変わらず情報の回りが早いな、と呟く。
おそらくレイピアをテントまで案内してきた男が他の団員達に事の次第を話したのだろう。
「お前が盗みに入ったところのお嬢様が追って来たんだって!?」
お嬢様の行動にも驚いたものの、つまりはスキルが失敗を犯したということだ。それがブレンには信じられなかった。
今まで1度もそんな失敗はなかったというのに―――。
「ああ、ドジったみたいだ。今これからどうするか考えているところだ」
改めてスキルの口からドジったという言葉を聞いて、ブレンは目の前が真っ暗になった気がした。
「そのお嬢様を逃がしでもしたら絶対にスキルの正体をバラすに違いないな」
吐き捨てるように言うブレン。
そんなことになったらスキルは捕まり、サーカスも彼ら自身も危うくなる。
何よりブレンにはスキルが捕まるなどということが許せない。
貴族連中は傲慢で、自分勝手で弱いものに対してはどこまでも残忍だ。ましてや相手が盗賊とあっては―――。
おそらく、生きて帰って来られる可能性は低い。
そんなことは絶対に許せない。
「いっそのこと殺るか?」
領主の娘を殺して証拠を隠滅する。ブレンの黒い瞳に危険な光が宿る。団員の中にざわめきが生まれるが、しかしスキルはゆっくりと首を振ることでその意見を否定する。
こんな時ですら彼の信条を変えることはないらしい。
「じゃあ、どうするんだよ!?」
スキルは団員達を順番に見ると、決意したように口を開いた。
「俺はこれからあのお嬢さんと賭けをしようと思う」
「……それはもちろん、お前と俺達の身の安全を考えての選択だろうな?」
スキルが考えている賭けの内容はわからない。しかしスキルのことだからそれが仲間の安全を考えた上での1番の最良の手段なのだろう。
いつだってそうだ。態度が軽くて軽薄に見られがちであるけれど誰よりも団員達のことを考えているのはこのスキルなのだ。
ブレンの言葉にスキルはニッと自信に満ちた笑顔を向けた。
ブレンと団員達の不安をかき消すような笑顔を―――。
「もちろん。負けるような賭けをするつもりはないさ。こうなった責任は俺にある。責任をとらせて欲しい」
ブレンは一瞬考え込み、それから口元に微笑を浮かべた。
「わかった、それでこそ俺達のリーダーだ。俺はスキルを信じる」
気合を入れるようにしてバシンとスキルの背を叩いた。リグも団員達もそれに乗じるように大きく頷いた。
彼ならばなんとかしてくれると。
皆、若きリーダーのスキルに絶対の信頼を置いているのだ。
テントの1つに連れて来られたレイピアは、スキルの言葉通りリグによって縄で手と足を縛られた。もちろん短剣など武器の類は全て取り上げられた上で。
怒りに肩を震わせて目の前のリグと呼ばれた男を睨みつける。意外にも睨みつけられた男は戸惑ったような、申し訳無さそうな表情をした。
「すみません、手荒なことをしてしまって」
謝られるとは思ってもいなかったレイピアは少し驚いた。
よく見るとこの男、盗賊という言葉とは無縁のような顔立ちをしている。どことなく穏やかでやさしげな感じだ。レイピアを縛り上げたのも仕方なく、という様子。
「若君も普段はこんな命令を出すような人ではないのですが…。一体何をしたんです?」
スキルは今まで1度だって女性に対して乱暴な扱いをしたことはなかった。盗賊という荒々しいことをしているけれどその点については彼なりに信条を持っているようなのである。
しかしレイピアへの扱いはまるで―――。
リグは困惑を隠しきれないでいた。
リグはテントの奥から椅子を一脚出すとレイピアを座らせて、縄の端っこを椅子の背もたれに縛り付けた。転がしておけと言われたが、さすがにそれはかわいそうだと思ったのかもしれない。ただレイピアの扱いを決め兼ねているらしくおどおどとした態度をしているが……。
レイピアは若君? と首を傾げたがすぐにスキルのことだと理解した。
「私は、ただピンクダイヤを取り返そうとしただけよ」
ぷいっとそっぽを向いてレイピアはそっけなく言い放った。
「もしかして、あなたは領主の娘!?」
よほど驚いたらしく半ば叫ぶようにしてリグが言った。その大声にレイピアは顔をしかめる。ハッと気づいたリグは照れたように頭をポリポリ掻いた。
「あ、すみません。今まで若君を追ってきた貴族なんていなかったものですから。しかも……」
ちら、とレイピアを見る。
こんなお嬢様みたいな娘に――と言いたいらしい。
「そう、じゃあ今まであなた達が盗みに入った貴族達が無能だったということね。それともあの人の運が良かっただけなのかしら?」
レイピアはとげとげしい口調で言った。その言葉には絶対にスキルの腕が良いことを認めないという響きがあった。
言葉の端々から彼女の気の強さを感じ取ったリグは思わずぷっと吹き出す。
「何よ?」
「い、いえ何でもないです」
レイピアに睨まれ、慌てて首を振る。
まさか敵陣に捕らえられてしまってもこんな風に悪態をつく貴族の女性がいるとは思いもしなかった。毅然とした態度を少しも崩しもせずに。
リグは何となくスキルがレイピアを縛って転がしておけと言った理由がわかったような気がして、しばらく笑いが止まらなかった。その度に無言で睨まれてしまったけれど。
***
リグはその後すぐにスキルのテントに足を運んだ。今後どうするかを問うためだ。
テントに入るとすぐにスキルの不機嫌そうな顔が目に入った。椅子に腰掛けて、しきりに机をとんとんと指で弾いている。
やっぱりな、と思う。
スキルはレイピアの前ではうろたえることはなく、むしろ余裕すら見せていたけれど、内心ではかなり動揺していたはずだ。長い付き合いのリグにはその心の動きが手に取るようにわかっていた。
「若君、これからどうするつもりです?」
「そうだな……」
スキルが顎に手を当て考え込んだところで、テントに慌てた様子のブレンと何人かの団員が入ってきた。
彼らに目を向けると、スキルは苦々しい顔をした。
「なんだ、もう話が広まったのか」
相変わらず情報の回りが早いな、と呟く。
おそらくレイピアをテントまで案内してきた男が他の団員達に事の次第を話したのだろう。
「お前が盗みに入ったところのお嬢様が追って来たんだって!?」
お嬢様の行動にも驚いたものの、つまりはスキルが失敗を犯したということだ。それがブレンには信じられなかった。
今まで1度もそんな失敗はなかったというのに―――。
「ああ、ドジったみたいだ。今これからどうするか考えているところだ」
改めてスキルの口からドジったという言葉を聞いて、ブレンは目の前が真っ暗になった気がした。
「そのお嬢様を逃がしでもしたら絶対にスキルの正体をバラすに違いないな」
吐き捨てるように言うブレン。
そんなことになったらスキルは捕まり、サーカスも彼ら自身も危うくなる。
何よりブレンにはスキルが捕まるなどということが許せない。
貴族連中は傲慢で、自分勝手で弱いものに対してはどこまでも残忍だ。ましてや相手が盗賊とあっては―――。
おそらく、生きて帰って来られる可能性は低い。
そんなことは絶対に許せない。
「いっそのこと殺るか?」
領主の娘を殺して証拠を隠滅する。ブレンの黒い瞳に危険な光が宿る。団員の中にざわめきが生まれるが、しかしスキルはゆっくりと首を振ることでその意見を否定する。
こんな時ですら彼の信条を変えることはないらしい。
「じゃあ、どうするんだよ!?」
スキルは団員達を順番に見ると、決意したように口を開いた。
「俺はこれからあのお嬢さんと賭けをしようと思う」
「……それはもちろん、お前と俺達の身の安全を考えての選択だろうな?」
スキルが考えている賭けの内容はわからない。しかしスキルのことだからそれが仲間の安全を考えた上での1番の最良の手段なのだろう。
いつだってそうだ。態度が軽くて軽薄に見られがちであるけれど誰よりも団員達のことを考えているのはこのスキルなのだ。
ブレンの言葉にスキルはニッと自信に満ちた笑顔を向けた。
ブレンと団員達の不安をかき消すような笑顔を―――。
「もちろん。負けるような賭けをするつもりはないさ。こうなった責任は俺にある。責任をとらせて欲しい」
ブレンは一瞬考え込み、それから口元に微笑を浮かべた。
「わかった、それでこそ俺達のリーダーだ。俺はスキルを信じる」
気合を入れるようにしてバシンとスキルの背を叩いた。リグも団員達もそれに乗じるように大きく頷いた。
彼ならばなんとかしてくれると。
皆、若きリーダーのスキルに絶対の信頼を置いているのだ。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる