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第1章 盗賊からの予告状
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コトリ。
レイピアの泊まっている宿屋の寝室に手紙が投げ入れられたのは、まだ日も昇って間もない頃のことだった。
昨夜は連日の旅の疲れから早々に就寝してしまったため、自然と眠りが浅くなっていたのだろう。
その音は彼女の耳にしっかり届いた。
こんな時間に誰よ、と心の中で毒づきつつも気になってしまった以上このまま眠ることなどできるはずもなく、気だるそうに重い瞼をあげ、ゆっくりとベッドから身を起こした。
室内とはいえ朝は冷え込む。
ひんやりと冷たい床をヒタヒタと素足で歩いて扉に近づき、そこに落ちている手紙を拾う。
差出人を見て眉をひそめた。
それは長い間連絡を絶っていた父親からのものだった。
朝早くに起こされてしまったせいということも重なり、苛立ち、すぐにその手紙を捨ててしまいたい衝動にかられながらも何とかその思いを踏みとどめ、眠い目を擦りながら手紙の封を切った。
2年前、18歳の時ホットリープの領主の娘だったレイピアは父親と大喧嘩をして家を飛び出したのだ。原因は父にしてはささいなことだったかもしれない。けれど彼女にとってはとても重要なことだった。
それは母親の墓参りのことだ。
母の命日に向けて1ヵ月も前から父と一緒に墓参りをすることを約束していた。
しかし当日になって父は仕事で出かけてしまったのだ。
彼が忙しいことは知っている。そして急に仕事が入ることもよくわかっていた。そんなたった1回のことで拗ねるほど子供ではなかったが、去年もその前の年も同じように墓参りの約束は破られていた。
結局、母が亡くなってからただの一度も共に墓参りをしたことが無いという有様。
元々あまり父のことは好きではなかった。
冷たくて家族のことを少しも見向きもしない仕事一筋の父。母が死んでからは特にそう。ますます仕事に没頭するようになる始末だ。
幼い少女だったレイピアは、暗い屋敷の中でいつも独りぼっちで過ごしていた。
そして18歳の時。
縁談の話が舞い込んで来た。
冗談じゃないと思った。父が勝手に決めてきた見ず知らずの相手との縁談話。父と母のような愛情のない政略結婚。自分もまた母のように扱われるのなど我慢ができなかった。
長年積み重なった父に対する恨みと、考え方の違いによる確執によってレイピアはとうとう家を飛び出したのだった。
家を飛び出してからは冒険者ギルドに所属して、冒険者として盗賊退治や獣狩りなどして生活費を稼いでいた。
家も持たずに流れ者のような生活で各地を点々として。
……なぜ父は私のいる場所がわかったのだろう。
レイピアはそのことが不思議で仕方なかった。
家にはもちろん自分の居場所を連絡した覚えはない。探偵でも雇ったのだろうか。
自分で私のところに来ないところがあの人らしいわ、と心の中で毒づく。
飾り気も何もない真っ白な紙で書かれた手紙は、父の字で「非常事態。家に帰って来い」と短く書かれていた。それ以外何も書かれていなかったのがとても彼らしかった。
その自分勝手でレイピアの都合など少しも考えていない父親の手紙に苛立ちを覚えて、くしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げた。
しかし弧を描いて飛んでいった手紙は壁にぶつかって力なくポトリと床に落ちる。それがまたなんとも腹立たしかった。
「何が帰って来いよ。今さら何よ!」
出て行ったときは追っても来なかったくせに。
そう、レイピアの父親は今まで2年間、一切連絡をしてこなかったのだ。
レイピアを探すこともしなければ家に連れ戻すこともせずに……。
自分が居なくなったことすら気がついていないのでは? と思うほどだった。
緊急事態だか何だか知らないがあまりにも虫が良すぎる話ではないか。苛立ちばかりが心を占める。
しかし―――。
この手紙に書かれている非常事態とは何だろう。もしかして家に何かあったのかもしれない。
それとも父の身に何かが?
そう考えてすぐに否定する。あの父が病気にかかって弱るなど、どう考えてもありえないからだ。しかし無意識に気になるのか、胸の中がもやもやで埋め尽くされて気分が悪くなった。
コトリ。
レイピアの泊まっている宿屋の寝室に手紙が投げ入れられたのは、まだ日も昇って間もない頃のことだった。
昨夜は連日の旅の疲れから早々に就寝してしまったため、自然と眠りが浅くなっていたのだろう。
その音は彼女の耳にしっかり届いた。
こんな時間に誰よ、と心の中で毒づきつつも気になってしまった以上このまま眠ることなどできるはずもなく、気だるそうに重い瞼をあげ、ゆっくりとベッドから身を起こした。
室内とはいえ朝は冷え込む。
ひんやりと冷たい床をヒタヒタと素足で歩いて扉に近づき、そこに落ちている手紙を拾う。
差出人を見て眉をひそめた。
それは長い間連絡を絶っていた父親からのものだった。
朝早くに起こされてしまったせいということも重なり、苛立ち、すぐにその手紙を捨ててしまいたい衝動にかられながらも何とかその思いを踏みとどめ、眠い目を擦りながら手紙の封を切った。
2年前、18歳の時ホットリープの領主の娘だったレイピアは父親と大喧嘩をして家を飛び出したのだ。原因は父にしてはささいなことだったかもしれない。けれど彼女にとってはとても重要なことだった。
それは母親の墓参りのことだ。
母の命日に向けて1ヵ月も前から父と一緒に墓参りをすることを約束していた。
しかし当日になって父は仕事で出かけてしまったのだ。
彼が忙しいことは知っている。そして急に仕事が入ることもよくわかっていた。そんなたった1回のことで拗ねるほど子供ではなかったが、去年もその前の年も同じように墓参りの約束は破られていた。
結局、母が亡くなってからただの一度も共に墓参りをしたことが無いという有様。
元々あまり父のことは好きではなかった。
冷たくて家族のことを少しも見向きもしない仕事一筋の父。母が死んでからは特にそう。ますます仕事に没頭するようになる始末だ。
幼い少女だったレイピアは、暗い屋敷の中でいつも独りぼっちで過ごしていた。
そして18歳の時。
縁談の話が舞い込んで来た。
冗談じゃないと思った。父が勝手に決めてきた見ず知らずの相手との縁談話。父と母のような愛情のない政略結婚。自分もまた母のように扱われるのなど我慢ができなかった。
長年積み重なった父に対する恨みと、考え方の違いによる確執によってレイピアはとうとう家を飛び出したのだった。
家を飛び出してからは冒険者ギルドに所属して、冒険者として盗賊退治や獣狩りなどして生活費を稼いでいた。
家も持たずに流れ者のような生活で各地を点々として。
……なぜ父は私のいる場所がわかったのだろう。
レイピアはそのことが不思議で仕方なかった。
家にはもちろん自分の居場所を連絡した覚えはない。探偵でも雇ったのだろうか。
自分で私のところに来ないところがあの人らしいわ、と心の中で毒づく。
飾り気も何もない真っ白な紙で書かれた手紙は、父の字で「非常事態。家に帰って来い」と短く書かれていた。それ以外何も書かれていなかったのがとても彼らしかった。
その自分勝手でレイピアの都合など少しも考えていない父親の手紙に苛立ちを覚えて、くしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げた。
しかし弧を描いて飛んでいった手紙は壁にぶつかって力なくポトリと床に落ちる。それがまたなんとも腹立たしかった。
「何が帰って来いよ。今さら何よ!」
出て行ったときは追っても来なかったくせに。
そう、レイピアの父親は今まで2年間、一切連絡をしてこなかったのだ。
レイピアを探すこともしなければ家に連れ戻すこともせずに……。
自分が居なくなったことすら気がついていないのでは? と思うほどだった。
緊急事態だか何だか知らないがあまりにも虫が良すぎる話ではないか。苛立ちばかりが心を占める。
しかし―――。
この手紙に書かれている非常事態とは何だろう。もしかして家に何かあったのかもしれない。
それとも父の身に何かが?
そう考えてすぐに否定する。あの父が病気にかかって弱るなど、どう考えてもありえないからだ。しかし無意識に気になるのか、胸の中がもやもやで埋め尽くされて気分が悪くなった。
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