塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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12話 塔の魔術師と禁術の継承者

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 宣言通りアゼリアが翌日からやって来た。

「アゼリアちゃんが来ましたぁ。エーティアちゃーん、弟子入りさせてくださーい!」

 アゼリアの奴はもう何度もここへ遊びに来ていることもあって、鍵をかけていようがお構いなしに入って来る。
 この様子では結界を張ったとしても破って入って来るに違いない。

「はぁ…。本当にやって来るとはな」

 俺は起きたばかりで、ソファでフレンの入れてくれた紅茶を飲みながらまどろんでいたところだ。昨夜の気だるさを引きずっていたこともあって頭がぼーっとする。

「んふふ、エーティアちゃん。昨夜はお楽しみでしたね? 色気がだだ洩れになっているわよ。朝から目の毒ねっ」

「………」

 プライバシーとは。
 そんなことを考える。

「あ、でも私に気を使う必要はないわ。いつでもどこでも、目の前でいちゃついてもらっても構わないからね! そういう時私のことは空気だと思ってもらっていいのよ。頑張って気配を消すわ!」

「誰がお前の前でいちゃつくか!」

 気配を消すと言いながら、興奮しながらじっと見てくるアゼリアの姿が想像ついてしまうのだが。

「それは残念ねぇ。それで、私は一体何の修行から始めればいいのかしら!?」

 やはりこれは駄目だと言っても聞かないのだろう。
 こいつが飽きるまで適当にやり過ごすしかない。

「修行をつけるのは、お前が本当に弟子の資質を備えているのか確かめてからにする」

 アゼリア自身、帰れと言われるかもしれないと身構えていたのだろう。俺のこの提案に対して瞳を輝かせた。

「本当!? エーティアちゃん。私、何でもする。頑張るわ!」

「そうか。だったらしばらくの間はフレンとエギルの手伝いをして塔の仕事をしろ」

「おおっ。下働きね。何だか弟子っぽいわ! やるやる、お仕事やりまぁす」

 やる気満々で、意欲は充分だ。

「仕事をするにあたってルールを決めておく。一つ、魔術を使わないこと。魔術を使えば簡単に仕事は終わるだろう。だがこれはお前の資質を見るためのものなのだから、今回は禁止とさせてもらう」

「ふむふむ、それもそうね。分かりました!」

「一つ、仕事をするのは夕方までだ。それが終わったら帰ってもらう。住み込みではない」

 ここは俺達にとっての家のようなものだ。日中はともかく夜まで居座られては困るのだ。
 これに対してもアゼリアは「分かりました!」と素直に返事をする。

「もう一つ、これが一番大事なことだ。必ず守ってもらう。それはフレンに妙なちょっかいをかけないことだ!」

 キッとアゼリアを睨みつける。睨まれたアゼリアは「ほわぁ」と妙な声を出して目を丸くした。

「ほわぁじゃない、ちゃんと理解したか? フレンにベタベタと触るな、妙な視線を送るな、そういう変な行為を発見したらすぐに塔から追い出すぞ」

 この塔の中では俺が絶対だ。番であるフレンにちょっかいをかけるようなら弟子の資質などないに決まっている。

「エーティアちゃんって嫉妬深いわよね。そしてそれをにこにこ嬉しそうに聞いているフレンちゃん。二人って本当に相性ぴったりね。了解よ、フレンちゃんに妙な真似はしないわ。あ、でも日常会話ぐらいは許されるでしょうか!?」

「それは許可する」

「ははあ、ありがたき幸せ!」

 こうしてアゼリアは塔の中で働くことになった。
 どうせすぐに飽きて帰って行くに違いない、俺はそう思っている。



 アゼリアはフレンやエギルと共に仕事をするため部屋を出て行った。奴らに任せておけば後は大丈夫だろう。
ふわ…と欠伸が出てくる。まだ眠い。

「もう少しだけ寝るか」

 ソファに横になって瞳を閉じた。
 昨日のフレンによって触られた肌がいまだに熱を帯びているような気がする。気だるい体を引きずってソファでまどろむこの時間はまさに至福だ。

 昼寝の途中でフレンが一旦こちらに戻って来たらしくて、柔らかな手触りの毛布を体にかけられる。そこで半分ぐらい意識が覚醒する。ぼうっと端正な顔を見上げていると唇に軽やかな感触が乗った。

「ふふ」

 口が自然と笑みの形に歪んでしまう。
 フレンに世話をされて、大切な宝物のように扱われて、本当に悪くない時間だ。
 甘くて幸せな気持ちを抱いたまま再び意識は眠りへと沈んでいった。


 眠りについてからほどなくして。
 ドゴーン、と何かが爆発した音がして、俺の意識は覚醒した。

「な、何だっ!?」

 どこかから攻撃でも受けたのか。
 慌ててソファから飛び起きて、音のした方向へと行く。
 音がしたのはキッチンからで、もうもうと白っぽい煙が上がっていた。

 フレンは、エギル達は無事なのだろうか!?

「おい、これは一体どうしたんだ!」

 キッチンの中に向かって声を掛けると、すぐにフレンの答えが返ってきた。

「エーティア様、俺達は無事なので中に入らないでください!」

 全員無事らしいと分かり安堵する。

「うえええん、ごめんなさぁい!」

 泣き声が聞こえてきて、この騒動を引き起こしたのはアゼリアであることを知る。
 キッチンの中に立ち込めていた煙が消えると、被害の状況が浮かび上がってきた。煙の原因は調理コンロが爆発したせいだ。
 フレンに抱きかかえられて避難していたエギルは、その惨状を見て「壊れちゃったです」と呆然としている。
 調理コンロは最新式のものに交換したばかりで、それをものすごく喜んでいたからエギルの受けたショックは計り知れない。

「どうしたらこんな惨状になるんだ?」

「う、ひっく。お料理をしていたんだけど、火力が足りなかったから油を足したの。そうしたら炎がボーンッて爆発したのよ」

「はぁ? 油を足したってコンロの火に直接か?」

「うん、ドボドボッて」

「はぁ……」

 頭を抱える。料理などしたことのない俺でも流石にそれはやってはいけないことだと理解している。

「申し訳ありません。付きっきりで見ていなかった俺がいけないのです」

「怪我がなくて良かったですぅ」

「うええん、二人共ありがとうぅぅ」

 フレンもエギルも設備が壊れたことを怒っていない以上、俺が怒っても仕方のないことだ。エギルの言う通りよくぞこれで怪我がなかったものだ。

「壊れたコンロは業者を呼んで直せばいいだろう。次は気を付けてくれ。とりあえず今日のところはここの片付けだ」

「はいっ!」

 アゼリアは殊勝に返事をしたものの、実はこれははじまりに過ぎない出来事だったことをこの時の俺はまだ知らなかった。



 翌日からもアゼリアは盛大にやらかした。
 それはもうやらかしまくったのである。

 洗濯に取り掛かったアゼリアだったが、床を一面水浸しにした。
 ちょっと水を零したという程度ではない。床がぐっしょりだ。
 一体何をしたらこんな風になるというのだろう。

 その水浸しになった床を掃除するついでに、そのまま塔の掃除をさせたら今度は片っ端から調度品やら魔法具やらを壊していく。

 すぐに飽きて塔に来なくなると思っていたが、意外にもそんなことはなくてアゼリアは毎日真面目にやって来た。そうしてこの所業を繰り返していったのだ。
 そして毎日やって来たのはアゼリアだけではなく、修理業者もだ。奴が破壊していった塔の設備を直すために業者が出入りした。

 次々と破壊されていく塔の中の物を見て呆然とする。
 魔術を使う者というのは、家事能力がいちじるしく低いのか?
 以前俺も皿洗いをしようとしたら、落として割ったことがあるので人のことはあまり言えない。
 だが、それにしたってこれは……。
 俺だってここまではひどくないはずだ。

 わざとやっているわけではないんだよな。
 アゼリアの方を見ると、ビクッと体を震わせた。

「あ、あう、ごめんなさいエーティアちゃん。私って、私って魔術を使わないとこんなにもポンコツだったなんて知らなかったの。きちんと弁償するから許してぇ」

 本気で反省している顔に見えるので、新手の嫌がらせというわけではなさそうだ。
 しかしよくフレンもエギルも怒らずにいられるものだと思う。
 どんなにアゼリアが失敗しても怒らずに根気強く教えている。聖人なのか。

 しかしこれ以上塔が壊れて、連日業者が押し掛けてくるという事態を見過ごすことはできない。
俺は平穏な日常を取り戻すぞ。

「そろそろ諦めたらどうだ? もう充分弟子ごっこは堪能しただろう」

「そ、それって弟子はクビってこと?」

「そうだ。お互い向いていないんだよ。俺は教えることに向いていないし、お前も誰かの下につくことに向いていない」

 そう告げると、アゼリアの瞳がゆらゆらと揺れた。それから唇をぎゅっと噛みしめた。

「嫌よ。私、エーティアちゃんから禁術を受け継ぐんだから! 絶対、絶対あきらめない」

 頑ななほどに禁術にこだわるアゼリア。
 何故かその言葉を聞いた瞬間、昔のことを思い出した。


『師匠、禁術は俺が受け継ぐからさっさとこちらに渡せ』

 似たような言葉を俺は、かつて師匠に放ったことがあった。
 どうして急にこんなことを思い出したのか分からず、不可解な気持ちになる。


 まだ師匠が生きていて、禁術をその身に宿していた頃の話だ。

 すでにその時の自分はあらゆる魔術を使いこなし、師匠の力をはるかに凌駕していた。
 どちらが禁術を持つに相応しいかは分かり切ったことだ。
 禁術を持つことはあらゆる面で危険を伴う。老いた身には過ぎた代物だ。
 だというのに、いつまでも禁術を手放そうとしない師匠に対して俺は少し苛立っていた。

「エーティアにはまだ早いからな。もう少しだけ私が持っていよう」

 まだ早い。もう少しだけ。
 そんなことを口癖のように言って、亡くなる直前まで禁術を手放そうとはしなかった。

 何故それほどまで禁術を手放そうとしないのか、不思議でたまらなかった。
 師匠は禁術の継承者という名誉にすがりついていたかったのだろうか。



 あの時のことを思い出して、ため息を吐く。

「お前も禁術の継承者という名誉が欲しいのか? この力を使って世界征服でもたくらむつもりか?」

 冷ややかにアゼリアを見つめると、その顔色が変わった。青くなった後、ぶるぶる震え出す。

「エーティアちゃんの大馬鹿っ!」

 あろうことか大馬鹿などと叫び出した。

「お、大馬鹿だと……?」

「そうよ、大馬鹿! エーティアちゃんは何にも分かってない!」

 あまりの剣幕にポカンとしてアゼリアを眺めることしかできない。

「どうして私が禁術を欲しいかって? そんなのエーティアちゃんとの繋がりが欲しいからに決まっているじゃない。だってエーティアちゃんもフレンちゃんも他のみんなだってあっという間に死んじゃうじゃない。だけど禁術なら、いつまでも消えないでずっと残るもの。何百年だって。次の魔王が蘇ってきた時、エーティアちゃんの残した証を私だけが次の継承者の子に渡してあげられる。その役目を誰にも譲りたくないの!」

「お前……そんなことを考えて」

 快楽主義者で、何にも考えてないように見えたアゼリアがそんなことを考えていたとは思わなかった。

「何で、みんな私より先に死んじゃうの。寂しいよぉ。うえええん」

 寂しい、寂しいと号泣し始めた。
 アゼリアは俺よりもずっと長生きをしているのに、いまだに人の命を惜しみ、涙する心を残しているのだ。

 フレンと出会う前の俺が持っていなかったものを、アゼリアは持っていた。




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