塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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10話 塔の魔術師といにしえの種族

10*

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 アゼリアと別れた後は、しっかりとした食事を取って風呂に入って一息ついた。
 イライナはすっかり元気で、普通の鳥と変わらず時折ピイピイと鳴いている。大変な思いをしたせいか、今はエギルと共に客室で休んでいる。
 俺もゆっくり休みたいという気持ちはあったが、それよりもフレンと話をしたい気持ちの方が勝った。

 落ち着いた場所で話がしたいとフレンに伝え、連れて来られたのは彼の部屋だった。
 以前来たことがあるらしいが、やはり思い出せない。

「フレン、俺は記憶を取り戻したい。忘れたままは嫌だ。だからきちんと答えて欲しい。俺達は恋人同士なのか?」

 目の前のフレンの体がぎくっと強張った。

「エーティア様、どうしてそれを」

「お前が寝ている間、サイラスに聞いた。……その様子を見ると本当なんだな」

「はい」

「何で隠していたんだ。記憶を無くした俺ではお前の恋人として相応しくないということか? 記憶がないことで人格も元とは少し違っているのかもしれない。も、もしかしてそれで……」

「それは違います! あの時のエーティア様は色んなものに怯えておられたので、とても伝えることができませんでした」

 サイラスの言う通り、俺に負担をかけたくなかったというフレンの思いを知って安堵する。

「それに、怖くもありました。記憶を無くしたあなたに拒絶されたらと思うと……」

 その上拒絶されたら怖いから伝えられなかったというのか。

「お前のように強い男でも、怖いと思うことがあるんだな」

「当たり前ですよ。あなたに嫌われるのが一番怖いです」

「記憶の無い俺でも、お前は好きだと思うのか」

「はい。あなたを愛する気持ち、心から大切に思う気持ちに変わりはありません」

 熱を孕んだ瞳に真っ直ぐ見つめられて、もはや疑う気持ちなど一切起こらなかった。
 むくむくと自信が溢れてくる。

「よし、それじゃあ記憶を取り戻すために『ちゅー』とやらをしてくれ。何か思い出すきっかけになるかもしれない」

 今度はフレンの目が丸くなる。

「具体的に何をするのか、ご存じなのですか?」

「ああ。唇と唇をくっ付けると聞いた」

「……どなたにですか」

「サイラスだ」

 サイラスと聞いた時のフレンの顔が若干引きつったように見えたが、気のせいだろうか。

「唇をくっ付ければそれで足りない魔力を取り戻せると。記憶を戻すためには魔力もあった方がいいだろう。さあ、早くやってみてくれ」

「……それでは、失礼します」

 じっと見つめていると、律儀に断りを入れてからフレンの顔が近づいてきた。唇同士が合わさる。
 ただ口と口とくっ付けるだけの話だ。
 そう、思っていたのに。
 フレンの唇が自分のそれに重なっていると思ったら、頬に血が集まってきて、胸がドクドクと激しく鳴り始めた。

「ふ……ぁっ」

 火傷でもしたかのように慌ててフレンから顔を引き剥がす。

「エーティア様?」

「今のが魔力を供給したということなのか?」

「いえ、これはただの口づけです」

「口づけというのは『ちゅー』のことか? ただのって、嘘だろう……。こんなに胸が痛くてドキドキするのに?」

 心臓の辺りを押さえて訴える。フレンの手が両頬に伸びてきて挟まれた。こちらを覗き込む瞳がやわらかくなった。
 これまでずっとフレンは難しい顔ばかりしていた。だからこんな風にやわらかく微笑まれると、目が離せない。

「顔が真っ赤になっています。俺があなたを想うように、あなたも俺を想って下さっているのであれば嬉しいです」

 この胸が激しく打つのは、好きだという気持ちがあるからなんだな。

「うん、きっとそうだ。もう一度してみてくれ、ん」

 唇を突き出してもう一度して欲しいと促す。
 再び唇がくっ付いて、そこから何かが流れ込んで来て体の中を巡って行く。
 これが魔力なのか。

「ん……」

 いや、待てよ。この体の中を巡る力には覚えがあった。
 森にいた時、具合が悪くて眠りについた翌日、目覚めたら体がポカポカして体調が回復していた。その時の感覚にそっくりだ!

「あ、あ、フレン、お前、俺が寝ている時に『ちゅー』をしたんだな」

 指摘すると、フレンが申し訳なさそうに眉を下げた。

「申し訳ありません。どうしても、具合の悪そうなエーティア様をあのまま放っておけなくて」

 拒絶されたら嫌だから寝ている間にしたということか。

「まあ、いい。あの時は緊急事態だったからな。でも、次からは出来るだけ起きている時にして欲しい。これは気持ちがいいから嫌いじゃない」

 むしろもっとして欲しいと正直に告げると、フレンが頬を赤く染めながら「はい!」と良い返事をした。

「よし、ちゅーについてはよく分かった。それじゃあ次だ」

「え」

「リーレイが言っていた。これだけでは魔力が足りないだろうと。次は何をしたらいい?」

 フレンが額を押さえて「リーレイ様……」と呻き声を上げた。

「言っておくが隠し事はなしだぞ。これは記憶を取り戻すための手がかりにもなるんだから」

「ですが、これ以上はエーティア様の心臓がもっと痛くなってしまうかもしれません。大丈夫ですか?」

「なにっ!? ちゅー以上に心臓が痛くなるというのか」

 今でさえバクバクが止まらないというのに、それは非常に恐ろしい。

「だからサイラスはちゅー以外の方法についても聞いたのに、教えてくれなかったのか」

「まさか、その方法も尋ねられたのですか?」

「ああ。やたら言いにくそうに口をもごもごしてしまって駄目だった、……ん!?」

 フレンによって肩を掴まれていた。

「エーティア様、どうか気になることがあったら俺に尋ねてください。他の方に尋ねるのはお止めください」

 やけに真剣な表情で言い聞かせられる。

「そ、そんなに危険な方法だったのか。分かった、今後は気を付ける。それじゃあフレンが教えてくれ。俺は記憶を取り戻したいんだ。覚悟はできている。その方法をやってみたい」

「~~~……分かりました。俺も覚悟を決めます。ではまずはベッドに移動しましょう」

「分かった」

 ふかふかのベッドの上に乗り上げる。昨日は地面に寝ていたからこのふかふか具合、とても魅力的だ。

「流れをご説明すると……、エーティア様を裸にします」

「あ、ああ」

 急に不穏な感じになった!

「湖で俺がエーティア様に触れたことは覚えておいでですね。あんな風に体のあちこちに触れます」

「ほう……」

 ごくり、と息を呑む。

「それから俺の性器をエーティア様のお尻の中に入れて揺らします」

「んあ!?」

 そんな馬鹿な、と思ったがフレンは真面目に説明を続けているので冗談ではないのだと思った。

「記憶を失う前の俺は、お前とそういう行為をしたということか?」

「はい」

「そ、そうか。したのか」

「口づけを繰り返せばある程度まで魔力は回復します。だから無理をなさらなくても良いかと」

 それは記憶が戻るまでしないということか。
 どちらも自分なので競う必要などまったく無いのだが、記憶を失う前の自分が知っていて、今の自分が知らないことがあるのが少し気に入らない。

「いいや、する。して欲しい。……駄目か?」

「いいえ、喜んで」

「そうか、嬉しいのか。じゃ、じゃあ裸になればいいんだな」

 まずは裸になると言っていた。
 緊張なのか上手くボタンが外せなくてもたもたとしてしまう。すでに上半身裸になったフレンがその後を引き継いだ。衣服を剥かれていく。
 フレンの手が肌を掠めていくと心臓はやっぱりバクンバクンと動いた。

「う……心臓が痛い。口から飛び出そうだ。お前は余裕がありそうでうらやましい」

 不安が過ぎて弱音を零せば、手を取られてフレンの左胸へと導かれた。胸へと置いた手の平から、トクトクと早い鼓動が伝わって来た。

「余裕のあるふりをしているだけですよ。あなたに触れる時はいつだって緊張してドキドキします」

「同じなんだな……」

 緊張しているのが自分だけでは無いと分かって安心する。

「それにしても、すごく鍛えられているな」

 触れた胸板は厚く、無駄な肉は一切無くて硬い。

「ん……?」

 フレンの体にいくつか擦り傷を見つけた。これは森の中でできたものか?
 自分を守るために負った傷。
 そう思ったら自然と魔力が解放された。白い光が溢れてフレンの体を包み込むと傷は綺麗に治っていた。

「あ、また使ってしまった」

 使うなと言われていたのに無意識に使ってしまった。
 記憶がないというのに、魔術を使うことは自分にとって息を吐くみたいに自然な動作のようで体に染みついてしまっているみたいだ。
 魔術を何度か使う内に、魔力の減っていく感覚が分かるようになってきた。具合が悪くなるほどではないが、減ってしまうと心もとない。

「ご安心を。今、魔力を注ぎます」

 ベッドに押し倒されると、唇が重なった。
 やはりこの行為は気持ちがいい。ぼんやりしていると舌が差し込まれた。ぬるりとした感触に体に甘い痺れが走り背中がぞくぞくする。
 魔力が体に流れ込んでくるのが分かる。

「ん……、ふっ」

 ますます頭がぼうっとしてくる。
 このまま流し込まれ続けたら訳が分からなくなってしまいそうで、縋りつくようにフレンの背に手を回した。

「これ、すごく気持ちいい……。好きだ」

「流し込んだ魔力のせいで、お酒に酔ったような状態になっているそうです。具合が悪くなったらすぐに教えてください」

「うん……」

 変な匂いの香を嗅いだ時はただただ不快でたまらなかったのに、今は心地良さしか感じない。
 肌をなぞるフレンの指の感触に甘い吐息が零れる。それと同時にお腹の奥の方がキュウキュウと疼いた。

 またこの感覚だ。
 何かが足りないような、欠けているような感覚。
 湖では伝えられなかったが、今なら伝えられそうだった。へその下辺りを押さえる。

「フレン、フレン……。ここ、変なんだ。お腹の奥の方が……じくじくする」

「そうですか、分かりました」

 フレンにはそれだけで俺の言いたいことが伝わったようだ。下衣を下着と共に抜き取られた。

「今から俺を受け入れるための準備をします」

 尻の穴に指が入り込んで来る。くちゅくちゅと濡れた音を立てて内部を擦られた。

「う、あ、何だこれ……」

 指が気持ちのいいところを掠めて行く。その度に腰が小さく震えた。だけど……やっぱり何か物足りない。指だと届かないもっとその奥が切なく疼くのだ。

「あ、あ……足りない、もっと」

 早く早くと急き立てられるように下半身をくねらせた。

「はい」

 フレンが自身の下衣を脱ぎ捨てるのをもどかしい思いで眺めた。
 そこから現れた性器に目が釘付けになる。

「え、大き……無理だ。入らないだろ……」

 自分のものとは大きさが違っていて、急に怖気づいてしまう。

「怖がらないでください。痛い思いはさせません」

 よく考えてみると、何度かしたことがあると言っていたから……受け入れが可能なはずだ。

「よ、よし来てくれ!」

 目をギュッとつぶって歯を食いしばった。
 後孔のところに性器の先端が触れて、ゆっくりとそれが沈み込んで来た。指よりもずっと太くて熱い。中が広がっていくのが分かる。
 フレンの言う通り痛みはなかった。

「ん、んあっ……」

 記憶が無いはずなのに、この感触を知っている気がした。
 お腹の奥が満たされていくこの感じ。

「あ……、これだ。これが足りなかったんだ……」

 お腹の奥が切なく疼いていた理由はこれだった。
 俺はずっとこれを求めていたんだ。
 指では届かなかった奥を揺すられて刺激される。

「あ、あ、はぁ、気持ちいい……」

 熱くて、少し苦しい、だけどそれ以上に気持ちがいい。

「良かった……」

 くらくらする視界の中でフレンが微笑む。いつまでも見つめていたいと思わせるあの笑顔だ。

「この行為、フレンも気持ちいいのか?」

 自分ばかりが気持ちよくしてもらっているのだとしたら嫌だなと思ったのだ。

「とても気持ちがいいです。あなたとこうして抱き合うのは体だけではなく、心までも満たされます」

「………っ」

 その言葉を聞いた瞬間、ぽろっと目から涙が出てきた。

「エーティア様!?」

 フレンが慌てて動きを止める。

「何か分からないけど、自然に出てきただけだ。でも、たぶん俺も同じように思っているからなのかも」

 心までも満たされる。そうなのかもしれない。
 胸が熱く震えてじんじんとするのは、体だけじゃなくて心が喜んでいるからに違いない。

「エーティア様」

 感極まったようにフレンが俺の体を強く抱く。

「続けてくれ、フレン。それからちゅーして欲しい。たくさん」

 好きな行為と好きな行為を重ねたら、もっと気持ちがいいに違いない。
 抱き締められたまま唇が重ねられた。


 そこから先は……。すごかった。この一言に尽きる。

 記憶がないから頭の中ではその行為を行うのが初めてだというのに、体は覚えているという非常にアンバランスな状態だ。
 この体はフレンとの行為に慣れているのだろう。それは間違いない。次にどこに触れられるのか分からないのに、どこを触られても気持ちよさしか無い。俺はただただフレンに翻弄されるばかりだ。

 お腹の奥を性器でとんとんと押されて背中がしなる。ずっと切なく疼いていた場所。フレンは俺よりもよく分かっていて、的確にその部分を穿った。

「あ、あ、あっ……フレン、手、手を繋いで……」

 フレンが俺を怖い目に遭わせるわけがないと分かっているけれど。
 深い快楽は、それが過ぎると戻って来られなくなってしまうような恐怖を伴う。
 手を握ってもらうことで現実へと繋ぎとめてもらう。

「俺はここにいます。体の力を抜いて……そう、上手ですね」

「うん……っ。あ、何か……くる……」

 お腹の奥の方がぞくぞくする。

「大丈夫、そのまま身を任せてください」

 わずかな恐怖があったが、それ以上に安心があった。フレンと手を握り合っていれば怖さは消えて行った。

「う、ンン……あぁっ……」

 湖での時のように、自身の性器から精が吐き出された。

 流し込まれた魔力で頭がぼうっとしていたせいもあってこの後の記憶はところどころ欠けている。

 「きもちぃ」「好き」「もっと」「ちゅー」たぶんこの辺りの言葉を何度か口にしたような気もする。自分がその言葉を口にするとフレンが興奮した様子を見せることが分かってからは特に。

 ふふ、と心がふわふわしたまま笑っているとフレンが恥ずかしそうに「エーティア様は記憶を無くしていても俺を煽るのが上手いですね」とか何とかつぶやいた気がした。

 そうして熱くて甘くてくらくらするような夜が過ぎて行った。




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