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9話 塔の魔術師と皇城潜入大作戦
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細かい打ち合わせが終った後、俺達は高い塀で囲まれた皇城内へと入り込んだ。
入り口の門のところでは通行証が必要だったが、アゼリアの精神魔術のお陰で怪しまれることもなくすんなりと中へ入ることが出来た。
門をくぐってもこれまでの景色とさほど変わった様子はなかった。門の外と同じようにいくつもの建物がある。
この辺りには武官や女官達の住居があって、塀の外に出なくても暮らせるような仕組みになっているらしい。
『城』部分に辿り着くにはもう一つ門をくぐらなければならないらしい。そして『奥の宮』へ向かうにはさらにもう一つ奥の門をくぐる。大変ややこしい上に広すぎる。
奥の宮へと向かうアゼリア達と別れて、俺とフレンはこの居住区で調査をすることになった。俺は奥の宮へは行かない方がいいだろうという皆からの意見に従った結果だ。
エギルはいつものように懐の中に入っている。
ここでの仕事はこの皇城に張り巡らされた結界を調べるというものだ。
アゼリアがいれば奥の宮の調査は大丈夫だと思うが、何かあった時のために結界について知っておくに越したことはない。
いざという時はワープで逃げ出すという手があるが、結界の種類によってはワープを使ったという痕跡が残ってしまう。そこから辿られてしまえば俺達の素性はあっという間にバレてしまうだろう。
それを防ぐためにも結界内でどんな魔術が使えるか、逆にどんな魔術が使えないのか調べておく必要がある。
壁に張り巡らされた結界をじっくりと見て回る。
「ほお……。これはあまり見たことがない珍しい術式だ。見てみろ、フレン。この文字を。何が書かれているか分かるか?」
壁に刻まれた魔法陣を指でなぞり隣にいるフレンに問い掛けてみた。
「これはシュカル皇国で使われている独自の文字ですね。記号のようにも見えますが、宿屋の居室のプレートにこれと同じ文字が刻まれていました。恐らく数字ではないでしょうか。推察では五と十になりますが」
フレンが自ら導き出した答えに頷く。
「よく分かったな。五十で正解だ。効果の対象範囲が刻まれていて、上空五十メートルと書かれてある。塀の上から数えてか……。この陣を解読すると雪避けの結界が張られていることが分かる。どうりで門をくぐった途端に雪が降っていないわけだ」
「エーティア様にはこの文字が読めるのですか?」
「少しだけならな。昔、塔の書庫でこの文字で書かれた本を見かけたことがあって気まぐれに読んだことがある」
「なるほど。この記号のような文字すら読めるとは流石です」
大陸共通言語にわざわざ別の文字を当てているので面白いと思ったのだ。暗号を解くような感覚で読んでいたので何となく文字の意味は覚えている。
「この結界が張られたのも比較的新しい。恐らく大雪が降り始めてから張ったのだろうな。雪を何とかしようともせず、皇城にだけ結界を張って我関せずといったところなのか」
シュカル皇国に降り積もる大雪に気付いていないはずがない。そしてその原因が皇城にあることも承知の上で事態を放置しているのだとしたら皇帝とやらはどうしようもない奴だ。
「その辺りはまだ事情が分からないので何とも言えませんね……。民をないがしろにする為政者でないことを願うばかりですが」
居住区をぐるりと回って一通り結界の確認をした。
この辺りでは問題なくワープが使えそうだ。痕跡を辿られることも無い。
最後の魔法陣は路地の奥の方だった。全てを確認し終えて、確信した。
「アゼリアの奴、俺達にこんな格好をさせたくてやはり手を抜いていたな。ここに張られている結界はそれほど高度なものでもなければ解析が難しいものでもない。あいつならそう難しくないはずだ」
ぶつぶつと文句を言っていると、隣からふっと笑う気配がした。
「エーティア様は何だかんだ言いながら、アゼリア様の腕を認めてらっしゃいますね」
「あいつはあんな性格ではあるが……高位の魔術の使い手だ。今回の件では奴さえいれば何とかなるだろう。俺などいなくともな」
「それでも、仲間の皆様はエーティア様を頼りにしておられます。あなたは勇者一行になくてはならない存在です」
魔力を失い、俺にはもうかつてのような力はない。自分で選んだ道なのだから後悔はないが、どうしても失ったものに対して未練のようなものは残っている。俺に以前のような力があればな……と。それ故に知らずのうちに拗ねたような口調になっていただろうか。それに対して思いの外やさしい口調で返された。
同情から言っているようには見えないし、フレンのことだ、心からそう思っているに違いない。
俺が自信喪失も投げやりになることもなくこうして「塔の魔術師」として生きる道を選ぶことができたのも、いまだに尊敬の眼差しで俺を見るフレンや他の者達のお陰なのだろう。
頬に血が集まって来たのでふいっと顔を背けた。
その時だ、急にフレンによって手を握られたのは。驚いて顔を向けると「誰か来ます」と険しい顔で声を顰めた。
「失礼します」
そう言ったかと思うと、フレンによって抱き締められた。そのすぐ後からコツコツという靴音が耳に届く。俺達のいる路地奥に向かって人が近づいてきているのだ。
息を潜めて様子を伺う。といっても目の前にはフレンがいるので近づいて来る人物が見えるわけではないのだが。
「おわっ、し、失礼。人がいるとは思わなかった!」
男の声だった。抱き合う俺達の姿に気付いたのか、近づいて来た人物は慌てて謝罪の言葉を述べる。
フレンが俺の体を離して男に向き直った。
「うん? お前は……」
初めは不審げにこちらを見つめてきた男だったが、すぐに納得したように「ああ、今日は非番だったのか」と多少ぼんやりした口調でつぶやいた。
アゼリアの精神魔術が作用しているのだろう。俺達の姿を見かけても仕事が休みでその辺を散歩している、という認識になっているらしい。
多少辻褄の合わないことがあっても勝手に脳内で修正してくれるのでありがたいことだ。
男はどうやら見回りでここまでやって来たようだ。
「奥方とこのような場所で逢瀬とは……」
こんな路地裏で抱き合っていたものだから、呆れ返ったように男が言った。
「申し訳ありません。妻があまりにも愛らしくて家に着くまで待ちきれませんでした」
魔法陣を調べていたことが分かったら面倒事になりそうだったので、フレンは妻といちゃついていたことにしたらしい。
男がこちらを向く気配を感じたものの、実際はどうだったのか分からない。相変わらずフレンは男の視線から俺を隠すように立ち塞がっているのだから。
「新婚というのはお熱いことだ。だがまあ大概にしておけよ。ここ最近は皇帝陛下の雰囲気も随分と変わられて罰則も厳しくなっている」
「肝に銘じておきます」
フレンが素直に頷いたので男は満足したのか、それ以上あれこれと言うこともなく去って行った。
気配が消えたところで口を開く。
「どうやら行ったようだな」
「はい。急に抱き締めて驚かせてしまい申し訳ありません」
「いや、いい判断だった。こんなところで何をしていたか問われていたら困ったからな。俺だったらあの男を眠らせてこの辺りに転がしていたことだろうよ」
穏便に済むならそれに越したことはない。
「ふふ、それにしても。相変わらず嫉妬深い男だな、お前は。番(つがい)になっても尚、俺を他の奴に見せたくないのか」
フレンが先程の男から俺を必死で隠していた理由などすぐに想像がつく。嫉妬だ。
一度番と決めた者以外を愛することはない白き翼の一族の性質を受け継ぐ自分は、これから先フレン以外の誰かを受け入れることはない。だというのにフレンは未だ俺に近づく奴らを警戒し続けているのだから面白い。
何をそんなに心配することがあるというのか。
「たとえエーティア様の心が俺以外に向くことはないと分かっていても、他の者がそれを知る由はありません」
フレンの瞳がこちらを見据える。
「エーティア様は以前よりもずっと魅力的になられました。雰囲気が柔らかくなり、眼差しも温かい。そんなあなたからの愛を得るために強引な手を使う者が現れないとも限らない。それが俺には怖いです。だからこそ余計な火種を生み出さないようあなたを隠しておきたいのです。こんなにも美しい今の姿ならば、なおさらのこと」
「そうか。それは忙しくて大変なことだな。せいぜい頑張って隠してくれ」
「エーティア様はお人が悪い。その顔は俺がやきもきする姿を見て楽しんでおられますね?」
フレンの口調が拗ねたものに変わった。
こうして拗ねる姿を見ると年下だということを実感するな。
「ああ。お前が嫉妬する姿を見るのは……たまらないと思う時がある。お前が俺を好きで仕方がないのだと分かる」
「困った方だ。これまでに充分嫉妬はしてきましたが、これ以上俺を翻弄するおつもりですか」
困った、と言いつつフレンの表情にはちっとも怒った色も呆れ返った色も浮かんでいない。浮かぶ表情は愛おしい恋人を甘やかす男のそれだ。
「ですが、エーティア様がそんな風に喜んで下さるなら嫉妬したかいもあるというものです」
自分が飼い主の気を引きたくてあの手この手を使ってじゃれつく猫にでもなった気分だ。まあ、いい。とりあえず俺の仕事は終わったのだから、今は猫になった気分でフレンにくっ付いてやろう。
フレンの首にする、と手を伸ばしてこちらへと引き寄せて間近で見つめ合う形にした。
「いつもと姿が違うから、不思議な感じがする」
この国では男も髪の毛を伸ばして、結い上げるというのが一般的のようだ。だからフレンもつけ毛をしてそのような装いになっている。
別人、とは思わないが見慣れなくて新鮮だ。
「変ですか?」
「いいや。良い男だ、惚れ惚れする」
どこもかしこも魅力的に俺の目に映って、視線が離せない。吸い付くように唇を押し当てた。
唇を離して、フレンの口元を見て「ん?」と首を傾げる。唇が不自然に赤くなっているのだ。じっと見つめていることに気付いたらしいフレンが「ああ」と納得したように笑う。
「エーティア様の紅が付いたようです」
「そういえば、化粧をしていたな。こんなに簡単に紅が落ちるとは。これでは口づけをしたことがバレバレではないか。まあ、いい。後で拭えばいいことだ。それよりも……」
口づけをしていたことを物語るフレンの口元の紅がやけに艶めかしく見えて背中の辺りがぞくぞくする。
はぁ。ここが塔であればこのままベッドへなだれ込んでいるというのに。早く塔へ戻ってフレンとくっ付いていたい。
そのためにもこの件を早々に片づけなければならない。
「俺ばかり化粧をされているのは不公平だ。お前の口にも紅をたっぷり付けてやる」
「わっ」
俺の口づけに目を丸くして驚くフレンの姿がやけに面白く見えて笑いが込み上げてきた。
「く、ふふ……っ、はは」
「っはは……! エーティア様は案外いたずら好きですね」
つられてフレンも笑い出して、いつの間にか胸元から顔をひょこっと出していたエギルも「うふふ」と笑っていた。
入り口の門のところでは通行証が必要だったが、アゼリアの精神魔術のお陰で怪しまれることもなくすんなりと中へ入ることが出来た。
門をくぐってもこれまでの景色とさほど変わった様子はなかった。門の外と同じようにいくつもの建物がある。
この辺りには武官や女官達の住居があって、塀の外に出なくても暮らせるような仕組みになっているらしい。
『城』部分に辿り着くにはもう一つ門をくぐらなければならないらしい。そして『奥の宮』へ向かうにはさらにもう一つ奥の門をくぐる。大変ややこしい上に広すぎる。
奥の宮へと向かうアゼリア達と別れて、俺とフレンはこの居住区で調査をすることになった。俺は奥の宮へは行かない方がいいだろうという皆からの意見に従った結果だ。
エギルはいつものように懐の中に入っている。
ここでの仕事はこの皇城に張り巡らされた結界を調べるというものだ。
アゼリアがいれば奥の宮の調査は大丈夫だと思うが、何かあった時のために結界について知っておくに越したことはない。
いざという時はワープで逃げ出すという手があるが、結界の種類によってはワープを使ったという痕跡が残ってしまう。そこから辿られてしまえば俺達の素性はあっという間にバレてしまうだろう。
それを防ぐためにも結界内でどんな魔術が使えるか、逆にどんな魔術が使えないのか調べておく必要がある。
壁に張り巡らされた結界をじっくりと見て回る。
「ほお……。これはあまり見たことがない珍しい術式だ。見てみろ、フレン。この文字を。何が書かれているか分かるか?」
壁に刻まれた魔法陣を指でなぞり隣にいるフレンに問い掛けてみた。
「これはシュカル皇国で使われている独自の文字ですね。記号のようにも見えますが、宿屋の居室のプレートにこれと同じ文字が刻まれていました。恐らく数字ではないでしょうか。推察では五と十になりますが」
フレンが自ら導き出した答えに頷く。
「よく分かったな。五十で正解だ。効果の対象範囲が刻まれていて、上空五十メートルと書かれてある。塀の上から数えてか……。この陣を解読すると雪避けの結界が張られていることが分かる。どうりで門をくぐった途端に雪が降っていないわけだ」
「エーティア様にはこの文字が読めるのですか?」
「少しだけならな。昔、塔の書庫でこの文字で書かれた本を見かけたことがあって気まぐれに読んだことがある」
「なるほど。この記号のような文字すら読めるとは流石です」
大陸共通言語にわざわざ別の文字を当てているので面白いと思ったのだ。暗号を解くような感覚で読んでいたので何となく文字の意味は覚えている。
「この結界が張られたのも比較的新しい。恐らく大雪が降り始めてから張ったのだろうな。雪を何とかしようともせず、皇城にだけ結界を張って我関せずといったところなのか」
シュカル皇国に降り積もる大雪に気付いていないはずがない。そしてその原因が皇城にあることも承知の上で事態を放置しているのだとしたら皇帝とやらはどうしようもない奴だ。
「その辺りはまだ事情が分からないので何とも言えませんね……。民をないがしろにする為政者でないことを願うばかりですが」
居住区をぐるりと回って一通り結界の確認をした。
この辺りでは問題なくワープが使えそうだ。痕跡を辿られることも無い。
最後の魔法陣は路地の奥の方だった。全てを確認し終えて、確信した。
「アゼリアの奴、俺達にこんな格好をさせたくてやはり手を抜いていたな。ここに張られている結界はそれほど高度なものでもなければ解析が難しいものでもない。あいつならそう難しくないはずだ」
ぶつぶつと文句を言っていると、隣からふっと笑う気配がした。
「エーティア様は何だかんだ言いながら、アゼリア様の腕を認めてらっしゃいますね」
「あいつはあんな性格ではあるが……高位の魔術の使い手だ。今回の件では奴さえいれば何とかなるだろう。俺などいなくともな」
「それでも、仲間の皆様はエーティア様を頼りにしておられます。あなたは勇者一行になくてはならない存在です」
魔力を失い、俺にはもうかつてのような力はない。自分で選んだ道なのだから後悔はないが、どうしても失ったものに対して未練のようなものは残っている。俺に以前のような力があればな……と。それ故に知らずのうちに拗ねたような口調になっていただろうか。それに対して思いの外やさしい口調で返された。
同情から言っているようには見えないし、フレンのことだ、心からそう思っているに違いない。
俺が自信喪失も投げやりになることもなくこうして「塔の魔術師」として生きる道を選ぶことができたのも、いまだに尊敬の眼差しで俺を見るフレンや他の者達のお陰なのだろう。
頬に血が集まって来たのでふいっと顔を背けた。
その時だ、急にフレンによって手を握られたのは。驚いて顔を向けると「誰か来ます」と険しい顔で声を顰めた。
「失礼します」
そう言ったかと思うと、フレンによって抱き締められた。そのすぐ後からコツコツという靴音が耳に届く。俺達のいる路地奥に向かって人が近づいてきているのだ。
息を潜めて様子を伺う。といっても目の前にはフレンがいるので近づいて来る人物が見えるわけではないのだが。
「おわっ、し、失礼。人がいるとは思わなかった!」
男の声だった。抱き合う俺達の姿に気付いたのか、近づいて来た人物は慌てて謝罪の言葉を述べる。
フレンが俺の体を離して男に向き直った。
「うん? お前は……」
初めは不審げにこちらを見つめてきた男だったが、すぐに納得したように「ああ、今日は非番だったのか」と多少ぼんやりした口調でつぶやいた。
アゼリアの精神魔術が作用しているのだろう。俺達の姿を見かけても仕事が休みでその辺を散歩している、という認識になっているらしい。
多少辻褄の合わないことがあっても勝手に脳内で修正してくれるのでありがたいことだ。
男はどうやら見回りでここまでやって来たようだ。
「奥方とこのような場所で逢瀬とは……」
こんな路地裏で抱き合っていたものだから、呆れ返ったように男が言った。
「申し訳ありません。妻があまりにも愛らしくて家に着くまで待ちきれませんでした」
魔法陣を調べていたことが分かったら面倒事になりそうだったので、フレンは妻といちゃついていたことにしたらしい。
男がこちらを向く気配を感じたものの、実際はどうだったのか分からない。相変わらずフレンは男の視線から俺を隠すように立ち塞がっているのだから。
「新婚というのはお熱いことだ。だがまあ大概にしておけよ。ここ最近は皇帝陛下の雰囲気も随分と変わられて罰則も厳しくなっている」
「肝に銘じておきます」
フレンが素直に頷いたので男は満足したのか、それ以上あれこれと言うこともなく去って行った。
気配が消えたところで口を開く。
「どうやら行ったようだな」
「はい。急に抱き締めて驚かせてしまい申し訳ありません」
「いや、いい判断だった。こんなところで何をしていたか問われていたら困ったからな。俺だったらあの男を眠らせてこの辺りに転がしていたことだろうよ」
穏便に済むならそれに越したことはない。
「ふふ、それにしても。相変わらず嫉妬深い男だな、お前は。番(つがい)になっても尚、俺を他の奴に見せたくないのか」
フレンが先程の男から俺を必死で隠していた理由などすぐに想像がつく。嫉妬だ。
一度番と決めた者以外を愛することはない白き翼の一族の性質を受け継ぐ自分は、これから先フレン以外の誰かを受け入れることはない。だというのにフレンは未だ俺に近づく奴らを警戒し続けているのだから面白い。
何をそんなに心配することがあるというのか。
「たとえエーティア様の心が俺以外に向くことはないと分かっていても、他の者がそれを知る由はありません」
フレンの瞳がこちらを見据える。
「エーティア様は以前よりもずっと魅力的になられました。雰囲気が柔らかくなり、眼差しも温かい。そんなあなたからの愛を得るために強引な手を使う者が現れないとも限らない。それが俺には怖いです。だからこそ余計な火種を生み出さないようあなたを隠しておきたいのです。こんなにも美しい今の姿ならば、なおさらのこと」
「そうか。それは忙しくて大変なことだな。せいぜい頑張って隠してくれ」
「エーティア様はお人が悪い。その顔は俺がやきもきする姿を見て楽しんでおられますね?」
フレンの口調が拗ねたものに変わった。
こうして拗ねる姿を見ると年下だということを実感するな。
「ああ。お前が嫉妬する姿を見るのは……たまらないと思う時がある。お前が俺を好きで仕方がないのだと分かる」
「困った方だ。これまでに充分嫉妬はしてきましたが、これ以上俺を翻弄するおつもりですか」
困った、と言いつつフレンの表情にはちっとも怒った色も呆れ返った色も浮かんでいない。浮かぶ表情は愛おしい恋人を甘やかす男のそれだ。
「ですが、エーティア様がそんな風に喜んで下さるなら嫉妬したかいもあるというものです」
自分が飼い主の気を引きたくてあの手この手を使ってじゃれつく猫にでもなった気分だ。まあ、いい。とりあえず俺の仕事は終わったのだから、今は猫になった気分でフレンにくっ付いてやろう。
フレンの首にする、と手を伸ばしてこちらへと引き寄せて間近で見つめ合う形にした。
「いつもと姿が違うから、不思議な感じがする」
この国では男も髪の毛を伸ばして、結い上げるというのが一般的のようだ。だからフレンもつけ毛をしてそのような装いになっている。
別人、とは思わないが見慣れなくて新鮮だ。
「変ですか?」
「いいや。良い男だ、惚れ惚れする」
どこもかしこも魅力的に俺の目に映って、視線が離せない。吸い付くように唇を押し当てた。
唇を離して、フレンの口元を見て「ん?」と首を傾げる。唇が不自然に赤くなっているのだ。じっと見つめていることに気付いたらしいフレンが「ああ」と納得したように笑う。
「エーティア様の紅が付いたようです」
「そういえば、化粧をしていたな。こんなに簡単に紅が落ちるとは。これでは口づけをしたことがバレバレではないか。まあ、いい。後で拭えばいいことだ。それよりも……」
口づけをしていたことを物語るフレンの口元の紅がやけに艶めかしく見えて背中の辺りがぞくぞくする。
はぁ。ここが塔であればこのままベッドへなだれ込んでいるというのに。早く塔へ戻ってフレンとくっ付いていたい。
そのためにもこの件を早々に片づけなければならない。
「俺ばかり化粧をされているのは不公平だ。お前の口にも紅をたっぷり付けてやる」
「わっ」
俺の口づけに目を丸くして驚くフレンの姿がやけに面白く見えて笑いが込み上げてきた。
「く、ふふ……っ、はは」
「っはは……! エーティア様は案外いたずら好きですね」
つられてフレンも笑い出して、いつの間にか胸元から顔をひょこっと出していたエギルも「うふふ」と笑っていた。
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