塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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塔の魔術師と騎士の献身『終』

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 以前の旅の際、ベルフレイユ王国へ赴いたことがあるのでワープで辿り着くのに問題はなかった。
 ここへ渡ってきてしまえば、たとえフレンが目覚めたとしても追ってくることは出来ない。ワープを使うことの出来るフレンだが、過去に一度もベルフレイユへ渡ったことはないはずだから。



 着いた先は王国の外れにある野営キャンプの敷かれている場所だった。

 魔王らしき繭が出現したのは王城内とのことだが、生憎そういった場所には対魔術師用の結界が張ってあるので直接向かうことが出来なかったのだ。

 いくつもの天幕の張られた野営キャンプには王宮で暮らす王族を始めとする人々が避難して来ていた。
 俺とサイラスの到着を知ると歓迎の声が上がる。

 ベルフレイユ王城の者達の行動は迅速で、繭の出現からさほど時間が経過していないというのにすでにほとんどの者達が避難を終えているという。
 以前もモンスターに襲われたという経験がこの迅速な行動に繋がっているようだ。
 王城内に残っているのは繭を見張っている兵士が十数名ほど。それぐらいならばすぐに避難することの出来る人数だ。

「上出来だ。ベルフレイユの王城は広いからな。そこで片を付けるぞ」

 サイラスの言葉に頷く。
 魔王が繭から出てきたとしても、王城の外に出る前に倒す。
 そして王城へ向かう前にこれだけは伝えておこうと思い口を開いた。

「……悪いが、王城が多少壊れても目をつぶってくれ。魔王を倒すのが優先だ。加減は出来ない」

「はい。全てサイラス様とエーティア様にお任せします」

 ベルフレイユ王の許可が出たので遠慮なくやれるな。
 それからサイラスと二人王城へと向かう。

 馬は怯えてしまって駄目だったので、徒歩だ。不気味な紫色の空の下をたった二人と一匹で行く。
 


 王城へ辿り着いてからは兵士に繭のもとへと案内してもらう。
 ベルフレイユ王城は防衛のためか迷路のように複雑に入り組んだ造りとなっている。二人だけで向かっていたら確実に迷子になっていたことだろう。

「この案内が終わったら他の兵士達と共に王城から避難しろ。すぐにだ」

「しかし、この王城は入り組んでいます。迷ってしまったら出て来られるか分かりません」

「その心配は杞憂だ。最悪結界を破ってワープで脱出させてもらう」

 対魔術師用の結界が王城内に張られているが、この程度ならば破ることは容易い。
 俺の張る結界と違って穴だらけだ。張った奴は未熟者だな。
 下手すれば外交問題に発展しそうなので平時だったら絶対にやらないが、今は緊急事態だ。そして「全て任せる」という王の許可は取ってある。結界の一つや二つを壊すぐらい大目に見てもらえるだろう。

 階段を上ったり下りたりしながら地下へと向かって行く。

 地下には水路が通っていて、思いの外空間が広がっていた。

「隠し通路といったところか」

 王城には大抵の場合、王族が万が一の事態に陥った際に逃げ出すための隠し通路が作られていることが多い。この空間もその手の類なのだろう。

「地面も濡れております。足を滑らして水路に落ちぬようお気を付けください。もう間もなく繭のところへ出ます!」

 兵士の言葉通り繭の元へ辿り着くのにそう時間はかからなかった。
 水路にかかる橋を渡り、開けた空間に出たところにその繭はあった。

 どうやら地中から這い上がって来たようで、繭にも卵にも似たその物体は一部分がいまだ地中にめり込んでいる。
 驚くべきは見上げるほどの大きさもそうだが、それよりも『青白く光っている』色だ。
 唖然とする。

「おい、案内はここまででいい。すぐにこの場から離れろ」

「はっ!」

 ここまで案内してくれた兵士を地上へ帰す。

「はぁ……。そういうことだったのか」

 繭を見て全てを理解した。
 どうして倒したはずの魔王が数百年の時を待たずに復活してきたのか。その理由を。

「おい、どうした? 何か分かったのか?」

「……あいつの復活はどうやら俺のせいだったらしい」

「はぁ!? 何でそうなる」

「見てみろ。あの光る繭の色。あの色に見覚えはないか」

 サイラスが俺の指さす方向を見る。薄く青く光る繭の色を。
 その横顔に驚きが乗って、ハッと息を呑んだ。

「あれは……お前が魔力を使った時に光る髪の色と同じだ」

「ああ、そうだ。奴の中に俺の魔力の源があるというわけだ」

 これまで俺自身の魔力が消えてしまった理由は魔王の闇の魔力を大量に浴びたせいだと思っていた。
 一生自分の魔力は戻らないのだろうかと諦めの気持ちを抱くその一方で、フレンによる白き魔力を受けていれば、いつかは闇の魔力が浄化されて元に戻るかもしれないと期待していたのもまた事実だ。
 だがしかしその期待は無駄だったという訳だ。元に戻るはずが無い。

 何故なら俺の魔力の源は魔王によって奪われていたのだから。

「魔力が奪われたのはあの時か!!」

 サイラスが唇を噛みしめる。奴も思い出したようだ、あの時の戦いのことを。



 魔王との最終決戦の時、攻撃の手は他三人に任せて俺は後方支援を行っていた。傷の回復、それから能力強化の魔術担当だ。
 魔王は蘇る度に違う姿を取って現れるが、今代の姿は人型だった。人型と言っても目鼻口があるわけでも言語を操るわけでもない。
 人のようであって、そうではないもの。人のなりそこない。
 そんな表現が相応しい物体だった。


 魔王による攻撃は激しく、滝のように真上から闇の魔力が降り注いだ。結界を張ったものの全てを防ぐことは出来なくて少しずつ浴びてしまう。
 闇の魔力は人の身にとって毒のようなものだ。浴び続ければ体のモンスター化が起こる。
 俺の身にその兆しは現れなかったが、他三人は別だった。

 最初に理性が失われていった。

 そのことによって、全体の連携が崩れたのだ。

 理性を半ば失いかけたサイラスがただ一人飛び出して魔王に斬りかかった。
 その瞬間、表情のないはずの魔王の口元に笑みが浮かんだ気がした。

 これはまずいな、と思った時には体が動いていた。

 魔王がサイラスに向けて放った闇の魔力を、俺がワープで移動してサイラスの前に立ちはだかり、代わりに受け止めたのだ。
 胸の辺りを貫くように闇の魔力が走り抜けていった。

 闇の魔力を代わりに受け止め、目の前でその光景を見たことによって理性を取り戻したサイラスが俺の肩を掴む。

「エーティアっ! 無事なのか!?」

 鬱陶しげにその手を振り払う。

「人の心配をしている場合なのか、馬鹿め。勇者である貴様が真っ先にやられてモンスター化でもしてみろ。全世界の士気はガタ落ちだ」

 勇者は人々の希望だというのに、真っ先に倒れたとあっては俺達の負けが確定する。それだけは絶対に避けなければならない。

「すまん、本当に……」

「グズグズ後悔する暇があったら奴を倒せ」

「ああ、分かった!!」

 再び剣を取って魔王へ向かうサイラスの後姿を見送った後で胸を手で押さえた。
 闇の魔力が体を突き抜けた瞬間、怪我を負った訳でもないのに痛みのようなものを感じた。それに何とも言えない不快感を―――。



 あの戦いの後から俺の魔力は消えていったから、今思えばあの瞬間に魔力の源が奪われていたのだろう。
 倒された魔王がこんな短時間で蘇ったのも、『白き翼の一族』の治癒の力を取り込んだためだ。

 取り戻したくてたまらなかった俺の魔力が、魔王の中にある。

「よくも俺の魔力を奪ってくれたな。それは貴様には過ぎた力だ!」

 魔術で生成した光の槍を魔王の繭めがけて放つ。
 槍の先端が繭の中心部を真っ直ぐ突き抜ける。しかし槍はすぐに霧散して空中に溶けて消えていく。
 繭に開いた穴も青い光に包まれてすぐに塞がってしまう始末だ。

「くそっ……」

「すぐに穴が塞がっていくなんて……何て回復力なんだ。ならば俺の剣の攻撃ならどうだ!?」

 サイラスの剣は女神の祝福を受けた聖剣だ。
 対魔王戦における切り札ともいえるもの。

 水平に斬り払うと繭が真っ二つに割れる。効果は抜群だ。ぐしゃりと割れて潰れた繭が地面へと叩きつけられて、中に入っていた黒い肉の塊が飛び出した。これから形を成そうとしていたのか、今はまだ何物でもない。

「サイラス、俺の魔力を取り出せないか!?」

 肉の塊の中、青白く光る部分に魔力の核があるに違いない。

「やってみる!」

 サイラスが核を取り出そうと奮闘するが、黒い肉の塊と癒着していて上手くいかない。

「ハッ!!」

 もう一度サイラスが剣で斬り払うと、肉が割れて丸い核が床へと転がり落ちた。
 俺が拾い上げるよりも前に核が再び強く光り出す。

 すると何ということだろう。
 核にわずかにこびり付いていた黒い肉片からどんどん肉体が再生されていくではないか。

 立ち尽くす俺達の目の前で黒い肉は人の皮膚の色に染まり、手、足、目、鼻、口を形作っていく。
 そして衣服すらも形成される。

「嘘……だろう……」

 再生力もさることながら、俺達を唖然とさせたのはその姿であった。


 白き翼の一族の力で蘇った魔王は『俺の姿』をしていたのだから。




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