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8話 塔の魔術師と騎士の献身『終』
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「しかしフレンの剣の上達ぶりは目を瞠るものがあるな。これが若さというものか」
アリシュランド乗っ取りの件以降ますます熱心に修行に励むフレンに、サイラスも感心している様子だ。
「若さ? お前達はそう年も違わないだろう?」
「ふ、分かってないなエーティア。俺達は三歳も違うぞ。人の子にとって三年という年月は大きい。剣技の分野は元々持つセンスはもちろんのこと経験の積み重ねも強さに比例する。フレンはまだ若いから経験を積むことでますます成長するだろう」
「ほう。なるほど……。たかが三年、されど三年か」
俺にとっては一瞬のその時が、人にとっては大きいのだという。
「お前は寿命が短くなって人とそう変わらない生になったのだろう? すぐに実感することになるさ。だらだらと生きているとあっという間にじいさんになって終わりを迎えることになるぞ」
「む、それは困る」
『白き翼の一族』の自身の魔力が消えてしまったことにより、俺は長命ではなくなってしまった。
自分が今までのように長く生きられないものだと感じている。
どれほどの寿命が残っているのかは分からないが、恐らく人と同じぐらい、あるいはそれよりも少ないのではないだろうか。
「そもそもお前は人間に換算すると何歳ぐらいなんだ?」
「そんなの知るものか」
そもそも白き翼の一族の生態はほとんど知られていない上に、俺は人間の血も混ざっているので人間で言うと何歳ぐらいかと問われても答えられるはずもない。そんなの自分が知りたいぐらいだ。
「エーティアちゃんの年齢ねぇ。肌の潤いの感じを見て考えると私は十六歳を推すわ! だってうるうるのぷりぷりだもの」
「なるほどアゼリア殿は視点が細かい。だがまあ背の低さも考えると十六の説はあるな!」
十六と言われてすかさず反論する。
「はぁ⁉ 十六だと。それは人間でいうところの成人前ではないか。子供扱いをするな!流石に成人は迎えている。もっと年が上に見えるだろう、なぁフレン?」
フレンに話を振ると、困ったように眉を下げた。
む、何だその表情は。
「そう……ですね。少なくとも成人を迎えられているように見えます」
それはそれは非常に歯切れの悪い返事だった。それに対してサイラスがくつくつと肩を揺らして笑う。
「ふ、くく。まあフレンとしてはそう言うしかないだろうな。そうでなければ子供に手を出していることになる」
「何だと……そうなのかフレン⁉ そんな風に思っているのか?」
「いいえ、そうではなくエーティア様は子供のように純粋で可愛らしい部分と、経験を重ねたことによる知性的な部分、そして神秘的な美しさを併せ持っておられるので、年齢を推察するのは難しく思います。しかしたとえあなたが何歳であろうとも魅力的に俺の目に映ります」
フレンが眩しそうに瞳を細めてそんなことを言うので、腹立たしいと思っていた気持ちはすっかりと消えてしまった。
満更でもない気分になる。
「そうか。流石フレンは俺の魅力というものが分かっているな。ほら、ここへ来い。クッキーを食べさせてやろう」
「おい、俺達の前でいちゃつくな!」
フレンを手招きして椅子に座らせ、あわよくばその膝の上に乗ってやろうと目論んでいたところサイラスに邪魔される。
ちっ。
温度を下げた視線でサイラスを睨んで手をひらひら振る。
「そろそろ帰っていいぞ」
サイラスとアゼリアが帰ったら思う存分いちゃつく算段だ。
「客を追い出そうとするな! はぁ、もういい。お前に腹を立てたところで無駄という気がしてきた。そういえば先日陛下からお前達のことで相談を受けた。何でも結婚式を挙げて欲しいと陛下が望んでいるのにお前が拒否しているらしいじゃないか」
「えええーっ、何それ何それ‼」
アゼリアが鼻息を荒くして話題に食い付いてくる。
俺とフレンの結婚式、これはフレンの父親である国王が望んでいることだ。
アゼリアの術が解けてフレンが過去の出来事を全て思い出したのと同様に、国王もまた記憶を取り戻した。
「フレンの婚約者」としての俺に関してを。
もともとは第二王子の魔の手から俺を守るためにフレンが持ち出した偽りの婚約話だったが、その話は破棄にならないまま五年後の現在まで続いている。
この約束は今もまだ有効だということを思い出した国王は、お忍びで俺の元へと訪れて興奮気味に言った。「エーティア様とフレンの結婚式をやりましょう」と。「国を挙げて盛大におこないます」とも。
俺は目立つことが大嫌いな上に見世物にされるのも御免なので、嫌だとすげなく返しているところだ。
必死な様子で食い下がって来られるので大変迷惑をしている。
「五年前のあの時フレンを望んで下さったお言葉は嘘だったのですか⁉」
「エーティア様、どうか、どうか……‼」
と、こんな調子でいい年の男(それも国王)が涙目で懇願してくるのだ。
何というか幼い頃から奴のことは知っているが、言い出したら聞かないところがある。
フレンが必死で懇願してくるのならまだ分かる。だが、父親であるあいつが何であんなにも必死になるのだろうか。
フレンと結婚することで俺をアリシュランド国に縛りつけようとでもいうつもりか?
俺はフレンを番としてすでに選んでいる。
白き翼の一族は番を生涯愛するという特性があって、俺にもそれは受け継がれている。そこには何よりも固い絆があるのだ。
わざわざ結婚などしなくてもそれで十分ではないかと思うのだ。
フレンのことがなかったとしても、住み家である塔を気に入っているので、もとよりアリシュランドを出るつもりはない。
「結婚式いいじゃない! どうしてそんなに嫌がるの。エーティアちゃんとフレンちゃんの結婚式、見たい見たい……ッ」
「はぁ。お前みたいな奴がいるから嫌なのだ」
式を挙げたらアゼリアのような奴らにきゃあきゃあと大騒ぎされることだろう。
どうしてわざわざ見世物にされなければならないのか。
「フレンちゃんはいいの? エーティアちゃんこんなこと言ってるわよ」
「俺はエーティア様の望みに沿いたいと思っています」
「そうなの? 私、フレンちゃんは絶対エーティアちゃんと結婚したい派の人だと思っていたわ」
まったく勝手なことを言う。
フレンの答えは以前尋ねた時と同じだった。
以前もフレン自身に結婚に関してどう思っているのか尋ねてみたところ「エーティア様の望むままに」との答えだった。
父親とのこの温度差よ。
俺が結婚を望まなくても傍にいられるだけで満足だと思っているのだろう。
それに結婚式をしたくない理由はもう一つある。
魔王を倒した勇者の仲間、そしてアリシュランド国の守り手として生きて来た『大魔術師エーティア』が弱体化したことに関しては一部の者しか知らず、国民には秘密にされている。
『大魔術師エーティア』がアリシュランドに存在する、それだけで他国の牽制にもなる国防に関わる部分だからだ。
式の最中に万が一倒れてしまおうものなら、国民はおろか他国の者にも体の不調が知られるだろう。それは俺の望むところではない。
「陛下はあの二人にも相談したいと連絡を取ろうとしているらしいが、どうにも連絡が付かないそうでなぁ」
サイラスがぼやいた。
『あの二人』というのは魔王討伐の旅をした仲間二人のことである。剣士と拳闘士だ。
……名前は何だったか……忘れた。
国王は俺の心が変わらないものだから、どうやらサイラスだけでなくあの二人にも相談を持ち掛けて外堀から埋めていく方向で考えているらしい。
随分と狡猾なことをする。
「あいつら……、国に戻っていると聞いたがどこにいるのか分からないのか?」
「ああ。故郷に無事辿り着いたというところまでは聞いたのだが、そこから先が行方不明だ。俺の方でもこれまでに何度か手紙を送ったのだが返信が来ていない。あの二人のことだから心配はいらないと思うが」
「まあそうだな。その内ひょっこりと顔を出すのではないのか」
女神による託宣で勇者の一行に選ばれただけあって、二人共類まれなる能力の持ち主だ。その辺の相手にどうにかなるとは思えないし、同郷である二人が共に行動しているのは間違いないのでまず心配はないだろう。
「確かにその通りだ。今回はあの二人の分も俺が代わりに頑張ろう。だからな、結婚式をするんだエーティア。お祭りみたいで楽しいと思うぞ」
サイラスが親指を立ててものすごく雑な説得をし始める。
「私も私も説得する! エーティアちゃんの花嫁姿、見てみたいな~」
「馬鹿なのか。何で俺が花嫁にならなくちゃならないんだ」
「えーっ、エーティアちゃんのドレス姿きっと可愛いと思うの。ふりふりのひらひらのドレスよ」
国王がサイラスに説得役を頼んだのは人選ミスと言わざるを得ない。アゼリアに至っては逆効果である。
「ぼくも……お二人が結婚するの見たいです」
それにエギルまでもが続いた。きらきらと瞳を輝かせてこちらを見上げてくる。
はぁ、と深くため息を吐く。
エギル、お前の主人は一体誰なんだ?
アリシュランド乗っ取りの件以降ますます熱心に修行に励むフレンに、サイラスも感心している様子だ。
「若さ? お前達はそう年も違わないだろう?」
「ふ、分かってないなエーティア。俺達は三歳も違うぞ。人の子にとって三年という年月は大きい。剣技の分野は元々持つセンスはもちろんのこと経験の積み重ねも強さに比例する。フレンはまだ若いから経験を積むことでますます成長するだろう」
「ほう。なるほど……。たかが三年、されど三年か」
俺にとっては一瞬のその時が、人にとっては大きいのだという。
「お前は寿命が短くなって人とそう変わらない生になったのだろう? すぐに実感することになるさ。だらだらと生きているとあっという間にじいさんになって終わりを迎えることになるぞ」
「む、それは困る」
『白き翼の一族』の自身の魔力が消えてしまったことにより、俺は長命ではなくなってしまった。
自分が今までのように長く生きられないものだと感じている。
どれほどの寿命が残っているのかは分からないが、恐らく人と同じぐらい、あるいはそれよりも少ないのではないだろうか。
「そもそもお前は人間に換算すると何歳ぐらいなんだ?」
「そんなの知るものか」
そもそも白き翼の一族の生態はほとんど知られていない上に、俺は人間の血も混ざっているので人間で言うと何歳ぐらいかと問われても答えられるはずもない。そんなの自分が知りたいぐらいだ。
「エーティアちゃんの年齢ねぇ。肌の潤いの感じを見て考えると私は十六歳を推すわ! だってうるうるのぷりぷりだもの」
「なるほどアゼリア殿は視点が細かい。だがまあ背の低さも考えると十六の説はあるな!」
十六と言われてすかさず反論する。
「はぁ⁉ 十六だと。それは人間でいうところの成人前ではないか。子供扱いをするな!流石に成人は迎えている。もっと年が上に見えるだろう、なぁフレン?」
フレンに話を振ると、困ったように眉を下げた。
む、何だその表情は。
「そう……ですね。少なくとも成人を迎えられているように見えます」
それはそれは非常に歯切れの悪い返事だった。それに対してサイラスがくつくつと肩を揺らして笑う。
「ふ、くく。まあフレンとしてはそう言うしかないだろうな。そうでなければ子供に手を出していることになる」
「何だと……そうなのかフレン⁉ そんな風に思っているのか?」
「いいえ、そうではなくエーティア様は子供のように純粋で可愛らしい部分と、経験を重ねたことによる知性的な部分、そして神秘的な美しさを併せ持っておられるので、年齢を推察するのは難しく思います。しかしたとえあなたが何歳であろうとも魅力的に俺の目に映ります」
フレンが眩しそうに瞳を細めてそんなことを言うので、腹立たしいと思っていた気持ちはすっかりと消えてしまった。
満更でもない気分になる。
「そうか。流石フレンは俺の魅力というものが分かっているな。ほら、ここへ来い。クッキーを食べさせてやろう」
「おい、俺達の前でいちゃつくな!」
フレンを手招きして椅子に座らせ、あわよくばその膝の上に乗ってやろうと目論んでいたところサイラスに邪魔される。
ちっ。
温度を下げた視線でサイラスを睨んで手をひらひら振る。
「そろそろ帰っていいぞ」
サイラスとアゼリアが帰ったら思う存分いちゃつく算段だ。
「客を追い出そうとするな! はぁ、もういい。お前に腹を立てたところで無駄という気がしてきた。そういえば先日陛下からお前達のことで相談を受けた。何でも結婚式を挙げて欲しいと陛下が望んでいるのにお前が拒否しているらしいじゃないか」
「えええーっ、何それ何それ‼」
アゼリアが鼻息を荒くして話題に食い付いてくる。
俺とフレンの結婚式、これはフレンの父親である国王が望んでいることだ。
アゼリアの術が解けてフレンが過去の出来事を全て思い出したのと同様に、国王もまた記憶を取り戻した。
「フレンの婚約者」としての俺に関してを。
もともとは第二王子の魔の手から俺を守るためにフレンが持ち出した偽りの婚約話だったが、その話は破棄にならないまま五年後の現在まで続いている。
この約束は今もまだ有効だということを思い出した国王は、お忍びで俺の元へと訪れて興奮気味に言った。「エーティア様とフレンの結婚式をやりましょう」と。「国を挙げて盛大におこないます」とも。
俺は目立つことが大嫌いな上に見世物にされるのも御免なので、嫌だとすげなく返しているところだ。
必死な様子で食い下がって来られるので大変迷惑をしている。
「五年前のあの時フレンを望んで下さったお言葉は嘘だったのですか⁉」
「エーティア様、どうか、どうか……‼」
と、こんな調子でいい年の男(それも国王)が涙目で懇願してくるのだ。
何というか幼い頃から奴のことは知っているが、言い出したら聞かないところがある。
フレンが必死で懇願してくるのならまだ分かる。だが、父親であるあいつが何であんなにも必死になるのだろうか。
フレンと結婚することで俺をアリシュランド国に縛りつけようとでもいうつもりか?
俺はフレンを番としてすでに選んでいる。
白き翼の一族は番を生涯愛するという特性があって、俺にもそれは受け継がれている。そこには何よりも固い絆があるのだ。
わざわざ結婚などしなくてもそれで十分ではないかと思うのだ。
フレンのことがなかったとしても、住み家である塔を気に入っているので、もとよりアリシュランドを出るつもりはない。
「結婚式いいじゃない! どうしてそんなに嫌がるの。エーティアちゃんとフレンちゃんの結婚式、見たい見たい……ッ」
「はぁ。お前みたいな奴がいるから嫌なのだ」
式を挙げたらアゼリアのような奴らにきゃあきゃあと大騒ぎされることだろう。
どうしてわざわざ見世物にされなければならないのか。
「フレンちゃんはいいの? エーティアちゃんこんなこと言ってるわよ」
「俺はエーティア様の望みに沿いたいと思っています」
「そうなの? 私、フレンちゃんは絶対エーティアちゃんと結婚したい派の人だと思っていたわ」
まったく勝手なことを言う。
フレンの答えは以前尋ねた時と同じだった。
以前もフレン自身に結婚に関してどう思っているのか尋ねてみたところ「エーティア様の望むままに」との答えだった。
父親とのこの温度差よ。
俺が結婚を望まなくても傍にいられるだけで満足だと思っているのだろう。
それに結婚式をしたくない理由はもう一つある。
魔王を倒した勇者の仲間、そしてアリシュランド国の守り手として生きて来た『大魔術師エーティア』が弱体化したことに関しては一部の者しか知らず、国民には秘密にされている。
『大魔術師エーティア』がアリシュランドに存在する、それだけで他国の牽制にもなる国防に関わる部分だからだ。
式の最中に万が一倒れてしまおうものなら、国民はおろか他国の者にも体の不調が知られるだろう。それは俺の望むところではない。
「陛下はあの二人にも相談したいと連絡を取ろうとしているらしいが、どうにも連絡が付かないそうでなぁ」
サイラスがぼやいた。
『あの二人』というのは魔王討伐の旅をした仲間二人のことである。剣士と拳闘士だ。
……名前は何だったか……忘れた。
国王は俺の心が変わらないものだから、どうやらサイラスだけでなくあの二人にも相談を持ち掛けて外堀から埋めていく方向で考えているらしい。
随分と狡猾なことをする。
「あいつら……、国に戻っていると聞いたがどこにいるのか分からないのか?」
「ああ。故郷に無事辿り着いたというところまでは聞いたのだが、そこから先が行方不明だ。俺の方でもこれまでに何度か手紙を送ったのだが返信が来ていない。あの二人のことだから心配はいらないと思うが」
「まあそうだな。その内ひょっこりと顔を出すのではないのか」
女神による託宣で勇者の一行に選ばれただけあって、二人共類まれなる能力の持ち主だ。その辺の相手にどうにかなるとは思えないし、同郷である二人が共に行動しているのは間違いないのでまず心配はないだろう。
「確かにその通りだ。今回はあの二人の分も俺が代わりに頑張ろう。だからな、結婚式をするんだエーティア。お祭りみたいで楽しいと思うぞ」
サイラスが親指を立ててものすごく雑な説得をし始める。
「私も私も説得する! エーティアちゃんの花嫁姿、見てみたいな~」
「馬鹿なのか。何で俺が花嫁にならなくちゃならないんだ」
「えーっ、エーティアちゃんのドレス姿きっと可愛いと思うの。ふりふりのひらひらのドレスよ」
国王がサイラスに説得役を頼んだのは人選ミスと言わざるを得ない。アゼリアに至っては逆効果である。
「ぼくも……お二人が結婚するの見たいです」
それにエギルまでもが続いた。きらきらと瞳を輝かせてこちらを見上げてくる。
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