塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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塔の魔術師と騎士の献身『終』

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 キン、キン……と窓の外、下方から断続的に金属音が鳴り響いている。
 音を出している者達の正体はフレンとサイラスだ。

 彼ら二人は塔の前庭にて稽古という名目で剣を交わし合っているのだ。

 魔王もいなくなり平和な世界になった今、体が鈍ってしまうことを危惧した二人は互いが良い稽古相手になるということに気付いたようで、どちらからともなく剣を交わし合うようになった。
 稽古用の剣は刃を潰したものを使っている。

 俺とアゼリアは紅茶を片手に二人の稽古の様子を窓越しに見下ろしている。アゼリアはいつも通り「遊びに来たわ~」とやって来て、サイラスが訪れていることを知ると飛び上がって喜んだ。
 そしてエーティアちゃん一緒に見学しましょう、と言っていそいそと席についた。

「はぁ……イケメン二人が戦う姿って素敵。永遠に記憶に残しておきたい光景だわ」

 うっとりとため息を吐きながらアゼリアがしみじみとつぶやいた。
 同じように二人の姿を見守るエギルは耳をピンと立てたり、毛を逆立てたりしながら視線をあちこちさ迷わせている。

「ふぁ、フレンさまもサイラスさまもすごいですぅ。ぼく、どちらを応援していいか分からないです。あっ、あっ、フレンさま頑張って! そこです!! あうあう、でもサイラスさまも頑張って欲しいです! ぴゃっ、あっあ~っ!!」

 サイラスの放った剣の一撃をフレンが受け止め、今度はフレンが水平に薙ぎ払いそれをサイラスが素早く後ろに下がってかわした。
 その都度エギルの悲鳴のようなものが上がる。
 エギルにとって塔で一緒に暮らしているフレンも、魔王討伐の旅で世話になったサイラスも二人共大切な存在のようでどちらを応援していいか分からないと頭を混乱させている。
 そういう理由でこのような感じでせわしない。

「フレンちゃん、すごいわ。あのサイラスちゃんに全然負けてないのね」

 アゼリアの言う通り、フレンが稽古とはいえまさか魔王を討ち果たした勇者と互角に渡り合えるとは思いもしなかった。自然と口元が緩みフレンの姿ばかりを目で追ってしまう。

「ふ、まあ当然だ。フレンはこの俺の騎士なのだからな」

「あらあら、エーティアちゃんがすごく分かりやすくデレているわ。好きになると途端に惚気だすタイプだったのねぇ」

「惚気ているかどうかは分からないが、番と認めた相手を褒めるのは当然のことだろう?」

「あ、甘いっ。お砂糖よりも甘い空気がエーティアちゃんから発せられています!! あ~ん、もうクッキーを食べなくてもお腹いっぱいになっちゃうわ。あ、そろそろ決着が付きそう!」

 互いに一歩も譲らぬ攻防が続いていたが、わずかの差でサイラスがフレンの実力を上回った。サイラスの持つ剣の切っ先がフレンの首元に当てられて勝負はついた。

「ふぁっ、ふあああ……!! フレンさまぁぁ!!」

 まるで本当にフレンが斬られてしまったかのような反応を見せるエギル。
 先程からエギルはもうほとんど「ふぁ」しか言葉を発していない。普段は小さくて丸いしっぽが興奮で倍ぐらいに膨らんでいる。

「すごかったわぁ。フレンちゃんもサイラスちゃんも、本当に格好良かった!!」

 二人に聞こえているはずもないが、アゼリアが大きな拍手を送った。
 二人は剣を鞘に収める。
 フレンは少しだけ悔しそうにしているが、稽古の相手となってくれたサイラスに対して礼儀正しく頭を下げた。健闘を称えるようにサイラスがその肩を叩いて、二人はそのまま塔の中へと戻って来た。



 以前は絶対にサイラスを塔の中に入れたくないという様子だったフレンであったが、アゼリアによるアリシュランド乗っ取り事件以降その態度は軟化している。
 どうやらフレンはサイラスに対して並々ならぬ嫉妬の気持ちを抱いていたらしいのだ。
 フレン曰く俺とサイラスの間には旅の仲間という絆があって、自分には決して超えられぬものでそのことを考えると胸が焦げ付くように痛むのだという。

 あの魔王討伐の旅の間、サイラスとの間に特に何かがあった訳ではない。
 そもそも俺は人に興味を全く抱いていなかった。

 サイラスは俺にとってうるさくて苦手なタイプだったので、それこそ毛虫のように扱っていた。定期的にアリシュランドへ戻って来ていた時もそんな様子だったので、フレンも知っているはずだ。だというのに他の二人の旅の同行者ではなくサイラスばかりを敵視していたのは何故なのか。
 フレンの中で何か引っかかるものがあったのかもしれない。それは俺には知りようもないことであるが……。

 本人にとってはたまったものではないだろうが、嫉妬に身を焦がすフレンの姿を見るのは実は悪くないと思っている。
 俺を誰にも渡すまいと穏やかな瞳に炎のような激しい揺らめきが乗るあの瞬間を思い出すと、背筋がぞくぞくとする。 

 しかし、そういった嫉妬の気持ちも最近は随分と落ち着いたように見える。

 それはサイラスに借りがあるということに加えて、俺とフレンがきちんと思いを交わし合った影響もあるのかもしれない。
 嫉妬するフレンを見れなくなったのは少々残念であるが、何も俺とて番と認めた相手をわざとやきもきとさせたい訳ではないからこれで良かったのだと思う。


「おい、エーティア俺の雄姿を見ていたか!? どうだ、久しぶりに見た剣を振っている俺はなかなか格好良かっただろう?」

 俺達のいる部屋に入って来るなりサイラスが開口一番そんなことを言った。

「はぁ? 俺の視線は全てフレンに釘付けだった。悪いがお前のことは剣しか見ていない」

「剣だけかよ!? お前は相変わらずだな!」

 俺がフレンを番認定したことはアゼリアだけでなくサイラスもすでに知っていることだ。それを知っていてもなお昔から今までサイラスの俺に対する態度は変わりない。
 軽口を叩き、こちらの迷惑も顧みず何かと構ってくる。

『性格はワガママで傲慢で、めちゃくちゃムカつく時がほとんどだが、小さいし、顔もすごく好みだからな! 何故だかお前を構いたくなるんだ。本当はずっとお前に浄化をして欲しかった』

 以前こんなことを言われたことがあるのを思い出した。
 旅の間、サイラスは体にたまった闇の魔力の浄化を他の誰でもなく俺にして欲しかったのだと言った。
 体のモンスター化を防ぐための闇の魔力の浄化――それはつまり白き魔力を有する者(俺)との性交だ。

 それがどこまで本気だったのかは分からないが、誰もが恐れ敬う『大魔術師エーティア』にそんなことを言ったのはこいつが最初で最後だ。

 当時は相手にもせずふざけたことを言う奴だと魔術で吹っ飛ばしていたが、愛を知った今ではもしもあの時の言葉が本気だったのなら少しだけ悪いことをしたかもしれないと思う。

 が、こいつの昔から今も変わらない態度を見る限りそんなことはないのだろう。
 いつもの軽口、そんなところだ。

 しかしフレンの奴は真面目で素直なのでそういう言葉を本気に捉えてしまうところがある。
 サイラスに対して嫉妬の気持ちを隠さなかったのもこの辺りが理由なのかもしれないと思った。

 先程考えた通り俺は番であるフレンをやきもきさせたい訳では無いので、ピシャッとサイラスの軽口を跳ねのけるだけだ。
 引っ掻き回されるのは御免だな。
 サイラスに続いて部屋に入って来たフレンに声を掛ける。

「フレン、なかなか良い剣さばきだった。すごかったぞ」

「ありがとうございます」

 フレンは嬉しそうに瞳を細めた。そしてその腕の中にエギルはすかさず飛び込んでいく。

「フレンさま、お首は痛くないですか? ぼく、稽古だって分かっててもお二人が喧嘩しているみたいで怖かったです。お二人はもう十分強いのに、どうして稽古をするですか?」

「寸でのところで止めてもらったから首は大丈夫だ。そうか、エギルにはこの稽古が怖いように映ってしまうのだね。でもこれはエーティア様の身を守るために必要なことなのだと分かって欲しい。魔王が倒され世界が平和になったとはいえ良からぬことを企む人間はたくさんいる。その悪意からエーティア様をお守りするために俺は常に体を鍛え続けなければならないんだ」

「ふぇ……そうなんですね。ぼくもう怖いなんてワガママ言わないです。怖くなったら目を閉じて応援するです」

「ああ、そうしてくれると嬉しい」

 俺の体の中にはアリシュランドの禁術の知識の詰まった魔術球が今もまだ溶け込んでいる。

 禁術とはすなわち魔王を倒すための秘術だ。
 対魔王のための術とは言え悪用すれば国一つ滅ぼすことなど訳が無い。

 そのため、禁術を狙う輩がいつ現れるか分からないという状況だ。

 だったら魔王のいなくなった現在、城で厳重に保管すれば良いと思うかもしれないが、そういう訳にもいかないのがこの魔術球の厄介なところだ。
 魔術師という肉の器が無ければ保管出来ないようになっている。

 何故そのような仕様になっているかというと、これが対魔王用の禁術だからだ。

 万が一魔王に敗れ魔術師が倒れた時、その禁術は体外へと解き放たれる。そして魔王を討つための禁術が発動されるというわけだ。
 つまり魔王に負けた時の保険のようなものだな。
 だから魔術球を体の外に出して保管することは出来ない。

 継承性のこの魔術球は先代の魔術師から受け継ぎ、次代へと繋いでいくものである。
 何百年後になるかは分からないが、いつか再び魔王が復活するその日のために。

 俺は先代の魔術師から魔術球を受け取った。
 あれはもう随分と昔……百年近く前のことだ。魔術球との付き合いもかなり長いことになる。

 自分の魔力を失った俺もそろそろ次の継承者にこの魔術球を渡したいところなのだが、生憎候補者が見つかっていない。
 中途半端な実力の者に渡して、その者が万が一殺されでもしたら禁術が流出してしまう恐れがある。
 殺された際にすぐ傍に魔術師がいて禁術を回収してくれればまだマシであるが、そうでなければ禁術が発動して辺り一面が消し飛ぶことにもなりかねない。

 そんなことになったらあまりにも目覚めが悪すぎるだろう?
 よわよわの魔術師を選んでしまった俺の責任問題にもなるだろう。
 だから今はまだこの魔術球を俺が持ち続けるしかない。

 そしてそうである以上、フレンにも剣の腕を研鑽し続けてもらわなければならないのだ。




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