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4話 塔の魔術師と奪われた騎士
9(完)
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さて、アゼリアとの決着をつける時がやってきた。
まずは勇者と合流する。
俺と共に現れたフレンを見て、勇者は片眉を上げた。
事情を説明すると「一部だけでも精神操作の魔術を自力で解くとはやるなぁ」と感心した様子を見せた。
「だが、アリシュランドの至宝を守る役目を担っているのだ。それぐらいの気概は見せてもらわねばな」
と言葉を続けた。
至宝っていうのはまさかとは思うが、俺のことなのか?
「というかお前は俺の何なのだ。保護者のつもりか」
「俺はそのつもりだが?」
ジロッと睨むが勇者はしれっとそう答えた。いつの間にか自称友人から保護者に変わっている……。
フレンは律儀に勇者に向かって頭を下げた。
「俺が不在の間、エーティア様を守ってくださったそうで感謝しています」
「む、てっきりお前には勝手に塔に入るなとキレられると思っていたのだが……」
「まさか。自分の未熟のせいで術にかかってしまったのです。自分自身の不甲斐なさに怒りを覚えてもあなたを責めることなどあり得ません。恐らく元の俺もそう考えるでしょう」
「そうか」
ふっと勇者が微笑んだ。
驚くべきことにパーティー会場に現れたアゼリアは恐ろしく防御力の高いローブを脱ぎ捨てて、ドレス姿に変わっていた。そして急ごしらえで準備したらしいそのドレスには防御の魔術がかかっていない。
一体どうやって仕向けたのだ⁉
勇者に視線を向けると得意げな顔をした。
「ふ、実に簡単なことだ。昨夜のダンスの際に『あなたのローブ姿も大変魅力的ですが、ドレス姿も見てみたいです』と囁きかけてみたのだ。あなたにはこんなドレスが似合いますよと提案もしておいたので、新しいドレスに魔術をかけている暇もなかったと見える」
衣類に防御の魔術をかけるのは少々面倒で、それなりに時間がかかるものだ。
体に防御の魔術をかけるのは簡単だが、一定時間しか効力がない。それに比べて服自体に防御の魔術をかけておけば身に纏っている間は効果が続く。
簡易的な魔術ならともかく、アゼリアが昨夜着ていたローブにかかっていたものと同じだけの魔術を付与するとなると、糸の段階から魔術を込めて布を織り上げて、それからドレスに仕立て上げなければならないので、数ヵ月、あるいは数年はかかる。
あのローブは国宝級の品だったのだ。
それを勇者の一言であっさりと脱ぎ捨ててしまうのだから、頭がお花畑としか言いようがない。
「しかし何だあのドレスは。お前の趣味なのか、このドスケベが‼」
アゼリアのドレスは胸元が大きく開いていて、裾の部分に大きくスリットも開いている。出るところが出て引っ込むところは引っ込むような、少々目のやり場に困るドレスである。
「仕方ないだろう! いつもアゼリア殿が着ているようなドレスでは魔術がかかっている可能性があるのだから。方向性の違うドレスと思ったらそっちにいくしかなかったんだ。というかお前は純情少年なのか⁉ 夜会用のドレスだったらあれぐらいの露出は普通だ!」
「あれで普通だと……⁉」
勇者とわーわーやりあっていると、アゼリアがこちらに来た。
アゼリアは俺の傍に控えるフレンを見て頬を膨らませる。
「フレンちゃんったら、エーティアちゃんのところに戻っちゃったのね。私よりエーティアちゃんを選ぶなんてぇ。うう~…悔しい! それで三対一で私を苛めるつもりなのね⁉」
悲劇のヒロインでも気取っているのかアゼリアがメソメソと泣く振りをする。
「ふん、俺はそんな卑怯な真似はせん。防御のローブが剥がれたところで、一対一の勝負をしようじゃないかアゼリア。俺からフレンを奪い取ったツケを払ってもらうぞ!」
これまで散々コケにされてきたのだ。ここからは俺が反撃するターンだ!
「フレン、勇者、城の者達が怪我しないように誘導しておけ!」
「はい!」
俺の指示に従って奴らが動き出したので、遠慮なく暴れられるというものだ。
本当はエギルにも離れていてもらいたかったのだが、「何もできなくてもエーティアさまの傍にいるです」と離れなかった。今はローブの中にいる。
「覚悟しろ! アゼリア!」
拘束の魔術を展開させる。
何本もの光の紐状のものが空中から生まれてアゼリアの体に巻き付いていく。
「あん、エーティアちゃんてば何てことするの!」
「妙な声を出すな‼ 男が誰もがお色気にくらくらすると思ったら大間違いだ。俺にその手は通用しないぞ」
さらにきつく締めあげていくとアゼリアが抵抗を始める。
魔術の紐を、同じように魔術を使って溶かそうとしてくる。互いの力が均衡して膠着状態になった。
「甘いわよ。魔力を自力で回復できないエーティアちゃんぐらい、ローブがなくたって平気なのよ。これはハンデみたいなもの」
アゼリアが唇の端を吊り上げると、城の壁のあちこちに描かれている魔法陣が光り出す。その魔法陣には魔力を散らす効果が込められている。
それまでちょろちょろと少しずつ流れ出していた俺の魔力が、アゼリアが魔法陣の効果を高めたことによって一気に流れ出す。
「うっ……」
カクンと膝が折れて床につく。体が重くて動きが鈍くなる。
だが、これは想定の範囲内だ。
「やはりその手で来たか……。俺もそこを突くだろうな!」
自分がアゼリアと同じ立場でも魔力を奪いにいって無力化させる。だからこそ対策は立てやすいというものだ。
さらにもう一つの魔術を展開させて、それをアゼリアにぶつけた。
「きゃあっ、何⁉」
アゼリアの体から光るものが抜け出して、それが俺の体へと吸い込まれていく。
「魔力供給、それを応用した魔力奪取というやつだ‼」
魔力供給は人に魔力を分け与える魔術の一種だ。俺はそれを応用して体の接触を伴わない魔力奪取の魔術を思いついたのだ。
それは相手の魔力を奪い、自分のものにしてしまうという魔術だ。
随分前からこの方法は思いついていたが、フレン以外から魔力をもらうことは約束違反になるのか? と判断がつかなかったので使うことはなかった。
今のフレンに最悪の場合にはこの方法を使ってもいいか尋ねてみたところ、「体を重ねなければ約束を破ったことにはならないのでは」との回答をもらい、続けて「あなたの命が最優先です。思うようにやってください」と言ってもらえたので、遠慮なくこの魔術を使わせてもらった。
アゼリアの魔力を得たことで俺の魔術の威力は一気に強まる。
さすが黒き森の魔女と言わるだけのことはある。良質な魔力だ!
アゼリアを縛る光の縄を太くして、さらに上から重力の魔術をぶつける。
地面に倒れ込んだアゼリアの体が押しつぶされてみしみしと悲鳴を上げた。
「い、痛い、痛い……‼ あ~ん、やめて‼」
「だったら降参すると言え。皆にかけた魔術も全て解け」
「うえええん、降参します‼ 魔術も解くからぁ‼」
アゼリアがわんわんと泣きだしたことによって、全ての魔術を解いた。降参すると言った以上、もうアゼリアにはやりあってくる意思はないだろう。
しかしダメージを受けたのはアゼリアだけではない。俺もまたダメージを負って頭をぐらぐらとさせていた。
慣れないアゼリアの魔力をかなり多く受け入れたことによって、魔力酔いが起こっているのだ。
良質な魔力ではあるが、俺にはやはり慣れなくて苦手だ。
う、駄目だ……キモチワルイ。
ふらっと倒れ掛かったところでフレンによって抱き上げられた。
「……フレ、ン……」
「申し訳ありません、エーティア様。あなたを辛い目に遭わせてしまいました」
後悔の強く滲む瞳で見下ろされていたので、アゼリアの魔術が解けて記憶が戻ったのだと思った。
力を抜いて頬をフレンの胸に預ける。
「記憶が戻ったか……。目がまわるんだ。このまま抱えていてくれるか?」
「お任せください」
フレンに抱えられたまま、アゼリアを見下ろす。
「……さて、アゼリア。どうしてこんなことを仕掛けて来たのか理由を言ってみろ。俺を倒して、自分が上だと証明したかったのか?」
地面にぺたんと座り込んだままのアゼリアは涙を浮かべたまま首を横に振った。
「違うもの、そんな理由じゃないわ。だって……だって、いつもエーティアちゃんが冷たくて遊んでくれないから遊んで欲しかったんだもの! 今の魔力がなくなっちゃったエーティアちゃんだったら私と遊んでくれると思ってぇぇ」
うえええん、とまた泣き出す。
アゼリアの話を要約すると、大魔術師だった頃の俺とアゼリアは寿命が共に長くて立場も似ていたからもっと仲良くしたいと思っていたらしい。
あくまでも友人的な意味で、だ。
ところが、その頃の俺ときたら誰とも関わるつもりがなくて塩対応がひどかったから当然アゼリアにも冷たく接していた。
そしてそれが悔しくて悲しくて、アゼリアはいつも突っかかって来ていたという。
「イケメンに囲まれたい」という自分の欲望は多少あったものの、あれこれ言って突っかかって来ていたのは……全ては俺に構って欲しくて、見返してやりたかったというのだから……何というか、頭痛を覚える。
「はぁ……、まったく。たったそれだけのことでこんな大掛かりなことをしでかすのだから、俺にはやっぱりお前が理解できないな。だが、まあ過去の俺の態度も良くなかったところがあった。お前が悔しく思い突っかかってくる気持ちに関しては少し理解できる」
その言葉を告げるとアゼリアの目が丸くなった。俺がこんなことを言い出したことによほど驚いたらしい。
「エーティアちゃん……、すごく変わったわ。絶対にやりたくないって言ってたお手伝いをして、フレンちゃんを取り戻そうと必死になっているところも、前じゃ全然考えられなかったもの。私、そういう必死になっているエーティアちゃんが見たくて、たくさんいじわるなことしちゃったみたい……やりすぎちゃった……」
「……そうか。俺がこんな風に変わったのも、魔力を一度失ったせいなのだろう。いつもそこにあって当然のものがなくなって、周りに助けられるようになって……そこで初めて気づいたんだ。これまでの自分がどれほど傲慢だったかということに」
たぶん、魔力を失いさえしなければ気付けなかったことだ。
それが良かったとは言い切れないが、俺にとっては必要なことだったのかもしれない。
「俺はもうこんな体になったからお前のように長い寿命ではなくなってしまったし、あっという間に逝ってしまう存在だろう。それでも良ければたまの話し相手ぐらいにはなってやる。塔に遊びに来ればいい」
アゼリアが口元を覆ってぶるぶると震えた。
「ほんとう……⁉ 遊んでくれるのぉ、エーティアちゃん……‼」
「妙なことをしなければな!」
しっかりと釘を刺しておく。
「しない、しないわ。ありがとう……いっぱいいじわるなことしちゃって、ごめんねぇぇぇ」
アゼリアはものすごく反省したようだし、城も全て元通りにして、さらに当分の間はアリシュランドの城に滞在して仕事の手伝いをするということを約束したのでこれ以上のお咎めはなしになった。
アゼリアほどの魔女が期間限定とはいえ城に滞在するのはアリシュランドにとってプラスになるだろう。
……騒ぎさえ起こさなければだが。
そして俺達は帰途についている。
城下町に住んでいる勇者とは途中で別れることになった。
「改めましてサイラス様、今回は手を貸していただき本当にありがとうございました。この借りはいずれ必ずお返しします」
アゼリアの精神操作を受けていた時のことをフレンは覚えているらしい。深々と勇者に向かって頭を下げた。
「そんなこと気にするな」
「いえ、それでは俺の気が済みません。あなたが困った時、力になると約束します」
「はは、真面目だな。うん、だがそこがお前の美点なのだろう。エーティアが何としても取り戻したいと思う気持ちが分かるな」
勇者がしみじみといった感じでつぶやく。
「ああ、それじゃあ俺が困った時には遠慮なく頼らせてもらおう」
「はい」
「俺も、その際には力を貸してやろう。今回は本当に助かった。たぶんお前がいなければ……一人ではどうなっていたか分からなかった」
底なしの明るさ、前向きさが勇者にはある。昔は気付かなかったが、その明るさに今回随分と助けられた気がする。
俺はあまり人の名を呼ばない。覚える必要もないと思っていた。
誰も彼もがあっという間に年を重ね、そしてあっという間に消えていく命ばかりだからだ。そんな風に生を重ねていく内に人としての心がどこか鈍っていたのだろう。
だがこうして普通の人と変わらない寿命と……厄介な体質になってしまったせいで、周りのやさしさに気付き、以前よりもずっと人らしい感情を持てるようになった気がしている。
こんな俺を友人と言う男に報いる方法は何があるだろうかと考えていた。
そして出した結論がこれだ。
「ありがとう、サイラス」
魔王討伐の旅の時でも一度も呼んだことのない勇者の名を呼んだ。
サイラスは驚き、眩しそうに目を細め、それからニッと笑う。
「どういたしまして、だ。エーティア。色々大変だったと思うが……、俺は魔王討伐時代に戻ったみたいで懐かしかったぞ。それじゃあまたな!」
「エーティア様、あなたに無体を働いてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」
どこか苦し気な様子で馬を操っていたフレンが、もうすぐ塔に着きそうになったところで口を開いた。
道中思い悩む様子が気がかりだったが、やはりそのことがフレンの胸を重く占めていたらしい。
「謝罪は何度も聞いた。もう気にするな」
「しかし……、俺は嫌がるあなたに……その、無理強いを……」
口にするのも憚られるのか段々と言葉が小さくなっていく。
それはあれか、俺が嫌だと言ったにも関わらず自慰を強制してきたことも含めて言っているのか。
普段のフレンを見ていれば、俺にあんなことをしてしまうなんてと頭の中で反省会がおこなわれているであろうことは想像に難くない。
「あまり甘く見るな、俺は心から嫌だと思うことには死んでも従わない。言っただろうが、べつに嫌ではないと! それにお前が操られたことは俺にも責任がある。俺はお前から離れるべきではなかったんだ」
失ってから大事だったと気付くのは何も魔力ばかりではない。
「俺にはお前が必要なんだ。もう二度と離れるな」
今回のことで切なくて苦しくて胸がズキズキ痛むほどの思いを知ったが、それが愛なのかどうかはやはり俺にはよく分からない。
百年以上生きてきて、初めてなのだ。こんな気持ちになるのは。
ただ一つ分かるのは、二度と離れないという思いだけが心の中を占めている。
我ながら執着がひどい、と思う。
もしかしたらこれも俺の血に流れる『白き翼の一族』の特性なのかもしれない。
「精進します。あなたにふさわしい存在であるように」
アゼリアほどの力を持つ魔女が襲撃してくる状況が異常で、フレンが操られてしまったのもある意味仕方がなかった。それこそサイラスのような勇者レベルでないと太刀打ちができない状況だったのだ。
それでも俺を守るためにさらに修行を積むと言うフレン。どこまでも自分に厳しい男だ。
塔の前に着いて、馬から下されてからフレンに向き直る。
「そうか。だったら俺がその修行に付き合おう。何せここにいるのは元世界最高峰の魔術師なのだ。お前の魔力耐性を高めてやろう」
フレンに修行をつけること、それは結果として二度と離れないことに繋がるのだから。
「よろしくお願いします、エーティア様」
生真面目に深々と頭を下げるフレン。
その顔を見ていたら、急にそわそわとしてきた。
今すごく魔力供給……いや、口をくっつけて欲しいという気持ちになってきた。
魔力供給してくれ、とこれまでたやすく口にできていたことが、喉に突っかかったようになって何故だか上手く言葉にできない。
「エーティア様?」
そわそわと落ち着きなく体を揺らす俺を、不思議そうにフレンが見下ろしてくる。
「ん」
言葉にできない代わりにタコのように唇をむにゅっと突き出す。
咄嗟にこんなことをしてしまったが、我ながら恐ろしく馬鹿な行動をしてしまった気がしてならない。
……俺ときたら、何をやっているのだ⁉
背中を汗が伝う。
「……っ、魔力供給ですね」
動揺したフレンの体が一瞬固まって、状況を理解したように頷いた。その目元がほんのりと赤く染まっている。
「魔力供給もそうだが……。そ、の……、ただ口をくっつけて…ほ、しい。お前がここにいることを実感したい」
これはきっと魔力に酔っているせいだ。
俺の中には先程流れ込んできたアゼリアの魔力が残っていて、ひどい魔力酔いを起こしている。そのせいで普段は言わないようなことを口走り、奇妙な行動をとってしまう。
そう、魔力酔いのせいだ。
「エーティア様……っ」
フレンによってきつく抱き締められて、唇が重ねられる。
ひどく安心して、それでいて胸の奥を揺らされるような口づけだ。
「愛しています」
口づけの合間に囁かれて、再び唇がくっつく。
以前言われた時には落ち着かなかったその言葉が、今は胸の奥へと染み込んできてジンジンと震える。
「ありがとう」と返すのも「そうか」と返すのも違う気がして、まだその言葉に返せる言葉は見つからない。
いつかは見つかる日が来るのだろうか。
今は言葉の代わりに伸ばした腕をフレンの背に巻き付けた。
くっついていた唇がようやく離れていって、ほうっと息を吐き出した。
そのタイミングを見計らったように、ローブの中に入っていたエギルがピョコッと飛び出して来た。
最近思うのだが、空気を読んでいるのか……エギルの奴は。
フレンとくっついている時には邪魔をされた記憶がない。
呑気に見えて、意外と周りをよく見ている気がする。
やけに嬉しそうにニコニコしているエギルは塔の入り口まで跳ねるようにして駆けて行く。
何をするのかと見ていたら、扉の前でこちらを振り向いた。
「フレンさま、おかえりなさいです!」
エギルは塔から出て行ったまま戻って来なくなったフレンに真っ先に「おかえりなさい」と言いたかったのだろう。
俺とエギルとフレンで暮らしている状態が、エギルにとってはもう「普通」の状態なのだ。
ここが俺達にとっての『家』だ。
「ただいま戻りました」
相好を崩したフレンがエギルと俺に向かってただいまを告げた。
END
まずは勇者と合流する。
俺と共に現れたフレンを見て、勇者は片眉を上げた。
事情を説明すると「一部だけでも精神操作の魔術を自力で解くとはやるなぁ」と感心した様子を見せた。
「だが、アリシュランドの至宝を守る役目を担っているのだ。それぐらいの気概は見せてもらわねばな」
と言葉を続けた。
至宝っていうのはまさかとは思うが、俺のことなのか?
「というかお前は俺の何なのだ。保護者のつもりか」
「俺はそのつもりだが?」
ジロッと睨むが勇者はしれっとそう答えた。いつの間にか自称友人から保護者に変わっている……。
フレンは律儀に勇者に向かって頭を下げた。
「俺が不在の間、エーティア様を守ってくださったそうで感謝しています」
「む、てっきりお前には勝手に塔に入るなとキレられると思っていたのだが……」
「まさか。自分の未熟のせいで術にかかってしまったのです。自分自身の不甲斐なさに怒りを覚えてもあなたを責めることなどあり得ません。恐らく元の俺もそう考えるでしょう」
「そうか」
ふっと勇者が微笑んだ。
驚くべきことにパーティー会場に現れたアゼリアは恐ろしく防御力の高いローブを脱ぎ捨てて、ドレス姿に変わっていた。そして急ごしらえで準備したらしいそのドレスには防御の魔術がかかっていない。
一体どうやって仕向けたのだ⁉
勇者に視線を向けると得意げな顔をした。
「ふ、実に簡単なことだ。昨夜のダンスの際に『あなたのローブ姿も大変魅力的ですが、ドレス姿も見てみたいです』と囁きかけてみたのだ。あなたにはこんなドレスが似合いますよと提案もしておいたので、新しいドレスに魔術をかけている暇もなかったと見える」
衣類に防御の魔術をかけるのは少々面倒で、それなりに時間がかかるものだ。
体に防御の魔術をかけるのは簡単だが、一定時間しか効力がない。それに比べて服自体に防御の魔術をかけておけば身に纏っている間は効果が続く。
簡易的な魔術ならともかく、アゼリアが昨夜着ていたローブにかかっていたものと同じだけの魔術を付与するとなると、糸の段階から魔術を込めて布を織り上げて、それからドレスに仕立て上げなければならないので、数ヵ月、あるいは数年はかかる。
あのローブは国宝級の品だったのだ。
それを勇者の一言であっさりと脱ぎ捨ててしまうのだから、頭がお花畑としか言いようがない。
「しかし何だあのドレスは。お前の趣味なのか、このドスケベが‼」
アゼリアのドレスは胸元が大きく開いていて、裾の部分に大きくスリットも開いている。出るところが出て引っ込むところは引っ込むような、少々目のやり場に困るドレスである。
「仕方ないだろう! いつもアゼリア殿が着ているようなドレスでは魔術がかかっている可能性があるのだから。方向性の違うドレスと思ったらそっちにいくしかなかったんだ。というかお前は純情少年なのか⁉ 夜会用のドレスだったらあれぐらいの露出は普通だ!」
「あれで普通だと……⁉」
勇者とわーわーやりあっていると、アゼリアがこちらに来た。
アゼリアは俺の傍に控えるフレンを見て頬を膨らませる。
「フレンちゃんったら、エーティアちゃんのところに戻っちゃったのね。私よりエーティアちゃんを選ぶなんてぇ。うう~…悔しい! それで三対一で私を苛めるつもりなのね⁉」
悲劇のヒロインでも気取っているのかアゼリアがメソメソと泣く振りをする。
「ふん、俺はそんな卑怯な真似はせん。防御のローブが剥がれたところで、一対一の勝負をしようじゃないかアゼリア。俺からフレンを奪い取ったツケを払ってもらうぞ!」
これまで散々コケにされてきたのだ。ここからは俺が反撃するターンだ!
「フレン、勇者、城の者達が怪我しないように誘導しておけ!」
「はい!」
俺の指示に従って奴らが動き出したので、遠慮なく暴れられるというものだ。
本当はエギルにも離れていてもらいたかったのだが、「何もできなくてもエーティアさまの傍にいるです」と離れなかった。今はローブの中にいる。
「覚悟しろ! アゼリア!」
拘束の魔術を展開させる。
何本もの光の紐状のものが空中から生まれてアゼリアの体に巻き付いていく。
「あん、エーティアちゃんてば何てことするの!」
「妙な声を出すな‼ 男が誰もがお色気にくらくらすると思ったら大間違いだ。俺にその手は通用しないぞ」
さらにきつく締めあげていくとアゼリアが抵抗を始める。
魔術の紐を、同じように魔術を使って溶かそうとしてくる。互いの力が均衡して膠着状態になった。
「甘いわよ。魔力を自力で回復できないエーティアちゃんぐらい、ローブがなくたって平気なのよ。これはハンデみたいなもの」
アゼリアが唇の端を吊り上げると、城の壁のあちこちに描かれている魔法陣が光り出す。その魔法陣には魔力を散らす効果が込められている。
それまでちょろちょろと少しずつ流れ出していた俺の魔力が、アゼリアが魔法陣の効果を高めたことによって一気に流れ出す。
「うっ……」
カクンと膝が折れて床につく。体が重くて動きが鈍くなる。
だが、これは想定の範囲内だ。
「やはりその手で来たか……。俺もそこを突くだろうな!」
自分がアゼリアと同じ立場でも魔力を奪いにいって無力化させる。だからこそ対策は立てやすいというものだ。
さらにもう一つの魔術を展開させて、それをアゼリアにぶつけた。
「きゃあっ、何⁉」
アゼリアの体から光るものが抜け出して、それが俺の体へと吸い込まれていく。
「魔力供給、それを応用した魔力奪取というやつだ‼」
魔力供給は人に魔力を分け与える魔術の一種だ。俺はそれを応用して体の接触を伴わない魔力奪取の魔術を思いついたのだ。
それは相手の魔力を奪い、自分のものにしてしまうという魔術だ。
随分前からこの方法は思いついていたが、フレン以外から魔力をもらうことは約束違反になるのか? と判断がつかなかったので使うことはなかった。
今のフレンに最悪の場合にはこの方法を使ってもいいか尋ねてみたところ、「体を重ねなければ約束を破ったことにはならないのでは」との回答をもらい、続けて「あなたの命が最優先です。思うようにやってください」と言ってもらえたので、遠慮なくこの魔術を使わせてもらった。
アゼリアの魔力を得たことで俺の魔術の威力は一気に強まる。
さすが黒き森の魔女と言わるだけのことはある。良質な魔力だ!
アゼリアを縛る光の縄を太くして、さらに上から重力の魔術をぶつける。
地面に倒れ込んだアゼリアの体が押しつぶされてみしみしと悲鳴を上げた。
「い、痛い、痛い……‼ あ~ん、やめて‼」
「だったら降参すると言え。皆にかけた魔術も全て解け」
「うえええん、降参します‼ 魔術も解くからぁ‼」
アゼリアがわんわんと泣きだしたことによって、全ての魔術を解いた。降参すると言った以上、もうアゼリアにはやりあってくる意思はないだろう。
しかしダメージを受けたのはアゼリアだけではない。俺もまたダメージを負って頭をぐらぐらとさせていた。
慣れないアゼリアの魔力をかなり多く受け入れたことによって、魔力酔いが起こっているのだ。
良質な魔力ではあるが、俺にはやはり慣れなくて苦手だ。
う、駄目だ……キモチワルイ。
ふらっと倒れ掛かったところでフレンによって抱き上げられた。
「……フレ、ン……」
「申し訳ありません、エーティア様。あなたを辛い目に遭わせてしまいました」
後悔の強く滲む瞳で見下ろされていたので、アゼリアの魔術が解けて記憶が戻ったのだと思った。
力を抜いて頬をフレンの胸に預ける。
「記憶が戻ったか……。目がまわるんだ。このまま抱えていてくれるか?」
「お任せください」
フレンに抱えられたまま、アゼリアを見下ろす。
「……さて、アゼリア。どうしてこんなことを仕掛けて来たのか理由を言ってみろ。俺を倒して、自分が上だと証明したかったのか?」
地面にぺたんと座り込んだままのアゼリアは涙を浮かべたまま首を横に振った。
「違うもの、そんな理由じゃないわ。だって……だって、いつもエーティアちゃんが冷たくて遊んでくれないから遊んで欲しかったんだもの! 今の魔力がなくなっちゃったエーティアちゃんだったら私と遊んでくれると思ってぇぇ」
うえええん、とまた泣き出す。
アゼリアの話を要約すると、大魔術師だった頃の俺とアゼリアは寿命が共に長くて立場も似ていたからもっと仲良くしたいと思っていたらしい。
あくまでも友人的な意味で、だ。
ところが、その頃の俺ときたら誰とも関わるつもりがなくて塩対応がひどかったから当然アゼリアにも冷たく接していた。
そしてそれが悔しくて悲しくて、アゼリアはいつも突っかかって来ていたという。
「イケメンに囲まれたい」という自分の欲望は多少あったものの、あれこれ言って突っかかって来ていたのは……全ては俺に構って欲しくて、見返してやりたかったというのだから……何というか、頭痛を覚える。
「はぁ……、まったく。たったそれだけのことでこんな大掛かりなことをしでかすのだから、俺にはやっぱりお前が理解できないな。だが、まあ過去の俺の態度も良くなかったところがあった。お前が悔しく思い突っかかってくる気持ちに関しては少し理解できる」
その言葉を告げるとアゼリアの目が丸くなった。俺がこんなことを言い出したことによほど驚いたらしい。
「エーティアちゃん……、すごく変わったわ。絶対にやりたくないって言ってたお手伝いをして、フレンちゃんを取り戻そうと必死になっているところも、前じゃ全然考えられなかったもの。私、そういう必死になっているエーティアちゃんが見たくて、たくさんいじわるなことしちゃったみたい……やりすぎちゃった……」
「……そうか。俺がこんな風に変わったのも、魔力を一度失ったせいなのだろう。いつもそこにあって当然のものがなくなって、周りに助けられるようになって……そこで初めて気づいたんだ。これまでの自分がどれほど傲慢だったかということに」
たぶん、魔力を失いさえしなければ気付けなかったことだ。
それが良かったとは言い切れないが、俺にとっては必要なことだったのかもしれない。
「俺はもうこんな体になったからお前のように長い寿命ではなくなってしまったし、あっという間に逝ってしまう存在だろう。それでも良ければたまの話し相手ぐらいにはなってやる。塔に遊びに来ればいい」
アゼリアが口元を覆ってぶるぶると震えた。
「ほんとう……⁉ 遊んでくれるのぉ、エーティアちゃん……‼」
「妙なことをしなければな!」
しっかりと釘を刺しておく。
「しない、しないわ。ありがとう……いっぱいいじわるなことしちゃって、ごめんねぇぇぇ」
アゼリアはものすごく反省したようだし、城も全て元通りにして、さらに当分の間はアリシュランドの城に滞在して仕事の手伝いをするということを約束したのでこれ以上のお咎めはなしになった。
アゼリアほどの魔女が期間限定とはいえ城に滞在するのはアリシュランドにとってプラスになるだろう。
……騒ぎさえ起こさなければだが。
そして俺達は帰途についている。
城下町に住んでいる勇者とは途中で別れることになった。
「改めましてサイラス様、今回は手を貸していただき本当にありがとうございました。この借りはいずれ必ずお返しします」
アゼリアの精神操作を受けていた時のことをフレンは覚えているらしい。深々と勇者に向かって頭を下げた。
「そんなこと気にするな」
「いえ、それでは俺の気が済みません。あなたが困った時、力になると約束します」
「はは、真面目だな。うん、だがそこがお前の美点なのだろう。エーティアが何としても取り戻したいと思う気持ちが分かるな」
勇者がしみじみといった感じでつぶやく。
「ああ、それじゃあ俺が困った時には遠慮なく頼らせてもらおう」
「はい」
「俺も、その際には力を貸してやろう。今回は本当に助かった。たぶんお前がいなければ……一人ではどうなっていたか分からなかった」
底なしの明るさ、前向きさが勇者にはある。昔は気付かなかったが、その明るさに今回随分と助けられた気がする。
俺はあまり人の名を呼ばない。覚える必要もないと思っていた。
誰も彼もがあっという間に年を重ね、そしてあっという間に消えていく命ばかりだからだ。そんな風に生を重ねていく内に人としての心がどこか鈍っていたのだろう。
だがこうして普通の人と変わらない寿命と……厄介な体質になってしまったせいで、周りのやさしさに気付き、以前よりもずっと人らしい感情を持てるようになった気がしている。
こんな俺を友人と言う男に報いる方法は何があるだろうかと考えていた。
そして出した結論がこれだ。
「ありがとう、サイラス」
魔王討伐の旅の時でも一度も呼んだことのない勇者の名を呼んだ。
サイラスは驚き、眩しそうに目を細め、それからニッと笑う。
「どういたしまして、だ。エーティア。色々大変だったと思うが……、俺は魔王討伐時代に戻ったみたいで懐かしかったぞ。それじゃあまたな!」
「エーティア様、あなたに無体を働いてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」
どこか苦し気な様子で馬を操っていたフレンが、もうすぐ塔に着きそうになったところで口を開いた。
道中思い悩む様子が気がかりだったが、やはりそのことがフレンの胸を重く占めていたらしい。
「謝罪は何度も聞いた。もう気にするな」
「しかし……、俺は嫌がるあなたに……その、無理強いを……」
口にするのも憚られるのか段々と言葉が小さくなっていく。
それはあれか、俺が嫌だと言ったにも関わらず自慰を強制してきたことも含めて言っているのか。
普段のフレンを見ていれば、俺にあんなことをしてしまうなんてと頭の中で反省会がおこなわれているであろうことは想像に難くない。
「あまり甘く見るな、俺は心から嫌だと思うことには死んでも従わない。言っただろうが、べつに嫌ではないと! それにお前が操られたことは俺にも責任がある。俺はお前から離れるべきではなかったんだ」
失ってから大事だったと気付くのは何も魔力ばかりではない。
「俺にはお前が必要なんだ。もう二度と離れるな」
今回のことで切なくて苦しくて胸がズキズキ痛むほどの思いを知ったが、それが愛なのかどうかはやはり俺にはよく分からない。
百年以上生きてきて、初めてなのだ。こんな気持ちになるのは。
ただ一つ分かるのは、二度と離れないという思いだけが心の中を占めている。
我ながら執着がひどい、と思う。
もしかしたらこれも俺の血に流れる『白き翼の一族』の特性なのかもしれない。
「精進します。あなたにふさわしい存在であるように」
アゼリアほどの力を持つ魔女が襲撃してくる状況が異常で、フレンが操られてしまったのもある意味仕方がなかった。それこそサイラスのような勇者レベルでないと太刀打ちができない状況だったのだ。
それでも俺を守るためにさらに修行を積むと言うフレン。どこまでも自分に厳しい男だ。
塔の前に着いて、馬から下されてからフレンに向き直る。
「そうか。だったら俺がその修行に付き合おう。何せここにいるのは元世界最高峰の魔術師なのだ。お前の魔力耐性を高めてやろう」
フレンに修行をつけること、それは結果として二度と離れないことに繋がるのだから。
「よろしくお願いします、エーティア様」
生真面目に深々と頭を下げるフレン。
その顔を見ていたら、急にそわそわとしてきた。
今すごく魔力供給……いや、口をくっつけて欲しいという気持ちになってきた。
魔力供給してくれ、とこれまでたやすく口にできていたことが、喉に突っかかったようになって何故だか上手く言葉にできない。
「エーティア様?」
そわそわと落ち着きなく体を揺らす俺を、不思議そうにフレンが見下ろしてくる。
「ん」
言葉にできない代わりにタコのように唇をむにゅっと突き出す。
咄嗟にこんなことをしてしまったが、我ながら恐ろしく馬鹿な行動をしてしまった気がしてならない。
……俺ときたら、何をやっているのだ⁉
背中を汗が伝う。
「……っ、魔力供給ですね」
動揺したフレンの体が一瞬固まって、状況を理解したように頷いた。その目元がほんのりと赤く染まっている。
「魔力供給もそうだが……。そ、の……、ただ口をくっつけて…ほ、しい。お前がここにいることを実感したい」
これはきっと魔力に酔っているせいだ。
俺の中には先程流れ込んできたアゼリアの魔力が残っていて、ひどい魔力酔いを起こしている。そのせいで普段は言わないようなことを口走り、奇妙な行動をとってしまう。
そう、魔力酔いのせいだ。
「エーティア様……っ」
フレンによってきつく抱き締められて、唇が重ねられる。
ひどく安心して、それでいて胸の奥を揺らされるような口づけだ。
「愛しています」
口づけの合間に囁かれて、再び唇がくっつく。
以前言われた時には落ち着かなかったその言葉が、今は胸の奥へと染み込んできてジンジンと震える。
「ありがとう」と返すのも「そうか」と返すのも違う気がして、まだその言葉に返せる言葉は見つからない。
いつかは見つかる日が来るのだろうか。
今は言葉の代わりに伸ばした腕をフレンの背に巻き付けた。
くっついていた唇がようやく離れていって、ほうっと息を吐き出した。
そのタイミングを見計らったように、ローブの中に入っていたエギルがピョコッと飛び出して来た。
最近思うのだが、空気を読んでいるのか……エギルの奴は。
フレンとくっついている時には邪魔をされた記憶がない。
呑気に見えて、意外と周りをよく見ている気がする。
やけに嬉しそうにニコニコしているエギルは塔の入り口まで跳ねるようにして駆けて行く。
何をするのかと見ていたら、扉の前でこちらを振り向いた。
「フレンさま、おかえりなさいです!」
エギルは塔から出て行ったまま戻って来なくなったフレンに真っ先に「おかえりなさい」と言いたかったのだろう。
俺とエギルとフレンで暮らしている状態が、エギルにとってはもう「普通」の状態なのだ。
ここが俺達にとっての『家』だ。
「ただいま戻りました」
相好を崩したフレンがエギルと俺に向かってただいまを告げた。
END
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