塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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塔の魔術師と奪われた騎士

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 ……正直に言って、第二王子という奴はロクでもないのである。

 真面目で礼儀正しいフレンが奴と血が繋がっているという事実が信じられないというほどに。唯一その顔立ちだけがフレンの血族だということが分かる。顔の系統が似ているのだ。口さえ開かなければまともに見えるというやつだ……。

 しかしその中身は自分の欲望に忠実で、ワガママだ。女が大好きで使用人の女にまで何度も手を付けようとして国王や第一王子に諫められている始末。
 アゼリアに操られている今、人格が変わって多少はマシになったのかと思いきや……全然そうではなかった。

 この男、どうしようもないくせに魔術の才がそれなりにあるらしい。
 そして魔力耐性も高いようなので、アゼリアの精神支配の魔術の影響を半分ぐらいしか受けていない。
 人格はほとんどそのままだ!!

「何でこの城から女が居なくなっている!? 女はどこだ!!」

 第二王子はバンバンとテーブルを叩きながら不満を顕わにしている。
 女達はアゼリアによって使用人室に押し込められているので、この場にいるのはアゼリアの気に入った男共だ。
 いっそこの王子もどこかに押し込めておいてくれたら良かったのに、こいつがここに残っているのは俺への嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
 他の使用人達とは違い上半身裸でないのが幸いだ。

 無言でサッとテーブルの上に皿を置いて立ち去ろうと思ったのだが「そこの使用人、待て!」と引き止められる。心の中でチッと舌打ちをして、立ち止まった。

「お前……、見覚えはないが……何故だか見ていると腹の底から苛々とするような気がしてくる。どこかで会った覚えはないか!?」

 アゼリアの記憶操作によって、俺のことは綺麗さっぱりと忘れているようだ。それなのに魔力耐性が高いせいで心のどこかで違和感を感じているという状態になっている。厄介だな……。


 魔王討伐の旅に出ていた頃、度々報告のために城に訪れていたことがあったが……その時に第二王子には何度か話しかけられた……というか絡まれた気がする。
 その頃の俺は今よりもずっと話しかけるなオーラを出していた上に、高慢でワガママなところが目に付く第二王子のことを虫けらのように思っていたので、態度が恐ろしく悪かったと思う。

 今考えると、自分の中にも高慢でワガママなところがあったので、同族嫌悪というものに近かったのかもしれない。
 そしてそれは第二王子も同じだったようで、俺達は相性がすこぶる悪かった。
 幸いなことにその場には勇者達もいたので、第二王子とはこれまで大きな諍いに発展することは無かったけれど。

 フレンに魔力供給役の白羽の矢が立たなければ、もしかしたら……万が一こいつになっていたのかもしれないと思うと、ぞっとする話だ。


「いいえ、会ってません」

 目立たぬように慣れない敬語を使い、それだけ言い置いてくるっと背を向けて再度立ち去ろうとしたのだが「待て!!」と今度は腕を掴まれた。ゾッと鳥肌が立つ。もはやこれはもう無意識のようなものだったが、瞬時に俺の体の周囲に防御の雷の膜が展開された。
 バリバリと第二王子の腕を撃つ。相手に驚きの表情が浮かぶが、その手は外れない。

 チッ。
 これもまた無意識だったのだが、必要以上に魔力を使わぬように制御していたらしくて威力を押さえてしまったようだ。
 今度は威力を上げて体ごと吹き飛ばしてやろうとしたところで「フレンちゃんはいつまで経っても取り返せないわよ?」というアゼリアの言葉が頭の片隅に蘇った。
 第二王子を吹き飛ばして宴を台無しにしてしまったら、アゼリアの気を損ねてしまうのか?

 一瞬、そんなことを考えていたらぐい、と手を引かれて第二王子の膝の上に乗せられた。

「ひっ……」

 喉がひく、と引きつる。

「お前、使用人のくせに魔術の才があるのか!? 魔力を使うと青く光る髪の毛……やはり何かが心の中で引っかかる。俺は絶対にお前を知っているはずなんだ。もっと隅々まで観察させろ」

 顎の辺りを掴まれて、顔を覗き込まれる。ぞわぞわ……と髪の毛が逆立つような気持ち悪さを感じる。
 ああ、駄目だ……やっぱり吹き飛ばそう。
 でもそうしたらフレンを取り戻すことが出来るのか?
 ぐるぐる、ぐるぐると思考が回る。

 延々とループする思考を途切れさせたのは、ダン、とテーブルを叩く音だった。ハッと顔を上げると同時に腕を引っ張り上げられて大きな背に隠される。その見慣れた背はフレンのものだった。
 フレンは怒りを顕わにして第二王子と対峙する。

「兄上! この方はアゼリア様の命によって現在使用人として働いているのです。上に立つ者としてこのような真似をして恥ずかしくないのですか。王族としての自覚をお持ちください!」

「何だと、フレン! この者は俺が少し手を引いただけであっさりと膝に乗って来たのだ。現に抵抗らしい抵抗もしていなかったではないか。王族としての俺の情けが欲しかったのだろうよ」

「……はぁっ!?」

 何を言っているんだ、コイツは!?
 一体どこをどう解釈したらそうなるのだ。
 反論しようと口を開きかけるが、掴まれたままの手首がギュッと締まって眉をひそめる。

「例えそうだとしても、この方に手を出すことは俺が許しません。……失礼します!」

 フレンによって手を引かれて会場から連れ出された。そのまま早足で廊下へ出て、どこかへ連れて行かれている。宴の場で流れている音楽が次第に小さくなっていき、辺りは静寂を取り戻す。そんな中で響くのは二人の足音だけだ。歩調を緩められることもなく、半ば引きずられるようになって後をついていく。

「待て……足、速い……」

「黙っていてください」

 訴えはピシャッと撥ねつけられてしまう。こちらを振り向きもしない背には変わらず怒りが乗っていて、こんな強い怒りの感情をフレンに向けられたことがないので、どうしていいのか分からなくなる。
 口をぐっと閉じて大人しくついていく。


 連れて行かれたのは俺の滞在している客室だった。中に入ったところで、ベッドの上に仰向けに転がされた。そしてフレンが覆いかぶさってくる。乱暴なその振る舞いに抗議の声を上げようとしたところで、唇を押し付けられた。
 馴染んだ魔力が合わさる唇から流れ込んできて、混乱が先に来る。
 フレンの様子を見ている限り、俺を思い出したという訳ではないようだ。それなのに、なんでこんなことをしてくるのか……。
 ここまで駆けるようにやって来たことと口づけによって息が上がる。合わさる唇から何とか逃れて問いかけた。

「な…ん、で」

「あれからずっと考えていました。使い魔の兎の言葉から察するに……どうやら俺とあなたは魔力供給を行う関係性だった。ですが何か原因があって今俺の記憶は欠け、それが行えない状態になっている。だからあなたはあちこちで誘惑を行い足りない魔力をもらおうと画策していたのでは?」

「は……?」

「心当たりがないとは言わせません。兄の膝の上に大人しく乗っていたのも、その魔力が目当てだったのでしょう? ですが酷い目に遭いたくないのなら兄は止めておいた方が賢明です」

 冷水を浴びせかけられたように体中が冷たくなる。
 フレンを取り戻すために我慢していた行動を、そんな風に捉えられていたとは。胸がキュウと痛くなったと思ったら今度はふつふつと腹の底から怒りが込み上げてくる。

「貴様……、俺が魔力目当てに第二王子と接触したとでも思っているのか!」

「違うのですか? 魔力を失った魔術師は体調を崩して苦しむと聞きます。あなたはその状態が耐え切れなかったのでしょう」

「よくもそんなことを……! 俺は、俺は……っ、気に食わない奴に魔力をもらうぐらいなら死んだ方がましだ!!」

「ならばサイラス様ですか、あなたに魔力を与えているのは。随分と親しそうに見えます。俺としたように口付けを交わしたのですか」

「俺は一度した約束を破ったりしない!」

 俺への侮辱が許せず、怒りに任せてフレンの胸を押す。フレンの体勢が若干崩れたところでベッドから逃げ出そうとするが、手首を掴まれてそのままシーツへと縫い付けられてしまう。
 フレンと俺とでは体格がそもそも違い過ぎるのだ、空いている方の手でいくら押してもびくともしない。

「くっ」

「何故拒絶を? あなたを見ていると……苛々します。心が掻きむしられて、千々に乱れてままならない」

「だったら見なければいい。向こうへ行け!」

「それが出来たらどれほどいいか。何度逸らそうとしてもあなたにばかり視線が向いてしまう。この瞳に俺以外の他の者の姿が映るのが我慢ならず、離れていてもあなたのことばかり考えてしまう。あなたが欲しがる魔力、俺が注ぎます。彼らなどよりもよほど気持ちよくして差し上げますよ」

「思い上がるな。気に食わない奴の魔力はいらないと言っているだろう! 俺に触れるな!」

 雷の魔術でフレンの体を撃つ。
 フレンが初めて塔にやって来た時のことを思い出す光景だ。だが、あの時とは違ってまだ魔力はある。威力もそれなりのものだ。

「………っつ!」

 痛みを感じているはずのフレンだったが、掴まれた手首の力が緩むことなく、それどころか空いている方の手が俺のローブの胸元にかかる。一番上のボタンが弾け飛んだ。

 まさか俺を手籠めにするつもりなのか……!?

 額を冷たい汗が流れていく。

「この……っ!」

 今度は俺の周りに何重もの防御の魔術を張り巡らせて、天井の辺りにいくつもの雷の矢を魔術で編み上げて展開させる。
 防御と攻撃両方の魔術を同時に準備している。
 それを見たフレンの顔が強張った。

「止めるんだ、これほどの魔力を放出していたら倒れてしまう!」

 フレンは焦っているのかその口調も変わる。
 それでも俺は止めなかった。魔力の放出を止めることなく次々と雷の矢を生成していく。
 こんな状態のフレンに無理矢理犯されるぐらいなら魔力が尽きて死んだ方がマシというものだ。
 俺に触れることを許したのは、約束を交わしたのは元のフレンだけなのだから。

「……っく、はぁ……」

 魔力が尽きて来たのか、段々と呼吸が苦しくなっていく。

「止めろ! 止めるんだ!!!」

 懇願のような声をフレンが上げるが、首を横に振った。拒絶する。視界が段々と暗くなっていく。
 その時、手首を掴んでいたフレンの手が外れ、ガンと何かを打ち付ける音が鳴り響いた。
 わずかに首を動かして視線を向けると、フレンがベッドボードに頭を打ち付けているのが見えた。

「な、にをっ!?」

 驚いた拍子に天井付近に展開していた雷の矢がしゅっと消え去った。
 フレンの顔には強い後悔の表情が浮かび、その体が震えていた。

「弱って怯える人に……俺は何という卑怯な真似を。これでは兄と同じだ!」

 アゼリアの精神操作の魔術は強力で、あいつを何とかしない限り解けないのだと思っていたが……何とフレンは自力でそれを解いたのだ。
 ふらふらしながらわずかに俺から距離を取る。

「フレン…お前、思い出したのか?」

「……いいえ。あなたのことは変わらず何一つ思い出せません。しかし、俺にとって何よりも大切な……決して傷つけてはいけない存在だということは分かります」

 これは俺の知るフレンだ。
 ずっと傍に置くと約束したフレンだ!

「ま、待て!」

 離れて行きそうになるフレンを引き止めるが、首を横に振られる。

「これ以上ここには留まれません。いつまた頭の中がぐちゃぐちゃになってあなたを傷つけるか分からないのですから」

「嫌だ!!」

 フレンの首に腕を回して抱き着く。

「行くな……離れるのは嫌だ。ここにいてくれ」

 あの時フレンと離れてしまったこと、冷たい態度を取られたことを思い出すと声が震えてしまう。ここでまた離れたら、今度こそフレンを取り戻せないのではと思うと恐ろしくてたまらない。

「俺はあなたにとって危険な存在です。あなたを傷つけたくない……」

「お前は俺の騎士だ。傍にいて、守ってくれると言ったではないか。忘れていたって約束は有効なのだ。俺は約束を守って勇者からも他の誰からも魔力供給を受けてない。だからお前も守らなければいけないんだ! 行くな!!」

 必死で縋りついていると、フレンの腕が背に回って抱き返された。

「分かりました、あなたの傍にいます。決して離れません」


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