塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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塔の魔術師と奪われた騎士

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 アゼリア達が去ってからほどなくして、ドンドン、バンバンと扉を叩く音が塔に響いた。
 誰か訪問者がやって来たようだ。

「またさっきの人ですか? 怖いですぅ……」

 肩に乗るエギルは脚をぷるぷるさせながらこちらに必死にしがみついている。
 先程去ったアゼリアがわざわざ扉を叩いて入ってくることもあるまい。恐らく別人物だ。

「エーティア! 早くここを開けろ!!」

 誰だかはほどなく判明した。この声は、勇者の奴だ。
 それまで律儀に扉を開けるまで待っていた勇者は、こちらが開けた瞬間に塔の中へと入り込んでくる。

「おい、勝手に入るな」

 フレンが居たら静かにキレていることであろう。あいつは勇者を塔の中に一歩も入れたくないみたいだから。

「そんなこと言ってる場合か? 俺のところに黒き森の魔女からパーティーの招待状が届いた。黒き魔女とやらは以前からお前にめちゃくちゃ絡んできては厄介事を持ち込んでくる者では無かったか? 会場は城だというではないか。一体城で何が起こっているんだ!? って、うおおお!? この塔の中めちゃくちゃだな!?」

 立て続けにしゃべり続けていた勇者だったが、壁に穴が開いて、そこら中に破片や紙片が散乱している塔の中の惨状に目を留めて、大げさなほど叫び声を上げた。相変わらずやかましい男だ。
 「これはやばい」「ドラゴンの襲来でもあったのか」などと騒いでいる勇者に対し、これまであったことを説明した。



「そんなことがあったとはな……。よし、俺が手伝ってやろうじゃないか。お前一人で魔女とフレンの相手をするのは流石に辛いだろう。俺がどちらかを引き受けてやろう」

 魔女退治だ! と勇者は興奮した様子を見せている。
 まさか魔王討伐が終わって平和が続いて暇しているからわくわくしているのではないだろうな……? これは遊びではないぞ。

「それは正直助かる……が、お前に借りを作るのは何か嫌だ」

「はっは。別に何も要求したりしないから安心しろ。それを言うならむしろ俺が借りを返すだけだ」

「……お前に対して貸しを作った覚えはないが?」

 勇者に対してそんなことをした覚えが無くて首を捻る。「分からないならいい」と勇者は肩をすくめる。それから言葉を続けた。

「フレンのいない間は俺がこの塔に滞在して護衛役を務めよう。あいつを奪われた上に魔術球まで奪われたら目も当てられん。緊急措置だからあーだこーだ文句を言うなよ?」

「何だと……?」

 こいつが塔に泊まるというのか。ハッキリ言って嫌なのだが、そうも言っていられないのが現状だ。
 フレンがおらず魔力供給が出来ない以上、魔力をあまり使うことが出来ないので護衛役は必要だ。
 そういう意味で勇者が適任だというのも理解している。
 勇者の奴は魔力耐性が恐ろしく高くて、状態異常には絶対にかからない。魔女の魔術にかかって操られる心配は全くないのだ。
 加えて恐ろしく強い。まあ当然だ。そうでなければ女神に勇者として選ばれるはずもない。
 魔王を倒した今、この世界において最強の男だ。
 護衛役としてこれ以上ないほど心強い。

 しかし……。

「うー……む。助かるは助かるが……だがなぁ……」

「何だその鈍い返事は?」

 フレンの居ない時にこいつを塔に滞在させるのはどうなのだろうという気がしている。上手く説明出来ないのだが、何だか良くないことをしているような……胸にもんやりとした気持ちが広がるのだ。

「ははん。俺がここにいることで後でフレンの奴に浮気を責められないか気にしているのか」

「んなっ!?」

 ひく、と喉の奥が引きつる。

「う、浮気……だと……? そもそも浮気というのは恋愛関係という前提があって、その上で成り立つものだ。魔力供給はあいつ以外としないと約束したが、俺とフレンは恋愛関係にあるわけではない。奴が一方的に俺に思いを寄せているだけだ! だからこれは浮気にはあたらない」

 塔に勇者を置いたからといって浮気と責められるのは違うと思うのだ。絶対に違う…よな?

「だがその約束はフレンがいる場合のみ有効なのだろう? フレンが不在の緊急措置ということで、俺が魔力供給してやろうか? この塔の壊れ具合からいってかなり派手に暴れて魔力が減っているんじゃないか?」

「話を聞いていたのか!? するわけないだろうが!! 俺は約束を守る。絶対にあいつ以外と魔力供給の性交はしない!!」

「そんなこと言って、万が一フレンがお前より先に死んだらどうするつもりだ? その場合は他の誰かから魔力をもらうしかないだろう」

 はぁ!? フレンが俺より先に死ぬだと!? 何を言っているんだコイツ。冗談でも笑えない。
 ギロリと睨みつける。

「お前もホント……難儀な性格をしているな。そこまでの思いを抱いていて、何で気付かないんだ」

「どういう意味だ!?」

「うんにゃ、言わない。自分で気付かないと意味ないからな。まあ、とにかく友人としてのよしみで泊まって護衛してやるから安心しろ。ついでにこの散らかった塔の中も片づけてやろう。どうだ?」

「お前は友人ではないがな! だが塔の中は片づけろ!!」

「はいはい、ワガママ大魔術師様の仰せの通りに~」

「ぼくも手伝うです!」

 俺の後ろに隠れて成り行きを見守っていたエギルが出てきて勇者を手伝うと言い出した。

「おっ、エギル、お前は主人に似ずにえらいなぁ。よーしよし」

 勇者がわしゃわしゃとエギルの頭を撫で始める。フレンが居なくなって沈んでいたエギルの表情がほんの少し明るくなっていく。

「サイラスさま、フレンさまを助けるお手伝いしてくれてありがとうです。ぼくもお手伝いしたいけど、足手まといになっちゃうです。だからサイラスさまが来てくれて嬉しいです」

「使い魔は主に似ると言うが……ほんっとにお前はエーティアに似なくて良かったなぁ……」

 勇者の奴は口元を押さえ、感動でぷるぷると打ち震えている。
 「使い魔の鑑だ」とか「主に似なくて良かったー!」と性格が似なかったことを殊の外強調して叫んでいた。
 何か……イラっときた。


   ***


 翌朝になり、城へ向かう道中はアゼリアからの襲撃もなく、何事も無く進んだ。
 いや、何事かはあった。そのどれもが本当にくだらないことではあったが……。


 まず、朝になって勇者に起こされるという展開から始まった。

「起きろ、エーティア。いつまで寝ている気だ!? おはようのちゅーするぞ」

 すやすやと寝ているところをハイテンションで起こされて、朝から俺の機嫌は急降下だ。

「殺意が湧く……」

「おい、物騒な言葉を吐くな!」

 魔力が減ったこともあり、いつもより体がだるくて重いような気もする。気のせいだとは思うが……。あぁ、早く減った分を補給したい。

 起きて食卓へ向かった後は朝ごはんをしっかりと準備されて、たらふく食わされた。
 ……というか、朝から肉を山盛りとかあいつはアホじゃなかろうか。
 「しっかり食わんとフレンを取り戻せないぞ」ときたから、それもそうかと納得した俺もアホだった。肉など食べたせいで朝から胃もたれがひどい。


 勇者の馬に乗ってここへ来る時もひと悶着が起こった。
 俺は一人では馬に乗れない上に乗る馬もないので、必然的に勇者の連れて来た馬に共に乗ることになった。

 しかし、互いの体をくっつけないと馬には乗れないのだ!!
 
 ぴたっと勇者に体をくっつけられた瞬間に防御の電撃の膜が俺の体を覆った。

「ぎゃっ!」

 馬とエギルは無事で、電撃は勇者の体だけを撃つ。すぐにバッと馬から転がり落ちるように逃げた勇者は無事だった。凄まじい反射神経だ。だが肩で大きく息をしている。

「危ないだろう!?」

「……すまん。お前には悪いが、本当に無意識で防御の魔術を展開していた」

 善意で付いて来てくれているのも、やかましいところはあるがいい奴だということも分かっているのに、フレンではないと思ったらどうしても雷撃が飛び出してしまうのだ。
 他人に触れられるのが嫌いだった俺はもう治ったのだと思ったが、そうでもないようだ。あれはそうか……フレン限定なのだな。
 というかこんな調子で魔力を使っていたらあっという間に動けなくなって終了だ!
 それはまずい。

「もう大丈夫だ。呼吸を整えて魔術を使わないようにする」

 こういう時の呼吸はどうするんだったか……。

「ひっひっふ―――……か?」

「それは赤ん坊を産むときの呼吸だな!? 本当に大丈夫なのかお前!! 馬で駆けている時に電撃を受けて転がり落ちたら流石の俺でも怪我するぞ!?」

「ふっ、俺を誰だと思っている。魔術を勝手に使わないことぐらい出来るぞ。城までなら何とか……耐えられる気がする…かもしれない」

「言葉に不安しかない!!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ勇者に「俺が平気だと言ったら平気なのだから早く馬を出せ」と強引に馬上に引っ張り上げて進ませた。
 城にもうじき着くというところまでは何とか電撃も出さずに堪えることが出来た。
 これらがここまでで起こった出来事の一部だ。




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