「その想いは愛だった」騎士×元貴族騎士

倉くらの

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5.団長の教え

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 捕獲された大トカゲは、厳重に縛り上げられた上で荷車に乗せられて運ばれていった。

 黒狼騎士団の拠点へと戻ってから全員訓練所に集められて団長による講評が行われた。森の各所に上官が配置されていたらしくて、僕達の動きは全て団長に筒抜けの状態だったようだ。

 僕達の部隊は褒められたのと怒られたので半々だった。
 褒められた部分は誰一人怪我をすることもなく大トカゲを捕獲できた点、怒られた部分は途中で部隊がバラバラになった点だ。隊列を乱すのは論外だと。これに関しては団長とミハイルの意見は一致していた。

「騎士団は集団での行軍が基本だ。ついていけなかったフェリクスはもちろんのこと、置いて行ったお前達にも非がある」

 ラル達の顔が強張っていくのをひしひしと肌で感じる。

「それからフェリクス」

 フェリクス、と名が呼ばれたことで僕は覚悟した。続く言葉は「退団」だと。それほどの失態を犯した自覚がある。だが、団長の口から紡がれた言葉は予想とは異なっていた。

「大トカゲにビビッて動けなくなったのは褒められたことじゃねえが……、『ズクロス』あのネズミ型魔獣を退治したのはいい判断だった。奴らが集団になって襲い掛かってきたら大トカゲ以上の脅威になる。お前達もよく覚えておけ。以上だ」

 同じ部隊の仲間達がどんな表情でいるかなんて見なくても分かる。足を引っ張るだけ引っ張っておきながら、何故僕が褒められるのかという不平不満の感情がハッキリと伝わってくる。居たたまれなさを感じる。

 その場が解散すると共に僕は一目散に駆け出した。
 向かった先は団長のところへ。

「おい、何だ? もう解散したはずだが」

 廊下を歩く団長の前に回り込んで頭を下げる。

「団長、どうかご教示ください」

 余程僕の様子が切羽詰まったものに見えたのか「言ってみろ」と続きを促されたのでお礼の言葉を述べる。その上で改めて団長に問いかけた。

「私はあの大トカゲを前にして動けませんでした。どうしても……足が動かないんです。あいつが恐ろしくてたまらない。皆の足を引っ張ることしか出来ませんでした。それなのに何故……私は退団にならないのですか。何故団長は私をこの騎士団に入れてくださったのですか。それは私の家が関係しているのですか」

 僕がこの騎士団に入れたのは家の影響力を恐れてのものだったのか。だってそうでもなければ僕がここに入れるはずがない。常々疑問に思っていたことを団長にぶつけた。

 歩みを止めてこちらを見下ろした団長は、顎をひと撫でした後で口を開いた。

「お前を採用したことと、お前の家は全く関係ない」

 家は関係ないとはっきりと告げられて、下げていた頭を上げる。目が合うと団長は唇の端を吊り上げた。

「ふん、だったら何でだっていう顔だな。分からないか? お前が本当の役立たずだったらここに入れてない。最初から失敗しない奴はいない。技術面は後からいくらでもカバーできる。だが、内面はそうもいかない。技術がいくら優れていても根性のない奴はすぐに駄目になるからだ。俺は根性のある奴が好きだ。俺の人を見る目は確かだと自負している。その俺の見立てではお前は頑固で諦めの悪い奴に見えたがな。そういう奴は今後伸びる見込みがある。どうなんだ、フェリクス。ここで諦めて騎士団を去るのか、そうじゃないのか」

「……っ、諦めません!」

 ザルツ団長の目を真っ直ぐ見つめながら、きっぱりと答える。胸が痛くなるほどに熱いし、目の奥がツンとなる。歯を食いしばってなければ涙が落ちてきそうだ。

 これまでの人生の中で、誰かからこんな風に言ってもらえたことなんて無かったからだ。両親だってずっと昔から僕に期待をかけるのを止めていた。だからあんなにもあっさりと結婚しろなどと言ったのだ。騎士になろうと努力していた僕のこれまでを全て無かったことにして。それが僕にはとても悔しかった。
 自惚れではなく団長だけがこんな僕に期待をかけてくれたのだ。今後伸びる可能性があると。だったらその期待に応えなければならないのだ。絶対に。

 僕の言葉に団長は「よし」と言って「だったらしっかり励め」と笑った。

「お前に一つアドバイスをしてやろう。魔獣にすくみ上りそうになったらこう考えろ。自分の後ろには大切な者がいることを。お前が逃げ出したらその者が死ぬ。そう考えたら逃げる気なんて起こらなくなる。少なくとも俺はそうだ。そうやってこれまでやってきた」

「団長でも恐ろしいと思うことがあるのですか」

 恐いものなど何もないという感じのいつも不敵な笑顔を浮かべている団長だったから、意外だと思った。

「当然だ。誰だって死ぬのも、傷つくのも恐い。だが、それ以上に大切な者を失う方が恐ろしい」

 大切な者を失う、僕にとってはシドがそれに当たる。僕のせいでシドが死ぬ。そんなの嫌われるよりももっとずっと恐ろしいことだと思った。

「どうだ、逃げる気なんか起きなくなるだろ」

 きっと自分の顔色は青ざめているに違いない。声もなく頷いて、団長の言葉を深く胸に刻む。挫けそうな時、逃げ出したいと思った時にこの言葉を思い出せるように。

「よしよし、精神面は何とかなりそうだな。あとは肝心の体力面か。おい、そこの二人」

 団長は僕の背後に向かって声を掛ける。誰かいるのだろうか。顔だけ振り向かせて、ビクッとすくみ上る。
何故ならそこにはシドとミハイルがいたからだ。咄嗟に顔を俯かせてしまったのでシドの表情は見えない。一体いつから、どこから話を聞かれていたのか。団長はあろうことかさらに身を縮ませるような言葉を二人に向かって投げかける。

「二人のどちらかでいい。入団が正式に決まるまでフェリクスの訓練を仕事が終了後に付き合ってやれ」

「団長!?」

 首をぶんぶんと横に振って、いらないのだと訴える。二人にそこまでの迷惑はかけられない。ましてやもう一人はシドなのだ。絶対に、無理に決まっている。その様子を見た団長は呆れ返ったように僕の鼻に指を突き付ける。

「おいおい、フェリクス。この期に及んでまだそんなことを考えているのか。今、お前がすべきことは何だ? 私情を持ち込むことか? 違うだろう。騎士団のために励むこと、だ」

 ぐ、と息を呑む。団長の言うことはもっともな正論だったからだ。そうだ、僕は騎士団のために強くならなければならないんだ。ぎゅっと一度目を閉じてからおずおずと口を開く。

「ミハイル、お、お願いできないだろうか。どうか僕の、訓練に付き合って欲しい」

 顔を俯かせたまま、さらに深く頭を下げた。この場でお願いできるのはミハイルしかいない。シドには口が裂けたってできるはずもない。

「ん? 僕でいいの。それはもちろん構わないよ。フェリクスが望むなら手取り足取り色々教えてあげる……」

「俺が面倒を見る!」

 ミハイルの言葉を遮るように上げられた声に、僕は驚いて顔を上げる。聞き間違いじゃないだろうか。僕の聞き間違えで無ければ、シドはたった今、僕の訓練に付き合うというニュアンスの言葉を発したのだ。
 何故だ。
 だって、だってシドは……。

 僕がまじまじとシドの顔を凝視したせいか、シドの眉根が苛立ったように寄せられる。

「シド、君、いいのかい? フェリクスの訓練に付き合うって言うの?」

「あぁ!?」

 ミハイルが少々大げさなほど首を傾げながら問うのを、これ以上ないほど不機嫌な声で返すシド。

「隊長の俺がこいつの面倒を見るのは当然のことだろう。足を引っ張られても困るからな」

「へぇ……そうきたか」

「てめ…、イチイチ突っかかってくんな」

 ミハイルの肩を小突いているシドを見ながら、ああ、そういうことかと納得する。
 シドは隊長としての責任を果たすために義務感から申し出てくれたのだ。隊内から退団者が出たなんて、不名誉なことだもの。もしかしたら進んで引き受けてくれたのかもなどという甘い期待は打ち砕かれた。

 忘れるな。
 シドには「関わるな」宣言をされていることを。チクンとまた胸が痛んだ。

 それでも僕は未練がましいし、馬鹿だから申し訳なく思う以上にシドの申し出を嬉しく思ってしまう。ほんの少しの関りが出来たことに涙が出るほどに嬉しい。本当にどうしようもないことだけれど。

「彼はこう言っているけれど、フェリクスはどうしたい? 僕とシドとどちらと訓練する?」

「シドに……お願い出来るだろうか……」

 引き受けてくれると言ってくれたミハイルにはとても申し訳ないけれど、震える小さな声で告げた。
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