僕の転生した世界があまりにも生々しい件

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第2章 トーキョー編 目指せ! モンスター・ゼロ!

第29話 ヨミカイ・ジャイアンツ

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第29話 ヨミカイ・ジャイアンツ


 管理番号32695世界、通称アマツ世界と呼ばれるこの世界は、108年ほど前から、アテナイスという女神様によって管理されています。
 このアテナイス様、前任の女神様であるエイレーネー様に比べると色々と駄目なところが多く、女神様でありながらアマツ世界の住人からもあまり尊敬されていない存在ですが、エイレーネー様の時代から色々と日本と関わりの深かったアマツ世界を管理するアテナイス様は、アメリカで生まれ日本にも広まった野球という比較的新しいスポーツを、なぜかとてもお気に召されていました。
 そして、日本で野球が普及しようとする最中、太平洋戦争で多くの優れた野球選手が戦死したことに、アテナイス様はひどく御心を痛められ、彼らを比較的平和な状態にあったアマツ世界に転生させ、アマツ世界に野球を広める使命を下されました。
 こうして、70年ほど前からアマツ世界でも野球が次第に普及するようになり、日本でも『沢村賞』の由来として知られているエイジ・サワムラは、アマツ世界でも野球の伝道者、伝説の大投手、名監督としてその名を遺しています。
 そして、アテナイス様の送ってくる日本人に元球児や野球好きが多いこともあり、現在でも野球はアマツ世界の冒険者たちが心身を鍛えるためのスポーツ、そしてアマツ世界における数少ない娯楽の一つとして定着しています。


 野球の歴史に詳しいエイルから話を聞いたり、ステータス画面から閲覧できるトーキョー大学編纂『現代アマツの豆知識』の関連項目を読んだりした結果、このアマツ世界に野球が普及するようになった経緯は、大体以上のようなものであるらしい。
 なお、冒険者のスキルポイント(SP)を消費して習得できる初級スキルの中には野球関連のものもあり、それを習得すれば野球未経験者でも基本能力と努力次第では飛躍的に野球が上手くなるらしいが、少なくともSP不足に頭を悩ませている僕は、そんな野球スキルなど取る余裕も無いし、取る気も無い。

 さて、日本での現役時代、伝統ある某球団の選手であることにこだわっていたエイジ・サワムラ氏は、アマツ世界に転生してから仲間たちと一緒に、この世界で最初の球団であるヨミカイ・ジャイアンツを設立し、それに引き続いてアマツ世界の各地に様々な球団が出来ていったものの、ヨミカイ・ジャイアンツはその中でも群を抜く強豪・人気球団であった。
 しかし、サワムラ氏をはじめとする草創期のメンバーが次々と現役を引退すると、ヨミカイ・ジャイアンツの戦力的優位性は徐々に失われ、ヨミカイ・ジャイアンツは、アマツ・リーグで史上初のシーズン最下位を経験するに至った。
 その後、まだ他球団より人気と資金力のあったジャイアンツは、『常勝球団』『球界の盟主』という看板の面子を維持するため、金に物を言わせて他球団の実力ある選手を次々と引き抜くようになり、戦力均衡の観点から選手の引き抜き等を制限する他球団からの如何なる提案も拒否する一方、球団生え抜き選手の育成や、新たにやってきた日本人たちからもたらされた最新の技術等に基づく球団改革は怠りがちであった。
 こうして、職業野球人で構成されるプロ野球チームのアマツ・リーグからは、ヨミカイ・ジャイアンツの横暴に耐えかねて撤退する球団が相次ぎ、アマツ世界における野球人気の中心は、次第にアマツ・リーグから、冒険者などの他職業を兼任する野球人で構成される社会人野球チームのスメラギ・リーグに取って代わられるようになった。
 そして、アマツ・リーグに残る球団はヨミカイ・ジャイアンツとケイハンシン・タイガースの2チームだけという事態になり、さらにトーキョー・シティーとオオサカ・シティーの間に七年戦争が起こり、ヨミカイ・ジャイアンツとケイハンシン・タイガースとの試合も行われなくなると、アマツ・リーグは事実上1球団だけとなり崩壊したが、当のヨミカイ・ジャイアンツはその現実を認めず、グループ企業のヨミカイ新聞社を通じて、今でも『常勝球団』『球界の盟主』などと名乗り続けているという。
 その歴史は、日本の某球団とある意味通じるようなところもあるが、衰退の速度は某球団以上に急激であり、やっていることは某球団以上に阿呆そのものである。なお、現役を引退し監督となった後、前述のサワムラ氏は目先の戦力補強に気を取られる球団の姿勢に終始反対していたが聞き入れられず、七年戦争が始まると、「これ以上ヨミカイ・ジャイアンツが衰退するのをこの目で見たくない」と言い残して、老齢の身ながら自ら志願して参戦し、名誉の戦死を遂げたという。

 そんなヨミカイ・ジャイアンツは、現在のトーキョー・シティーを支配している、民主自由党と名乗る魔軍の指令により開催されるトーキョー・ゴリンピックの場で、本日、社会人野球の連合チームと壮行試合を行うことになった。
 万一負けた場合に備え、今回の試合も非公式の練習試合だという建前自体は崩していないらしいが、この試合に必勝を期しているアラ監督指揮の下、ジャイアンツの選手たちは本日の試合に向けて休日返上で猛練習を繰り返してきたが、それがかえって仇となり、選手たちのコンディションは総じて不良であり、試合が始まる前から疲労を溜め込んでいる様子である。特に、本来ジャイアンツの4番を務める主砲のカズマ選手は、既に現役を引退して久しいアラ監督から直々の打撃指導を受けて腰痛を起こし本日の試合を欠場。本日はマール選手が代役の4番を務めるらしい。
 女性初の野球選手・ウマ娘のシオーミ、スワローズ不動の4番『村神様』ことムラカミ選手(フルネームではムネキヨ・ムラカミというらしい)、投手・野手の二刀流で驚くべき結果を出しているファイターズのオータニ選手、走攻守三拍子揃ったヤマーダ選手など、スメラギ・リーグのスター選手たちを擁している連合チームに対し、ジャイアンツはいつものメンバーから主砲のカズマ選手を欠く状態。
 しかも、ジャイアンツの主将・ハヤト選手は、ナンパを拒否した女性に対する噛み付き行為や、交際していた女性に対する妊娠中絶トラブルが発覚したばかりであり、球団がこれらの行為に対し何らのコメントもしていないことから、女性の観客たち(=観客たちのほぼ全員)からブーイングの嵐を浴びており、かつての人気選手だった頃の面影は欠片も無い。
 何となく、戦う前から結果が見えているような試合が、いま、始まる。

◇◇◇◇◇◇

「ジャイアンツの先発は、フライヤの予想どおりスガーノ。対する連合チームの先発はケイジ。フライヤ、このケイジってどんな選手?」
「ケイジはね、2週間くらい間隔開けないと本来の実力を出せないけど、調子の良いときは凄い球を投げるピッチャーだよ」
 そういえば、ヤクルトにもそんな投手いたな。
「あのオータニってのは、2番・指名打者(DH)での出場だから、今日の試合では投打の二刀流は無し、打つ方に専念するってことみたいね」
「そうとは限らないよ、もえちゃん。スメラギ・リーグでは、今年から『オータニ・ルール』ってのが作られて、投手がDHを兼任できるようになったんだよ。例えば、オータニさんが先発投手兼DHで出場して、途中で投手交代になった後でもDHとして出場できるし、DHとして先発出場した場合でも、試合の途中から投手として登板することもできるようになったんだよ。ただし、投手として一旦降板した後、同じ試合に投手として再登板することは出来ないんだけどね」
「そのルールだと、オータニさんが中継ぎや抑えで登板することは可能ってことか」
「・・・・・・きよたかさん、私野球のこと全然分からないんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。分からないことは僕が随時解説するから。瑞穂は大丈夫?」
「ふっ。我、無限の叡智を誇る大賢者バロール様に知らぬことなど無い・・・・・・が、我が眷属の解説は心して聞くとしよう」
 たぶん、瑞穂も野球のことはあまり分からないクチだな。野球の話題になってから途端に口数が少なくなったし。

 試合は、ヨミカイ・ジャイアンツの先攻で始まった。
 1回表は、スメラギ連合チームの先発・ケイジが三者凡退に抑え、上々の立ち上がりを見せた一方、1回裏は、ジャイアンツの先発・スガーノが不調で、いきなり一死一・三塁のピンチを迎えた。ここで、連合チームの打者は4番・ムラカミ。もちろん僕のことでは無く、スワローズの強打者・村神様のことである。
 もっとも、ムラカミ選手はスガーノの変化球(たぶんツーシーム)を引っ掛けてレフト方向へ大きく打ち上げてしまい、打球を追いかけていた遊撃手のハヤトが、体勢を崩しながらも何とか捕球。その時だった。
「えっ!?」
 ハヤトの捕球体勢が崩れているのを見た三塁走者のシオーミちゃんが、捕球と同時にタッチアップ。ハヤトの返球は間に合わず、シオーミは本塁に生還。連合チームが1点を先制した。
「嘘でしょ!? ショートフライからのタッチアップ成功なんて、あたし見たこと無いわ」
「シオーミ、ウマ娘だけあって俊足だとは聞いていたけど、ここまでとは・・・・・・」
「えーと、きよたかさん。今のプレイ、どこがすごいんですか?」
 シオーミの好走塁に驚いている僕ともえちゃんに、状況がよく分からないといった感じのみなみちゃんが説明を求めてくる。
「どこがって、ショートフライからのタッチアップだよ! フライヤも初めて見たよ!」
「フライヤ、みなみちゃんは野球に関しては素人だから、その説明じゃ通じないよ。まず、今みたいにバッターが打球を大きく打ち上げた場合、野手がノーバウンドで打球を取ればバッターはアウトになるけど、塁上にいるランナーは、野手がボールを取った瞬間から次の塁に進塁を試みることができるんだ。これを『タッチアップ』というんだけど、ここまではいい?」
「はい、きよたかさん」
「でも、走者が次の塁に進塁するまでにボールが戻ってきたら、走者もタッチアウトになってしまうので、実際の試合でタッチアップが成功するのは、外野手、あのホームベースから遠いところを守っている3人ね、あのへんまで飛んだフライで、かつランナーが2塁か3塁という場面で無いとタッチアップは無理というのが、大体の相場なんだ。予想以上に大きなフライでショートが捕球態勢を崩していたとはいえ、ショートフライから本塁へのタッチアップ成功なんて、実際の試合では滅多に見られないプレイなんだよ」
「そうなんですか。やっぱり、シオーミさんって凄い人なんですか?」
「確かに凄い。ウマ娘だけあって足が速いのは確かだけど、ああいう一瞬の隙も見逃さないところに高いセンスを感じるね」
「だが、あの飛距離から見れば、本来はレフトが捕球してもおかしくない打球であった。それを、あのレフトがボケーッと見てるだけだから、仕方なくショートが無理して捕りに行き、その隙にあのウマ娘がホームまで突っ込んだというだけではないのか?」
「瑞穂、確かにそういう見方も出来なくは無いけどね、そんなことを言い始めたらきりがないというか、ここは素直にシオーミちゃんを褒めようよ」
「でもきよちゃん、バロールちゃんの言うことも」
「バロールちゃんはやめて!!! もう、瑞穂でいいから!」
 話に割って入ってきたフライヤの『バロールちゃん』発言に、瑞穂が半泣きになって突っ込んだ。
「瑞穂ちゃんの言うことも一理あるんだよ。アラ監督の野球って露骨な攻撃力重視というか、ホームランさえ打てれば他はどうでもいいって感じで選手をかき集めてるから、今のヨミカイはああやって守備がおろそかになるんだよ」
「そういうところは、日本のジャイアンツとよーく似てるわね」
 僕たちがそんなことを言い合っている間に、連合チームの攻撃は後続が倒れ、1回裏はシオーミちゃんの好走塁による1点止まりとなった。

◇◇◇◇◇◇

 試合は1-0のまま、3回裏まで進んだ。
 連合チーム先発のケイジは、快投でテンポ良くジャイアンツの選手たちを三振や凡打に討ち取っていったが、ジャイアンツ先発のスガーノは、見るからに本調子では無いといった感じで毎回ランナーを背負い、おそらくはケイジの倍以上の球数を投げさせられながらも、ベテラン捕手・コハヤシの慎重なリードにも助けられ、連合チームを何とか初回の1失点で抑えていた。
 そして、連合チームの7番・オスーナを何とか空振りの三振に討ち取り、二死一塁・三塁となった場面で、アラ監督が動いた。
 あれ? いきなりランナー満塁に変わったぞ。一体何があったんだ?
「8番のゲンダーを申告敬遠して、二死満塁にして代打の神様・カワハタと勝負!? アラ監督ってば正気!?」
 何が起こったのか最初に気付いたフライヤが、驚きの声を上げた。
「フライヤ、あのゲンダーって、わざわざ申告敬遠するほど怖いバッターなの?」
 もえちゃんが尋ねるも、フライヤは首を横に振った。
「ううん。ゲンダーはライオンズの選手で、ショートにしては打つ方けど、そこまで怖いバッターじゃ無いよ。それより、カワハタは今季4割近い代打成功率を誇る、代打の神様だよ。わざわざ満塁にしてカワハタと勝負なんて、アラ監督度胸あるね~」
「そういえば、スガーノって見るからに限界が近そうなのに、相変わらずブルペンでは誰も投げてないね。おや、アラ監督がマウンドに行った。ピッチャー交代か・・・・・・と思ったら、単に激励に行っただけみたい」
「スガーノさんは、アラ監督の甥っ子で、監督から何かと目を掛けられているんですよ」
 エイルが解説してくれた。しかし、こういう場面での激励って、逆にプレッシャーを掛けるだけではなかろうか。ショートのハヤト選手なんて、何となく「そりゃないよ~」と言わんばかりの表情で苦笑いしてるし。
 こうした采配の是非はともかく、二死満塁で迎えたスガーノと代打カワハタの勝負となった。スガーノは簡単に2ストライクを奪うも、フライヤによると「ヒットを打つまで何球でも粘る」のが特徴のカワハタ選手は、その後ボール球には手を出さず、ストライクゾーンに来た球はファウルにして粘り、カウントはあっという間に2ストライク3ボールへ。

 そして7球目。分かりやすいボール球で、スガーノは押し出し四球を出した。連合チームに2点目が入り、なおも二死満塁の好機で、打席には1番のシオーミが入る。
「あれ? スガーノまだ投げさせるの? 明らかにもう限界よ」
「もえちゃん、今になってジャイアンツのブルペンがやっと動き出したから、きっと控え投手の準備が出来てなかったんだよ」
 やがて、シオーミのバットに快音が響き、スガーノの直球を捉えた打球は前進守備を敷いていた外野の左中間を抜けた。走者一掃のタイムリースリーベースで連合チームに3点が追加され、点差は5-0となった。ここでスガーノは降板。球場は大歓声に包まれ、改めてこの球場にジャイアンツのファンはほとんどいないということが明らかとなった。
「ねえきよたん、この試合展開って、元ネタあるのかしらね?」
 もえちゃんが僕に、なんかメタなことを聞いてきた。
「知らないけど、原監督が本当にこんな采配をやらかしたのであれば、今頃間違いなくクビになってるだろうね」

◇◇◇◇◇◇

 後になって振り返ってみれば、まともな試合になっていたのはこの時点までだった。
 スガーノに代わって登板したジャイアンツの左投手は、続くオータニ選手に四球を出すとすぐに降板させられ、その次に出てきた右投手は3番ヤマーダ選手にレフト前へのタイムリーヒットを浴びて降板、続いて登板した左投手は4番のムラカミ選手に3ランホームランを浴びて降板。
 続く5番のサントナがライトフライに倒れたことで、ようやく3回裏が終了したものの、この時点で得点は9-0、アラ監督はマシンガン継投で既に5人もの投手を使ってしまった。なお、この試合におけるベンチ入り投手は、先発投手を入れて12人である。

 4回表からは、二刀流のオータニ選手がマウンドへ上がり、剛速球と変化球でジャイアンツ打線に全くつけいる隙を与えず、6回終了で降板するまでノーヒット、四死球ゼロ、奪三振5の快投を披露。連合チームは4回以降もヒットやホームランで得点を重ね、試合は一方的な展開となって行った。
 トーキョー・シティーは男性の数が少ないので、当然観客の大半は女性なのだが、女性たちに嫌われているヨミカイ・ジャイアンツの選手たちに対するブーイングやヤジの類は物凄い。日本の阪神ファンが可愛く見える程だ。うちのもえちゃんも、調子に乗ってフライヤと一緒に聞くに堪えないほど下品なヤジを叫んだりしている。最初のうちは連合チームを応援していた僕も、ジャイアンツの選手たちへのヤジがエスカレートするにつれて、次第にジャイアンツの選手たちが可哀想になってきた。
 エイルは僕の目を慮ってかやや遠慮がちな様子だが、フライヤともえちゃんは何の遠慮も無く、面白がった様子で「引っ込め、カミツキハ○ト!」「キラータイガーに喰われて死○じまえ!」などと叫んでいるのだから恐ろしい。それ以外の例は割愛する。
 ・・・・・・なお、後日タマキ先生から聞いた話によれば、ヨミカイ・ジャイアンツはなぜか魔軍に気に入られており、今では魔軍が最大のスポンサーになっているため、これだけ不人気でも存続できているのだが、それも民衆からの怨嗟と憎悪を買う原因になっているということらしい。
 それはともかく、日本では阪神ファンだったというもえちゃんは、読売に似た名前のチームがぼろ負けしているのを散々ヤジって日頃の鬱憤を晴らし満足している様子だが、僕は次第に飽きてきた。この試合が終わったら、僕はセンターに帰ってみなみちゃんや瑞穂とえっちする予定なんだけど、この試合いつになったら終わるんだろう。
「フライヤ、この試合コールドゲームとかは無いの?」
「無いよ! どんなに点差が付いても、大雨とか降らない限りは、ちゃんと9回表までやるよ」
 ・・・・・・そのルールだと、無意味に長い試合になりそうだ。


 試合は、7回表にジャイアンツがマールの2ランホームランで2点を返したものの、得点差は19-2にまで広がり、連合チームの優位は揺らぎそうに無かった。
 そして7回裏。この時点で試合時間は既に3時間を超え、夜となった球場は至る所に篝火が灯されているものの、日本の球場のような電光設備は無い。僕は『暗視』スキルを持っているため観戦に支障はないものの、このスキルがなければ暗すぎて試合を観るのも難しそうだ。
「あれ、ジャイアンツのピッチャー、この回から急に、しょぼいノロノロ球しか投げない奴に変わったわね」
「もえちゃん、ジャイアンツは6回裏でベンチ入り投手を使い果たしちゃったから、今は控えの野手が投げてるんだよ」
 フライヤが説明してくれた。
「・・・・・・この回の攻撃も長引きそうだね」
 僕は、そう呟きながらため息をついた。

 暗くなった頃になってふと気付いたのだが、こういう試合状況でも球場に残っている女性ファンの多くは、試合を楽しむより逞しい男性選手を見て不埒な妄想に耽るタイプらしく、夜の帳で観客席が見えにくくなっているのを良いことに、足をモゾモゾさせていたり、あるいは露骨にオナっていたりする。
 そして、僕の左隣に座っている瑞穂も、何となく落ち着かない様子になり、右隣に座っているみなみちゃんは、右手をスカートの中に忍ばせたい欲求をついに我慢できなくなってしまった。みなみちゃんのオナニーは見なかったことにするつもりだが、もはやこんな状況で試合観戦に集中できるはずもない。
 そして、7回裏から投手として登板したジャイアンツの選手は、制球が定まらずなかなかストライクを取れない。7回裏の攻撃も相当に長引きそうだった。僕がどうしようかと思っていた矢先、ついに瑞穂が僕の袖を引っ張り、こう呟いた。
「ねえ、お兄ちゃん、・・・・・・魔眼が疼く」
「ええっ!? さ、さすがに、こんなところでは無理だよ」
「でも、おにいちゃーん、瑞穂、もう我慢できないよう・・・・・・」
 瑞穂が、甘えた声でおねだりしてくる。
 瑞穂の言う『魔眼が疼く』とは、えっちしてほしいという意味の合言葉である。瑞穂のおねだりを無碍には断れないし、だからと言ってこんなところでえっちを始めるわけにも行かない。
「きよたかさんが悪いんですよ。名槍清隆丸をそんなに大きくして」
 みなみちゃんもそんなことを言ってくるので、僕はつい言い返してしまった。
「僕のすぐそばでみなみちゃんがオナニーしてたら、こうもなるよ」
「えっ!? 見てたんですか?」
 言っちゃった。でもみなみちゃん、すぐ側からあれだけエッチな声と匂いがすれば、普通は気付くって。

「もう、あんたたち観戦の邪魔よ! そんなにえっちしたいんなら、さっさとセンターに帰りなさい!」
 もえちゃんに怒られてしまった。
「・・・・・・そうします」
 一瞬迷ったものの、僕は言われたとおり、みなみちゃんと瑞穂を連れて先に球場を出ることにした。すると、球場に残るもえちゃんから声を掛けられた。
「きよたん、帰る前に一言言っておくけどね」
「何? もえちゃん」
「あたし、生理中だから今はえっちできないけど、したく無いわけじゃないんだからね。生理が開けたら、一日きよたん貸し切りで搾り取ってやるから、覚悟しなさい」
「・・・・・・はい」
 僕はいつからレンタル商品になったんだと反論したかったが、何か言うともえちゃんの機嫌がさらに悪くなりそうなので、この場は頷くだけにしておいた。

◇◇◇◇◇◇

 このような事情により、僕は試合を最後まで観ることが出来なかったのだが、翌日フライヤが、試合について書かれた新聞を持って来てくれた。
「きよちゃんきよちゃん、今日の新聞出たよ! 昨日の試合のことも載ってるよ!」
 日本では、インターネットの普及により時代遅れの存在と化した感のある新聞だが、全体的に文明の遅れており、インターネットどころかテレビもラジオも無いアマツでは、新聞が一般庶民にとって最大の情報源である。
 なお、アマツでも最新の情報魔術を使えば、インターネットに類似したシステムを作ることも技術的には一応可能だが、一般庶民にまで普及させる財政的余裕が無いため、現在では人類社会を守るために必要な軍や冒険者関係で部分的に実用化されているのみということである。
 それはともかく、フライヤから受け取った新聞の表紙には、やや大きな文字で『讀買新聞』(ヨミカイシンブン)と書かれている。名前からして、ヨミカイ・ジャイアンツの御用新聞だということは容易に推測できる。
「きよたん、早く読んでよ。あたしたちじゃ読めないのよ」
「はいはい」
 もえちゃんに促されて、僕は昨日の試合について書いてある項目を探す。勉強が極端に苦手なもえちゃんが漢字を読めないのは想定の範囲内だったが、十分な学校教育を受けられなかったみなみちゃんと瑞穂も漢字は苦手で、エイルとフライヤも漢字を習い始めたのはセンターの訓練生になってからだという。彼女たちもこの場におり、もえちゃんと同様に僕が新聞を読むのを心待ちにしている。
 アマツ世界の漢字識字率は一体どのくらいなのだろうと思いながら新聞に目を通していると、2ページ目にそれらしき記事が見つかったので、早速読み上げた。


『名将アラ監督の采配、光る!
 
 長年にわたり読買ジャイアンツを率いてきた名将・アラ監督が、またしても采配を的中させた。
 6月29日、天正神宮野球場で行われたスメラギ連合チームとの練習試合。9回表、無死走者無しの場面において、アラ監督は4番のマールに、敢えてセーフティバントを命じた。スメラギ連合チームはこのバントを全く予期しておらず、マールは三塁への内野安打で出塁に成功、これが9回表の得点に繋がった。

・・・・・・(アラ監督への賛辞が延々と続くだけなので中略)・・・・・・

 たとえ練習試合でも決して手は抜かない。そんなアラ監督の執念と気迫を感じさせる試合だった。』


「・・・・・・きよたん、それだけ?」
「うん。具体的な試合の結果には全く言及無し。書いてあるのは、今読み上げたとおり、アラ監督すごいっていう感じの賛辞がほとんど。この続きは、『キッシー氏、次期総統選出馬に意欲』って見出しになっているから、明らかに別の記事だ」
「何よその新聞。書いてる人の頭おかしいんじゃないの?」
「キヨタカ様、モエさん。ヨミカイ・ジャイアンツが負けたときのヨミカイ新聞は、いつもそんな感じなんです」
 困惑する僕ともえちゃんに、エイルが解説してくれた。
「そうそう! きよちゃん、ヨミカイ新聞の面白いところは、ヨミカイ・ジャイアンツが負けたときにどうやって誤魔化すかってところで、逆にジャイアンツが勝ったときには、ヨミカイ新聞なんて誰も買わないって感じだよ!」
 フライヤも話に加わってきた。
「フライヤ、誰も買わないっていうのは、さすがに言い過ぎだと思いますけど・・・・・・。でも、ジャイアンツが買ったときのヨミカイ新聞は、ここぞとばかり『さすが常勝球団、球界の盟主の貫禄を見せつけた』などと書き立てるので、面白くない、気持ち悪いなどと言われることが多いそうです。タマキ先生からそのようなお話を聞いています」とエイル。

「エイル、フライヤ、もっとまともな新聞は無いの?」
「あるよ。はい、こっちがまともな新聞」
 僕が尋ねると、フライヤはあっさりそう言って、僕にもう一通の新聞を差し出してきた。こちらの新聞は『トーキョー新聞』というらしい。トーキョー新聞では、一面に野球関係のニュースが大きく取り上げられていたので、早速読み上げる。


『スメラギ連合チーム、ヨミカイ・ジャイアンツに圧勝!

 6月29日、トーキョー・ゴリンピックの初日競技として、社会人野球・スメラギリーグの連合チームと、プロ野球チームヨミカイ・ジャイアンツとの試合が、天正神宮野球場で行われた。
 試合は1回裏、ムラカミ選手の遊飛の際、三塁走者であったスワローズのシオーミ選手が好走塁を見せ本塁に生還し先制。その後3回裏、ジャイアンツ先発のスガーノ投手が二死満塁で代打のカワハタ選手に押し出し四球を与え、その後シオーミ選手が走者一掃の適時三塁打でスガーノ投手をマウンドから引きずり降ろし、その後は一方的な展開となった。試合終盤には、ジャイアンツもマール選手の本塁打などで4点を返すも、最終的にはスメラギ連合チームが、26対4の大差でジャイアンツに圧勝した。
 本試合のMVPは、スメラギ連合チームに大活躍を見せた選手が多く難しい選考となったが、投げては4回表から6回表までの3イニングを無失点に抑え、打っては3安打5打点2本塁打の活躍を見せた、ファイターズのオータニ選手がMVPに選ばれた。
 敗れたジャイアンツは、必勝を期して行った試合前日までの猛練習が逆に仇となり、主砲のカズマ選手を故障で欠くことになったほか、投手陣も総じて登板する前から疲労の色が濃く、攻守共に精彩を欠いた。また、試合前には『面白い試合をご覧に入れますよ』などと意気込んでいたジャイアンツの老将アラ監督も、3回裏にはライオンズのゲンダー選手を申告敬遠し、満塁で『代打の神様』カワハタ選手との勝負を敢えて選択したほか、20点以上の点差を付けられている試合終盤になり、この日本塁打を放っている4番のマール選手にバントを命じるなど、不可解な采配が目立った。
 その他、試合では妊娠中絶報道などで人気を落としたハヤト選手に対し下品なヤジやブーイングが集中するなど、ジャイアンツの不人気ぶりが際立っていた。かつてトーキョー市民たちの人気を集めた常勝球団の面影は、いまやどこにも見られない。』


 こちらの新聞には、他にMVPを受賞したオータニ選手や、スメラギ連合チームを指揮したタカツ監督のコメント、ジャイアンツ再生のためにはもはやアラ監督の辞任しかないなどと主張する、ジャイアンツOBの野球評論家・ヒロオカ氏のコメントなども載っていたが、それらは割愛する。

「こっちはまともな内容ね」
 もえちゃんが、端的に感想を述べた。
「まさしく新聞に書いてあるとおりで、特に付け加えることもないですね」とエイル。
「ねえねえきよちゃん、あれだけ一方的な負け試合を見せておいて、まだアラ監督を名将とか書けるヨミカイの感性って、逆にすごいと思わない?」
「まあ、日本にも似たようなマスコミはいたから、やろうと思えば意外と簡単に書けるんじゃない?」
 フライヤの質問を、僕は適当にあしらった。


 一見何のためにあるのか分からないほど不人気なヨミカイ・ジャイアンツだが、一応トーキョー市民たちによるストレスのはけ口という存在意義はあるらしく、その後もしばらくは存続したようである。

(第30話に続く)
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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

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黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

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