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第2章 トーキョー編 目指せ! モンスター・ゼロ!
第28話 期待のウマ娘・シオーミ(!?)
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第28話 期待のウマ娘・シオーミ(!?)
「今日の試合では、ウマ娘のシオーミちゃんもスタメンで出場する予定なんだよ」
「ウマ娘のシオーミ!?」
僕は、フライヤに思わず聞き返してしまった。
「あれ、きよちゃんってシオーミちゃんのこと知らないの?」
「全然知らない。今初めて聞いた」
「じゃあ、フライヤが教えてあげるね。シオーミちゃんは、獣人族の一種・ウマ族の娘で、通称『ウマ娘』って呼ばれてるんだよ。ウマ族は、大きな耳と尻尾が付いている以外、人間と外見はそんなに変わらないけど、足の速さは人類最速って言われてるんだよ」
「まあ、そりゃあウマ族なら足が速いってことは何となく理解出来るけど、そのウマ族の娘がなんで野球の試合に出るの? ウマ族なら、普通に競走とかの競技に出ればいいのに」
「ウマ族は、他の種族に比べて足が速すぎるっていう理由で、徒競走なんかのレースには出場を認められていないんだよ。昔のアマツでは、ウマ族専用のレースもあったらしいんだけど、戦争とかのせいでいまではすっかり廃れちゃって。
そこでシオーミちゃんは、たくさんの人たちが観戦に来る人気スポーツとして、今のアマツでも唯一残っている野球への道を志し、社会人野球チームのトーキョー・スワローズに入団したんだよ。最初のうちは、二軍の試合でしか活躍できなかったんだけど、今年に入ってようやく一軍に昇格し、栄光のセンターの座を掴み取ったんだよ!」
・・・・・・センターの意味が違う。
僕は、内心でそう突っ込みつつも、この世界の野球についても、そのシオーミという女の子についても興味が沸いたので、結局もえちゃん、みなみちゃん、瑞穂とエイルも誘って合計6人で、野球の試合を観戦に行くことになった。
◇◇◇◇◇◇
「ふむ。この世界にもウマ娘がいるとは。実に興味深い」
「何言ってんのよがきんちょ、日本にウマ娘なんていないでしょ!」
「ふっ。もえ姉、『ウマ娘』を知らぬとは、もぐりであるな」
日本の『ウマ娘』を知っているらしい瑞穂と、全く知らないらしいもえちゃんのやり取りが喧嘩腰になりかけたので、とっさに僕が間に入った。
「もえちゃんは、僕たちより半年くらい早くアマツへ来たから知らなくても無理は無いけど、日本でもえちゃんが亡くなった後、日本では『ウマ娘』っていうスマホゲームが大流行して、たぶん瑞穂はそのことを言ってるんだと思うよ」
正確には、たしか『ウマ娘 プリティーダービー』というのが正式タイトルだったと思うが、以下単に『ウマ娘』と略すことにする。
「ああ、ゲームの話ね。それで、『ウマ娘』ってどんなゲームなの?」
「簡単に説明すると、日本の歴代競走馬を擬人化して、『ウマ娘』って呼ばれる女の子にしちゃったゲーム。プレイヤーはウマ娘を育てるトレーナーになって、パワプロのサクセスモードみたいな感じで3年間でウマ娘を育てて、育てたウマ娘はいろんなモードで使ったり、先に育てたウマ娘から想いを継承させて、さらに強いウマ娘を育てたりすることもできる」
「きよたん。何となくイメージは分かったけど、それのどこが面白いのよ?」
「えーとね、まず登場するウマ娘は、スペシャルウィークとかサイレンススズカとか、基本的に実在の有名な競走馬がベースになっていて、ウマ娘ごとのシナリオ、性格や特徴なんかも、元ネタの競走馬をベースにして決められてるんだ。ウマ娘たちが出走するレースも、日本ダービーとか有馬記念とか、日本に実在する競馬のレースとほぼ同じで、実際のレース場がかなり忠実に再現されてる。そして、レースが終わると、出走したウマ娘たちによるウイニングライブってのがあって」
「ウイニングライブ?」
「要するにみんなで歌を歌って踊ったりするんだけど、レースで1着になったウマ娘がセンターになって、曲にもよるけどライブの舞台で歌えるのは大体上位3名くらい。4位以下のウマ娘たちはバックダンサーとして踊るだけ」
「なんか、A○Bみたいな世界ね」
「まあね。レースやウイニングライブの描写もかなり良く出来ていて、ウマ娘たちが歌う曲もかなり名曲が多くて。それで、思わず夢中になってしまう人が続出して、サービス開始早々、2021年を代表する人気ゲームの一つに挙げられるほどになったわけです」
「まあ、ゲームの説明はもういいわ。どうせあたしはプレイできないんだし。それで、日本の『ウマ娘』に、シオーミなんて子がいるの? 全然競走馬っぽくない名前だけど」
「もちろんいないけど、名前の由来には何となく心当たりがある」
「どんなのよ?」
「2021年のプロ野球では、例の疫病の感染対策としてハイタッチが禁止されていたので、東京ヤクルトスワローズでは、その代わりに得点が入るとみんなで『ウマ娘のポーズ』をやっていたわけです。こんな感じで」
僕は、もえちゃんに説明しながら、両手を軽く挙げて僕が知っている『ウマ娘のポーズ』をやってみせた。
「ゲームでは、ウマ娘が勝つとみんなそういうポーズをやるの?」
「いや、レースに勝ったときのポーズはウマ娘ごとに違っていて、僕は結局、どのウマ娘のポーズなのか分からずじまいだったんだけど」
「ふっ。我が眷属よ、それはおそらくゴルシ様の『1着のポーズ』であるな」
日本で引きこもりをしていたせいか、『ウマ娘』に関しては僕より詳しいらしい瑞穂が口を挟んできた。
「瑞穂、ゴルシ様って何? ゴールドシチーか何か?」
「何を言っておるのだ、我が眷属よ! 『ウマ娘』でゴルシ様と言えば、ゴールドシップ様に決まっておろう!」
「ゴールドシップ? そんなウマ娘、いたかなあ・・・・・・?」
「いるよ! 追込の作戦が得意で、レースに勝つとこうやって『1着のポーズ!』って決めポーズやるんだよ!」
興奮の余り、中二病モードで喋ることも忘れた瑞穂が、先ほど僕がやったのと似たようなポーズを決めてみせた。
「ああ、たぶんそれだね。瑞穂は相当やり込んでたみたいだけど、僕は勉強の合間にちょっとプレイしていた程度で、課金もしてなかったから、登場するウマ娘全員を覚えていたわけじゃ無いし、ましてやウマ娘全員を育成するなんて無理だったから」
「ふっ。我が眷属は無課金勢であったか。それでは詳しくなくても無理はあるまい」
そう自慢げに言ってのけた瑞穂であるが、普通は小学生ないし中学1年生の身でスマホゲームに高額課金など出来るはずが無い。もしかして、親の金を勝手に使っていたのか?
「・・・・・・きよたん、ゲームの話はどうでもいいけど、そろそろヤクルトとウマ娘に何の関係があるのか説明してくれない?」
僕と瑞穂が自分のついて行けない話で盛り上がってるのが気に障ったらしく、もえちゃんが若干苛立った様子で、説明の続きを求めてきた。
「ごめん、もえちゃん。話を戻すけど、ヤクルトには塩見っていう選手がいてね」
「そんな選手いたっけ? あたし阪神ファンだから、ヤクルトの選手にはあまり詳しくないのよね」
「それなら若干詳しく説明するけど、塩見は社会人野球から入団してきた外野手で、とても足が速くて長打も打てるのが特徴。当然、一軍レギュラーでの活躍が期待されていたんだけど、2020年までは二軍でいい結果を残しながらも、一軍ではなかなか結果を出せず、高津監督からは『ミスターイースタン』なんてあだ名を付けられていたんだ。また、塩見選手は顔の形が縦長で馬に似てるって言われることが多くて、一部の野球ファンからは『ニグンノテイオー』なんて呼ばれたりしていたんだ」
「・・・・・・なんとなく、話が見えてきたような気がするわ」
「それで、2021年になると、塩見選手はようやく一軍に定着し、1番センターで起用されることが多くなったんだけど、その塩見選手の顔が馬に似てるってことで、ちょうど流行していたウマ娘のポーズがチーム内で流行るようになって」
「つまりきよたんの説は、顔が馬に似てるヤクルトのシオミが、この世界ではウマ娘のシオーミになったじゃないかっていうわけね。・・・・・・まあ、もともとこのアマツって、どこかで聞いたような名前の人やら魔王やらがよく出てくる異世界だし、十分あり得るわね」
「そう。意味は違うけど1番でセンターだし、足も速いし」
「ねえ、きよちゃんたち、さっきから何の話をしてるの? フライヤにも分かるように説明してよ!」
僕ともえちゃんが話していると、フライヤが話に割り込んできた。
「ああ、詳しく話すと長くなっちゃうけど、要するに日本にもシオミっていう足の速い野球選手がいるねって話をしてたんだよ」
「そうなんだ! でも、他にも日本にもウマ娘がいるって話もしてなかった?」
「ふっ。そこのおっぱいおばけよ、日の本のウマ娘について詳しく知りたければ、この無限なる叡智の持ち主、魔眼の女王バロール様がとくと語って進ぜよう」
瑞穂が口を挟んできた。というか瑞穂、『おっぱいおばけ』って何だ。
「瑞穂ちゃん、フライヤは胸が大きいねってよく言われるけど、おっぱいおばけなんて呼ばれたのは初めてだよ。失礼しちゃうな~」
「・・・・・・我が真名を気安く呼ぶでない。我のことはバロール様と呼べ」
「わかったよ。じゃあバロールちゃん、日本のウマ娘のこと教えて」
「バ、バロールちゃん・・・・・・」
フライヤの『バロールちゃん』という返しは実に絶妙で、僕は思わず吹き出してしまった。
今の瑞穂は、えっちに関してだけは僕と大人の階段を昇っているけど、身長や顔立ちは相変わらずの小学5年生レベル、服装も格好良く決めようとした邪気眼系中二病スタイルのドレスが、かえって子供っぽさを醸し出している。そんな瑞穂には、確かに『バロール様』より『バロールちゃん』の方が合っている。
当の瑞穂は、フライヤの『バロールちゃん』呼ばわりに何か言い返したい様子だったが、僕だけで無くその場にいた全員が同じ感想を抱いたらしく、もえちゃんは『バロールちゃん、たしかにそんな感じよね!』ってゲラゲラ笑ってるし、みなみちゃんとエイルも苦笑いしている。
かくして孤立無援となった瑞穂は、仕方なく反論を諦めて日本の『ウマ娘』について説明を始めたのだが、『バロールちゃん』呼ばわりに動揺した瑞穂の説明はしどろもどろで、特に『ウマ娘』がゲーム上の存在だという説明をほとんどしていないので、あれではウマ娘が実在していると誤解されてしまいそうだ。
もっとも、僕も現代日本の文明をほとんど知らないフライヤに『スマホゲーム』がどういうものかを適切に説明できる自信は無いし、瑞穂の不適切な説明に突っ込むのも面倒なので放置することにし、その代わりに僕は、さっきから所在なげにオロオロしているみなみちゃんに声を掛けた。
「みなみちゃん、大丈夫?」
「すみません、私は全然話について行けないです・・・・・・。野球のことはほとんど分かりませんし、最後の年は病状が悪化してゲームどころではなかったので、『ウマ娘』ってゲームのこともよく分からないです」
「みなみちゃん、今のは単なる雑談だから、分からなくても気にすることないよ。それにしても瑞穂、ひょっとしてフライヤのこと嫌いなのかな? 突然『おっぱいおばけ』なんて言い出して」
「瑞穂ちゃんだけじゃありません。そう言いたいのは私だって同じです」
「なんで?」
「だって、ベルトみたいな服で乳首だけ申し訳程度に隠して、私や瑞穂ちゃんなんかとても敵わない豊満なおっぱいを、堂々と見せびらかしながら歩いているんですよ! しかも、さっきまで『ひーりんぐ・えっち』と称して、あの豊満なおっぱいできよたかさんを誑かしてきたんですよね!? これはもう、おっぱいという名の武力行使です! 武力による現状変更は認められません!」
「みなみちゃん、落ち着いて! 言ってることがほとんど意味不明になっちゃってるよ!」
ちなみに、ドンキで注文したドレスで着飾っているみなみちゃんや瑞穂とは対照的に、エイルとフライヤの服装は、胸と腰に布を巻いているだけのシンプルなもの。もっとも、胸の小さいエイルはともかく、フライヤの胸巻きは乳首を隠しているだけで、胸元などは丸見え状態。僕にとっては目に悪い光景である。
「・・・・・・私と違って、フライヤさんは胸も大きいし会話も弾むし、そのうち私なんかきよたかさんにも忘れ去られて、一介のモブキャラに落とされて名前ですら呼んでもらえなくなって・・・・・・」
「みなみちゃん、考えすぎだよ! 僕が同じパーティーの仲間で、お嫁さん第一候補のみなみちゃんを忘れるなんてあり得ないし、そもそも僕は巨乳好きじゃ無いから!」
「えーと、すみません、キヨタカ様?」
「何? エイル」
「そろそろ、目的地に着きますよ」
エイルの指摘で、何だか痴話喧嘩めいてきた雑談はようやくお開きとなった。
◇◇◇◇◇◇
天正神宮野球場。
天正神宮は、トーキョー・シティーの中心部にある、オダ朝の実質的な開祖であるノブナガ公を祀った神社であり、今でもトーキョー市民の崇拝を集めている。そして、天正神宮には野球場が併設されており、ここで行われる野球の試合は、ノブナガ公と野球好きらしい女神アテナイスさんに奉納するという名目で行われる。
そして、今のトーキョー・シティーには、多数の観客を入れられる各種設備の整った野球場がここしかないので、ゴリンピック1日目の種目、野球もこの天正神宮で行われることになったらしい。そのようにエイルが説明してくれた。
最大で約2万人の観客を収容できるという野球場は、さすがに満員とまでは行かないが、それなりに観客が入っていた。
「見て、きよちゃん! あの子がシオーミちゃんだよ!」
フライヤの指さす先を見ると、試合前の練習をしている男性の選手たちに混じって、1人だけ可愛らしいドレスを着ている女の子がいた。馬のような尻尾が付いていて、練習の合間に時々愛想良く手を振ったりしている姿には、何となく既視感があった。
「結構可愛い娘だね」
「でしょう? シオーミちゃんは、女性の野球選手で初めて一軍昇格を果たした子として注目されているんだけど、その可愛さから男女問わず人気なんだよ!」
「・・・・・・ときに我が眷属よ。日本で推しのウマ娘は誰であった?」
話を聞いていた瑞穂が、僕にそんなことを尋ねてきた。
「スペシャルウィークだけど」
「やはりな。だが、奴はハズレだぞ。初心者向けのチケットで選べるウマ娘のうち、ろくに攻略情報を調べもせず、ただ見た目がメインヒロインっぽいからという理由でスペシャルウィークを選んだ者は、大抵酷い目に遭っておる」
「瑞穂、ハズレとは何だ! 確かにスペシャルウィークは、育成目標に『天皇賞(春)』とか難しいレースが入っていて、最初のうちは育てるの難しい娘だったけど、他の娘を育てたりしてある程度サポカが充実してこれば、ちゃんと育てられるようになるんだから!固有スキルの『シューティングスター』も結構発動率高いし、スペちゃんは決してハズレなんかじゃないぞ!」
「我が眷属よ、図星を突かれてムキになっておるな。我こと無限なる叡智の持ち主、大賢者バロール様の目にはしかとお見通しであるぞ」
・・・・・・瑞穂の奴、『ウマ娘』に関しては僕より詳しいと思って調子に乗っているようだ。
「そういう瑞穂は、『ウマ娘』では誰推しだったの?」
「ふっ。よくぞ聞いてくれた。我が眷属よ。我、大賢者バロール様の推しはズバリ、『世紀末覇王』の二つ名を持つテイエムオペラオー!」
「ふうん。じゃあ、そのテイエムオペラオーが、どうして『世紀末覇王』って呼ばれるようになったかは、当然知っているよね?」
「え、ええと、そ、それはであるな・・・・・・」
瑞穂が急に口ごもった。どうやら知らないらしい。
「どうしたの、瑞穂? 大賢者様なのに、まさか知らないの?」
「べ、別に知らないわけではないが、我の保有するアカシックレコードに、そのような情報は入っておらぬゆえ・・・・・・」
しばらくぶりの投稿になるので大半の人は忘れていると思うけど、中二病を患っている瑞穂は、世界が始まってからのあらゆる情報が記録されているという『アカシックレコード』なるものを保有し、それにアクセスできると主張している。その『アカシックレコード』という概念自体も瑞穂の独創では無く、スピリチュアルの世界やオカルトの用語としてよく使われる類のものに過ぎない。
「じゃあ教えてあげるけど、テイエムオペラオーの元ネタになった同名の競走馬は、ちょうど20世紀最後の年にあたる西暦2000年に8戦8勝、しかも当時シニアの5大レースと呼ばれた春と秋の天皇賞、ジャパンカップ、宝塚記念、有馬記念をすべて制覇するという偉業を成し遂げたからなんだよ」
「そ、そうであったか・・・・・・。いや、そのくらい別に、知らなかったわけでは無いぞ! ただ、ちょっと忘れていたというか・・・・・・、いや、アカシックレコードがちょっと接続不良で、情報を取り出せなかっただけであるからな」
「ねえきよたん、あんたとがきんちょにしか分からない話はそのくらいにして、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ここで、もえちゃんが会話に割り込んできた。
「何? もえちゃん」
「きよたんの推しっていうスペちゃんって、どういうウマ娘なの?」
その口調と表情に、何となく咎めるような雰囲気を感じた僕は、適当に誤魔化すことにした。
「どういうウマ娘って言ってもねえ・・・・・・。スペシャルウィークは、僕たちが生まれる前、1998年から1999年頃にかけて活躍したオスの競走馬だよ。主な勝ち鞍は、日本ダービーと天皇賞春秋連覇、それとジャパンカップ」
「元ネタの話じゃないわよ! その『ウマ娘』ってゲームでは、登場する競走馬が擬人化されて女の子の格好になってるんでしょ? それで、きよたんの推すスペシャルウィークは、どういう女の子になってたのよ?」
「どういう女の子と言われても・・・・・・」
「ふむ、イメージとしてはそこにいる、シオーミとかいうウマ娘によく似ておるぞ」
僕より早く、瑞穂がそう答えた。二次元と三次元の違いはあるが、確かに服装や顔立ちなど、シオーミちゃんのイメージに一番近いゲーム上の『ウマ娘』が誰かと聞かれたら、間違いなくスペシャルウィークだろう。
「ふーん、ああいう娘ねえ・・・・・・」
「きよたかさん、ああいう娘が好きなんですね・・・・・・」
もえちゃんとみなみちゃんが口々に感想を漏らし、僕は思わず気まずい気分になったが、それでも直後に飛び出したフライヤの爆弾発言に比べれば、まだマシだった。
「うーん、まだいろいろ良くわかんないこともあるけど、要するにきよちゃんは、シオーミちゃんが日本でファンだったスペちゃんってウマ娘によく似ているから、シオーミちゃんとおまんこしたいんだね!」
「フライヤ、どうしてそういう結論になるの!? そんなこと、僕一言も言ってないんだけど!?」
「きよちゃん、そのくらい口に出さなくても分かるよ~」
「・・・・・・きよたかさん、そのくらい私にも分かります。だって、きよたかさんがシオーミさんを見たとき、思わず『可愛い』って口にして、しかもそれだけじゃなく、その・・・・・・、名槍清隆丸さんがビクンって反応されてましたから」
みなみちゃんの指摘に、僕は思わずたじろいだ。
「えっと、僕・・・・・・、そんな風になってた?」
僕の問いに、その場にいた全員が頷いた。
「えっと、キヨタカ様・・・・・・。今は難しいかも知れませんが、キヨタカ様が冒険者としてもっと有名になれば、シオーミさんの方から頼んでくるかも知れませんよ。ウマ族の女性は、昔から心身共に優れた男性の種を貰うことには貪欲で、特に優れた男性冒険者の種は、種付料を支払ってでも欲しがると言われていますから」
フォローのつもりか、エイルが突然そんな説明を始めた。
「ウマ族って、ウマ族同士で交尾して子供を作るんじゃ無いの?」
「そうとは限らないですよ。ウマ族と人間の混血は結構多くて、あのシオーミさんも、父親はシオミさんという日本人の冒険者で、七年戦争で戦死したお父さんを偲ぶために、シオーミと名付けられたそうです。それに、ウマ族同士で結婚しようにも、ウマ族の男性は人間と違って春の繁殖期にしか交尾しない習性がある上に、七年戦争でほとんどが戦死してしまったそうですから」
「はあ、そうなんだ・・・・・・」
エイルの説明に、僕は相槌を打つくらいのことしか出来なかった。
まだ詳しく説明していなかったけど、このアマツ世界では約20年前に、トーキョー・シティーと政治的に対立するオオサカ・シティーとの間で、長期間にわたる大規模な戦争が行われ、双方共に多くの犠牲者を出している。
開戦から停戦まで約7年間を要したことから、この戦争は『七年戦争』と呼ばれるのが通例となっており、この七年戦争でアマツの人類が多くの有力冒険者を失い戦力を低下させたことが、魔王の復活と魔軍襲来の遠因になった可能性を指摘する声は少なくない。
しかし、一瞬シリアスになりかけた雰囲気を、フライヤの一言がぶち壊しにした。
「じゃあ、きよちゃん。フライヤが今度シオーミちゃんに会ったら、『きよちゃんがシオーミちゃんとおまんこしたいって言ってたよ』って伝えてあげるからね」
「そんなこと言ってないし、伝えなくていい! というか、間違ってもそんなこと伝えないで!」
ちなみに、僕がシオーミちゃんの姿を見て勃ってしまったのは、確かにシオーミちゃんが可愛かったという原因もあるが、シオーミちゃんの服がミニスカートだったという原因もある。しかも、アマツの女性はスカートの下にパンツを穿かないので、あんな格好で野球の試合に出場したら、走塁やら守備やらいろんな場面で大事なところが見えてしまう。そんな光景を想像したら、僕ならずとも大半の男性は勃起してしまうだろう。
しかし、アマツの女性たちが大事なところを見られても気にしないということは僕もよく知っており、事故による女性のマンチラを目撃したことや、僕の気を引こうとしたらしい女性の訓練生などからわざとマンチラを見せられ、そのせいで僕の下半身が緊急事態に陥ってしまったことも一度や二度ではない。
よく見れば入場している観客もほとんどが女性だし、試合中にシオーミちゃんの大事なところが見えてしまうかどうかは、おそらく大した問題ではないのだから、その問題に突っ込んだらむしろ僕の負けになりそうだ。
ただ、大半の観客はそれで良いとしても、シオーミちゃん以外の出場選手は全員が男性みたいだから、試合中にシオーミちゃんのあられもない姿を見てしまったら、試合どころでは無くなりそうな気がする。
◇◇◇◇◇◇
「フライヤ、むっつりスケベのきよたんをいじるのはそのくらいにして、今日の試合はどことどこが対戦するのよ? というかあたし、そもそもアマツにどんな野球チームがあるのか、よく知らないんだけど」
「もえちゃん。今日の試合はね、アマツで唯一残っているプロ野球チームのヨミカイ・ジャイアンツと、社会人野球連合チームとの勝負だよ!」
「唯一のプロ野球チーム?」
「もえさん。フライヤは、歴史の話をするのはちょっと苦手ですから、私の方から説明しますね。アマツがもっと繁栄していた昔の時代には、プロ野球の球団も複数あったのですが、プロ野球人気の低迷と共に数が減っていき、七年戦争の影響でケイハンシン・タイガースとの試合が無くなってからは、アマツに残っているプロ野球チームは、実質的にヨミカイ・ジャイアンツだけになってしまったんです」
「エイル。実質1チームしかなくて、どうやって試合やるのよ?」
「1チームしかない以上、プロ野球チーム同士の公式戦は出来ませんから、ヨミカイ・ジャイアンツの所属しているアマツ・リーグでは常に1位。故にヨミカイ・ジャイアンツは『常勝球団』『球界の盟主』などと自称しているんです」
「「ださっ!!」」
エイルの説明を聞いて、僕ともえちゃんが一斉に突っ込んだ。
「もっとも、選手全員が球団専属で雇われているプロ野球チームはヨミカイ・ジャイアンツだけになってしまいましたが、その代わりに冒険者など他の仕事を持っている選手たちで構成される社会人チームがいくつか出来て、現在ではプロのアマツ・リーグより、社会人チームのスメラギ・リーグの方が人気なんです。ヨミカイ・ジャイアンツがそれらの社会人チームと対戦することもあるんですが、もし負けたら常勝球団の名に傷が付いてしまうので、プロ野球チーム以外との対戦はすべて非公式の『練習試合』という体裁を取っているんです」
「・・・・・・それで、その『練習試合』で、ヨミカイ・ジャイアンツってどのくらい負けてるのよ?」
もえちゃんの質問に、今度はフライヤが答えた。
「うーん、結構負けてるよ。たしか今年の通算成績は、2年連続の負け越しだったかな」
「ださっ! そんなんで『常勝球団』とか『球界の盟主』なんて名乗ってるの!? まるで日本の」
「もえちゃん、それ以上言っちゃ駄目だ! 色々と問題になりかねないから!」
僕は、慌ててもえちゃんの口を押さえて制止した。
「何するのよ、きよたん。これ以上説明しなくたって、何をあてこすっているかは、分かる人には分かるんじゃない?」
「もえちゃん。あの球団は検閲が厳しいから、あまり名指しするのはまずい。あくまで『分かる人には分かる』程度に留めておいた方がいいんだよ。そういう大人の事情があるみたいだから」
「・・・・・・よく分からないけど、きよたんがそう言うならこのくらいにしておくわ。それで、社会人のスメラギ・リーグにはどんなチームがあるのよ?」
「えっとね、このトーキョー・シティーを本拠地にしているトーキョー・スワローズと、同じくトーキョーを本拠地にしているホッカイドウ・ファイターズ、チバ・シティーを本拠地にしているチバ・マリーンズ、サイタマ・シティーを本拠地にしているサイタマ・ライオンズの4チームがあるよ」
「・・・・・・どれもどこかで聞いたような名前だけど、トーキョー・シティーを本拠地にしているのに、どうして名前がホッカイドウ・ファイターズなわけ?」
「えっと、それはね・・・・・・」
「一旦は、本拠地をトウキョー・シティーからホッカイドウのサッポロ・シティーに移したのですが、モンスターの増加による治安悪化で他チームとの対戦が難しくなり、寒いホッカイドウの気候も野球に適さないという理由で、トーキョーに疎開してきたんです。それで、ホッカイドウ・ファイターズという名前だけ残っているんです」
言い淀むフライヤの代わりに、エイルが説明してくれた。野球の歴史などについては、どうやらフライヤよりエイルの方が詳しいらしい。
「フライヤの説明に若干補足すると、スメラギ・リーグには本来7チームが所属しているんです。他にナゴヤ・ドラゴンズとトウホク・イーグルス、ヨコハマ・ベイスターズという社会人チームがあるのですが、本拠地が遠方にあるナゴヤ・ドラゴンズとトウホク・イーグルスとはかなり前から、ヨコハマ・ベイスターズとは昨年から、モンスター被害の増加による治安の悪化で選手の移動が出来なくなり、試合が出来ない状態になっているんです。そのため、今年のスメラギ・リーグはフライヤの言った4チームだけで行われ、今回の連合チームも4チームの選手だけで構成されています」
「まあいいわ。それで、今日の試合の見所は?」
「えっとね、今年のスメラギ・リーグはトーキョー・スワローズが優勝したから、今回の連合チームもスワローズの選手が中心になってるんだけど、シオーミちゃん以外にはまず4番の『ムラカミサマ』かな」
「ムラカミサマ?」
「日本人の冒険者で、本名はきよちゃんと同じ『ムラカミ』なんだけど、チャンスの場面で特大ホームランを連発する天性の打撃センスから、最近は名前と神様を引っ掛けて『村神様』って呼ばれてるよ! 今日の試合も連合チームの4番に座り、特大ホームランに乞うご期待だよ!」
「へえ、村上選手ってこっちの世界にもいるんだ」
「え? きよちゃん、日本にもいるの?」
「いる。しかも同じく、スワローズの4番打者で『村神様』って呼ばれてる」
「そうなんだ~! ちなみに、きよちゃんのことみんな名前の方で呼んでるのは、今のトーキョー・シティーで『ムラカミ』って言うとみんな村神様のことだと思っちゃって紛らわしいからだよ! でも、きよちゃんも凄い冒険者だし、ひょっとして、ムラカミっていう日本人は凄い人ばかりなのかな?」
「・・・・・・いや、それは単なる偶然だと思う」
僕は、とりあえず控えめにそう答えておいた。
「そうなんだ。お次は、今日の試合で2番を打つ予定になっている、ホッカイドウ・ファイターズのオータニさんだよ! 今年は、投手と野手の二刀流で大活躍して、投手ながらスメラギ・リーグでは村神様と最後までホームラン王の座を争ったんだよ! 今日の試合は、ムラカミサマとオータニさんの夢の共演、そしてオータニさんの二刀流が見られるかもおおきな見所だよ」
「・・・・・・たぶん、メジャーに行った大谷さんがモデルになってるんだね」
「きよたん、何言ってるのよ。いくら頑張ったところで、ピッチャーがホームラン王争いに加われるはずないでしょ。あたしを馬鹿にしてるの?」
「ああ、もえちゃんは僕たちより半年くらい早くに亡くなったから、大谷選手のこと知らないんだ」
「いや、大谷のことは知ってるけど、あの人メジャー行ってからそんなに活躍してないでしょ?」
「事情が大きく変わったんだよ。確かに、2020年までの大谷選手は、故障もあってそこまで目立った成績は残せていなかったけど、僕たちが死んだ年(作者註:2021年)の大谷選手は大覚醒して、投手として先発登板しながら、登板しない日も主に指名打者としてほぼ全試合に出場し、アメリカのメジャーリーグで本当にホームラン王争いをするほどの大活躍を見せていたんだ。僕はシーズン終了まで見届けられなかったから、本当にホームラン王を取れたかどうかまでは知らないけど、たしか8月中旬時点で40号に到達していたはず」
「投手と野手の二刀流で、メジャーでホームラン40本!? そんな展開、漫画やアニメでも現実離れし過ぎててあり得ないわよ!」
「そう言われても、実際に打ってたんだからしょうがない。『事実は小説より奇なり』ってこういうことだね」
「みなみちゃん、がきんちょ、きよたんの言ってること本当?」
「もえさん、私は野球のこと詳しくありませんけど、たしかに大谷選手がすごい活躍しているっていう話はテレビでも観ました」
「ふっ。我も、大谷40号のニュースは確かにネットで読んだぞ。彼の者は、もはや日本のスーパースターと化していた」
「・・・・・・どうやら本当みたいね。きよたん、疑って悪かったわ」
「いいよ、もえちゃん。確かに、あの年の大谷選手を知らない人には、説明してもなかなか信じてもらえない話だからさ。ところでフライヤ、対するヨミカイ・ジャイアンツの方は注目選手いないの?」
「特にいないっていうか、ヨミカイの方は大体いつものメンバーって感じだよ。ただ、今回の試合に向けて練習を頑張り過ぎて、全体的に調子は良く無さそう。特に4番のカズマが、アラ監督直々の打撃指導で腰を痛めて欠場、今日の試合はマールが代役で4番を打つんだって。先発のピッチャーは、エースのスガーノが有力視されてるよ」
「・・・・・・もえちゃん、ヨミカイ・ジャイアンツの選手や監督に関しては、日本のあのチームの常識がほぼ通用すると思って間違いなさそうだね」
「そうね。いちいち説明聞くまでも無さそうって感じだわ」
試合開始まであと1時間ほどあるということなので、僕たちは席を確保した後、エイルやフライヤと雑談などをしながら試合開始までの時間を過ごした。
(第29話に続く)
「今日の試合では、ウマ娘のシオーミちゃんもスタメンで出場する予定なんだよ」
「ウマ娘のシオーミ!?」
僕は、フライヤに思わず聞き返してしまった。
「あれ、きよちゃんってシオーミちゃんのこと知らないの?」
「全然知らない。今初めて聞いた」
「じゃあ、フライヤが教えてあげるね。シオーミちゃんは、獣人族の一種・ウマ族の娘で、通称『ウマ娘』って呼ばれてるんだよ。ウマ族は、大きな耳と尻尾が付いている以外、人間と外見はそんなに変わらないけど、足の速さは人類最速って言われてるんだよ」
「まあ、そりゃあウマ族なら足が速いってことは何となく理解出来るけど、そのウマ族の娘がなんで野球の試合に出るの? ウマ族なら、普通に競走とかの競技に出ればいいのに」
「ウマ族は、他の種族に比べて足が速すぎるっていう理由で、徒競走なんかのレースには出場を認められていないんだよ。昔のアマツでは、ウマ族専用のレースもあったらしいんだけど、戦争とかのせいでいまではすっかり廃れちゃって。
そこでシオーミちゃんは、たくさんの人たちが観戦に来る人気スポーツとして、今のアマツでも唯一残っている野球への道を志し、社会人野球チームのトーキョー・スワローズに入団したんだよ。最初のうちは、二軍の試合でしか活躍できなかったんだけど、今年に入ってようやく一軍に昇格し、栄光のセンターの座を掴み取ったんだよ!」
・・・・・・センターの意味が違う。
僕は、内心でそう突っ込みつつも、この世界の野球についても、そのシオーミという女の子についても興味が沸いたので、結局もえちゃん、みなみちゃん、瑞穂とエイルも誘って合計6人で、野球の試合を観戦に行くことになった。
◇◇◇◇◇◇
「ふむ。この世界にもウマ娘がいるとは。実に興味深い」
「何言ってんのよがきんちょ、日本にウマ娘なんていないでしょ!」
「ふっ。もえ姉、『ウマ娘』を知らぬとは、もぐりであるな」
日本の『ウマ娘』を知っているらしい瑞穂と、全く知らないらしいもえちゃんのやり取りが喧嘩腰になりかけたので、とっさに僕が間に入った。
「もえちゃんは、僕たちより半年くらい早くアマツへ来たから知らなくても無理は無いけど、日本でもえちゃんが亡くなった後、日本では『ウマ娘』っていうスマホゲームが大流行して、たぶん瑞穂はそのことを言ってるんだと思うよ」
正確には、たしか『ウマ娘 プリティーダービー』というのが正式タイトルだったと思うが、以下単に『ウマ娘』と略すことにする。
「ああ、ゲームの話ね。それで、『ウマ娘』ってどんなゲームなの?」
「簡単に説明すると、日本の歴代競走馬を擬人化して、『ウマ娘』って呼ばれる女の子にしちゃったゲーム。プレイヤーはウマ娘を育てるトレーナーになって、パワプロのサクセスモードみたいな感じで3年間でウマ娘を育てて、育てたウマ娘はいろんなモードで使ったり、先に育てたウマ娘から想いを継承させて、さらに強いウマ娘を育てたりすることもできる」
「きよたん。何となくイメージは分かったけど、それのどこが面白いのよ?」
「えーとね、まず登場するウマ娘は、スペシャルウィークとかサイレンススズカとか、基本的に実在の有名な競走馬がベースになっていて、ウマ娘ごとのシナリオ、性格や特徴なんかも、元ネタの競走馬をベースにして決められてるんだ。ウマ娘たちが出走するレースも、日本ダービーとか有馬記念とか、日本に実在する競馬のレースとほぼ同じで、実際のレース場がかなり忠実に再現されてる。そして、レースが終わると、出走したウマ娘たちによるウイニングライブってのがあって」
「ウイニングライブ?」
「要するにみんなで歌を歌って踊ったりするんだけど、レースで1着になったウマ娘がセンターになって、曲にもよるけどライブの舞台で歌えるのは大体上位3名くらい。4位以下のウマ娘たちはバックダンサーとして踊るだけ」
「なんか、A○Bみたいな世界ね」
「まあね。レースやウイニングライブの描写もかなり良く出来ていて、ウマ娘たちが歌う曲もかなり名曲が多くて。それで、思わず夢中になってしまう人が続出して、サービス開始早々、2021年を代表する人気ゲームの一つに挙げられるほどになったわけです」
「まあ、ゲームの説明はもういいわ。どうせあたしはプレイできないんだし。それで、日本の『ウマ娘』に、シオーミなんて子がいるの? 全然競走馬っぽくない名前だけど」
「もちろんいないけど、名前の由来には何となく心当たりがある」
「どんなのよ?」
「2021年のプロ野球では、例の疫病の感染対策としてハイタッチが禁止されていたので、東京ヤクルトスワローズでは、その代わりに得点が入るとみんなで『ウマ娘のポーズ』をやっていたわけです。こんな感じで」
僕は、もえちゃんに説明しながら、両手を軽く挙げて僕が知っている『ウマ娘のポーズ』をやってみせた。
「ゲームでは、ウマ娘が勝つとみんなそういうポーズをやるの?」
「いや、レースに勝ったときのポーズはウマ娘ごとに違っていて、僕は結局、どのウマ娘のポーズなのか分からずじまいだったんだけど」
「ふっ。我が眷属よ、それはおそらくゴルシ様の『1着のポーズ』であるな」
日本で引きこもりをしていたせいか、『ウマ娘』に関しては僕より詳しいらしい瑞穂が口を挟んできた。
「瑞穂、ゴルシ様って何? ゴールドシチーか何か?」
「何を言っておるのだ、我が眷属よ! 『ウマ娘』でゴルシ様と言えば、ゴールドシップ様に決まっておろう!」
「ゴールドシップ? そんなウマ娘、いたかなあ・・・・・・?」
「いるよ! 追込の作戦が得意で、レースに勝つとこうやって『1着のポーズ!』って決めポーズやるんだよ!」
興奮の余り、中二病モードで喋ることも忘れた瑞穂が、先ほど僕がやったのと似たようなポーズを決めてみせた。
「ああ、たぶんそれだね。瑞穂は相当やり込んでたみたいだけど、僕は勉強の合間にちょっとプレイしていた程度で、課金もしてなかったから、登場するウマ娘全員を覚えていたわけじゃ無いし、ましてやウマ娘全員を育成するなんて無理だったから」
「ふっ。我が眷属は無課金勢であったか。それでは詳しくなくても無理はあるまい」
そう自慢げに言ってのけた瑞穂であるが、普通は小学生ないし中学1年生の身でスマホゲームに高額課金など出来るはずが無い。もしかして、親の金を勝手に使っていたのか?
「・・・・・・きよたん、ゲームの話はどうでもいいけど、そろそろヤクルトとウマ娘に何の関係があるのか説明してくれない?」
僕と瑞穂が自分のついて行けない話で盛り上がってるのが気に障ったらしく、もえちゃんが若干苛立った様子で、説明の続きを求めてきた。
「ごめん、もえちゃん。話を戻すけど、ヤクルトには塩見っていう選手がいてね」
「そんな選手いたっけ? あたし阪神ファンだから、ヤクルトの選手にはあまり詳しくないのよね」
「それなら若干詳しく説明するけど、塩見は社会人野球から入団してきた外野手で、とても足が速くて長打も打てるのが特徴。当然、一軍レギュラーでの活躍が期待されていたんだけど、2020年までは二軍でいい結果を残しながらも、一軍ではなかなか結果を出せず、高津監督からは『ミスターイースタン』なんてあだ名を付けられていたんだ。また、塩見選手は顔の形が縦長で馬に似てるって言われることが多くて、一部の野球ファンからは『ニグンノテイオー』なんて呼ばれたりしていたんだ」
「・・・・・・なんとなく、話が見えてきたような気がするわ」
「それで、2021年になると、塩見選手はようやく一軍に定着し、1番センターで起用されることが多くなったんだけど、その塩見選手の顔が馬に似てるってことで、ちょうど流行していたウマ娘のポーズがチーム内で流行るようになって」
「つまりきよたんの説は、顔が馬に似てるヤクルトのシオミが、この世界ではウマ娘のシオーミになったじゃないかっていうわけね。・・・・・・まあ、もともとこのアマツって、どこかで聞いたような名前の人やら魔王やらがよく出てくる異世界だし、十分あり得るわね」
「そう。意味は違うけど1番でセンターだし、足も速いし」
「ねえ、きよちゃんたち、さっきから何の話をしてるの? フライヤにも分かるように説明してよ!」
僕ともえちゃんが話していると、フライヤが話に割り込んできた。
「ああ、詳しく話すと長くなっちゃうけど、要するに日本にもシオミっていう足の速い野球選手がいるねって話をしてたんだよ」
「そうなんだ! でも、他にも日本にもウマ娘がいるって話もしてなかった?」
「ふっ。そこのおっぱいおばけよ、日の本のウマ娘について詳しく知りたければ、この無限なる叡智の持ち主、魔眼の女王バロール様がとくと語って進ぜよう」
瑞穂が口を挟んできた。というか瑞穂、『おっぱいおばけ』って何だ。
「瑞穂ちゃん、フライヤは胸が大きいねってよく言われるけど、おっぱいおばけなんて呼ばれたのは初めてだよ。失礼しちゃうな~」
「・・・・・・我が真名を気安く呼ぶでない。我のことはバロール様と呼べ」
「わかったよ。じゃあバロールちゃん、日本のウマ娘のこと教えて」
「バ、バロールちゃん・・・・・・」
フライヤの『バロールちゃん』という返しは実に絶妙で、僕は思わず吹き出してしまった。
今の瑞穂は、えっちに関してだけは僕と大人の階段を昇っているけど、身長や顔立ちは相変わらずの小学5年生レベル、服装も格好良く決めようとした邪気眼系中二病スタイルのドレスが、かえって子供っぽさを醸し出している。そんな瑞穂には、確かに『バロール様』より『バロールちゃん』の方が合っている。
当の瑞穂は、フライヤの『バロールちゃん』呼ばわりに何か言い返したい様子だったが、僕だけで無くその場にいた全員が同じ感想を抱いたらしく、もえちゃんは『バロールちゃん、たしかにそんな感じよね!』ってゲラゲラ笑ってるし、みなみちゃんとエイルも苦笑いしている。
かくして孤立無援となった瑞穂は、仕方なく反論を諦めて日本の『ウマ娘』について説明を始めたのだが、『バロールちゃん』呼ばわりに動揺した瑞穂の説明はしどろもどろで、特に『ウマ娘』がゲーム上の存在だという説明をほとんどしていないので、あれではウマ娘が実在していると誤解されてしまいそうだ。
もっとも、僕も現代日本の文明をほとんど知らないフライヤに『スマホゲーム』がどういうものかを適切に説明できる自信は無いし、瑞穂の不適切な説明に突っ込むのも面倒なので放置することにし、その代わりに僕は、さっきから所在なげにオロオロしているみなみちゃんに声を掛けた。
「みなみちゃん、大丈夫?」
「すみません、私は全然話について行けないです・・・・・・。野球のことはほとんど分かりませんし、最後の年は病状が悪化してゲームどころではなかったので、『ウマ娘』ってゲームのこともよく分からないです」
「みなみちゃん、今のは単なる雑談だから、分からなくても気にすることないよ。それにしても瑞穂、ひょっとしてフライヤのこと嫌いなのかな? 突然『おっぱいおばけ』なんて言い出して」
「瑞穂ちゃんだけじゃありません。そう言いたいのは私だって同じです」
「なんで?」
「だって、ベルトみたいな服で乳首だけ申し訳程度に隠して、私や瑞穂ちゃんなんかとても敵わない豊満なおっぱいを、堂々と見せびらかしながら歩いているんですよ! しかも、さっきまで『ひーりんぐ・えっち』と称して、あの豊満なおっぱいできよたかさんを誑かしてきたんですよね!? これはもう、おっぱいという名の武力行使です! 武力による現状変更は認められません!」
「みなみちゃん、落ち着いて! 言ってることがほとんど意味不明になっちゃってるよ!」
ちなみに、ドンキで注文したドレスで着飾っているみなみちゃんや瑞穂とは対照的に、エイルとフライヤの服装は、胸と腰に布を巻いているだけのシンプルなもの。もっとも、胸の小さいエイルはともかく、フライヤの胸巻きは乳首を隠しているだけで、胸元などは丸見え状態。僕にとっては目に悪い光景である。
「・・・・・・私と違って、フライヤさんは胸も大きいし会話も弾むし、そのうち私なんかきよたかさんにも忘れ去られて、一介のモブキャラに落とされて名前ですら呼んでもらえなくなって・・・・・・」
「みなみちゃん、考えすぎだよ! 僕が同じパーティーの仲間で、お嫁さん第一候補のみなみちゃんを忘れるなんてあり得ないし、そもそも僕は巨乳好きじゃ無いから!」
「えーと、すみません、キヨタカ様?」
「何? エイル」
「そろそろ、目的地に着きますよ」
エイルの指摘で、何だか痴話喧嘩めいてきた雑談はようやくお開きとなった。
◇◇◇◇◇◇
天正神宮野球場。
天正神宮は、トーキョー・シティーの中心部にある、オダ朝の実質的な開祖であるノブナガ公を祀った神社であり、今でもトーキョー市民の崇拝を集めている。そして、天正神宮には野球場が併設されており、ここで行われる野球の試合は、ノブナガ公と野球好きらしい女神アテナイスさんに奉納するという名目で行われる。
そして、今のトーキョー・シティーには、多数の観客を入れられる各種設備の整った野球場がここしかないので、ゴリンピック1日目の種目、野球もこの天正神宮で行われることになったらしい。そのようにエイルが説明してくれた。
最大で約2万人の観客を収容できるという野球場は、さすがに満員とまでは行かないが、それなりに観客が入っていた。
「見て、きよちゃん! あの子がシオーミちゃんだよ!」
フライヤの指さす先を見ると、試合前の練習をしている男性の選手たちに混じって、1人だけ可愛らしいドレスを着ている女の子がいた。馬のような尻尾が付いていて、練習の合間に時々愛想良く手を振ったりしている姿には、何となく既視感があった。
「結構可愛い娘だね」
「でしょう? シオーミちゃんは、女性の野球選手で初めて一軍昇格を果たした子として注目されているんだけど、その可愛さから男女問わず人気なんだよ!」
「・・・・・・ときに我が眷属よ。日本で推しのウマ娘は誰であった?」
話を聞いていた瑞穂が、僕にそんなことを尋ねてきた。
「スペシャルウィークだけど」
「やはりな。だが、奴はハズレだぞ。初心者向けのチケットで選べるウマ娘のうち、ろくに攻略情報を調べもせず、ただ見た目がメインヒロインっぽいからという理由でスペシャルウィークを選んだ者は、大抵酷い目に遭っておる」
「瑞穂、ハズレとは何だ! 確かにスペシャルウィークは、育成目標に『天皇賞(春)』とか難しいレースが入っていて、最初のうちは育てるの難しい娘だったけど、他の娘を育てたりしてある程度サポカが充実してこれば、ちゃんと育てられるようになるんだから!固有スキルの『シューティングスター』も結構発動率高いし、スペちゃんは決してハズレなんかじゃないぞ!」
「我が眷属よ、図星を突かれてムキになっておるな。我こと無限なる叡智の持ち主、大賢者バロール様の目にはしかとお見通しであるぞ」
・・・・・・瑞穂の奴、『ウマ娘』に関しては僕より詳しいと思って調子に乗っているようだ。
「そういう瑞穂は、『ウマ娘』では誰推しだったの?」
「ふっ。よくぞ聞いてくれた。我が眷属よ。我、大賢者バロール様の推しはズバリ、『世紀末覇王』の二つ名を持つテイエムオペラオー!」
「ふうん。じゃあ、そのテイエムオペラオーが、どうして『世紀末覇王』って呼ばれるようになったかは、当然知っているよね?」
「え、ええと、そ、それはであるな・・・・・・」
瑞穂が急に口ごもった。どうやら知らないらしい。
「どうしたの、瑞穂? 大賢者様なのに、まさか知らないの?」
「べ、別に知らないわけではないが、我の保有するアカシックレコードに、そのような情報は入っておらぬゆえ・・・・・・」
しばらくぶりの投稿になるので大半の人は忘れていると思うけど、中二病を患っている瑞穂は、世界が始まってからのあらゆる情報が記録されているという『アカシックレコード』なるものを保有し、それにアクセスできると主張している。その『アカシックレコード』という概念自体も瑞穂の独創では無く、スピリチュアルの世界やオカルトの用語としてよく使われる類のものに過ぎない。
「じゃあ教えてあげるけど、テイエムオペラオーの元ネタになった同名の競走馬は、ちょうど20世紀最後の年にあたる西暦2000年に8戦8勝、しかも当時シニアの5大レースと呼ばれた春と秋の天皇賞、ジャパンカップ、宝塚記念、有馬記念をすべて制覇するという偉業を成し遂げたからなんだよ」
「そ、そうであったか・・・・・・。いや、そのくらい別に、知らなかったわけでは無いぞ! ただ、ちょっと忘れていたというか・・・・・・、いや、アカシックレコードがちょっと接続不良で、情報を取り出せなかっただけであるからな」
「ねえきよたん、あんたとがきんちょにしか分からない話はそのくらいにして、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ここで、もえちゃんが会話に割り込んできた。
「何? もえちゃん」
「きよたんの推しっていうスペちゃんって、どういうウマ娘なの?」
その口調と表情に、何となく咎めるような雰囲気を感じた僕は、適当に誤魔化すことにした。
「どういうウマ娘って言ってもねえ・・・・・・。スペシャルウィークは、僕たちが生まれる前、1998年から1999年頃にかけて活躍したオスの競走馬だよ。主な勝ち鞍は、日本ダービーと天皇賞春秋連覇、それとジャパンカップ」
「元ネタの話じゃないわよ! その『ウマ娘』ってゲームでは、登場する競走馬が擬人化されて女の子の格好になってるんでしょ? それで、きよたんの推すスペシャルウィークは、どういう女の子になってたのよ?」
「どういう女の子と言われても・・・・・・」
「ふむ、イメージとしてはそこにいる、シオーミとかいうウマ娘によく似ておるぞ」
僕より早く、瑞穂がそう答えた。二次元と三次元の違いはあるが、確かに服装や顔立ちなど、シオーミちゃんのイメージに一番近いゲーム上の『ウマ娘』が誰かと聞かれたら、間違いなくスペシャルウィークだろう。
「ふーん、ああいう娘ねえ・・・・・・」
「きよたかさん、ああいう娘が好きなんですね・・・・・・」
もえちゃんとみなみちゃんが口々に感想を漏らし、僕は思わず気まずい気分になったが、それでも直後に飛び出したフライヤの爆弾発言に比べれば、まだマシだった。
「うーん、まだいろいろ良くわかんないこともあるけど、要するにきよちゃんは、シオーミちゃんが日本でファンだったスペちゃんってウマ娘によく似ているから、シオーミちゃんとおまんこしたいんだね!」
「フライヤ、どうしてそういう結論になるの!? そんなこと、僕一言も言ってないんだけど!?」
「きよちゃん、そのくらい口に出さなくても分かるよ~」
「・・・・・・きよたかさん、そのくらい私にも分かります。だって、きよたかさんがシオーミさんを見たとき、思わず『可愛い』って口にして、しかもそれだけじゃなく、その・・・・・・、名槍清隆丸さんがビクンって反応されてましたから」
みなみちゃんの指摘に、僕は思わずたじろいだ。
「えっと、僕・・・・・・、そんな風になってた?」
僕の問いに、その場にいた全員が頷いた。
「えっと、キヨタカ様・・・・・・。今は難しいかも知れませんが、キヨタカ様が冒険者としてもっと有名になれば、シオーミさんの方から頼んでくるかも知れませんよ。ウマ族の女性は、昔から心身共に優れた男性の種を貰うことには貪欲で、特に優れた男性冒険者の種は、種付料を支払ってでも欲しがると言われていますから」
フォローのつもりか、エイルが突然そんな説明を始めた。
「ウマ族って、ウマ族同士で交尾して子供を作るんじゃ無いの?」
「そうとは限らないですよ。ウマ族と人間の混血は結構多くて、あのシオーミさんも、父親はシオミさんという日本人の冒険者で、七年戦争で戦死したお父さんを偲ぶために、シオーミと名付けられたそうです。それに、ウマ族同士で結婚しようにも、ウマ族の男性は人間と違って春の繁殖期にしか交尾しない習性がある上に、七年戦争でほとんどが戦死してしまったそうですから」
「はあ、そうなんだ・・・・・・」
エイルの説明に、僕は相槌を打つくらいのことしか出来なかった。
まだ詳しく説明していなかったけど、このアマツ世界では約20年前に、トーキョー・シティーと政治的に対立するオオサカ・シティーとの間で、長期間にわたる大規模な戦争が行われ、双方共に多くの犠牲者を出している。
開戦から停戦まで約7年間を要したことから、この戦争は『七年戦争』と呼ばれるのが通例となっており、この七年戦争でアマツの人類が多くの有力冒険者を失い戦力を低下させたことが、魔王の復活と魔軍襲来の遠因になった可能性を指摘する声は少なくない。
しかし、一瞬シリアスになりかけた雰囲気を、フライヤの一言がぶち壊しにした。
「じゃあ、きよちゃん。フライヤが今度シオーミちゃんに会ったら、『きよちゃんがシオーミちゃんとおまんこしたいって言ってたよ』って伝えてあげるからね」
「そんなこと言ってないし、伝えなくていい! というか、間違ってもそんなこと伝えないで!」
ちなみに、僕がシオーミちゃんの姿を見て勃ってしまったのは、確かにシオーミちゃんが可愛かったという原因もあるが、シオーミちゃんの服がミニスカートだったという原因もある。しかも、アマツの女性はスカートの下にパンツを穿かないので、あんな格好で野球の試合に出場したら、走塁やら守備やらいろんな場面で大事なところが見えてしまう。そんな光景を想像したら、僕ならずとも大半の男性は勃起してしまうだろう。
しかし、アマツの女性たちが大事なところを見られても気にしないということは僕もよく知っており、事故による女性のマンチラを目撃したことや、僕の気を引こうとしたらしい女性の訓練生などからわざとマンチラを見せられ、そのせいで僕の下半身が緊急事態に陥ってしまったことも一度や二度ではない。
よく見れば入場している観客もほとんどが女性だし、試合中にシオーミちゃんの大事なところが見えてしまうかどうかは、おそらく大した問題ではないのだから、その問題に突っ込んだらむしろ僕の負けになりそうだ。
ただ、大半の観客はそれで良いとしても、シオーミちゃん以外の出場選手は全員が男性みたいだから、試合中にシオーミちゃんのあられもない姿を見てしまったら、試合どころでは無くなりそうな気がする。
◇◇◇◇◇◇
「フライヤ、むっつりスケベのきよたんをいじるのはそのくらいにして、今日の試合はどことどこが対戦するのよ? というかあたし、そもそもアマツにどんな野球チームがあるのか、よく知らないんだけど」
「もえちゃん。今日の試合はね、アマツで唯一残っているプロ野球チームのヨミカイ・ジャイアンツと、社会人野球連合チームとの勝負だよ!」
「唯一のプロ野球チーム?」
「もえさん。フライヤは、歴史の話をするのはちょっと苦手ですから、私の方から説明しますね。アマツがもっと繁栄していた昔の時代には、プロ野球の球団も複数あったのですが、プロ野球人気の低迷と共に数が減っていき、七年戦争の影響でケイハンシン・タイガースとの試合が無くなってからは、アマツに残っているプロ野球チームは、実質的にヨミカイ・ジャイアンツだけになってしまったんです」
「エイル。実質1チームしかなくて、どうやって試合やるのよ?」
「1チームしかない以上、プロ野球チーム同士の公式戦は出来ませんから、ヨミカイ・ジャイアンツの所属しているアマツ・リーグでは常に1位。故にヨミカイ・ジャイアンツは『常勝球団』『球界の盟主』などと自称しているんです」
「「ださっ!!」」
エイルの説明を聞いて、僕ともえちゃんが一斉に突っ込んだ。
「もっとも、選手全員が球団専属で雇われているプロ野球チームはヨミカイ・ジャイアンツだけになってしまいましたが、その代わりに冒険者など他の仕事を持っている選手たちで構成される社会人チームがいくつか出来て、現在ではプロのアマツ・リーグより、社会人チームのスメラギ・リーグの方が人気なんです。ヨミカイ・ジャイアンツがそれらの社会人チームと対戦することもあるんですが、もし負けたら常勝球団の名に傷が付いてしまうので、プロ野球チーム以外との対戦はすべて非公式の『練習試合』という体裁を取っているんです」
「・・・・・・それで、その『練習試合』で、ヨミカイ・ジャイアンツってどのくらい負けてるのよ?」
もえちゃんの質問に、今度はフライヤが答えた。
「うーん、結構負けてるよ。たしか今年の通算成績は、2年連続の負け越しだったかな」
「ださっ! そんなんで『常勝球団』とか『球界の盟主』なんて名乗ってるの!? まるで日本の」
「もえちゃん、それ以上言っちゃ駄目だ! 色々と問題になりかねないから!」
僕は、慌ててもえちゃんの口を押さえて制止した。
「何するのよ、きよたん。これ以上説明しなくたって、何をあてこすっているかは、分かる人には分かるんじゃない?」
「もえちゃん。あの球団は検閲が厳しいから、あまり名指しするのはまずい。あくまで『分かる人には分かる』程度に留めておいた方がいいんだよ。そういう大人の事情があるみたいだから」
「・・・・・・よく分からないけど、きよたんがそう言うならこのくらいにしておくわ。それで、社会人のスメラギ・リーグにはどんなチームがあるのよ?」
「えっとね、このトーキョー・シティーを本拠地にしているトーキョー・スワローズと、同じくトーキョーを本拠地にしているホッカイドウ・ファイターズ、チバ・シティーを本拠地にしているチバ・マリーンズ、サイタマ・シティーを本拠地にしているサイタマ・ライオンズの4チームがあるよ」
「・・・・・・どれもどこかで聞いたような名前だけど、トーキョー・シティーを本拠地にしているのに、どうして名前がホッカイドウ・ファイターズなわけ?」
「えっと、それはね・・・・・・」
「一旦は、本拠地をトウキョー・シティーからホッカイドウのサッポロ・シティーに移したのですが、モンスターの増加による治安悪化で他チームとの対戦が難しくなり、寒いホッカイドウの気候も野球に適さないという理由で、トーキョーに疎開してきたんです。それで、ホッカイドウ・ファイターズという名前だけ残っているんです」
言い淀むフライヤの代わりに、エイルが説明してくれた。野球の歴史などについては、どうやらフライヤよりエイルの方が詳しいらしい。
「フライヤの説明に若干補足すると、スメラギ・リーグには本来7チームが所属しているんです。他にナゴヤ・ドラゴンズとトウホク・イーグルス、ヨコハマ・ベイスターズという社会人チームがあるのですが、本拠地が遠方にあるナゴヤ・ドラゴンズとトウホク・イーグルスとはかなり前から、ヨコハマ・ベイスターズとは昨年から、モンスター被害の増加による治安の悪化で選手の移動が出来なくなり、試合が出来ない状態になっているんです。そのため、今年のスメラギ・リーグはフライヤの言った4チームだけで行われ、今回の連合チームも4チームの選手だけで構成されています」
「まあいいわ。それで、今日の試合の見所は?」
「えっとね、今年のスメラギ・リーグはトーキョー・スワローズが優勝したから、今回の連合チームもスワローズの選手が中心になってるんだけど、シオーミちゃん以外にはまず4番の『ムラカミサマ』かな」
「ムラカミサマ?」
「日本人の冒険者で、本名はきよちゃんと同じ『ムラカミ』なんだけど、チャンスの場面で特大ホームランを連発する天性の打撃センスから、最近は名前と神様を引っ掛けて『村神様』って呼ばれてるよ! 今日の試合も連合チームの4番に座り、特大ホームランに乞うご期待だよ!」
「へえ、村上選手ってこっちの世界にもいるんだ」
「え? きよちゃん、日本にもいるの?」
「いる。しかも同じく、スワローズの4番打者で『村神様』って呼ばれてる」
「そうなんだ~! ちなみに、きよちゃんのことみんな名前の方で呼んでるのは、今のトーキョー・シティーで『ムラカミ』って言うとみんな村神様のことだと思っちゃって紛らわしいからだよ! でも、きよちゃんも凄い冒険者だし、ひょっとして、ムラカミっていう日本人は凄い人ばかりなのかな?」
「・・・・・・いや、それは単なる偶然だと思う」
僕は、とりあえず控えめにそう答えておいた。
「そうなんだ。お次は、今日の試合で2番を打つ予定になっている、ホッカイドウ・ファイターズのオータニさんだよ! 今年は、投手と野手の二刀流で大活躍して、投手ながらスメラギ・リーグでは村神様と最後までホームラン王の座を争ったんだよ! 今日の試合は、ムラカミサマとオータニさんの夢の共演、そしてオータニさんの二刀流が見られるかもおおきな見所だよ」
「・・・・・・たぶん、メジャーに行った大谷さんがモデルになってるんだね」
「きよたん、何言ってるのよ。いくら頑張ったところで、ピッチャーがホームラン王争いに加われるはずないでしょ。あたしを馬鹿にしてるの?」
「ああ、もえちゃんは僕たちより半年くらい早くに亡くなったから、大谷選手のこと知らないんだ」
「いや、大谷のことは知ってるけど、あの人メジャー行ってからそんなに活躍してないでしょ?」
「事情が大きく変わったんだよ。確かに、2020年までの大谷選手は、故障もあってそこまで目立った成績は残せていなかったけど、僕たちが死んだ年(作者註:2021年)の大谷選手は大覚醒して、投手として先発登板しながら、登板しない日も主に指名打者としてほぼ全試合に出場し、アメリカのメジャーリーグで本当にホームラン王争いをするほどの大活躍を見せていたんだ。僕はシーズン終了まで見届けられなかったから、本当にホームラン王を取れたかどうかまでは知らないけど、たしか8月中旬時点で40号に到達していたはず」
「投手と野手の二刀流で、メジャーでホームラン40本!? そんな展開、漫画やアニメでも現実離れし過ぎててあり得ないわよ!」
「そう言われても、実際に打ってたんだからしょうがない。『事実は小説より奇なり』ってこういうことだね」
「みなみちゃん、がきんちょ、きよたんの言ってること本当?」
「もえさん、私は野球のこと詳しくありませんけど、たしかに大谷選手がすごい活躍しているっていう話はテレビでも観ました」
「ふっ。我も、大谷40号のニュースは確かにネットで読んだぞ。彼の者は、もはや日本のスーパースターと化していた」
「・・・・・・どうやら本当みたいね。きよたん、疑って悪かったわ」
「いいよ、もえちゃん。確かに、あの年の大谷選手を知らない人には、説明してもなかなか信じてもらえない話だからさ。ところでフライヤ、対するヨミカイ・ジャイアンツの方は注目選手いないの?」
「特にいないっていうか、ヨミカイの方は大体いつものメンバーって感じだよ。ただ、今回の試合に向けて練習を頑張り過ぎて、全体的に調子は良く無さそう。特に4番のカズマが、アラ監督直々の打撃指導で腰を痛めて欠場、今日の試合はマールが代役で4番を打つんだって。先発のピッチャーは、エースのスガーノが有力視されてるよ」
「・・・・・・もえちゃん、ヨミカイ・ジャイアンツの選手や監督に関しては、日本のあのチームの常識がほぼ通用すると思って間違いなさそうだね」
「そうね。いちいち説明聞くまでも無さそうって感じだわ」
試合開始まであと1時間ほどあるということなので、僕たちは席を確保した後、エイルやフライヤと雑談などをしながら試合開始までの時間を過ごした。
(第29話に続く)
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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