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第2章 トーキョー編 目指せ! モンスター・ゼロ!
第18話の1 ノブナガ公とアマツ世界(前編)
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第18話の1 ノブナガ公とアマツ世界(前編)
僕が、思いがけない形で上水流さんと初の挿入えっちを経験してしまい、途中で爆弾低気圧に見舞われながらも、何とかフナバシ・タウンに到着したその日。
僕たちは、町長の屋敷で少し休憩させてもらった後、ノダ町長に面会することになった。
「君が、キヨタカ・ムラカミ君だね。私の名は、トシヒコ・ノダ。現在は、フナバシ・タウンの町長を務めている。以後、よろしく頼むよ」
このように名乗ったノダ町長は、既に老境に達した感があるものの、過去には歴戦の冒険者だったと感じられるような、風格と威厳ののある人物だった。
「キヨタカ・ムラカミです。冒険者としてのクエストは、今回が初めてになりますので、色々と至らぬ点もあると思いますが、こちらこそよろしくお願いします」
僕がそう挨拶すると、ノダ町長は急に怪訝そうな顔をした。
「冒険者としてのクエストは今回が初めて!? そんな冒険者が、よくトーキョーからこのフナバシに辿り着けたね。少なくとも、中級職の前衛がいるパーティーでなければ、今回のクエストをこなすどころか、このフナバシへ辿り着くことさえ困難だと思うのだが」
「いえ、冒険者としてのクエストは今回が初めてですけど、その前に色々事情がありまして、僕は現在、中級職である騎士のレベル7、そして上水流さんも、中級職であるモンクのレベル8です」
アマツ世界における冒険者職業のランクは、正式名称が弱い順に「基本職」「中級職」「上級職」となるのだが、近年は上級職の該当者がいなくなってしまったことから、「基本職」「上級職」「最上級職」という通称が普及している。しかし、既に老境にあるノダ町長は、通称では無く正式名称で呼ぶタイプらしいので、こちらもノダ町長に合わせている。
・・・・・・色々分かりにくい仕組みで申し訳ありません。作者に代わってお詫び致します。
「初クエストの冒険者が中級職!? まさかとは思うが、たった4人で5千匹以上のゴブリンを殲滅し、キラータイガーを一撃で葬ったという伝説の訓練生、ジェノサイド・キヨタカというのは、ひょっとして君のことなのか!?」
「・・・・・・そんな大それた存在ではありませんが、それはたぶん、僕のことだと思います。というか、僕の噂って、このフナバシにまで広まっているんですか?」
「先日、トーキョーからチバ・シティーに向かう隊商の一団がこのフナバシにやってきてね、そこの商人たちから聞いたのだよ。何でも、トーキョーでは既に君の噂でもちきりで、君こそはかのノブナガ公の再来だ、君こそがこのアマツを滅亡から救うために、女神アテナイス様が遣わされた伝説の冒険者だなどと言われているそうじゃないか」
「まあ、僕たちがアテナイス様に遣わされた冒険者で、本気でこの世界を救う意思を持っていることは間違いじゃ無いんですけど、僕たち以前にも同じ使命を帯びて遣わされた日本人の冒険者は沢山いるわけですし、そこまで大げさに言われるほどでも・・・・・・」
僕がそこまで言いかけたところで、上水流さんが口を挟んできた。
「まあ、あたしたちは、そんじょそこいらのやる気無し冒険者とは、訳が違うわよ。こうやって、トーキョーからここへやってくる途中にも、結構な数のモンスターや盗賊たちを倒してきたし。もう、どのくらい倒したっけ?」
「もえさん、ステータス画面のクエスト欄に、クエスト受注後に私たちが倒したモンスター等の合計数が載っていますよ。これによると、今まで私たちが倒したモンスターや盗賊の数は、合計28,331匹・・・・・・って、もうこんなに!?」
ステータス画面の討伐数を読み上げたみなみちゃん自身が、驚きの声を上げた。
念のため、僕も同じ方法で討伐数を確認してみたが、確かに同じ数字だった。
「昨日はともかく、今日は邪魔をするモンスターや盗賊たちをなぎ倒して行っただけだから、そんなに増えてないかと思ったけど、実は今日も結構倒してたね」
「あたしのことを知ってるトーキョー北部のゴブリンたちと違って、この辺のゴブリンたちはあたしの強さを知らないからね。返り討ちにしてやったゴブリンたちの数は、結構多かったわよ」
「ふっ。この偉大なる魔眼の女王バロール様も、スライム対策を兼ねて、かなり多くの敵を『フリーズ』で凍らせてきたぞ」
「き、君たち・・・・・・。わずか2日で2万8千匹って、一体どういう戦い方をしているのかね・・・・・・?」
僕たちの話を聞いて、ノダ町長の声が、わずかに震え始めた。
「どんな戦い方って言われても、ここまで出会った敵って数が多いだけで、雑魚しかいなかったわよね。最初は立ち向かってきても、敵わないと思ったらすぐ逃げ出す連中ばかりだから、逃げる敵をみんなで追撃して皆殺しにするってだけね」
「いや、雑魚ばかりとは言っても、トロールとかキラータイガーとか、結構強いモンスターもいたと思うんだが・・・・・・」
「トロール? あんな、身体がでかいだけで動きの遅い連中なんて、あたしの手に掛かれば楽勝よ」
「キラータイガーさんは、もうきよたかさんのお得意様ですよね。ただ倒すだけじゃなくて、死体をかわたさんに高値で引き取ってもらえるように、首以外は傷を付けないで殺すのが本当に上手くなりましたよね」
「・・・・・・なるほど。最近このあたりを通る冒険者たちは、ほとんどが隊商の護衛で、極力無駄な戦いを避けるために大人数で旅をしているのだが、君たちはそれをせず、敢えて4人だけで街道を通り、少人数だと思って襲いかかってきたモンスターや盗賊たちを、片っ端から皆殺しにしてきたわけか。・・・・・・さすが、ノブナガ公の再来と呼ばれるだけのことはある」
ノダ町長が、上水流さんやみなみちゃんの話を聞きながら、そう呟いた。
僕としては、むしろ他の冒険者たちはそうやって戦いを避けてきたのかと、ノダ町長の独り言で初めて知ったのだけれど。
「ともあれ、冒険者としては初クエストだとしても、君たちであれば十分に、任務を任せられそうだ。期待しているよ」
「すみません、ノダ町長。その任務について、僕たちはスライム討伐としか聞いていないのですが、具体的にはどのような任務になるのでしょうか?」
「ああ、そうだったね。トーキョー・シティーに救援を依頼した後も、我々なりに情報の収集に努め、その結果スライムの発生原因については、概ね察しが付いているのだよ」
「何が原因だったんですか?」
「このフナバシ・シティーから、北方のインバ沼へ向かう小道の途中に、割と大きな採掘場があってな。そこの地下は水資源が豊富で、染料などの原料になる原石なども採れるので、以前はその採掘場から原料を運び出し、染物を作るのがフナバシの主要産業だったのだが、近年その採掘場に盗賊団たちの一派が住み着いてしまってね。具体的な方法まではよく分からないが、どうやらその採掘場の水を使って、大量のスライムを発生させているらしい」
「どうしてそんなことを?」
「その盗賊団は、おそらくトーキョー・シティーでユーリコ知事が従来の冒険者ギルドを閉鎖させ、それに代わる公的機関として冒険者人材育成センターを発生させたとき、冒険者ギルドの閉鎖に反対した冒険者たちの生き残りだ。この周辺には、そうした元冒険者の盗賊たちが結構いるんだが、そいつらはスライムを使って、討伐にやってきた女性冒険者たちの装備を剥がし、手薄になったところを狙って捕獲し、手込めにして無理矢理自分たちの手下に加える。さらに、モンスターのゴブリンたちとも組んで勢力を広げ、やがてはこのフナバシ・タウンも我が物にしようと企んでいるらしい」
「盗賊たちが、このフナバシ・タウンを手に入れて、何をしようと言うんですか? このフナバシを拠点に、さらなる勢力拡大を目指すと言うんですか?」
「いや、奴らはおそらく、そこまで大きな事は考えていない。このフナバシ・タウンを手土産に、自らは民主自由党と名乗っている魔軍の仲間に入れてもらおうと考えているのだろう。実際、トーキョー・シティーが魔軍に降伏してからは、そういう悪いことを考える人間がずいぶんと増えてしまった。魔軍は、普通の人間であっても、自分たちにとって大きな功績を挙げた者については、仲間に加えて力を与えるのだが、そうやって魔軍は自らの手を穢すこと無く、そうした人間の力を使って勢力を広げている。強いだけでは無く、実に汚い連中だよ」
「・・・・・・すみません。もし、このアマツ全土が、そうやって魔軍の手に落ちてしまったら、この世界はどうなるんですか?」
それまで黙っていたみなみちゃんが、ノダ町長に質問した。
「おそらくこのアマツは、魔軍に非ざれば人に非ずというくらいの、魔軍による専制支配下に置かれ、魔軍以外の人類は、奴隷のように搾取されることになるだろう。実際、既にそのようになってしまった町も複数あると聞いている。もっとも、魔軍の力は、基本的に人類から搾取することで成り立っているから、人類が滅びればいずれ魔軍も滅びるのだが、魔軍の幹部には力こそあっても、そうした加減を弁えている頭の良い者はそう多くない。いずれ、このままではアマツの人類は、魔軍もろとも滅びることになるだろう」
「すみません、ノダ町長。失礼な言い方になりますが、アマツの中では小さなフナバシ・タウンの町長をされている割には、かなり魔軍の実情にお詳しいようですね」
「まあね。今でこそ、私は出身地であるフナバシの町長をやっているが、以前はトーキョー・シティーの知事をやっていたこともあるのだよ」
「え!?」
「今から10年前、トーキョー・シティーに魔軍が攻め寄せてきたとき、私はトーキョー・シティーの副知事を務めていた。しかし、魔軍を迎え撃った当時のカン知事、私と同じく副知事を務めていたハトヤマ前知事が戦死してしまい、それによって知事に昇格した私は、これ以上魔軍と戦っても勝ち目はないと考え、降伏を決めた。その後、私は何とかトーキョー・シティーの再建に務めたが、どうしても財源が足りないため、消費税の増税に踏み切ったところ、案の定私への支持率は大きく下がり、6年前の知事選挙では、それまでは一介の都議会議員に過ぎなかったユーリコ氏が、私と魔軍が推薦する官僚モンスターの双方を破り、私に代わりトーキョー・シティーの知事に就任した。それでも、地元のフナバシに戻った私は、ここではトーキョーの知事経験者として英雄扱いされ、間もなく町長に就任したというわけだ。いわば、私は人類にとって敗軍の将だが、魔軍について聞きたいことがあれば、それなりのことは教えられるよ」
「なるほど、そういう過去があったんですか・・・・・・。話を変えてすみませんが、敵の居所がそこまで分かっていながら、どうして今まで対処できなかったんですか?」
「簡単なことだよ。このフナバシ・タウンには、中級職の冒険者は私と、アークプリーストの家内しかいない。私自身が、フナバシ付近を荒らし回ろうとする盗賊たちを何人か捕虜にして、奴らを尋問するなどして敵の居所や狙いは何とか突き止めたが、私と家内は、このフナバシ・タウンを守るため、そう遠くまで遠征することは出来ない。スライムや盗賊たちを退治しに行った基本職の冒険者パーティーは、皆返り討ちに遭ってしまった。もはや、トーキョーから強い冒険者パーティーが救援に来てくれるまで、防戦一方で凌いで行くしか無かったのだよ」
「そうだったのですか・・・・・・」
「もっとも、トーキョーからの救援がなかなか来なかったので、てっきり私は、6年前の知事選で争った私への嫌がらせかと思っていたが、今日頂いた書状で、トーキョー・シティーも冒険者不足に苦しんでいるということが分かった。爆弾低気圧は、おそらく明日くらいには収まるだろうから、出来れば明後日にでも、採掘場への遠征に向かってもらえると有り難い。ここから採掘場までは、途中で何も無ければ徒歩1日くらいで着く距離だが、モンスターや盗賊たちを倒しながらだと、おそらくもっと時間が掛かるだろう。念のため、遠征には1週間分くらいの食料などを持参していくと良い。遠征に必要な食料、薬草やマナポーションなどについては、こちらで提供する用意がある」
「分かりました。その方向で準備させて頂きます」
「有り難い。明日までは、私の屋敷でゆっくりしていくと良い。寝室は1人1部屋用意できるが、おま○こは好きなだけして構わんぞ。ムラカミ君はまだ若いから、したい盛りだろう?」
ノダ町長は、カラカラと笑いながら最後にそう言った。服の上からも分かるほど僕の愚息が勃起していては、からかわれても仕方なかった。
ノダ町長との会話を終え、来客用の居室に戻る途中。
「ねえ、きよたん。さっきの話、あたしには難しくて、ほとんど理解出来なかったんだけど」
「ああ、さっきの話は、アマツの政治にも絡む、ちょっと難しい話だったからね・・・・・・」
僕は、上水流さんの問いに暫し考えた上で、
「上水流さん、そしてみなみちゃんと瑞穂も、最低限これだけは理解しておいて。
1つ、今回のクエストの目的は、フナバシ・タウンの北方にある採掘場跡で、スライムを発生させている、悪い盗賊団の奴らを全滅させ、スライムの発生源を叩くこと。
1つ、ここから採掘場跡までは、徒歩でも1日くらいかかる距離にあるので、途中での野営は必須。念のため、1週間分の準備を整えて行く。
1つ。採掘場跡への遠征は、爆弾低気圧による暴風雨が止んだ後、明後日くらいに出発する。以上!」
「まあ、そのくらいならあたしにも理解出来るわ。任せておきなさい」
「きよたかさん、私も理解出来ました。支援とお料理は任せてください!」
「委細承知。このバロール様の力を見せてやろう」
とりあえず、3人とも最低限のことは理解出来たようだ。読者の皆さんも、もし僕とノダ町長とのやりとりが理解出来ないということであれば、上記の3つだけを頭に入れて、それ以外のところは適当に読み飛ばしちゃってください。
◇◇◇◇◇◇
居室に戻ると、上水流さんが僕に再び質問してきた。
「ねえ、きよたん。さっき、町長さんがきよたんのことを『ノブナガ公の再来』とか言ってたけど、ノブナガ公ってどんな人なの?」
「文字どおり、あの織田信長だよ。有名な戦国武将の」
「あたし、戦国武将なんて興味ないから、名前だけ言われても分からないんだけど」
「え!? 上水流さん、あの織田信長を知らないの!?」
思わず驚いた僕に、瑞穂も同じようなことを言ってきた。
「ふむ。無限なる叡智を誇る、魔眼の女王バロール様をもってしても、そのノブナガなる人物のことは、我のアカシック・レコードには記録されておらぬな」
「日本人のくせに、織田信長の情報が全く入っていないアカシック・レコードって、どんなポンコツなんだよ!?」
ちなみに、瑞穂が時々口にする『アカシック・レコード』とは、宇宙誕生からのあらゆる存在について、あらゆる情報が蓄えられているとされる記憶層を指すもので、基本的にはオカルト用語であるが、ファンタジー作品でも時々使われることがある。もっとも、瑞穂がそんなものにアクセスできる力を持っているわけではもちろん無く、中二病の発作により適当なことを言っているだけである。おそらく瑞穂は、アカシック・レコードの意味さえ、正確には理解していないだろう。
「えーと、きよたかさん・・・・・・」
「みなみちゃんも、織田信長のことは知らない?」
「私は一応、織田信長さんのことは知っています」
「へえ。どのくらい?」
「信長さんは、ものすごいイケメンの美男子で、桶狭間の地で今川義元さんと運命の出会いを果たし、永遠の契りを交わすんです・・・・・・」
「みなみちゃんの読んでたBL本って、そういうジャンルもあるの!?」
・・・・・・とりあえず、僕以外の3人には、そもそも日本の織田信長についてまともな知識が無いと言うことが分かったので、話の前提として、まず日本の織田信長について、僕から必要最低限の説明をすることにした。織田信長くらい知ってるよという読者さんは、以下の説明は適当に読み流して頂いて結構です。
「日本の織田信長は16世紀、現在から400年以上前の時代を生きた人物なんだけど、その時代の日本は、現代の日本みたいに一つの国にまとまっていたわけじゃなくて、日本を統治する天皇家も将軍家も政治の実権をほとんど失って、日本の各地は『大名』と呼ばれる有力な武士たちのほか、地域によっては寺社などの宗教勢力や農民などが勝手に争いを続けていて、『戦国時代』と呼ばれる収拾の付かない内乱状態に陥っていたんだ。
織田信長は、そんな戦国時代を終わらせるため、尾張の小大名から大きく勢力を伸ばし、日本のだいたい半分くらいを支配下に収めた人。信長自身は、志半ばで家臣の明智光秀という人物に殺されてしまったけど、その覇業は信長の家臣だった豊臣秀吉という人物に受け継がれ、秀吉が一旦は日本全土を平定したけど、色々あって秀吉の天下は一代で終わり、最終的に徳川家康という人物が、秀吉の死後に天下を平定し、日本の戦国時代を終わらせたんだ。それで、日本の戦国武将の中でも、戦乱の世を終わらせるのに大きな功績のあった、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人は『三傑』と呼ばれ、日本では特に有名なんだ。ここまでは分かる?」
「・・・・・・我が眷属よ、『終わり』の小大名とはこれ如何に?」
「瑞穂、『終わり』じゃなくて『尾張』! 尾張って言うのは日本の古い国名で、分かりやすく言うと、現在の名古屋付近。要するに、織田信長が父親から家督を継いだときの織田家は、その名古屋近辺を治めているだけの、小さな大名家に過ぎなかったんだ。それを、織田信長がわずか1代で、日本の半ばを平定するくらいの大勢力に成長させ、天下統一の足がかりを作ったんだよ」
「ねえきよたん、その織田信長って人が、何となく凄い人だって事は分かったけど、どうしてそんなに、勢力をものすごく広げられたの? 戦争にめっちゃ強かったの?」
「うーん、難しいことをさらっと聞くね。簡単に説明するのは難しいけど、織田信長という人は、確かに戦いにも強かったけど、何よりとても頭が良かったんだ。もともと織田家の武士たちは、劣勢になるとすぐ逃げる弱い連中だと言われていたんだけど、信長は当時の最新兵器だった鉄砲をいち早く導入し、また従来は兵士たちも平時は田畑を耕し、戦争のときだけ武器を持って戦うのが一般的だったんだけど、信長が治めていた当時の名古屋近辺は、農業も商業も盛んで経済力があったので、農作業を行わず戦争だけに従事する兵士たちを養成し、次第に弱点を克服していったんだ。
また、信長は当時の慣習にとらわれず、有能な人物とみれば、身分の低い者でもどんどん抜擢し、その才能を活用させたんだ。信長によって重臣に抜擢され、信長の死後に天下人となった豊臣秀吉は、もとは単なる農民の出身だったし、秀吉らに並ぶ織田家の重臣となった滝川一益は、身分の低い甲賀の忍者だったとも言われているし、信長の重臣となった後、自ら信長を殺して謀反人として名を残すことになった明智光秀も、その出自は不明で、一説には中間(ちゅうげん)という、武士ではなく単なる武士の従者に過ぎない身分から、その才能と教養によって信長に抜擢されたとも言われているよ。
そして、信長は内政でも手腕を発揮し、不要な関所や、当時は『座』と呼ばれた商人たちのギルドを撤廃するなど、革新的な政策で領地の経済を活性化させて行ったんだ。信長は、謀略や情報戦にも巧みで、かつての敵将を投降させて配下に加えたり、邪魔な敵の武将が主君に対し謀反を企んでいるという偽の情報を流し、その武将を敵の主君に始末させるといった類いの謀略も、数多く成功させているんだよ」
「ふーん、それだけ良いことをしているんなら、その信長って人は、すごい名君として称えられているんでしょうね」
「上水流さん。ところが、少なくとも日本においては、そうとも言い切れない面もあるんだ。織田信長という人物は、非常に正義感が強く、真面目に働こうとする人に対しては安心して働けるように取り計らう一方、仕事をサボる人には非常に厳しくて、一説には自ら城の普請工事を視察しているとき、人夫の一人が仕事をサボって女性を口説いているのを見ると、自ら刀を抜いてその人夫の許へ駆け寄り、即座に首を刎ねたと伝えられているんだ」
「こ、怖っ! それだけで首を刎ねられちゃうの!?」
「それ以外にも、長年自分に仕えてきた家臣を、ほとんど働きが悪い、職務怠慢というだけの理由で追放、つまりリストラしてしまったりすることも何度かあったんだ。信長は声が非常に大きく、実の弟に謀反を起こされた小規模な戦いでは、兵力では信長側が劣勢だったにもかかわらず、信長が大声で一喝しただけで敵の兵士たちがビビってしまい、そのおかげで勝ったという戦いもあるくらいで、家臣たちも信長を非常に恐れており、信長が1人の家臣を呼んだだけで、30人もの家臣が一斉に返事をしたというエピソードも残っているんだよ。でも、信長の残虐さで有名なのは、むしろこれから話すことだね」
「・・・・・・それ以外に、一体どんなことをしたのよ?」
「当時の日本、特に京都や奈良の周辺では、有名なお寺なども僧兵という独自の軍事力を持っており、異なる宗派の寺と互いに抗争を続けていたんだけど、仏教という宗教的権威がバックにあったので、そうした寺社勢力には、大名たちも手を出せなかったんだ。ところが信長は、当時の日本では最高の宗教的権威だった比叡山の延暦寺を、自分に対する敵対行為を理由に、自ら兵を率いて延暦寺の焼き討ちを敢行し、山に立て籠もっていた人々数千人を皆殺しにして、寺の由緒ある建物も全部焼き払ってしまったんだ」
「・・・・・・そんなことをして、天罰が下ったりしないの?」
「当然、信長は当時の人々から『仏敵』『第六天魔王』などと散々に非難されたけど、信長はそのような非難をものともせず、ライバルの武田信玄という大名から、延暦寺の焼き討ちを非難する内容の手紙が来ると、その返書に自ら『第六天魔王 信長』と署名し、この返書を読んで驚いた武田信玄は、『信長は天魔の変化』と恐れたらしいよ」
「第六天魔王・・・・・・。なんと素晴らしい響きであろうか・・・・・・」
例によって中二病の発作を起こした瑞穂が、『第六天魔王』というフレーズに惹かれたような顔をしているが、僕は構わず説明を続ける。
「そして、織田信長にとって生涯最大のライバルとなったのは、一向宗という仏教の宗派のトップであった本願寺顕如で、当時の一向宗は全国各地に多くの信徒を持ち、一向宗の信者たちは農民であっても、死を恐れず武器を持って立ち向かってくるというので、各地の大名からも恐れられる存在だったんだけど、武士による天下統一を目指す信長にとっては、一向宗との戦いは避けて通れない道だったんだ。
信長は、手強い一向宗との戦いにあたっては、徹底したジェノサイド、皆殺し作戦を容赦なく実行したんだ。一番有名なのは、長島の一向一揆を数年にわたる戦いの末ようやく制圧したとき、城に立て籠もっていた約2万人もの信者たちを、焼き討ちで皆殺しにしたこと。それ以外にも、正確な記録は残されていないけど、別の地方でも数万人規模の虐殺を行ったらしいよ。
信長自身が残した言葉ではないけど、信長のほかにさっき説明した豊臣秀吉、徳川家康がどのような人物だったのかを示すものとして、信長は『泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』という感じの人だったという、作者は不明だけど有名な俳句が残っていて、信長には実際以上に残虐な人物だったというイメージが現代でもつきまとっているよ」
「・・・・・・きよたん、ホトトギスが泣かないなら殺してしまえって、相当にやばい人みたいな気がするんだけど」
「上水流さん、今紹介した俳句はあくまで後世の人によるイメージで、実際の信長はそこまで無用に残虐なことばかりをする人では無かったみたいなんだけど、それでも当時の人たちから見れば、信長が相当にやばい人物に見えたことは確かだろうね。
信長は、最期には重臣の明智光秀に謀反を起こされ、京都の本能寺で殺されてしまったんだ。この事件は、日本史では『本能寺の変』と呼ばれているけど、謀反の動機は現代でも不明のままで、歴史学者や歴史愛好家などによって50以上もの説が唱えられ、日本史上最大のミステリーとも言われているんだ。ただ、そうした説の多くが、信長のそうした苛烈な性格に光秀が付いて行けなくなった可能性などに言及しているよ」
「・・・・・・きよたかさん、今川義元さんの話はまだですか?」
「えーと、僕としてはその話は省略しようかと思ってたんだけど、みなみちゃんはどうしても聞きたい?」
「是非聞きたいです!」
「みなみちゃんの読んだBL小説で、二人がどういう扱いになっているかは知らないけど、史実における織田信長と今川義元は全くの敵同士だったんだ。今川義元は、現在の静岡県や愛知県あたりを治める、当時としては全国屈指の有力大名だったんだけど、その今川義元が約2万の大軍で攻め込んできたとき、織田信長は桶狭間の戦いで、約2千の兵で総大将の今川義元を討ち取り、この戦いで信長の武名は一気に上がったんだ」
「信長さんは、義元さんと桶狭間で永遠の愛を誓い合ったのでは無く、殺しちゃったんですか・・・・・・」
「まあね。信長と盟友関係にあったと言えるのは、むしろ徳川家康で、家康は主君であった今川義元が戦死した後、今川家から独立し、それまで敵対関係にあった信長と同盟を結んだんだ。戦国時代では珍しいことに、その後信長と家康の同盟は約20年もの間、信長が殺されるまで続いたんだよ」
「信長さんにとって、生涯の愛を誓い合った相手は、家康さんだったんですね・・・・・・」
「みなみちゃん、いい加減そういうBL的な発想から離れようよ。真面目な歴史ファンから苦情が来るかも知れないから、変な妄想を浮かべてウットリするのは止めて!」
「はーい、きよたん、質問! 信長は、たった2千の兵で、どうやって今川義元を討ち取ったのよ?」
「・・・・・・上水流さん、そこまで説明しないとダメ?」
「むしろ、一番重要なところじゃないの。さっさと説明しなさいよ」
「えーとね、結論から先に言うと、信長がどうやって今川義元を討ち取ったかについては、今日でもいろいろな説があって、詳細ははっきりしていないんだ。その中の一つとして、僕のお父さんが支持していた説としてなら説明できるけど、それでも良い?」
「まあ、それで良いわよ」
「じゃあ説明するね。今川義元という武将は、戦国時代における今川家の最盛期を築き上げた人物ではあるんだけど、重要な戦いの指揮はほとんど家臣たちに任せていて、桶狭間の戦いに至るまで、自ら重要な戦いの指揮を執ったことはほとんど無かったんだ」
「へえ、それで?」
「今川義元が、自ら2万もの兵を率いて出兵したのも、実は織田家に攻め入るためではなく、織田家の軍勢に包囲されていた、大高城という城を救援するのが本来の目的だったんだ」
「なんで、兵力の少ない織田家が、今川家の城を包囲できるのよ?」
「そもそも、今川義元が今川家の全盛期を築き上げることが出来たのは、父親から家庭教師として付けてもらった太原雪斎というお坊さんがとても有能な人物で、そもそも義元が家督争いに勝利して今川家の当主に就くことができたのも雪斎のおかげだし、義元が当主になってからも、今川家は内政や外交のみならず、戦いの指揮までほぼ雪斎にお任せという状態が結構長く続いたんだ。その雪斎のおかげで、今川家は全盛期を迎えることが出来たわけ。
桶狭間の戦いから遡ること約5年前、その雪斎は60歳で亡くなったんだけど、その後の今川家には、雪斎の代わりが務まるような人材はいなくて、更なる領土拡大の戦いを起こすどころか、既に支配下に組み入れていた、家臣団の統制すら危うい状態になってしまったんだ。
さらに雪斎の死後、信長が仕掛けた謀略に義元が簡単に引っ掛かって、大事な家臣を自ら殺してしまったことから、義元自身は無能だと信長に見抜かれ、その後は信長の謀略による今川家の切り崩し作戦が始まって、既に桶狭間の戦い以前から、今川家を見限って織田家に寝返る家臣も現れたりして、今川家は織田家に対し、やや押され気味の状態になっていたんだよ。
今川義元が、どうして敢えて2万もの兵士を動員し自ら大高城の救援に赴いたのかについては諸説あって、ただの大高城救援にしてはあまりにも兵力が多すぎるので、一気に織田家を滅ぼそうとしたという説のほか、京都への上洛も考えていたのでは無いかという説もあるんだけど、僕のお父さんは、今川家は本気になればこれだけの大軍を動員できるんだと周囲に見せつけて、今川家の劣勢を挽回しようと考えていただけであって、おそらくそれ以上のことは深く考えていなかったんだろうと結論づけていたんだ」
「まあ、義元が何を考えていたかはどうでもいいから、話を続けて」
「それで、もともと大高城を救援するには、先鋒の数千人ほどで十分だろうという見通しの戦いだったんで、義元は戦いの見物をしようと、自ら率いる約5千の本隊を軍のかなり前方に繰り出して、今川軍は義元本隊の後に、かなりの数の後続部隊が続いているという状態になっていたんだ」
「それで、信長はその義元本隊を狙って、一気に突撃を掛けたってわけ?」
「結論としてはそうなるんだけど、信長が事前に、義元本隊の動きを知っていたと思われる確かな証拠は無いんだ。むしろ、自ら兵を率いて大高城方面にやってきた信長が、何とかして自軍の劣勢を挽回しようと、思い切って今川方の適当な部隊に攻撃を仕掛けたところ、それがたまたま義元の本隊だったという可能性の方が高い」
「何それ!? 信長って、めちゃくちゃに運が良かったってこと!?」
「確かに運は良かったけど、信長にはそのチャンスを活かす才能もあったんだ。信長本隊が襲撃する前に一時豪雨が降っていたこともあって、信長本隊の襲撃により義元の本隊は混乱状態に陥ったんだ。
攻撃を掛けた当初の信長は、急襲で今川軍に損害を与えた後、今川軍が体制を立て直したら素早く退く、いわゆる一撃離脱作戦を考えていたらしいんだけど、戦闘の最中に信長が斥候からの報告を受け、今戦っている敵部隊の中に今川義元の輿があることを知ると、信長は急遽作戦を変更し、家臣たちに向かって今回は特別な戦いだ、今川義元の首だけを狙え、それ以外の武将などは討ち取っても首などは取らず捨て置け、義元以外の首を取って来ても手柄としては認めないという、当時の戦いとしては異例の命令を出したんだ。
それ自体は有名な話なんだけど、『信長公記』という史料には、手柄を認めてもらおうと義元以外の首を持ってきた家臣たちに対し、信長が同じ命令を何度も言い聞かせたという趣旨の記述があるから、少なくとも最初から義元の首だけを狙う作戦では無かったはずだというのが、お父さんの持論なんだけどね。
一方、信長本隊は約2千の兵がいたにもかかわらず、今川方の斥候は信長本隊の兵力を見誤って約700人と過少に報告してしまい、それもあって義元の本隊は、義元の首だけを狙ってくる信長本隊の襲撃に対し、適切に対応することが出来なかったんだ。
そのうち、多くの武将を討ち取られて義元の周囲も危険になったので、義元は一時退却しようとしたものの、泥田に足を取られるなどして退却も上手くいかず、そのうち織田方の兵士たちに追いつかれて、義元は武家の名門今川家の当主という立場にありながら、当時の作法に則り自害する暇もなく、自ら織田方の兵士と戦って殺され首を取られてしまうという、名門の武家としては前代未聞の醜態を晒してしまい、残っていた今川方の武将たちも義元戦死の報で戦意を失い、そのまま全軍撤退。
今川方は、当時における戦い方の常で、自軍の兵力をおよそ5万ないし6万と吹聴して回っていたんだけど、桶狭間の戦いで見事に義元を討ち取った信長はそれを逆手にとって、自分は6万の今川軍にわずか2千の兵で勝って見せたなどと吹聴して回り、自らの武名を多いに高めたんだよ。もっとも、この戦いに勝った後も、信長が持っていた兵力はさほど多く無かったので、その後美濃国、現在の岐阜県にあたる地域の征服にはかなり苦戦し、完全征服まで約7年を掛けているけど、それでようやくまとまった数の兵力を手にした信長は、その後一気に勢力を拡大させたわけ。ちなみに、現代まで残る岐阜という地名を付けたのも、織田信長なんだよ」
「・・・・・・きよたんの話だと、信長って人は凄いところもあるけど、結構せこいこともやる人だったのね」
「そのとおり。日本のテレビドラマなんかで演じられている織田信長の多くは、非常に格好良い感じにされているから知らない人も多いみたいだけど、信長の情報工作に翻弄された武田家のある重臣は、自らの著書の中で、『信長という男は本当に嘘が多い』となどと、信長を非難しているくらいだからね」
◇◇◇◇◇◇
「さて、日本における織田信長のことを喋り続けているときりが無いんで、そろそろ本題に移りたいんだけど、ちょうど日本で信長が亡くなった時期のアマツ世界は、日本の戦国時代を上回る混乱状態に陥り、アマツの人類は滅亡してもおかしくない状態にあったんだけど、当時のアマツ世界を管理していたエイレーネーという女神様は、アマツ世界を滅亡の危機から救う起死回生の手段として、この織田信長にかなり強力な力を与え、アマツ世界に冒険者として転生させたんだ。
それが、このアマツ世界における『ノブナガ公』、アマツでの呼び方では『ノブナガ・オダ』となったわけ」
「・・・・・・いくら世界の危機とは言え、そんなやばい人をこの世界に転生させたら、相当にやばいことになったんじゃないの?」
「うん。実際、相当やばいことになったみたいです。ちょっと、話が思った以上に長くなってしまったんで、ちょっと休憩してから、このアマツ世界でノブナガ公がどんなことをやってのけたのか、アマツ世界の歴史も含めて、できるだけ簡単に説明するね」
「ちょっと、きよたん! こんな中途半端なところで、話を切らないでよ! 続きが気になるじゃないの!」
(第18話の2に続く)
僕が、思いがけない形で上水流さんと初の挿入えっちを経験してしまい、途中で爆弾低気圧に見舞われながらも、何とかフナバシ・タウンに到着したその日。
僕たちは、町長の屋敷で少し休憩させてもらった後、ノダ町長に面会することになった。
「君が、キヨタカ・ムラカミ君だね。私の名は、トシヒコ・ノダ。現在は、フナバシ・タウンの町長を務めている。以後、よろしく頼むよ」
このように名乗ったノダ町長は、既に老境に達した感があるものの、過去には歴戦の冒険者だったと感じられるような、風格と威厳ののある人物だった。
「キヨタカ・ムラカミです。冒険者としてのクエストは、今回が初めてになりますので、色々と至らぬ点もあると思いますが、こちらこそよろしくお願いします」
僕がそう挨拶すると、ノダ町長は急に怪訝そうな顔をした。
「冒険者としてのクエストは今回が初めて!? そんな冒険者が、よくトーキョーからこのフナバシに辿り着けたね。少なくとも、中級職の前衛がいるパーティーでなければ、今回のクエストをこなすどころか、このフナバシへ辿り着くことさえ困難だと思うのだが」
「いえ、冒険者としてのクエストは今回が初めてですけど、その前に色々事情がありまして、僕は現在、中級職である騎士のレベル7、そして上水流さんも、中級職であるモンクのレベル8です」
アマツ世界における冒険者職業のランクは、正式名称が弱い順に「基本職」「中級職」「上級職」となるのだが、近年は上級職の該当者がいなくなってしまったことから、「基本職」「上級職」「最上級職」という通称が普及している。しかし、既に老境にあるノダ町長は、通称では無く正式名称で呼ぶタイプらしいので、こちらもノダ町長に合わせている。
・・・・・・色々分かりにくい仕組みで申し訳ありません。作者に代わってお詫び致します。
「初クエストの冒険者が中級職!? まさかとは思うが、たった4人で5千匹以上のゴブリンを殲滅し、キラータイガーを一撃で葬ったという伝説の訓練生、ジェノサイド・キヨタカというのは、ひょっとして君のことなのか!?」
「・・・・・・そんな大それた存在ではありませんが、それはたぶん、僕のことだと思います。というか、僕の噂って、このフナバシにまで広まっているんですか?」
「先日、トーキョーからチバ・シティーに向かう隊商の一団がこのフナバシにやってきてね、そこの商人たちから聞いたのだよ。何でも、トーキョーでは既に君の噂でもちきりで、君こそはかのノブナガ公の再来だ、君こそがこのアマツを滅亡から救うために、女神アテナイス様が遣わされた伝説の冒険者だなどと言われているそうじゃないか」
「まあ、僕たちがアテナイス様に遣わされた冒険者で、本気でこの世界を救う意思を持っていることは間違いじゃ無いんですけど、僕たち以前にも同じ使命を帯びて遣わされた日本人の冒険者は沢山いるわけですし、そこまで大げさに言われるほどでも・・・・・・」
僕がそこまで言いかけたところで、上水流さんが口を挟んできた。
「まあ、あたしたちは、そんじょそこいらのやる気無し冒険者とは、訳が違うわよ。こうやって、トーキョーからここへやってくる途中にも、結構な数のモンスターや盗賊たちを倒してきたし。もう、どのくらい倒したっけ?」
「もえさん、ステータス画面のクエスト欄に、クエスト受注後に私たちが倒したモンスター等の合計数が載っていますよ。これによると、今まで私たちが倒したモンスターや盗賊の数は、合計28,331匹・・・・・・って、もうこんなに!?」
ステータス画面の討伐数を読み上げたみなみちゃん自身が、驚きの声を上げた。
念のため、僕も同じ方法で討伐数を確認してみたが、確かに同じ数字だった。
「昨日はともかく、今日は邪魔をするモンスターや盗賊たちをなぎ倒して行っただけだから、そんなに増えてないかと思ったけど、実は今日も結構倒してたね」
「あたしのことを知ってるトーキョー北部のゴブリンたちと違って、この辺のゴブリンたちはあたしの強さを知らないからね。返り討ちにしてやったゴブリンたちの数は、結構多かったわよ」
「ふっ。この偉大なる魔眼の女王バロール様も、スライム対策を兼ねて、かなり多くの敵を『フリーズ』で凍らせてきたぞ」
「き、君たち・・・・・・。わずか2日で2万8千匹って、一体どういう戦い方をしているのかね・・・・・・?」
僕たちの話を聞いて、ノダ町長の声が、わずかに震え始めた。
「どんな戦い方って言われても、ここまで出会った敵って数が多いだけで、雑魚しかいなかったわよね。最初は立ち向かってきても、敵わないと思ったらすぐ逃げ出す連中ばかりだから、逃げる敵をみんなで追撃して皆殺しにするってだけね」
「いや、雑魚ばかりとは言っても、トロールとかキラータイガーとか、結構強いモンスターもいたと思うんだが・・・・・・」
「トロール? あんな、身体がでかいだけで動きの遅い連中なんて、あたしの手に掛かれば楽勝よ」
「キラータイガーさんは、もうきよたかさんのお得意様ですよね。ただ倒すだけじゃなくて、死体をかわたさんに高値で引き取ってもらえるように、首以外は傷を付けないで殺すのが本当に上手くなりましたよね」
「・・・・・・なるほど。最近このあたりを通る冒険者たちは、ほとんどが隊商の護衛で、極力無駄な戦いを避けるために大人数で旅をしているのだが、君たちはそれをせず、敢えて4人だけで街道を通り、少人数だと思って襲いかかってきたモンスターや盗賊たちを、片っ端から皆殺しにしてきたわけか。・・・・・・さすが、ノブナガ公の再来と呼ばれるだけのことはある」
ノダ町長が、上水流さんやみなみちゃんの話を聞きながら、そう呟いた。
僕としては、むしろ他の冒険者たちはそうやって戦いを避けてきたのかと、ノダ町長の独り言で初めて知ったのだけれど。
「ともあれ、冒険者としては初クエストだとしても、君たちであれば十分に、任務を任せられそうだ。期待しているよ」
「すみません、ノダ町長。その任務について、僕たちはスライム討伐としか聞いていないのですが、具体的にはどのような任務になるのでしょうか?」
「ああ、そうだったね。トーキョー・シティーに救援を依頼した後も、我々なりに情報の収集に努め、その結果スライムの発生原因については、概ね察しが付いているのだよ」
「何が原因だったんですか?」
「このフナバシ・シティーから、北方のインバ沼へ向かう小道の途中に、割と大きな採掘場があってな。そこの地下は水資源が豊富で、染料などの原料になる原石なども採れるので、以前はその採掘場から原料を運び出し、染物を作るのがフナバシの主要産業だったのだが、近年その採掘場に盗賊団たちの一派が住み着いてしまってね。具体的な方法まではよく分からないが、どうやらその採掘場の水を使って、大量のスライムを発生させているらしい」
「どうしてそんなことを?」
「その盗賊団は、おそらくトーキョー・シティーでユーリコ知事が従来の冒険者ギルドを閉鎖させ、それに代わる公的機関として冒険者人材育成センターを発生させたとき、冒険者ギルドの閉鎖に反対した冒険者たちの生き残りだ。この周辺には、そうした元冒険者の盗賊たちが結構いるんだが、そいつらはスライムを使って、討伐にやってきた女性冒険者たちの装備を剥がし、手薄になったところを狙って捕獲し、手込めにして無理矢理自分たちの手下に加える。さらに、モンスターのゴブリンたちとも組んで勢力を広げ、やがてはこのフナバシ・タウンも我が物にしようと企んでいるらしい」
「盗賊たちが、このフナバシ・タウンを手に入れて、何をしようと言うんですか? このフナバシを拠点に、さらなる勢力拡大を目指すと言うんですか?」
「いや、奴らはおそらく、そこまで大きな事は考えていない。このフナバシ・タウンを手土産に、自らは民主自由党と名乗っている魔軍の仲間に入れてもらおうと考えているのだろう。実際、トーキョー・シティーが魔軍に降伏してからは、そういう悪いことを考える人間がずいぶんと増えてしまった。魔軍は、普通の人間であっても、自分たちにとって大きな功績を挙げた者については、仲間に加えて力を与えるのだが、そうやって魔軍は自らの手を穢すこと無く、そうした人間の力を使って勢力を広げている。強いだけでは無く、実に汚い連中だよ」
「・・・・・・すみません。もし、このアマツ全土が、そうやって魔軍の手に落ちてしまったら、この世界はどうなるんですか?」
それまで黙っていたみなみちゃんが、ノダ町長に質問した。
「おそらくこのアマツは、魔軍に非ざれば人に非ずというくらいの、魔軍による専制支配下に置かれ、魔軍以外の人類は、奴隷のように搾取されることになるだろう。実際、既にそのようになってしまった町も複数あると聞いている。もっとも、魔軍の力は、基本的に人類から搾取することで成り立っているから、人類が滅びればいずれ魔軍も滅びるのだが、魔軍の幹部には力こそあっても、そうした加減を弁えている頭の良い者はそう多くない。いずれ、このままではアマツの人類は、魔軍もろとも滅びることになるだろう」
「すみません、ノダ町長。失礼な言い方になりますが、アマツの中では小さなフナバシ・タウンの町長をされている割には、かなり魔軍の実情にお詳しいようですね」
「まあね。今でこそ、私は出身地であるフナバシの町長をやっているが、以前はトーキョー・シティーの知事をやっていたこともあるのだよ」
「え!?」
「今から10年前、トーキョー・シティーに魔軍が攻め寄せてきたとき、私はトーキョー・シティーの副知事を務めていた。しかし、魔軍を迎え撃った当時のカン知事、私と同じく副知事を務めていたハトヤマ前知事が戦死してしまい、それによって知事に昇格した私は、これ以上魔軍と戦っても勝ち目はないと考え、降伏を決めた。その後、私は何とかトーキョー・シティーの再建に務めたが、どうしても財源が足りないため、消費税の増税に踏み切ったところ、案の定私への支持率は大きく下がり、6年前の知事選挙では、それまでは一介の都議会議員に過ぎなかったユーリコ氏が、私と魔軍が推薦する官僚モンスターの双方を破り、私に代わりトーキョー・シティーの知事に就任した。それでも、地元のフナバシに戻った私は、ここではトーキョーの知事経験者として英雄扱いされ、間もなく町長に就任したというわけだ。いわば、私は人類にとって敗軍の将だが、魔軍について聞きたいことがあれば、それなりのことは教えられるよ」
「なるほど、そういう過去があったんですか・・・・・・。話を変えてすみませんが、敵の居所がそこまで分かっていながら、どうして今まで対処できなかったんですか?」
「簡単なことだよ。このフナバシ・タウンには、中級職の冒険者は私と、アークプリーストの家内しかいない。私自身が、フナバシ付近を荒らし回ろうとする盗賊たちを何人か捕虜にして、奴らを尋問するなどして敵の居所や狙いは何とか突き止めたが、私と家内は、このフナバシ・タウンを守るため、そう遠くまで遠征することは出来ない。スライムや盗賊たちを退治しに行った基本職の冒険者パーティーは、皆返り討ちに遭ってしまった。もはや、トーキョーから強い冒険者パーティーが救援に来てくれるまで、防戦一方で凌いで行くしか無かったのだよ」
「そうだったのですか・・・・・・」
「もっとも、トーキョーからの救援がなかなか来なかったので、てっきり私は、6年前の知事選で争った私への嫌がらせかと思っていたが、今日頂いた書状で、トーキョー・シティーも冒険者不足に苦しんでいるということが分かった。爆弾低気圧は、おそらく明日くらいには収まるだろうから、出来れば明後日にでも、採掘場への遠征に向かってもらえると有り難い。ここから採掘場までは、途中で何も無ければ徒歩1日くらいで着く距離だが、モンスターや盗賊たちを倒しながらだと、おそらくもっと時間が掛かるだろう。念のため、遠征には1週間分くらいの食料などを持参していくと良い。遠征に必要な食料、薬草やマナポーションなどについては、こちらで提供する用意がある」
「分かりました。その方向で準備させて頂きます」
「有り難い。明日までは、私の屋敷でゆっくりしていくと良い。寝室は1人1部屋用意できるが、おま○こは好きなだけして構わんぞ。ムラカミ君はまだ若いから、したい盛りだろう?」
ノダ町長は、カラカラと笑いながら最後にそう言った。服の上からも分かるほど僕の愚息が勃起していては、からかわれても仕方なかった。
ノダ町長との会話を終え、来客用の居室に戻る途中。
「ねえ、きよたん。さっきの話、あたしには難しくて、ほとんど理解出来なかったんだけど」
「ああ、さっきの話は、アマツの政治にも絡む、ちょっと難しい話だったからね・・・・・・」
僕は、上水流さんの問いに暫し考えた上で、
「上水流さん、そしてみなみちゃんと瑞穂も、最低限これだけは理解しておいて。
1つ、今回のクエストの目的は、フナバシ・タウンの北方にある採掘場跡で、スライムを発生させている、悪い盗賊団の奴らを全滅させ、スライムの発生源を叩くこと。
1つ、ここから採掘場跡までは、徒歩でも1日くらいかかる距離にあるので、途中での野営は必須。念のため、1週間分の準備を整えて行く。
1つ。採掘場跡への遠征は、爆弾低気圧による暴風雨が止んだ後、明後日くらいに出発する。以上!」
「まあ、そのくらいならあたしにも理解出来るわ。任せておきなさい」
「きよたかさん、私も理解出来ました。支援とお料理は任せてください!」
「委細承知。このバロール様の力を見せてやろう」
とりあえず、3人とも最低限のことは理解出来たようだ。読者の皆さんも、もし僕とノダ町長とのやりとりが理解出来ないということであれば、上記の3つだけを頭に入れて、それ以外のところは適当に読み飛ばしちゃってください。
◇◇◇◇◇◇
居室に戻ると、上水流さんが僕に再び質問してきた。
「ねえ、きよたん。さっき、町長さんがきよたんのことを『ノブナガ公の再来』とか言ってたけど、ノブナガ公ってどんな人なの?」
「文字どおり、あの織田信長だよ。有名な戦国武将の」
「あたし、戦国武将なんて興味ないから、名前だけ言われても分からないんだけど」
「え!? 上水流さん、あの織田信長を知らないの!?」
思わず驚いた僕に、瑞穂も同じようなことを言ってきた。
「ふむ。無限なる叡智を誇る、魔眼の女王バロール様をもってしても、そのノブナガなる人物のことは、我のアカシック・レコードには記録されておらぬな」
「日本人のくせに、織田信長の情報が全く入っていないアカシック・レコードって、どんなポンコツなんだよ!?」
ちなみに、瑞穂が時々口にする『アカシック・レコード』とは、宇宙誕生からのあらゆる存在について、あらゆる情報が蓄えられているとされる記憶層を指すもので、基本的にはオカルト用語であるが、ファンタジー作品でも時々使われることがある。もっとも、瑞穂がそんなものにアクセスできる力を持っているわけではもちろん無く、中二病の発作により適当なことを言っているだけである。おそらく瑞穂は、アカシック・レコードの意味さえ、正確には理解していないだろう。
「えーと、きよたかさん・・・・・・」
「みなみちゃんも、織田信長のことは知らない?」
「私は一応、織田信長さんのことは知っています」
「へえ。どのくらい?」
「信長さんは、ものすごいイケメンの美男子で、桶狭間の地で今川義元さんと運命の出会いを果たし、永遠の契りを交わすんです・・・・・・」
「みなみちゃんの読んでたBL本って、そういうジャンルもあるの!?」
・・・・・・とりあえず、僕以外の3人には、そもそも日本の織田信長についてまともな知識が無いと言うことが分かったので、話の前提として、まず日本の織田信長について、僕から必要最低限の説明をすることにした。織田信長くらい知ってるよという読者さんは、以下の説明は適当に読み流して頂いて結構です。
「日本の織田信長は16世紀、現在から400年以上前の時代を生きた人物なんだけど、その時代の日本は、現代の日本みたいに一つの国にまとまっていたわけじゃなくて、日本を統治する天皇家も将軍家も政治の実権をほとんど失って、日本の各地は『大名』と呼ばれる有力な武士たちのほか、地域によっては寺社などの宗教勢力や農民などが勝手に争いを続けていて、『戦国時代』と呼ばれる収拾の付かない内乱状態に陥っていたんだ。
織田信長は、そんな戦国時代を終わらせるため、尾張の小大名から大きく勢力を伸ばし、日本のだいたい半分くらいを支配下に収めた人。信長自身は、志半ばで家臣の明智光秀という人物に殺されてしまったけど、その覇業は信長の家臣だった豊臣秀吉という人物に受け継がれ、秀吉が一旦は日本全土を平定したけど、色々あって秀吉の天下は一代で終わり、最終的に徳川家康という人物が、秀吉の死後に天下を平定し、日本の戦国時代を終わらせたんだ。それで、日本の戦国武将の中でも、戦乱の世を終わらせるのに大きな功績のあった、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人は『三傑』と呼ばれ、日本では特に有名なんだ。ここまでは分かる?」
「・・・・・・我が眷属よ、『終わり』の小大名とはこれ如何に?」
「瑞穂、『終わり』じゃなくて『尾張』! 尾張って言うのは日本の古い国名で、分かりやすく言うと、現在の名古屋付近。要するに、織田信長が父親から家督を継いだときの織田家は、その名古屋近辺を治めているだけの、小さな大名家に過ぎなかったんだ。それを、織田信長がわずか1代で、日本の半ばを平定するくらいの大勢力に成長させ、天下統一の足がかりを作ったんだよ」
「ねえきよたん、その織田信長って人が、何となく凄い人だって事は分かったけど、どうしてそんなに、勢力をものすごく広げられたの? 戦争にめっちゃ強かったの?」
「うーん、難しいことをさらっと聞くね。簡単に説明するのは難しいけど、織田信長という人は、確かに戦いにも強かったけど、何よりとても頭が良かったんだ。もともと織田家の武士たちは、劣勢になるとすぐ逃げる弱い連中だと言われていたんだけど、信長は当時の最新兵器だった鉄砲をいち早く導入し、また従来は兵士たちも平時は田畑を耕し、戦争のときだけ武器を持って戦うのが一般的だったんだけど、信長が治めていた当時の名古屋近辺は、農業も商業も盛んで経済力があったので、農作業を行わず戦争だけに従事する兵士たちを養成し、次第に弱点を克服していったんだ。
また、信長は当時の慣習にとらわれず、有能な人物とみれば、身分の低い者でもどんどん抜擢し、その才能を活用させたんだ。信長によって重臣に抜擢され、信長の死後に天下人となった豊臣秀吉は、もとは単なる農民の出身だったし、秀吉らに並ぶ織田家の重臣となった滝川一益は、身分の低い甲賀の忍者だったとも言われているし、信長の重臣となった後、自ら信長を殺して謀反人として名を残すことになった明智光秀も、その出自は不明で、一説には中間(ちゅうげん)という、武士ではなく単なる武士の従者に過ぎない身分から、その才能と教養によって信長に抜擢されたとも言われているよ。
そして、信長は内政でも手腕を発揮し、不要な関所や、当時は『座』と呼ばれた商人たちのギルドを撤廃するなど、革新的な政策で領地の経済を活性化させて行ったんだ。信長は、謀略や情報戦にも巧みで、かつての敵将を投降させて配下に加えたり、邪魔な敵の武将が主君に対し謀反を企んでいるという偽の情報を流し、その武将を敵の主君に始末させるといった類いの謀略も、数多く成功させているんだよ」
「ふーん、それだけ良いことをしているんなら、その信長って人は、すごい名君として称えられているんでしょうね」
「上水流さん。ところが、少なくとも日本においては、そうとも言い切れない面もあるんだ。織田信長という人物は、非常に正義感が強く、真面目に働こうとする人に対しては安心して働けるように取り計らう一方、仕事をサボる人には非常に厳しくて、一説には自ら城の普請工事を視察しているとき、人夫の一人が仕事をサボって女性を口説いているのを見ると、自ら刀を抜いてその人夫の許へ駆け寄り、即座に首を刎ねたと伝えられているんだ」
「こ、怖っ! それだけで首を刎ねられちゃうの!?」
「それ以外にも、長年自分に仕えてきた家臣を、ほとんど働きが悪い、職務怠慢というだけの理由で追放、つまりリストラしてしまったりすることも何度かあったんだ。信長は声が非常に大きく、実の弟に謀反を起こされた小規模な戦いでは、兵力では信長側が劣勢だったにもかかわらず、信長が大声で一喝しただけで敵の兵士たちがビビってしまい、そのおかげで勝ったという戦いもあるくらいで、家臣たちも信長を非常に恐れており、信長が1人の家臣を呼んだだけで、30人もの家臣が一斉に返事をしたというエピソードも残っているんだよ。でも、信長の残虐さで有名なのは、むしろこれから話すことだね」
「・・・・・・それ以外に、一体どんなことをしたのよ?」
「当時の日本、特に京都や奈良の周辺では、有名なお寺なども僧兵という独自の軍事力を持っており、異なる宗派の寺と互いに抗争を続けていたんだけど、仏教という宗教的権威がバックにあったので、そうした寺社勢力には、大名たちも手を出せなかったんだ。ところが信長は、当時の日本では最高の宗教的権威だった比叡山の延暦寺を、自分に対する敵対行為を理由に、自ら兵を率いて延暦寺の焼き討ちを敢行し、山に立て籠もっていた人々数千人を皆殺しにして、寺の由緒ある建物も全部焼き払ってしまったんだ」
「・・・・・・そんなことをして、天罰が下ったりしないの?」
「当然、信長は当時の人々から『仏敵』『第六天魔王』などと散々に非難されたけど、信長はそのような非難をものともせず、ライバルの武田信玄という大名から、延暦寺の焼き討ちを非難する内容の手紙が来ると、その返書に自ら『第六天魔王 信長』と署名し、この返書を読んで驚いた武田信玄は、『信長は天魔の変化』と恐れたらしいよ」
「第六天魔王・・・・・・。なんと素晴らしい響きであろうか・・・・・・」
例によって中二病の発作を起こした瑞穂が、『第六天魔王』というフレーズに惹かれたような顔をしているが、僕は構わず説明を続ける。
「そして、織田信長にとって生涯最大のライバルとなったのは、一向宗という仏教の宗派のトップであった本願寺顕如で、当時の一向宗は全国各地に多くの信徒を持ち、一向宗の信者たちは農民であっても、死を恐れず武器を持って立ち向かってくるというので、各地の大名からも恐れられる存在だったんだけど、武士による天下統一を目指す信長にとっては、一向宗との戦いは避けて通れない道だったんだ。
信長は、手強い一向宗との戦いにあたっては、徹底したジェノサイド、皆殺し作戦を容赦なく実行したんだ。一番有名なのは、長島の一向一揆を数年にわたる戦いの末ようやく制圧したとき、城に立て籠もっていた約2万人もの信者たちを、焼き討ちで皆殺しにしたこと。それ以外にも、正確な記録は残されていないけど、別の地方でも数万人規模の虐殺を行ったらしいよ。
信長自身が残した言葉ではないけど、信長のほかにさっき説明した豊臣秀吉、徳川家康がどのような人物だったのかを示すものとして、信長は『泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』という感じの人だったという、作者は不明だけど有名な俳句が残っていて、信長には実際以上に残虐な人物だったというイメージが現代でもつきまとっているよ」
「・・・・・・きよたん、ホトトギスが泣かないなら殺してしまえって、相当にやばい人みたいな気がするんだけど」
「上水流さん、今紹介した俳句はあくまで後世の人によるイメージで、実際の信長はそこまで無用に残虐なことばかりをする人では無かったみたいなんだけど、それでも当時の人たちから見れば、信長が相当にやばい人物に見えたことは確かだろうね。
信長は、最期には重臣の明智光秀に謀反を起こされ、京都の本能寺で殺されてしまったんだ。この事件は、日本史では『本能寺の変』と呼ばれているけど、謀反の動機は現代でも不明のままで、歴史学者や歴史愛好家などによって50以上もの説が唱えられ、日本史上最大のミステリーとも言われているんだ。ただ、そうした説の多くが、信長のそうした苛烈な性格に光秀が付いて行けなくなった可能性などに言及しているよ」
「・・・・・・きよたかさん、今川義元さんの話はまだですか?」
「えーと、僕としてはその話は省略しようかと思ってたんだけど、みなみちゃんはどうしても聞きたい?」
「是非聞きたいです!」
「みなみちゃんの読んだBL小説で、二人がどういう扱いになっているかは知らないけど、史実における織田信長と今川義元は全くの敵同士だったんだ。今川義元は、現在の静岡県や愛知県あたりを治める、当時としては全国屈指の有力大名だったんだけど、その今川義元が約2万の大軍で攻め込んできたとき、織田信長は桶狭間の戦いで、約2千の兵で総大将の今川義元を討ち取り、この戦いで信長の武名は一気に上がったんだ」
「信長さんは、義元さんと桶狭間で永遠の愛を誓い合ったのでは無く、殺しちゃったんですか・・・・・・」
「まあね。信長と盟友関係にあったと言えるのは、むしろ徳川家康で、家康は主君であった今川義元が戦死した後、今川家から独立し、それまで敵対関係にあった信長と同盟を結んだんだ。戦国時代では珍しいことに、その後信長と家康の同盟は約20年もの間、信長が殺されるまで続いたんだよ」
「信長さんにとって、生涯の愛を誓い合った相手は、家康さんだったんですね・・・・・・」
「みなみちゃん、いい加減そういうBL的な発想から離れようよ。真面目な歴史ファンから苦情が来るかも知れないから、変な妄想を浮かべてウットリするのは止めて!」
「はーい、きよたん、質問! 信長は、たった2千の兵で、どうやって今川義元を討ち取ったのよ?」
「・・・・・・上水流さん、そこまで説明しないとダメ?」
「むしろ、一番重要なところじゃないの。さっさと説明しなさいよ」
「えーとね、結論から先に言うと、信長がどうやって今川義元を討ち取ったかについては、今日でもいろいろな説があって、詳細ははっきりしていないんだ。その中の一つとして、僕のお父さんが支持していた説としてなら説明できるけど、それでも良い?」
「まあ、それで良いわよ」
「じゃあ説明するね。今川義元という武将は、戦国時代における今川家の最盛期を築き上げた人物ではあるんだけど、重要な戦いの指揮はほとんど家臣たちに任せていて、桶狭間の戦いに至るまで、自ら重要な戦いの指揮を執ったことはほとんど無かったんだ」
「へえ、それで?」
「今川義元が、自ら2万もの兵を率いて出兵したのも、実は織田家に攻め入るためではなく、織田家の軍勢に包囲されていた、大高城という城を救援するのが本来の目的だったんだ」
「なんで、兵力の少ない織田家が、今川家の城を包囲できるのよ?」
「そもそも、今川義元が今川家の全盛期を築き上げることが出来たのは、父親から家庭教師として付けてもらった太原雪斎というお坊さんがとても有能な人物で、そもそも義元が家督争いに勝利して今川家の当主に就くことができたのも雪斎のおかげだし、義元が当主になってからも、今川家は内政や外交のみならず、戦いの指揮までほぼ雪斎にお任せという状態が結構長く続いたんだ。その雪斎のおかげで、今川家は全盛期を迎えることが出来たわけ。
桶狭間の戦いから遡ること約5年前、その雪斎は60歳で亡くなったんだけど、その後の今川家には、雪斎の代わりが務まるような人材はいなくて、更なる領土拡大の戦いを起こすどころか、既に支配下に組み入れていた、家臣団の統制すら危うい状態になってしまったんだ。
さらに雪斎の死後、信長が仕掛けた謀略に義元が簡単に引っ掛かって、大事な家臣を自ら殺してしまったことから、義元自身は無能だと信長に見抜かれ、その後は信長の謀略による今川家の切り崩し作戦が始まって、既に桶狭間の戦い以前から、今川家を見限って織田家に寝返る家臣も現れたりして、今川家は織田家に対し、やや押され気味の状態になっていたんだよ。
今川義元が、どうして敢えて2万もの兵士を動員し自ら大高城の救援に赴いたのかについては諸説あって、ただの大高城救援にしてはあまりにも兵力が多すぎるので、一気に織田家を滅ぼそうとしたという説のほか、京都への上洛も考えていたのでは無いかという説もあるんだけど、僕のお父さんは、今川家は本気になればこれだけの大軍を動員できるんだと周囲に見せつけて、今川家の劣勢を挽回しようと考えていただけであって、おそらくそれ以上のことは深く考えていなかったんだろうと結論づけていたんだ」
「まあ、義元が何を考えていたかはどうでもいいから、話を続けて」
「それで、もともと大高城を救援するには、先鋒の数千人ほどで十分だろうという見通しの戦いだったんで、義元は戦いの見物をしようと、自ら率いる約5千の本隊を軍のかなり前方に繰り出して、今川軍は義元本隊の後に、かなりの数の後続部隊が続いているという状態になっていたんだ」
「それで、信長はその義元本隊を狙って、一気に突撃を掛けたってわけ?」
「結論としてはそうなるんだけど、信長が事前に、義元本隊の動きを知っていたと思われる確かな証拠は無いんだ。むしろ、自ら兵を率いて大高城方面にやってきた信長が、何とかして自軍の劣勢を挽回しようと、思い切って今川方の適当な部隊に攻撃を仕掛けたところ、それがたまたま義元の本隊だったという可能性の方が高い」
「何それ!? 信長って、めちゃくちゃに運が良かったってこと!?」
「確かに運は良かったけど、信長にはそのチャンスを活かす才能もあったんだ。信長本隊が襲撃する前に一時豪雨が降っていたこともあって、信長本隊の襲撃により義元の本隊は混乱状態に陥ったんだ。
攻撃を掛けた当初の信長は、急襲で今川軍に損害を与えた後、今川軍が体制を立て直したら素早く退く、いわゆる一撃離脱作戦を考えていたらしいんだけど、戦闘の最中に信長が斥候からの報告を受け、今戦っている敵部隊の中に今川義元の輿があることを知ると、信長は急遽作戦を変更し、家臣たちに向かって今回は特別な戦いだ、今川義元の首だけを狙え、それ以外の武将などは討ち取っても首などは取らず捨て置け、義元以外の首を取って来ても手柄としては認めないという、当時の戦いとしては異例の命令を出したんだ。
それ自体は有名な話なんだけど、『信長公記』という史料には、手柄を認めてもらおうと義元以外の首を持ってきた家臣たちに対し、信長が同じ命令を何度も言い聞かせたという趣旨の記述があるから、少なくとも最初から義元の首だけを狙う作戦では無かったはずだというのが、お父さんの持論なんだけどね。
一方、信長本隊は約2千の兵がいたにもかかわらず、今川方の斥候は信長本隊の兵力を見誤って約700人と過少に報告してしまい、それもあって義元の本隊は、義元の首だけを狙ってくる信長本隊の襲撃に対し、適切に対応することが出来なかったんだ。
そのうち、多くの武将を討ち取られて義元の周囲も危険になったので、義元は一時退却しようとしたものの、泥田に足を取られるなどして退却も上手くいかず、そのうち織田方の兵士たちに追いつかれて、義元は武家の名門今川家の当主という立場にありながら、当時の作法に則り自害する暇もなく、自ら織田方の兵士と戦って殺され首を取られてしまうという、名門の武家としては前代未聞の醜態を晒してしまい、残っていた今川方の武将たちも義元戦死の報で戦意を失い、そのまま全軍撤退。
今川方は、当時における戦い方の常で、自軍の兵力をおよそ5万ないし6万と吹聴して回っていたんだけど、桶狭間の戦いで見事に義元を討ち取った信長はそれを逆手にとって、自分は6万の今川軍にわずか2千の兵で勝って見せたなどと吹聴して回り、自らの武名を多いに高めたんだよ。もっとも、この戦いに勝った後も、信長が持っていた兵力はさほど多く無かったので、その後美濃国、現在の岐阜県にあたる地域の征服にはかなり苦戦し、完全征服まで約7年を掛けているけど、それでようやくまとまった数の兵力を手にした信長は、その後一気に勢力を拡大させたわけ。ちなみに、現代まで残る岐阜という地名を付けたのも、織田信長なんだよ」
「・・・・・・きよたんの話だと、信長って人は凄いところもあるけど、結構せこいこともやる人だったのね」
「そのとおり。日本のテレビドラマなんかで演じられている織田信長の多くは、非常に格好良い感じにされているから知らない人も多いみたいだけど、信長の情報工作に翻弄された武田家のある重臣は、自らの著書の中で、『信長という男は本当に嘘が多い』となどと、信長を非難しているくらいだからね」
◇◇◇◇◇◇
「さて、日本における織田信長のことを喋り続けているときりが無いんで、そろそろ本題に移りたいんだけど、ちょうど日本で信長が亡くなった時期のアマツ世界は、日本の戦国時代を上回る混乱状態に陥り、アマツの人類は滅亡してもおかしくない状態にあったんだけど、当時のアマツ世界を管理していたエイレーネーという女神様は、アマツ世界を滅亡の危機から救う起死回生の手段として、この織田信長にかなり強力な力を与え、アマツ世界に冒険者として転生させたんだ。
それが、このアマツ世界における『ノブナガ公』、アマツでの呼び方では『ノブナガ・オダ』となったわけ」
「・・・・・・いくら世界の危機とは言え、そんなやばい人をこの世界に転生させたら、相当にやばいことになったんじゃないの?」
「うん。実際、相当やばいことになったみたいです。ちょっと、話が思った以上に長くなってしまったんで、ちょっと休憩してから、このアマツ世界でノブナガ公がどんなことをやってのけたのか、アマツ世界の歴史も含めて、できるだけ簡単に説明するね」
「ちょっと、きよたん! こんな中途半端なところで、話を切らないでよ! 続きが気になるじゃないの!」
(第18話の2に続く)
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