僕の転生した世界があまりにも生々しい件

灯水汲火

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第1章 訓練生編 『目指せ、アマツ世界を救う冒険者!』

第12話 最終模擬クエスト

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第12話 最終模擬クエスト


 卒業筆記試験から一夜明け、僕は上水流さん、みなみちゃん、瑞穂との4人仮パーティーで、最終模擬クエストに臨むことになった。
「皆さん、この最終模擬クエストを無事クリアして、冒険者としてのパーティーを結成すれば、センターの訓練生を卒業し、いよいよ一人前の冒険者として活躍してもらうことになります。クエストの達成条件は、仮パーティー全員で、ゴブリンを50匹以上倒してくること、そして全員生還してくることです。これまでのクエストと違って、先生の付き添いはありません」
 タマキ先生が、いつになく真剣な表情で、僕たちにクエストの内容を告げる。
「この仮パーティーに関しては、最初から上級職のきよたんと、既に上級職となっているもえちゃんがいるためか、これまで先生の助けを必要としたことは一度も無かったけど、ゴブリンはとても数が多いから、調子に乗ってあまり深追いはしないでね。それと、ゴブリンの探索地域は、トーキョー近辺でも比較的危険が少ない、いつもの北門近辺にしておくけど、最近、この地域でも危険なモンスターが出現して、死者を出した冒険者のパーティーがいるという報告を受けているから、くれぐれも気をつけてね。もし危険なモンスターと遭遇してしまったら、クエスト達成なんかより、全員生きて帰ってくることを優先してね。生きてさえいれば、最終模擬クエストなんて何度でも挑戦できるんだから」
「タマキ先生、心配し過ぎよ。あたし、この近辺でのゴブリン狩りなんて、もう飽きちゃうくらいやってるから、ゴブリンなんて楽勝よ」
「もえちゃん、先生としてはむしろもえちゃんが一番心配なのよ。以前、もえちゃんがエダマメさんのパーティーに仮加入させてもらったとき、エダマメさんの制止も聞かずにゴブリンたちを深追いして包囲されちゃって、危ないところで救出されたことがあるじゃない。それが原因で、エダマメさんのパーティーには正式加入を断られちゃったんだから」
「それは、あたしがまだ、武闘家のレベル18だった頃の話じゃないの! 今のあたしは、上級職モンクのレベル8よ! あんな不覚は取らないわよ!」
「レベルの問題じゃ無いの! ゴブリンたちは、一匹自体の戦闘力は大したこと無いけど、危険になれば数に物を言わせた集団戦を仕掛けてくるから、たとえ上級職でも、一人で深追いしたら簡単にやられちゃうわよ。リーダーはきよたんだから、きよたんの指示をしっかりと聞いて、他のメンバーともちゃんと連携して戦うこと。今回のクエストは、それが出来るかどうかの試験だと思ってちょうだい。いいわね?」
「・・・・・・分かったわよ」
 出発前からタマキ先生に説教され、上水流さんが渋々ながら頷く。
「じゃあ、みんな行ってらっしゃい。健闘を祈っているわ。きよたん、もえちゃんをよろしくお願いね」
「分かりました。行ってきます」
 こうして、僕たちは北門でタマキ先生と別れ、ゴブリン討伐の最終模擬クエストに出発した。

◇◇◇◇◇◇

 トーキョー・シティーの近辺には、時々他のモンスターもいるが、圧倒的に多いモンスターはゴブリンである。アマツ世界におけるゴブリンは、原始的な刃物や弓などで武装して戦う、小鬼のような顔をした人型のモンスターで、体格は人間よりやや小柄だが、知能はそれなりにあって、群れをなして襲ってくることが多いため、戦闘訓練を受けていない一般人や、低レベルの冒険者にとってはそれなりの脅威となる。
 もっとも、ゴブリンの恐ろしさは、その高い繁殖力にあり、冒険者たちに狩られてもなかなか数が減らず、むしろ数を増やし続け、人類の生存権を脅かしている。ゴブリンの社会にも内部序列があるらしく、人間を襲ってくる下級の雄ゴブリンは、常に性欲に飢えており、人類の男は殺して金目の物や光る物を奪い、人類の女を見つけると、捕らえて自分たちの性欲のはけ口に使おうとする。今のところ、人間とゴブリンのハーフが生まれたという報告は無いが、性交渉自体は可能らしい。
 雑魚の下級ゴブリンたちをいくら殺しても、金目の物を落としてくれるわけでもなく、死体から価値のある素材を取れるわけでもないので、冒険者たちもトーキョー・シティーが結構割の良い報酬の出るクエストを出さなければ、わざわざ危険を冒してゴブリンたちを狩ろうとはしない。
 そのため、討伐報酬に冒険者の育成などを含めたゴブリン対策にかかる費用は、トーキョー・シティーの財政を圧迫する要因となっており、トーキョー・シティーはゴブリンの被害等による人口減少と財政逼迫に苦しんでおり、下手をすればゴブリンたちに滅ぼされかねない状況に陥っている。成人男性のオナニーを禁止するというとんでもない内容を含む『少子化対策特別措置法』がトーキョー・シティーの議会で可決されたのも、このままでは人類がゴブリンの繁殖力に圧倒されて滅んでしまうという強い危機感がその背景にあるという。
 僕が、そんなゴブリンの脅威からアマツの人類を救うにはどうしたら良いか考えていると、早速ゴブリンたちの群れが、僕たちの前に姿を現した。
「敵影発見! 敵はゴブリン10匹前後! みなみちゃんと瑞穂は、いつもの通り後方から僕と上水流さんを援護! 上水流さんは、適度に暴れ回ってゴブリンたちの陣形を撹乱して!」
「分かったわ。このあたしに任せなさい!」
 上水流さんが、意気込んでゴブリンの群れに突っ込んだが、ゴブリンたちは上水流さんを見た途端、何やらキキー、キキキーなどと喚き立てて、僕たちと戦おうともせず一目散に逃げ出してしまった。
「追撃!」
 僕たちはゴブリンたちの群れを追い、僕と瑞穂の攻撃魔法や、みなみちゃんのクロスボウで3匹のゴブリンを倒し、上水流さんも2匹のゴブリンを倒したが、他のゴブリンたちには逃げられてしまった。
「追撃止め! 上水流さん、一旦戻ってきて!」
 僕が大声で呼び止めると、逃げるゴブリンたちを追い回していた上水流さんは、一旦戻ってきた。

「最近のゴブリンたちって、なぜかあたしを見ると戦わずに逃げちゃうのよ。一体どうなってるのかしら」
 上水流さんが、そう言って首をかしげる。
「えーとね、今僕の『通訳』スキルを使って、ゴブリンたちの会話を概ね解読できたんだけどね、上水流さんはゴブリンたちの間でも、結構有名な存在になっちゃってるみたいだよ」
「きよたん、今のゴブリンたち、あたしを見て何て言ってたのよ?」
「・・・・・・上水流さん、教えてもいいけど、聞いても怒らない?」
「別に怒ったりしないわよ。何て言ってたの?」
「『うわー、ゴリラが来たぞ、逃げろー』って」

 ボカッ!!

 僕がそう言った途端、上水流さんはいきなり、僕の顔を思い切り殴ってきた。しかも、戦闘用のナックルダスター付きで!
「誰がゴリラよ! 殴るわよ!!」
 思わず地面に転倒した僕に向かって、上水流さんが怒鳴りつけてきた。
「殴ってから言わないでよ!」
 今の一撃で、僕のHPが半分くらい減っちゃったぞ! みなみちゃんが慌てて僕に『ヒール』を掛け、僕自身も『キュア』を掛けてHPを回復させ、何とか事無きを得たけど。
「上水流さん、別に僕がそう呼んでるわけじゃ無いから! ゴブリンたちが、上水流さんのことをそう呼んでいただけだから!」
「うぬぬ、よりによってあたしのことをゴリラ呼ばわりするとは、あのゴブリンたち、許せないわ・・・・・・」
「許せないのは、もえさんの方ですよ!」
 みなみちゃんが、これまで見たことも無いほど怒りを露わにして、僕と上水流さんの会話に割り込んできた。
「もえさん、私の大事なきよたかさんを殺す気ですか!? いくら強くても、そんなことをする人は、パーティーのメンバーとして認められません!」
「い、いえ、別に殺すつもりじゃなかったんだけど・・・・・・」
「もえお姉ちゃん、それで済む問題じゃないよ! お兄ちゃんだから何とか耐えられたけど、瑞穂があんな風に殴られたら、間違いなく一撃で死んじゃうよ!」
 みなみちゃんだけでなく、瑞穂まで怒りを露わにして上水流さんに猛抗議し、上水流さんは慌てて謝罪するも二人の怒りは収まらず、最終的には僕の取りなしで上水流さんが僕たちに土下座して謝り、ようやく一応の仲直りということになった。


「それできよたん、これからどうするの? まだ、ゴブリン5匹しか倒してないわよ。あたしとしては、あたしをゴリラ呼ばわりしたゴブリンたちを、皆殺しにしてやらないと気が済まない気分なんだけど」
 先程土下座をさせられた上水流さんが、不機嫌な様子でそう言ってきた。そんな発想だからゴリラって呼ばれるんだよって喉まで出掛かったけど、また殴られたら嫌なので、出掛かった言葉は何とか喉の奥に飲み込んだ。
 僕はしばし考えたのち、ふと呟いた。
「いや、いっそのことそれも悪くないか」
 僕の言葉に、なぜかみなみちゃんと瑞穂、そして上水流さんまでが、驚きの声を上げた。
「・・・・・・きよたかさん、気は確かですか? さっきもえさんに殴られて、頭がおかしくなったりしてませんか?」
「みなみちゃん、そんなんじゃないから大丈夫だよ。僕の『捜索』スキルを使えば、逃げたゴブリンの足跡などを手掛かりにして、ゴブリンたちのアジトを突き止めることは可能だし、人を襲ってくる下級のオスゴブリンたちをいくら殺したところで、繁殖力の強いゴブリンたちの数は一向に減らない。ゴブリンたちの数を減らすには、奴らのアジトへ乗り込んで、メスや子供たちも含めて皆殺しにするくらいのことをやらないとダメだ。それに、あの逃げたゴブリンたちの様子を見る限り、僕たちをおびき寄せて罠にはめようというのではなく、どうやら上水流さんを本気で恐れているようだ。おそらく、あのゴブリンたちは、上水流さんに対抗する手段を持ち合わせていない」
「でも、タマキ先生は、ゴブリンさんたちを深追いしたら危険だって言ってませんでしたか?」
「確かに、上水流さん一人で乗り込んだらさすがに危ないけど、後方からみなみちゃんと瑞穂が『ヘイスト』や回復魔法で支援して、僕と上水流さんが連携して立ち向かえば、そのくらいのことは十分出来ると思う。それに、遭遇した途端に逃げるゴブリンたちを追うだけでは、ノルマの50匹討伐をいつ達成できるか分からないし、長居するのはかえって危険だ。僕も腹をくくった。それぞれが自分の力を知り、みんなで力を合わせれば、絶対大丈夫。絶対に崩れない」
「きよたかさんがそこまで言われるのなら、私も従います」
「ふっ。薄汚いゴブリンたちに、この偉大なる魔眼の女王バロール様の力、とくと見せつけてやろう」
「決まりね。これまでの鬱憤を晴らしてやるわ」
 こうして、僕たちは逃げたゴブリンたちの足跡を追い、ゴブリンのアジトへ乗り込むことになった。

◇◇◇◇◇◇

 ゴブリンたちのアジトは、さほど時間もかからずに見つかった。街道から外れた細い獣道を進んでいくと、山間部にそれらしき場所があり、簡素な柵に囲まれたアジトを、数匹のゴブリンたちが警備していた。
「みなみちゃん、瑞穂、僕と上水流さんに『ヘイスト』を掛けて。僕たちが突破に成功したら、僕たちに続いてアジトに乗り込み、僕たちへの支援が必要なさそうだったら、一匹でも多くゴブリンたちを倒し経験値を稼いでね」
「分かりました」
「委細承知した。魔眼の力、とくと見せてやろう」
「それじゃあ、上水流さんは僕と一緒に突撃ね」
「わかったわ。今度こそ、あたしの力の見せ所ね」

「「おりゃあああああ!!」」
 『ヘイスト』で速度を上げた僕と上水流さんが突撃していくと、それだけで警備のゴブリンたちは脅え、慌てて奥の方へ助けを呼びに行った。これなら行ける!
「喰らいなさい! 竜巻旋○脚!」
 上水流さんが、どこかの格闘ゲームで見たような、常人には到底出来そうに無い足技を繰り出し、もの凄い勢いでゴブリンたちをまとめてなぎ倒していく。僕も負けじと、ゴブリンたちを剣で次々と斬り倒していった。
 劣勢になったゴブリンたちは、何とか上水流さんに対抗しようと、整列して上水流さんに弓の一斉射撃を掛けようとするが、そうはさせない!
「ホーリーカッター!」
 僕が放った、魔法の力による光の刃がゴブリンたちに襲いかかった。『ホーリーカッター』は、攻撃魔法の中では威力が比較的弱いとされているものの、スキルポイントの関係で僕はこれしか攻撃魔法を習得していないので、これまでの訓練でかなり使い込んで熟練度レベルを上げている。少なくとも、目の前にいるゴブリンたちをまとめて片付けるには、十分過ぎるほどの威力があった。
 さらに奥へ進むと、今までのゴブリンたちよりは体格が良く、やや立派な装備を身につけたゴブリンたちが出てきた。一応『鑑定』スキルを使ってみたが、敵の名称はゴブリンリーダー、推奨レベルは基本職レベル20。今の僕たちなら余裕で行ける。
「あれがボスね。喰らいなさい、北斗百○拳!」
 上水流さんが、怒濤の勢いで連続パンチを繰り出す。その名前に違わず、あんなものを喰らったら僕でも死ぬと思えるほどの連撃がボスらしきゴブリンに襲いかかり、先程までゴブリンだったものは、もはや原型を留めないほどの単なる肉塊と化した。
「ふん。お前はもう、死んでいる」
「いや、誰がどう見ても死んでるから」
 上水流さんの、わざとらし過ぎる決め台詞に、僕が思わず突っ込んだ。技の名前がどこかで聞いたことのあるものばかりなのは、きっと上水流さんも、日本ではそういう漫画やゲームが好きだったからなのだろう。ただ、いつまでもパクリを続けるわけには行かないし、そのたびに上水流さんの台詞を伏せ字にするのも結構な手間になるから、そのうち上水流さんオリジナルの技名を考えてあげる必要があるかも知れない。
 その後は、もはや戦闘ではなく、僕たちによる一方的な虐殺となった。逃げ惑うゴブリンたちを、容赦なく剣で切り倒したり、魔法で倒したり。僕も上水流さんも、ゴブリンたちの返り血で真っ赤な姿になり、もはや僕たち以外に生きているものはいないと確認したところで、ようやく戦闘は終了した。
「ふっ、我が魔眼の前に敵無し!」
 瑞穂が、ゴブリンの死体の山に向かって、中二病がかった台詞と決めポーズを繰り出した。あまりにも痛い光景だが、『魔眼』スキルのレベルを上げるという正当な目的がある以上、僕としては苦笑いしながら見守るしかない。
「何言ってんのよ、このがきんちょ。あんたが倒したゴブリンなんて、せいぜい5匹くらいでしょ? ほとんどはあたしときよたんが倒したじゃない」
「そんなことないもん! 瑞穂だって、頑張ってゴブリンを30匹倒したよ! レベルも16に上がって、『エンチャント』の魔法を覚えたよ!」
 上水流さんの突っ込みに、素に戻った瑞穂がムキになって反論する。
「『エンチャント』って何よ?」
「上水流さん、『エンチャント』は、味方の物理攻撃力を一時的に上昇させる支援魔法だよ。さらに、例えば『ファイア』と『エンチャント』の両方を持っていれば、味方の武器に火属性を付与するっていった感じの使い方も出来るんだ」
 僕が、瑞穂の代わりに答える。ちなみに、瑞穂が『エンチャント』を習得して喜んでいるのは、僕があらかじめ、『エンチャント』は『ヘイスト』と並ぶ重要な支援魔法だから、早めに習得して欲しいと言い聞かせておいたからである。
「まあ、あたしにはよく分からないけど、ようするにこのがきんちょも、少しは戦力として役に立つようになるって事?」
「そうだけど、さすがに仲間を『がきんちょ』呼ばわりするのはどうかと思うよ。せめて『瑞穂』って呼んであげてよ」
「構わぬ、我が眷属よ。我が真名を安易に呼ばれるよりは、まだマシであろう」
「瑞穂、ひょっとして『瑞穂』って呼ばれるの、嫌いなの?」
「ううん。お兄ちゃんとみなみお姉ちゃんは、別に構わないよ」
 ・・・・・・ちょくちょく中二病モードになったり素に戻ったり、忙しい子だな。
「きよたかさん、すみません。私は・・・・・・10匹でした。レベルも、まだ15です」
「みなみちゃん、気にしないで。みなみちゃんの得意なクロスボウは、連射が効かないから。その分、回復魔法は瑞穂より得意なんだから、回復と支援をメインにやってくれればいいよ」
「あたしはいちいち数えてなかったけど、何匹くらい倒せたのかしら?」
「上水流さん、ステータス画面の『クエスト』欄を見れば分かるよ。討伐数563/50匹とあるから、4人合計で563匹。クエストは余裕で達成だね。あとは、金目のものがあるかどうか探して、帰還しよう」
 僕はそう言って、ゴブリンたちのアジトを一通り捜索した。
「ゴブリン狩りはお金にならないって言われているみたいだけど、そうでもなかったね。ボスの家を捜索したら、宝石や1000円銀貨もあったよ」
「1000円銀貨? 大した価値じゃないわよ、そんなの」
「上水流さん、1000円といっても日本円じゃなくて、アマツ円だから。日本円で考えるなら、1枚10万円くらいの価値があるやつだよ。たぶん、旅人や商人あたりから奪ったんだろうけど、一般庶民は目にすることもない高額貨幣だよ」
 ちなみに、トーキョー・シティーに住む市民の平均所得は、月額500アマツ円程度と言われている。アマツの人々は、現代の日本人よりかなり貧しいのだ。
「きよたかさん、全体でどのくらいの収入になりましたか?」
「1000円銀貨が10枚、100円銅貨が25枚。宝石の類については売ってみないと分からないけど、貨幣だけでも25,000アマツ円。日本円で考えれば数百万円くらいの収入になるね」
「お兄ちゃんすごい! 瑞穂たち、一気に大金持ちになっちゃったね!」
「いや、冒険者として活躍するには色々お金がかかるから、無駄使いはできないよ」
 僕は大喜びする瑞穂をなだめると、戦利品を鎧の中にあるバッグにしまい込み、3人と一緒に帰途に就いた。

◇◇◇◇◇◇

 その帰り道。
「何か、先の方にただならぬ感じの気配を感じる」
「きよたんも感じた? この感じ、たぶんゴブリンじゃないわね。結構やばい感じのモンスターよ」
「き、きよたかさん、何がいるんですか!?」
 僕と上水流さんの言葉を聞いて、みなみちゃんが慌て出す。4人の中で、『索敵』スキルを取っているのは僕と上水流さんだけで、みなみちゃんと瑞穂は取っていない。
「まだ分からない。でも、相当に危険なモンスターの可能性が高いから、みなみちゃんと瑞穂は、僕の後ろに付いてきて。僕の後ろにいれば、万一攻撃されても、僕の『かばう』スキルで守ってあげられるから」
「わ、わかりました!」
 みなみちゃんが答えて間もなく、そのモンスターが姿を現した。獰猛な虎の姿をしたそのモンスターは、口のあたりが血で汚れていた。どうやら、何かを喰ったばかりらしい。
「グルルルルルルルルルルル・・・・・・」
 モンスターが、不気味な咆哮を上げる。ついでに僕たちも喰ってやろうと言わんばかりだ。
「キラータイガー、推奨レベルは中級職レベル10」
 僕が、『鑑定』の結果を読み上げる。このスキルで得られた情報は、何らかの画面に表示されるわけではなく、僕の脳内に直接入ってくるのだ。僕自身が忘れる心配は無いが、仲間と情報を共有するには、こうして得られた情報を読み上げる必要がある。
「きよたん、それってどういうこと? あたしたちじゃ、勝ち目が無いってこと?」
「微妙なところ。推奨レベルっていうのは、安心して戦いを挑んで良い冒険者レベルっていう意味だから、推奨レベルより多少低くても、勝ち目がないというわけじゃない。ただし、4人のうちみなみちゃんと瑞穂は、まだ基本職のレベル16と15だから、戦うにはかなりこちらが不利だ」
「それじゃあ、逃げるの?」
「それも難しい。キラータイガーは、攻撃力だけじゃなくて素早さも非常に高いことで有名だから、逃げようとしても上水流さん以外はたぶん逃げ切れない。戦うしか無い」
 こうして、僕たちとキラータイガーの戦いが始まった。

「何よ、このモンスター!? 動きが速すぎて、あたしでも攻撃が全然当たらないわよ!」
「うにゃあああ! 瑞穂の『ファイア』も、余裕でかわされちゃう~!」
「みなみちゃんと瑞穂は、僕たちの回復と支援に専念して! 僕が、キラータイガーからの攻撃を引き受ける」
「お兄ちゃん、『エンチャント』も使っていい? まだスキルレベル1だけど」
「使って! 無いよりはマシ!」
 僕は、『挑発』スキルを使って、キラータイガーの注意を引きつけた。その結果、キラータイガーはほとんど僕ばかりを攻撃してくるが、こちらの攻撃は、剣も『ホーリーカッター』もほとんど当たらない。ただ、回復が追いつかないほどのダメージを受け続けているわけではないのが、不幸中の幸いだ。
「きよたん、何とかならないの? このままじゃ、一方的にやられちゃうわよ!?」
 上水流さんも、しばらく戦っているうちに弱音を吐き始めた。しかし、諦めたらその時点でこちらの負けだ。
「いや、まだ勝機はある。僕も、キラータイガーの動きに、だんだん目が慣れてきた」
 実際、これは単なる強がりではない。アマツ世界のシステムでは、強敵相手なら戦い続けるだけでも、冒険者としての経験値や各種スキルの経験値が上がっていく。僕も、戦っている間に騎士としてのレベルが7に上がったし、防御のコツもつかめてきたのか、攻撃によって受けるダメージも徐々に減ってきている。
 それでも、回復魔法を多用するためMPの消費が激しく、既に特濃マナポーションを2回も飲んでいる。みなみちゃんや瑞穂あたりは、そろそろマナポーションを切らしてしまうかも知れない。2人が戦力として役に立たなくなっては、いよいよ勝ち目が薄くなってしまうので、そろそろ勝負を仕掛ける必要がある。
「上水流さん、次の攻撃でカウンターを仕掛けるから、それに合わせて攻撃して!」
「分かったわ!」
 キラータイガーが、もう何十回目か分からない、僕への攻撃を仕掛けてくる。相変わらずの速さ・・・・・・かと思いきや、散々走り続けたためか、若干疲れの色も感じられる。
「グオオオオオオオン!!」
「今だ!」
 僕は、盾でキラータイガーの攻撃を受け流しつつ、剣でキラータイガーの前足を薙いだ。
「グオオオオオオ!?」
 僕のカウンター攻撃が命中し、左の前足に重傷を負ったキラータイガーが、大きな悲鳴を上げる。
「喰らいなさい! 北斗百○拳!」
 足の傷で自慢の機動力を失ったキラータイガーに、上水流さんの連続パンチが炸裂する。先ほどのゴブリンリーダーは一撃で肉塊と化したが、キラータイガーは相当にHPが高いらしく、上水流さん自慢の連続パンチでも、そう簡単には死んでくれない。
「ふん。お前はもう、死んで・・・・・・ない!?」
「上水流さん、ふざけてないで攻撃を続けて! こいつは格上の敵だから、いくら上水流さんでも一撃では倒せないよ!」
 この期に及んで、例の決め台詞をやろうとする上水流さんに、僕は内心うんざりした。ある意味、瑞穂より格好悪いぞ。
「ふざけてなんかいないわよ! ぼくと、せんじゅかいけーん!!」
 上水流さんが、気を取り直してパンチの連打を再開する。
 キラータイガーは、攻撃力と素早さ、生命力に優れているものの、防御力はそれほどでもない。転倒して動けなくなったキラータイガーを、僕が前から剣でめった刺しにし、上水流さんが横から得意の連続パンチで連続攻撃を続けると、さしものキラータイガーも、徐々に体力を失って動かなくなった。
「・・・・・・これで倒せたかしら?」
「いや、既に戦闘不能状態ではあるけど、HPはわずかに残ってる。みなみちゃん、クロスボウでとどめを刺してやって」
「私がですか?」
「モンスターにとどめを刺すと、経験値にボーナスが入るんだよ。4人の中で、冒険者レベルが一番低いのはみなみちゃんだから、少しでも経験値の足しにして」
「そういうことですか。では、キラータイガーさん、・・・・・・さようなら」
 みなみちゃんは、キラータイガーの眉間にクロスボウを命中させ、ようやくキラータイガーは絶命した。みなみちゃんにボーナスの経験値が入り、レベルが16に上がった。
「やった! 勝ったわよ!」
「ふっ。我が魔眼の前に、敵無し!」
 上水流さんと瑞穂が、喜びの声を上げる。瑞穂の中二病については、魔眼スキルの訓練という意味合いもあるし、瑞穂自身も『ヘイスト』や『エンチャント』、僕の治療などでそれなりに貢献しているので、まあ大目に見てやってください。
「何とか勝ったか・・・・・・。よし、戦利品として、このキラータイガーの遺体を持ち帰ろう」
「きよたん、モンスターの死体なんか持ち帰って、何に使うのよ? それに、このキラータイガー、たぶん体重は相当に重いわよ?」
「分かっているけど、持ち帰る価値は十分にある。キラータイガーの皮膚は、高級毛皮の材料として高く売れる。肉も高級品として高く売れるし、牙も装飾品の材料なんかで需要がある。ゴブリンなんかと違って、捨てるところがないくらいの価値があるんだよ。何とかトーキョーまで持ち帰れば、かわたさんにかなりの高値で買い取ってもらえるよ」
「かわたさんって誰よ」
「人の名前じゃ無くて、アマツでは牛や馬、モンスターなんかの死体を処理して、皮革なんかを作る仕事をする人たちのことを『かわた』って言うんだよ」
 ちなみに、江戸自体までの日本にも、これと似たような仕事をする人たちがおり、日本では主に穢多(えた)と呼ばれていた。アマツのかわたは、日本の穢多と異なり、表向き差別的な取り扱いは受けていないが、それでも汚いものを取り扱い、また皮革を作る作業で酷い悪臭を放つことに変わりは無いので、トーキョー・シティーでは、かわた業を営む人たちの居住地域は、一定の場所に制限されている。
 所々、現代の日本とあまり変わらない、あるいは現代の日本以上に進んでいるところもあったりするが、アマツ世界の全体的な文明度は、おそらく江戸自体の日本と大きく変わらないくらいのレベルなのだ。
「それじゃあ、キラータイガーの死体はあたしときよたんで運ぶとして、きよたんはそういう知識を、一体どこで身につけたの?」
「僕は、『鑑定』なんかの商人スキルも結構取ったから、ステータス画面から見られるそうしたスキルの基本的な説明文をひととおり読んだし、午前中の講義は特別扱いで各方面の専門家が来ていろんなことを教えてくれたから、こういうモンスター関連の知識だけじゃ無くて、アマツの歴史や地理なんかについてもひととおり教わったよ」
「・・・・・・きよたんって、実は相当なガリ勉なのね。単に、おちん○んがデカいだけの臆病な子だと思ってたわ」
「上水流さん、僕を一体何だと思ってたんだよ!」

◇◇◇◇◇◇

 そんなことを喋りつつも、僕は上水流さんと二人がかりでキラータイガーの死体を担いで、何とかトーキョー・シティーの北門まで辿り着いた。みなみちゃんと瑞穂も無事だ。
「きよたん、今まで何やってたのよ!? てっきり、きよたんたちのパーティーも全滅したのかと思って、先生心配してたのよ!」
 僕たちの帰りを待ちわびていたらしいタマキ先生から、いきなり怒られてしまった。
「すみません。クエストを達成して帰る途中に、こいつと出くわしちゃって、何とか倒して持ち帰ってきたところです」
「こいつって、・・・・・・これキラータイガーじゃないの! こんな凶暴なモンスターが北門近くにいたの!? 南門方面に時々出没するっていう話は聞いていたけど・・・・・・」
「いました。しかも、帰る途中に、僕たちの帰り道を塞ぐような感じで現れたんで、何とか戦って倒すしかありませんでした」
「まあ、相手がキラータイガーじゃ、逃げるのも難しいでしょうからね・・・・・・。でも、上級職が2人いるとは言え、こんなモンスターよく倒せたわね。トーキョー・シティーでも、キラータイガーを倒せるパーティーなんて、数えるほどしかいないわよ」
「・・・・・・正直言って、僕たちもギリギリの戦いでした。一時は死も覚悟しましたよ」
「それと、ゴブリンの討伐数が567匹って、一体どんな戦い方をしたのよ? きよたんも、もえちゃんも、返り血で全身真っ赤になってるけど」
「ゴブリンたちが、上水流さんの姿を見ただけで逃げちゃうんで、思い切ってゴブリンたちのアジトに殴り込みを掛けて、一匹残らず殺し尽くしました」
 ちなみに、先程から討伐数が4匹増えているのは、キラータイガーの死体を運んでいる途中に、別のゴブリンたちの群れと遭遇し、そいつらを僕と瑞穂の魔法で追い払ったからである。
「まったくもう、無茶なことをするわね・・・・・・。きよたんが付いていながら」
「別に、あたしが一人で突っ走ったわけじゃないわよ。きよたんがそう決めたんだからね」
「きよたんって、てっきり慎重派の子だと思ってたけど、案外無茶なこともやらかすのね。そのキラータイガー重いでしょ。すぐにかわたさん呼んであげるから、ここにキラータイガーを降ろして、今夜はゆっくり休みなさい。もちろん、クエスト自体は文句なしの達成だから」
 タマキ先生はそう言って、城門の衛兵たちに何やら指示を出し始めた。前から思っていたけど、先生って単なるセンターの講師じゃ無くて、トーキョー・シティーでも結構地位の高い人なんじゃないだろうか。

 ともあれ、今日はかなり疲れたから、もう帰って休もうかと思っていたところ、みなみちゃんが先生に質問をぶつけた。
「タマキ先生、さっき私たちに、私たちのパーティー『も』全滅しちゃった、みたいなことを言ってませんでしたか?」
「確かに言ったわよ」
「どなたかのパーティーが、全滅しちゃったんですか?」
 みなみちゃんの質問に、タマキ先生は悲しそうな顔をして頷いた。
「実はね。例のヨーイチ君のパーティーが、どうやら全滅しちゃったみたいなの」

(第13話に続く)
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追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
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「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
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 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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