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第1章 訓練生編 『目指せ、アマツ世界を救う冒険者!』
第3話 きよたんは運が良い?
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第3話 きよたんは運が良い?
「むごごごごごっ!?」
僕は、何か柔らかいものに鼻と口を塞がれていた。
「いやああ! 動かないでください~!」
僕の頭上から、女の子の悲鳴が聞こえる。コハルさんの声ではなく、たぶんさっき走ってきた女の子の声だ。
「むぐむぐむごむご」
そんなこと言ったって、この状態じゃ呼吸が出来ないと言おうとしたのだが、鼻と口が塞がれているので言葉にならない。
何か、肌色の重いものが僕の上に乗っかっているようだが、それが何であるかを考える余裕など無い。
……そんな状態が、30秒ほども続いただろうか。
いよいよ窒息死するかと思われたとき、僕の顔面に乗って鼻と口を塞いでいたものがようやく離れ、僕はようやく呼吸をすることが出来るようになった。ただし、後頭部が結構痛い。
「もう、みなみちゃんたら、そんなに急いで走るから、そんなことになっちゃうんですよ~」
「す、すみません……」
しょぼんとした顔でコハルさんに謝っていたのは、初めて見る女の子だった。
年齢は、概ね僕と同世代か少し下。長い黒髪がとても綺麗で、顔立ちはやや童顔でとても可愛らしい。
そして、服装は白を基調に赤色のアクセントが入った、何やら巫女服のような感じのもの。
ただし、下半身は袴ではなく、ちょうど膝が隠れるくらいの長さのスカートになっている。しかも、両脇にはチャイナドレスのような切れ目が入っていて、柔らかそうな脚線美が僕の目を引いてしまう。
僕が、「可愛い」という言葉をそのまま具現化したかのような女の子の姿に見入っていると、
「きよたんのスケベ。変態」
上水流さんが、ジト目で僕を睨みつけながら、吐くように僕を罵ってきた。
僕は、慌てて女の子から目を離したものの、いまいち状況が呑み込めない。
「あの、コハルさん?」
「なんですか~、きよたかくん?」
「僕の身に何が起こったのか、突然のことで全く理解できないんですけど……」
「あらあら~、それでは私から、状況を説明してあげますね~」
泣きじゃくる女の子の頭を撫でて慰めていたコハルさんが、おっとりとした口調で説明を始めてくれた。
「まず、この子は栗林みなみちゃん。きよたかくんと同じく、日本からやってきた新入生の女の子です~」
「その子が、僕と同じく今日ここにやってきたという女の子ですか?」
「そうです~。そして、みなみちゃんはようやく自分の服を選び終わったところで、私から、皆さん待ってますよという話を聞くと、皆さんに迷惑をかけてはいけないと思ったのか、大急ぎで階段を昇って『教室』の方へ走って行ったんですね~」
「ああ、確かにそんな感じの声が聞こえましたね」
「そしたら~、何事かという感じで教室から出てきたきよたかくんと、みなみちゃんが出合い頭にぶつかって、みなみちゃんがきよたかくんの上に乗っかる形で、2人とも転んでしまったんですね~」
「はあ」
「そして、先に気を取り直したみなみちゃんが起き上がろうとしたところ、うまく力が入らなくてなかなか上手く行かず、そのうちみなみちゃんのお尻が、きよたかくんのお顔に乗っかる形になっちゃったんですね~」
「……!?」
「きよたかくんが、何とか呼吸をしようともがいていると、ちょうどきよかたくんの鼻と口が、みなみちゃんの一番大事なところを刺激しちゃってたみたいで、それでみなみちゃんは力が入らなくて起き上がることもできず、悲鳴を上げていたんですね~」
「そんなことになっちゃってたんですか!?」
「私としては~、滅多に見られない面白い光景だったので、もう少し見ていたかったんですけど~、タマキさんが早く2人を助けようと言うので、タマキさんと私で動けないみなみちゃんを起こしてあげたわけです~」
……。
コハルさんの説明をひととおり聞き終えたところで、僕はこれまでの記憶を整理すると、1つの疑問が浮かんできた。
「でも、そうすると、みなみちゃ、いや栗林さんって、ひょっとしてパンツ穿いてませんでした?」
僕がそう尋ねたのは、僕の記憶している視覚情報の中に、栗林さんの下着らしきものが全く無かったからである。あのときに僕が見た者は、たしか肌色と綺麗な割れ目だけだった。
僕の問いに、栗林さんはビクッと身体を震わせた。どうやら図星らしい。
「きよたかくん。アマツの国では、そもそも女性がパンツを穿く風習はないのよ~。みなみちゃんが着ている巫女服も、パンツを穿いたら脇からパンツが丸見えになっちゃうから、パンツを穿かないことが前提の衣装なのよ~。ちなみに、私やタマキさんも、パンツは穿いてないわよ~。疑うなら、私のスカートの中、ちょっとだけ見せてあげようかしら?」
「い、いいです!」
僕は、コハルさんの申し出をすぐに断った。
ただし、興味がないからでは無く、ただでさえ「栗林さんの可愛いおしりと大事なところを見ちゃった~!!!」って感じで、僕の脳内はピンク色になってしまっており、股間も勃起してしまっている。これ以上性的刺激を受けたら、我慢の限界を超えてしまう氾濫危険水域にあるのだ。
「それにしても、きよたんは本当に運が良いわね。さすがLUK140を誇るだけのことはあるわ」
クスクス笑いながらそう言ってきたのは、上水流さんではなくタマキさんだった。ついに、タマキさんまで僕のことを「きよたん」呼ばわりするようになってしまった!
「どういう意味ですか!?」
「だって、アマツに来た初日に、早くも可愛い女の子の大事なところを見ちゃって、顔を真っ赤にしながら興奮してるんでしょう? こんなラッキースケベ、滅多に無いわよ」
「そんなことありません! 転んで後頭部を強打した上に、もうちょっとで窒息死するところだったんですから!」
僕が、タマキさんに向かって反論していると、栗林さんがおずおずと、僕に向かって話しかけてきた。
「あの、お名前は……?」
「ああ、まだ名乗って無かったよね。僕は村上清隆と言います。よろしく」
「栗林みなみです。先ほどは、その……、私の不注意のせいで、お怪我をさせてしまった上に、汚らしいものをお見せしてしまって、申し訳ありませんでした」
頭を下げて、丁寧に謝ってくる栗林さん。可愛い。
「そ、そんな気にしなくていいよ。別に、怪我っていうほどのものじゃないし、汚らしいどころか、栗林さんのおしり、とても可愛くて綺麗だったし……」
「本音が出たわね、エロタカ」
僕の言葉に、不機嫌さを増した上水流さんがゴミでも見るような目でそう呟いた。
そして、栗林さんの方もコハルさんに抱き付いて、泣き叫んでいた。
「やっぱり、バッチリ見られちゃってます~! わたし、もうお嫁に行けない身体になっちゃいました~!」
「大丈夫よ~、みなみちゃん。こうなったら、きよたかくんのお嫁さんになればいいだけの話だからね~」
栗林さんを慰めているコハルさんが、さりげなくとんでもないことを言い出した。
「え、私、きよたかさんのお嫁さんになっちゃうんですか?」
「悪い話じゃないわよ。きよたかくんはあんな可愛い顔して、実は将来有望な騎士よ。それに、きよたかくんとみなみちゃんは、同じ日にこのアマツへやってきて、しかも出会った途端、あんな素敵なハプニングがあったんだもの。たぶん2人は、女神アテナイス様の手によって、既に運命の赤い糸で結ばれているのよ」
「コハルさん! 新入生に向かって、適当にでたらめな話を吹き込まないでよ!」
コハルさんの爆弾発言に、なぜか上水流さんが怒り出した。
一方、栗林さんの方は、僕の方をしげしげと眺めながら、
「むらかみ、きよたかさんでしたっけ」
「そうだよ」
「きよたかさんって、何となく受けっぽい感じのする方ですね」
「はあ!?」
困惑する僕をよそに、栗林さんは勝手に話を進める。
「えーと、そちらの方は……?」
「上水流萌音よ、よろしくね」
「栗林みなみです。よろしくお願いします。……でも、女性の方でしたか、残念です。非常に攻めっぽいお方なので」
「はあ!? あんた、何言ってんのよ!?」
上水流さんも、栗林さんの謎発言に困惑しているようだ。
「とてもお強そうな上水流さんを男性に見立てれば、攻めの上水流さんと受けのきよたかさん、まさに男同士の熱い友情。そして、上水流さんに誘惑されたきよたかさんが、攻められて可愛い喘ぎ声を挙げる……。とても尊いです……」
周囲の困惑をよそに、一人で悦に入ってそんなことを呟く栗林さん。
上水流さんを無理やり男性に見立てる、栗林さんの妄想力逞しい腐女子的発言により、爆発寸前だった僕の性的興奮は、だいぶ収まることになった。
◇◇◇◇◇◇
いささかのハプニングはあったが、一同気を取り直して、『冒険者人材育成センター』のガイダンスを始めることになった。
「新入生さんもいるので、改めて自己紹介するわね。私はタマキ・セト。主に、日本出身の冒険者訓練生に対する教育指導を担当しているわ。そんなわけで、少なくとも訓練中は、私のことは『タマキ先生』と呼んでくださいね。そうでないときは『タマキさん』でも良いけど」
「コハル・ウエノです~。主に、日本人訓練生の皆さんが日常生活に困らないよう、身の回りのお世話を担当しています~。何か、困ったことがあったら、いつでも私に相談してくださいね~。それから、私のことは、気軽に『コハルさん』と呼んでくださっていいですよ~」
「さて、もう半年くらい訓練生を続けているもえちゃんはともかく、今日アマツの国に来たばかりだという新入生のきよたんとみなみちゃんは、ほとんど何も分からない状態だと思います。そこで、まずこのセンターがどのような施設かを説明するわね。この『冒険者人材育成センター』は、トーキョーの町を統治するユーリコ知事の肝煎りにより、5年ほど前に発足したばかりの、比較的新しい施設です」
「タマキ先生、質問いいですか?」
「どうぞ、きよたん」
……どうやら、きよたんというあだ名はすっかり定着してしまったらしい。もうこの件は諦めよう。
「さっきから名前が気になっていたんですけど、そのユーリコ知事って、どういう人ですか?」
「フルネームで呼ぶと、ユーリコ・コイケヤ知事よ。6年前のトーキョー知事選挙で、『12のゼロ』を公約に掲げて当選を果たした女性知事で、現在2期目を務めているわ」
……なんか、すごくネタっぽい名前なんですけど。突っ込んだ方がいいのだろうか。
そんな僕の思いをよそに、タマキ先生の説明は続く。
「そして、ユーリコ知事による最大の目玉政策、『モンスターゼロ』を実現するための政策の一環として、このセンターは設立されました。アマツの国では、それまで人類に危害を加えるモンスターや猛獣などと戦ったり、他人からの依頼を受けて捜索業務を行ったりする『冒険者』を統括する公的機関はなく、冒険者たちの活動は各自の自主性に委ねられていました。そして、女神アテナイス様の手によって、アマツの国を救うために派遣された日本人たちの活動も、各自の自主性に委ねられていました。
ところが、10年前にガースー総統がこのアマツの国を支配するようになると、モンスターなどの活動も活発化し、各地で危機的な状況が発生する一方、せっかく派遣されてきた日本人たちが、ろくな準備もせずモンスターと戦って無駄死にしたり、酷い場合は衣食住に困った挙句犯罪者になってしまったような例もありました。また、アマツの人々が冒険者になる道も事実上閉ざされており、モンスターの活動から人類の生存圏を守るには、冒険者の数があまりにも不足しているという点が問題視されていました」
そんな状態だったのか。夢を持って異世界転生したら、食うに困って犯罪者になっちゃいましたでは、物語にもならん。
「このような状況を打開するため、ユーリコ知事の肝煎りで設立されたのが、この『冒険者人材育成センター』です。センターの主な目的は2つ。1つ目は、アマツ世界を守るため日本から転生してきた人たちが、円滑に冒険者としての活動を始められるよう、このセンターで訓練生として、アマツ世界の一般常識と、基本的な戦闘技術などを習得してもらい、アマツの国で活動するのに適切な4人から6人程度のパーティーを組んでもらって、送り出すことです。これによって、女神アテナイス様が派遣された貴重な日本人を無駄にすること無く、多くの日本人がアマツの国で、冒険者として定着し活躍してもらうことが期待されています。もちろん、訓練生を卒業した後のアフターフォローもここでやっているから、何か困ったことがあったらいつでも相談に来てね」
「「はい」」
偶然にも、僕と栗林さんの声がハモった。
「もう1つの目的は、冒険者になろうとするアマツの人々に対し、冒険者になるための訓練を施すことです。ただし、女神アテナイス様の力により、最初から基本職に就きそれに相応しい能力を授けられている日本人と異なり、アマツの人々で最初から、基本職に就けるほどの能力を持っている人はほとんどいません。
そのため、冒険者を目指すアマツの人々は、このセンターで『冒険者見習い』として、基本能力を向上させるための訓練を行い、基本職に就ける最低限の能力が備わった時点で基本職にクラスチェンジし、冒険者としての戦闘訓練などを行うことになります。アマツの人々が、このセンターで訓練生として登録してから、基本職にクラスチェンジするまでに必要な期間は、今のところ1年から1年半ほどですが、初期能力等に照らしあまりにも見込みのない方については、訓練生としての登録自体をお断りする例もあります。
センターの開設当初、この役割はあまり期待されていませんでしたが、実際には意外と多くの志望者が集まっており、日本人とアマツ人の混成パーティーが組まれた例もあります」
へえ。
「そのようなわけで、新入生のきよたんとみなみちゃんについては、明日からこの『教室』で、アマツ世界の一般常識や、戦闘その他アマツでの活動に必要な知識についての講義を受けてもらい、戦闘の実技訓練なども受けてもらいます。座学及び実技で所定の成績を収め、アマツの国で活動するパーティーが編成できたら、めでたく訓練生卒業となり、およそ1か月分の生活資金が支給されるとともに、初心者パーティーでも挑戦可能な任務の紹介も行われます。卒業までに必要な期間は、順調に行けばおよそ1か月程度です」
「タマキ先生、質問です」
「はい、きよたん、どうぞ」
「通常1か月程度で訓練生を卒業できるというなら、上水流さんはどうして、半年間も訓練生のままなのですか?」
「ああ、その話ね。もえちゃん、率直に話しちゃっていいかしら?」
「いいわよ」
「もえちゃんは、武闘家としてはとても優秀で、戦闘の実技では文句無しの成績を収めています。座学での学習は若干苦労しましたが、これも卒業可能な成績を既に収めています。ところが、日本人もアマツ人も、みんなもえちゃんと一緒のパーティーになることを嫌がるため、もえちゃんは未だにパーティーを組むことが出来ないのよ。
仕方ないから、もえちゃんには加入するパーティーが決まるまでセンターで特別訓練を受けてもらうことになり、今では上級職のモンクにクラスチェンジするほど成長したものの、いかに優秀と言えど一人で冒険者として旅立つのは危険すぎるので、未だに訓練生を卒業できないわけです」
「一体、上水流さんの何が問題になっているんですか?」
「きよたん、その件についてはあたしから直接答えるわ」
上水流さんは、そう言って僕の質問を遮った。
「あのね、あたしは一言で言えばガチ勢なのよ。本気でガースー討伐を目指すパーティーに参加したいわけ。ところが、このセンターに来る連中は、日本人もアマツの連中も、ガースー討伐なんて誰も本気で考えてなくて、適当に危険の少ない任務をこなしたりして、このトーキョーで楽な生活を送りたいくらいのことしか考えてないのよ。アマツの連中も、実際に卒業まで行く奴は、日本人冒険者のお嫁さんになりたいとか考えてる馬鹿女どもばかりだわ」
「そうなんですか?」
僕は、一応タマキ先生に確認した。
「残念ながら、大体合ってるわ。アマツ出身の訓練生で、実際に卒業できた人は今のところ全員が女性。男性は志望者自体がほとんどおらず、アマツ人の訓練コースは、事実上男性日本人冒険者のお嫁さんになりたい女性の、花嫁修業コースみたいになっちゃってるのが実情ね。
そして、男性冒険者は数自体が少ないものだから、編成されるパーティーのほとんどは男1人、女3人といった感じのハーレムパーティーになっちゃうんだけど、男の子は大抵女性をえっちの相手とみなしてメンバーを選ぶものだから、もえちゃんみたいな気が強い子はいらないって判断になるみたいね」
「えっと、そもそも同じパーティーメンバー内で、えっちしていいんですか?」
「いいわよ。そもそも、若い男女が一緒に行動していたら、暇になったらえっちが始まるのは当然じゃない。もっとも、女性の冒険者は妊娠してしまうと長期間仕事が出来なくなってしまうのと、時々モンスターなどに犯されたりしてしまう危険があるので、すべての女性冒険者とその訓練生には、このセンターから避妊ポーションを支給し、5日に1度服用することを推奨しているわ。正しく服用していれば、妊娠の可能性はほぼゼロよ。
現代の日本と違って、このアマツは性に関しては非常におおらかな国だから、男女のえっち自体を非難する人はいません。当事者の同意があれば、1人の男が複数のお嫁さんを持つことも、1人の女が複数の夫を持つことも、あるいは結婚せずフリーセックス生活を送ることも自由です。あと、このセンターも日本の学校なんかとは違うから、訓練生同士のえっちについても、お互いの同意があれば特に問題はありません。
ただし、教室とか公共のスペースでえっちされるとさすがに風紀が乱れるので、えっちするときは自分の個室とかでやってね」
「はあ……」
あまりにも大らか過ぎる。
「一応、それを前提で意思確認をさせてもらうけど、まずきよたん、無事訓練生を卒業できた際には、もえちゃんを自分のパーティーに加えていいと思う? あくまで、今の段階での意思でいいから」
「えーと、えっち云々の話はともかく、上水流さんと同じパーティーになること自体は、僕としては問題ないです。僕としては、かなりの偶然とはいえ、最初から騎士という恵まれた立場で転生したからには、ガースー討伐まで行けるかどうかはともかく、このアマツを救うため、出来る限りのことはしたいと思っています。モンクの上水流さんがパーティーに加わってくれれば、戦力としては非常に心強いので、むしろ大歓迎です」
「おお、きよたん真面目~! 良かったわね、もえちゃん。やっと貰い手が現れたわよ」
嬉しそうな顔をしているタマキ先生を尻目に、上水流さんはちょっと頬を赤らめて、こう返してきた。
「タマキ先生、まるで嫁の貰い手が来たみたいな言い方しないでくれる!? それはともかく、きよたんが現段階で、あたしをパーティーに加える意思があることは分かったわ。あんたのパーティーに加わるかどうか、じっくり考えさせてもらうわ」
「それとみなみちゃん。あなたも現段階の意思でいいから、仮にきよたんともえちゃんがパーティーを組むとしたら」
「是非とも参加させて頂きます!」
栗林さんは、若干食い気味に即答してきた。ただし、その眼は明らかにイケナイ妄想をしている感じで、若干怖い。
タマキ先生も、そんな栗林さんの様子には問題を感じたらしく、僕に確認してきた。
「きよたん、何か若干問題のありそうな子だけど、みなみちゃんもパーティーに加えてもらっていい?」
「まあ、断るほどの理由はありませんけど、おかしな妄想は控えめでお願いします」
「わーい、お願いしますね、きよたかさん!」
……なんか、僕は問題児の引き取り手になってしまったような気がする。
◇◇◇◇◇◇
「本格的な授業や訓練は明日からにするから、あとは訓練生同士で雑談でもして、親睦を深めてもらえばいいかな……と思ったら、何かお客さんが来たようね」
僕たちがいる『教室』に、戦士らしき1人の男性冒険者と、それに付き従う3人の女性冒険者と思われる一行がやってきた。
「誰かと思ったら、先月卒業したヨーイチ君たちじゃない! 元気にやってる?」
タマキ先生の問いに、女性の冒険者たちは「おかげさまで、今も元気に暮らしております」などと丁寧に答えていたり、「今日も楽しくやってるよ~!」などと元気に答えたりしていたが、ヨーイチと名乗った男性冒険者は、ややガラの悪い人間らしい。
「まあな。先公、クエスト依頼の斡旋を受けにきたついでに、その面拝みに来てやったぜ」
「ヨーイチ君、相変わらず口が悪いわね」
呆れたという感じのタマキ先生の答えには耳を貸さず、次いでヨーイチは上水流さんにこんな台詞を吐いた。
「やっぱりまだ居たのか、この男女! まあ、誰もお前みたいなメスゴリラとパーティー組もうなんて酔狂な奴はいねえだろうな」
「何よ、あんたあたしに喧嘩売りに来たの? 買ってあげるわ。ちょっと表へ出なさいよ」
「しねえよ。金持ち喧嘩せずって奴だ。うん? 今回は見かけない顔がいるな」
「今日ここに来たばかりの、村上清隆くんと、栗林みなみちゃんよ」
「そうか。村上とかいう女みたいな顔した奴、よく覚えとけ、俺様は、先輩冒険者のヨーイチ・タカハシ様だ。この俺様の手にかかれば、モンスターなんてさざ波みたいなもんさ。今更アマツに来たとしても、お前が卒業する頃にはもうお前の出番はねえよ。お前は大人しく、適当な女といちゃついてればいいさ」
「……はあ」
何か、感じの悪い人だなあ。あと、ヨーイチ・タカハシって名前、どこかで聞いたような気もするけど、日本ならどこにでもいるような名前だから、敢えて気にしないことにしよう。
「それと、みなみちゃんだっけ? かなりの別嬪さんじゃねえか。何なら、卒業したら俺様のパーティーに加えてやってもいいぜ」
「お断りします。あなたのような人は、私の好みじゃないので」
栗林さんは、結構毅然とした態度で、ヨーイチの誘いをあっさり断った。
「ふん、まあいいさ。俺には極上の女が3人もいるからな。うん? そこの村上とかいう奴、その剣は何だ?」
「これは、女神のアテナイスさんにもらった剣です。詳しいことはまだ分からないんですが、僕専用の剣だそうです」
「何? お前専用の剣だと? 俺、そんなもの貰ってねえぞ。どれ、見せてみろ」
ヨーイチはそう言って、僕の腰にある鞘から剣を強引に引き抜こうとしてきた。
「危ないですよ、ヨーイチさん。たしかアテナイスさんは、この剣は僕専用で、他の人は使うどころか持つことも出来ないって言ってましたから」
「きよたんの言うとおりよ! ヨーイチ、この剣はあんたに扱えるもんじゃないわ。怪我したくなければ、この剣には触れないことね」 僕の声に続いて、この場にいる人間の誰のものでもない声が、教室内のどこかからこだました。
不可解な事態に皆動揺していると、声は続いた。
「あたしよ! この世界を管理している女神・アテナイス様よ! そこにいるエルフっぽい娘2人以外は、みんなあたしが送り出した子たちなのに、もう忘れちゃったの?」
「アテナイスさん、どこにいるんですか?」
「そこにいるわけじゃないけど、きよたんがその剣を持っている限り、あたしは好きなときにきよたんと会話できるのよ。今までの話は全部聞かせてもらったけど、きよたんって良いあだ名よね。あたしは今後、きよたんのことをずっときよたんって呼ばせてもらうわ」
……うるさいのがまた1人増えた。
僕がうんざりしていると、ヨーイチは何やら叫び始めた。
「そんなはずはない! 俺は、女神アテナイス様によって選ばれた、この世界を救う勇者様のはずだ! その俺が、こんな奴の持っている剣を扱えないだとおおおっ!?」
「ヨーイチ、わたしはあんたに、『アマツ世界を救う勇者になってください』とは言ったけど、ただ一人の勇者なんてことは一言も行ってないわよ。それに、あんたまだ戦士のレベル15でしょ。基本能力なら、そこにいるきよたんの方がはるかに上よ」
アテナイスさんの非情な言葉にキレたヨーイチは、
「えーい、こうなったら俺が、世界で唯一の勇者だってことを実力で証明してやる!」
と叫びながら、強引に僕の剣を抜き取ろうとした。すると、
「あぎゃあああああああああっ!!!???」
ヨーイチは剣を取り落とし、物凄い悲鳴を上げた。
「これ大変よ、肩が脱臼してるわ! 今すぐヨーイチ君を、治療室に連れて行ってあげて」
ヨーイチの様子を見たタマキ先生がそう指示すると、連れの女性冒険者たちは心配そうに、ヨーイチを支えながら治療室へと連れて行った。3人のうち、1人は日本から来たっぽい女性で、2人はエルフのような耳をしているので、たぶん日本人ではなくアマツの現地人だろう。3人ともかなりの美人で、なぜこんな奴と同じパーティーになったのかと一瞬思ってしまった。
あと、同じパーティーになっているということは、当然のように毎日えっちし放題なのかな?
ヨーイチ一行が退場した後、僕は剣を取り戻し、元の鞘に納めた。この剣は結構危険だ。取り扱いは慎重にしよう。
タマキ先生が、嘆息しながら話す。
「えーと、もえちゃんは知っていると思うけど、あのヨーイチ君は、訓練生の頃からガラが悪くて、女の子たちにも当然のように手を出しまくり。戦力より見た目重視であの3人を選んで、初心者向きの難易度が低いクエストを余裕で達成したってことで、最近調子に乗っているの。戦士・僧侶・探検家・商人の組み合わせって、あまり難易度の高いクエストには向かないような気がするんだけどね。
きよたんは、優等生っぽいからあまり心配はしていないけど、ああいう冒険者にはならないでね」
「分かりました。慢心しないよう気を付けます」
「それじゃあ、栗林さん、簡単でいいから自己紹介お願いできる?」
「……分かりました」
指名された栗林さんは、一呼吸置いてからおもむろに話を始めた。先ほどの毅然とした対応とは打って変わって、かなり緊張しているらしい。
「栗林みなみです。日本では一応中学3年生でしたが、生まれつき身体が弱く、病気ばかりしてほとんど学校に行くことはできませんでした。そして、私の面倒を見てくれていた両親が、第5波で2人とも疫病に感染してしまい、間もなく私も感染してしまいました。
でも、病院がどこも満床でなかなか入院することが出来ず、一家揃って自宅療養を続けていました。そのうち重症化したお母さんだけ、やっとのことで入院先を見つけることが出来たのですが、お母さんは私を置いて入院することは出来ないと言っていたので、私は『もういいよ。お父さんとお母さんだけでも生きて。今まで、私をずっと看病してくれてありがとう』と言って、お母さんに入院するよう勧めました。その結果、お父さんとお母さんは何とか一命を取り留めたようですが、私は間もなく重症化して、そのまま亡くなってしまいました」
「今の日本って、そんな酷い状態になってるの!?」
タマキ先生が、かなり驚いた様子で聞き返してくるも、僕と栗林さんは、一様に黙って頷くしか無かった。
「そうしたら、私の前に女神アテナイス様が現れて、『病気なんて全く抱えていない健康な身体をあげるから、異世界で人生やり直してみない?』と勧められたので、私は詳しい話も聞かずに、即答で承諾しました。職業は、日本での私のように、病気で困っている人を助けてあげられたらと思って、僧侶を選びました。これからよろしくお願いします。
あと、日本での私の人生はこんな感じだったので、ろくに走ったことも、同年代の男の子と話をしたこともありませんでした。それが、異世界で元気に走ることもできる健康な身体をもらって、ちょっとはしゃぎ過ぎました。ちょっと暗い話をしてしまって、本当にごめんなさいです」
「気にしなくていいよ。お互いの身の上を知っておくことは、むしろ重要なことだと思うから」
僕が栗林さんを慰めると、彼女はさらに続けた。
「それときよたかさん、先程は痛い思いをさせてしまって、おまけに私の汚らしいものまで押し付けてしまって、本当にすみません!」「もうその話はしなくていいよ! というか、思い出させないで!」
僕がそう言い返す傍で、タマキ先生とコハル先生が、クスクスと笑っていた。
……栗林さんは、腐女子の性癖さえ無ければ120点をあげてもいいくらいの美少女なので、理性の糸が切れると本当にヤバいんですけど。
「じゃあ、次はきよたんお願いできる?」
「はい。出来れば、きよたん呼びはやめてほしいんですけど」
タマキ先生に指名されたので、自分の自己紹介を始めた。
「村上清隆です。日本では、普通の高校1年生でした。ある日、下校途中に横断歩道上で立ち往生している女の子を見掛け、その子がダンプカーに轢かれそうになっていたので、身を挺してその子を助けようとし、僕もその子も重傷を負いました。本来なら、現代日本の医療水準で助けられるほどの怪我だったのですが、疫病の影響で通常医療にも支障が出ており、僕もその女の子も入院先がなかなか見つからず、治療が手遅れになって亡くなってしまいました。
そして、僕の前に女神アテナイスさんが現れ、異世界への転生を勧められたんですけど、あまりにもしつこく薦めて来るので逆に怪しいと思って断ろうとしたところ、アテナイスさんは特別に騎士にしてあげるから、この剣をあげるからといった感じで、本当にしつこく食い下がってきて、根負けしたような形でアマツの国へやって来ることになりました。
別に、ゴネ得をしようなどとは考えていなかったんですけど、結果として能力面などでは他の冒険者さんよりかなり優遇されているようなので、この国では冒険者として微力を尽くすつもりです」
「きよたん、あの疫病って、第5波まで続いているの? あたしは、ちょうど第3波のときに亡くなったんだけど」
上水流さんがそう尋ねてきた。
「うん。第5波が、結構ヤバいくらいの規模になってる。その後のことは当然知らないけど、第6波なんかが来ても全然おかしくない状況みたいで、政府の無策に対する非難の声が殺到してたよ」
「それで、東京オリンピックやパラリンピックは、結局やったの? 中止になった?」
「スガ総理の強い意向で、無観客だけど強引にやった。ちょうどオリンピックの最中に第5波が急拡大して、総理に対する非難の声が殺到し、総理の側近が横浜市長選で、ゼロ打ちとか秒殺とか言われる物凄い勢いで負けた。僕は、その直後に亡くなったんで、その後どうなったかは知らないけど」
「そうだったんだ……。私は、オリンピックは是非やって欲しいと思ってたんだけど、非難されるオリンピックはさすがに嫌ね」
上水流さんの感想を聞いた後、僕はこう続けた。
「それともう1つ。僕は、もともと内向きの性格で、日本では勉強とゲームくらいしかやってこなかった人間なので、恋愛とか女の子とかには免疫がありません。なので、あまり刺激の強すぎる話は、勘弁してください」
「それはかわいそうね、きよたん。でも、ここではもう我慢しなくていいのよ。後でコハルさんがあなたの部屋を案内してくれるから、そうしたら気に入った女の子を口説いて、自分の部屋に連れ込んでえっちしちゃっていいのよ」
「タマキ先生! きよたん呼びは止めてほしいって言ったのが聞こえなかったんですか!?」
「そうやってムキになるところがきよたんなのよ。そうねえ、今夜中に同期のみなみちゃんあたりを口説いて初えっちを済ませることが出来たら、きよたん呼びは止めてあげるわ」
「僕をからかってるんですか!?」
「そうじゃなくて、アマツの国ではえっちは良い事とされているんだから、気持ちを切り替えなさいって言ってるのよ。みなみちゃん、きよたんがいつその気になって襲い掛かって来るか分からないから、今のうちに避妊ポーション飲んでおきなさい」
「は、はい」
栗林さんは、タマキ先生に促されるまま、迷うことなく避妊ポーションらしきものを飲んだ。
……僕を、そんな危険人物だと思っているのか。
「これで、きよたんがいつ発情して襲い掛かっても問題なし、と。それじゃあ、次はもえちゃん、お願いできるかしら」
「わかったわ。あたしは上水流萌音。日本ではボクシングをやっていて、本気で女子ボクシングの日本代表を目指していたの。ところが、あたしが高校1年生だったとき、ちょうど疫病の第3波が流行していて、そんな時にあたしは、暴走してきた乗用車に撥ねられて大怪我しちゃったわけ。乗用車を運転していたのは80代のおじいちゃんで、アクセルとブレーキを踏み間違えたのが事故の原因らしいわ。
その後はきよたんと似たようなもので、通常時なら右足切断で命だけは助かったらしいんだけど、入院先が見つからずに結局死んじゃったわ。でもその後、あたしの名前を『じょうすいりゅう もえおと』なんて読み間違えたあの馬鹿女神が、完全な身体であたしを異世界へ転生されてくれるって言うんで、二つ返事で引き受けたわ。職業は当然のように武闘家を選んで、今は武闘家の上級職にあたるモンクのレベル3よ。
ボクシングと分野は違うけど、早く訓練生を卒業して活躍の場が欲しいところだわ。あと、こっちで練習してジャンピングキックとかいろんな技を覚えたから、元ボクサーと言っても、今はパンチ以外の攻撃も当然できるわよ。もっとも、一番の得意技は怒涛のパンチ連打、名付けて『北斗百○拳』だけどね」
なるほど、そういう経歴の持ち主だったから、さっきオリンピックのことを気にしていたのか。
……あと、『北斗百○拳』という技の名前については、敢えて突っ込まないことにしよう。
上水流さんの自己紹介が終わると、なぜかタマキ先生が、手を挙げて質問してきた。
「はーい、そんなもえちゃんに、タマキ先生から質問でーす。もえちゃんは、男の子との恋愛の経験はありますか?」
「……特にないわ」
「今日、きよたんがもえちゃんとパーティーを組んでも良いって言ってましたけど、きよたんは初えっちの相手としてアリ? ナシ?」
「そんな質問を、今答えなきゃいけないの!?」
「別に、簡単なことでしょ。今の段階でする気が無ければ、ナシって答えれば良いだけの話だから。今までも、似たような質問すると即答でナシって答えてたじゃない」
「えーと、あたしにはちょっと事情があって、恋愛はたしかにしたこと無いけど、えっちは別に初めてじゃないから、きよたんがどうしてもしたいって言うなら、……してあげてもいいわよ」
え!?
「おお! それじゃあ、みなみちゃんにも同じ質問。きよたんは初エッチの相手として、アリ? ナシ?」
「ええ? 私ですか!? ……えーと、きよたかさんは別に嫌いなタイプではありませんし、先程ご迷惑をおかけしたことのお詫びとしてなら、とりあえすアリ……です」
アリなの!?
「ねえ、きよたん、聞いた? 聞いてるわよね。2人の返事を聞いて、きよたんの名槍清隆丸が鋭く反応したのを、先生は見逃さなかったわよ。でも、2人ともアリとなると、逆にどちらを選ぶか迷っちゃうわよね~」
「タマキ先生、なんか悪ノリしてません?」
それと、『名槍清隆丸』って何ですか。
「それはともかく、転生前のお話になったので、これから冒険者として旅立つ皆さんへの参考も兼ねて、わたくしタマキ・セトの経歴もお話しするわね。わたしは、大学で教員免許を取って念願の高校音楽教師の職に就き、さあ人生これからだと思っていたところ、暴走したスポーツカーに撥ねられ、あえない最期を遂げてしまいました。ほぼ即死でした。
でも、こうやってみんなで自分の死因を語り合う光景って、なんかシュールよね」
タマキ先生の言葉に、一同皆苦笑いするしかなかった。
「それはともかく、私も女神アテナイス様に誘われてこの世界に転生、職業はほぼなんとなくって感じで戦士を選びました。わたしが転生した当時はこんなセンターなど無かったので、何も分からないままトーキョーの町をぶらぶらしていたところ、冒険者パーティーのリーダーをしている日本出身のある男性戦士に声を掛けられ、パーティーに拾われました。日本では処女でしたが、アマツではその男性戦士の優しさにほだされ、その日のうちにその男性に処女を捧げました。
その後、私はそのパーティーで冒険者としてのイロハを学びましたが、そのパーティーはその男性戦士以外すべて女性というハーレムパーティーで、私はその男性にとって5番目の女という位置づけに過ぎないことが、間もなく分かりました。そのときはちょっとショックでしたが、他に生きていく道も無かったので、私に嫉妬する他の女性メンバーの嫌がらせに耐えながらも、パーティー内で2人目の戦士として腕を磨きました。そんな生活が3年ほど続き、私は騎士にジョブチェンジすることが出来ました。その男性戦士からも、単なるハーレムの一員というだけでなく、戦力をして数えられるようになりました。
しかしある日、私を戦力として数えることを前提とした高難易度のクエストに挑戦している最中、男の寵愛を失いパーティーから外される寸前の状態になっていた女魔術士が、よりによって戦闘中に魔法でその男の身体を麻痺させてしまいました。それが原因でそのパーティーは壊滅、私以外のメンバーは全員モンスターに殺されました。私は、自分がモンスターから逃げるだけで精一杯で、男や他のメンバーを助けることはできませんでした。
その後、私は路頭に迷うかと思いましたが、その頃には私はトーキョーでも評判の美人女性騎士として有名になっていたらしく、間もなくトーキョーのある裕福な家庭に、冒険者を目指す息子さんの剣術師範として招かれ、間もなくそこの主人に口説かれ、その主人が亡くなったら遺産の半分をわたしがもらうという条件で、そこのご主人と結婚しました。
そして間もなく、トーキョー・シティーの知事に就任したユーリコ女史から、この『冒険者人材育成センター』の指導教官にならないかという打診があり、私の経験が少しでも後輩冒険者たちの役に立てればと思い、この仕事を引き受けることにしました。
その主人は、ちょうど5年前にトーキョーで大流行した疫病で亡くなってしまい、主人との間に子供はいなかったので、現在はフリーよ。一応、男子の訓練生に手を出しても良いか担当職員に問い合わせたところ、相手の合意が得られればOKということだったので、これまで多くの訓練生を育てつつ、童貞の男子訓練生には筆おろしをしてあげました。亡くなった主人の息子さんや、さっきのヨーイチ君なんかも、わたしが筆おろしをしてあげた訓練生の1人ね。それと、冒険者を引退した後は避妊ポーションを飲んでいないので、現在サクラという3歳の一人娘がいますが、その時期にはここの訓練生に限らず、結構いろんな男の子の筆おろしをやっていたので、サクラの父親が誰かはわたしにも分かりません。おわり」
「タマキ先生って、結構壮絶な人生送っているんですね……」
僕が思わず感想を漏らすと、タマキ先生は急に真面目な顔になり、
「まあね。このセンターにいる間は懇切丁寧にお世話してあげられるけど、冒険者になってからの生活は決して楽じゃないわ。亡くなってしまった卒業生も少なからずいます。皆さん心して、そして悔いの残らないように、明日からの訓練生活に励んでください。
以上で、今日は解散にするわ。新入生のきよたんとみなみちゃんについては、この後コハルさんから自分用の個室と、主な施設の案内があります。その後はみんなで夕食を取って、それが終わったら明日の朝まで完全自由行動ね」
◇◇◇◇◇◇
そして夕食後。
食事はそこそこ美味しかったが、僕の個室にはベッド以外ほとんど何もない。
お喋りできる友達なんかもいないし、異性の上水流さんや栗林さんに話しかけようとすれば、どうしてもえっちを意識してしまう。
かと言って、このまま寝るまで何もしなければ、相当に暇を持て余してしまいそうだ。
僕がどうしようか悩んでいると、タマキ先生が僕に近寄って、そっと耳打ちをしてきた。
「ねえきよたん、暇だったらこれから、わたしの部屋に来ない?」
「先生の部屋へ?」
「そう。先生と一緒に、楽しい時間を過ごしましょう? さて、何をすると思う? 当ててごらんなさい」
タマキ先生が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……まさか、僕の筆おろしをするとでも?」
「大当たり。タマキ先生が、まだ童貞のきよたんに、えっちの手ほどきをしてあげる。最初の10日間くらいは、わたしが相手をしてあげるから、それでえっちの基本的な知識とテクニックを身に付ければ、他の女の子ともスムーズにえっちできるわよ」
ええええっ!!!???
「い、いえ、結構です! ご遠慮させて頂きます!」
「どうして? わたしじゃ不満なの? 今でも、顔やプロポーションには、結構自信があるんだけどなあ……」
「いえ、そういう問題では無くて……」
「ひょっとして、早速今夜、みなみちゃんとえっちするつもりなの? みなみちゃんは確かに可愛いけど、初めて同士のえっちはあまりお勧めしないわよ。大抵上手く行かないから」
「違います!」
「えっ!? それじゃあ、もえちゃんの所に行くつもりなの!?」
「それも違います! どうして、そういう発想になるんですか!?」
「だって、えっちしなかったら、その滾っている名槍清隆丸をどうするつもりなの? 先に言っておくけど、このセンター内でオナニーは出来ないわよ」
「え?」
「そんなことをしたら、どこからともなくコハルさんが現れて、パクっと食べられちゃうわよ。あの人、わたし以上に童貞食いが大好きだから」
「……そんなことしていいんですか?」
「きよたん。この国の常識を1つ教えてあげる。この国では男女問わず、オナニーは『誰でもいいからえっちしてください』っていう意思表示とみなされるの。だから、きよたんがオナニーしている現場を取り押さえて童貞を奪っちゃうのは、法的にも倫理的にも全く問題なしよ。あと、きよたんの個室に鍵は掛けられないからね」
……。
「きよたん、なんか顔が蒼ざめてるけど、やっぱり内緒でオナニーする気だったのね。でもね、ここはそういう環境だから、童貞のまま訓練所を卒業した男子なんてこれまで1人もいないわよ。もう一度聞くわ。観念して、私からえっちの手ほどきを受ける? それともコハルさんにする?」
「む、無理です……」
「恥ずかしがり屋さんねえ。わたしとしては、コハルさんも『美味しそう』と絶賛していた名槍清隆丸を、この身体で味わいたかったのに。でも気が変わったら、いつでもわたしの部屋にいらっしゃい。ちなみにわたしの部屋は、きよたんの部屋を出てすぐ前のところよ」
僕は、タマキ先生から逃げるように、急いで自分の部屋へ駆け戻った。
……そんなこと出来ないよ。
だって、初めてのえっちは、普通好きな人とするものだよね?
それに、昨日まで女の子の手を握ったことも無かったのに、今日会ったばかりの女性といきなりえっちするなんて……。
そのまま自室のベッドにうずくまった僕の心には、もはや恐怖しか無かった。
(第4話へ続く)
「むごごごごごっ!?」
僕は、何か柔らかいものに鼻と口を塞がれていた。
「いやああ! 動かないでください~!」
僕の頭上から、女の子の悲鳴が聞こえる。コハルさんの声ではなく、たぶんさっき走ってきた女の子の声だ。
「むぐむぐむごむご」
そんなこと言ったって、この状態じゃ呼吸が出来ないと言おうとしたのだが、鼻と口が塞がれているので言葉にならない。
何か、肌色の重いものが僕の上に乗っかっているようだが、それが何であるかを考える余裕など無い。
……そんな状態が、30秒ほども続いただろうか。
いよいよ窒息死するかと思われたとき、僕の顔面に乗って鼻と口を塞いでいたものがようやく離れ、僕はようやく呼吸をすることが出来るようになった。ただし、後頭部が結構痛い。
「もう、みなみちゃんたら、そんなに急いで走るから、そんなことになっちゃうんですよ~」
「す、すみません……」
しょぼんとした顔でコハルさんに謝っていたのは、初めて見る女の子だった。
年齢は、概ね僕と同世代か少し下。長い黒髪がとても綺麗で、顔立ちはやや童顔でとても可愛らしい。
そして、服装は白を基調に赤色のアクセントが入った、何やら巫女服のような感じのもの。
ただし、下半身は袴ではなく、ちょうど膝が隠れるくらいの長さのスカートになっている。しかも、両脇にはチャイナドレスのような切れ目が入っていて、柔らかそうな脚線美が僕の目を引いてしまう。
僕が、「可愛い」という言葉をそのまま具現化したかのような女の子の姿に見入っていると、
「きよたんのスケベ。変態」
上水流さんが、ジト目で僕を睨みつけながら、吐くように僕を罵ってきた。
僕は、慌てて女の子から目を離したものの、いまいち状況が呑み込めない。
「あの、コハルさん?」
「なんですか~、きよたかくん?」
「僕の身に何が起こったのか、突然のことで全く理解できないんですけど……」
「あらあら~、それでは私から、状況を説明してあげますね~」
泣きじゃくる女の子の頭を撫でて慰めていたコハルさんが、おっとりとした口調で説明を始めてくれた。
「まず、この子は栗林みなみちゃん。きよたかくんと同じく、日本からやってきた新入生の女の子です~」
「その子が、僕と同じく今日ここにやってきたという女の子ですか?」
「そうです~。そして、みなみちゃんはようやく自分の服を選び終わったところで、私から、皆さん待ってますよという話を聞くと、皆さんに迷惑をかけてはいけないと思ったのか、大急ぎで階段を昇って『教室』の方へ走って行ったんですね~」
「ああ、確かにそんな感じの声が聞こえましたね」
「そしたら~、何事かという感じで教室から出てきたきよたかくんと、みなみちゃんが出合い頭にぶつかって、みなみちゃんがきよたかくんの上に乗っかる形で、2人とも転んでしまったんですね~」
「はあ」
「そして、先に気を取り直したみなみちゃんが起き上がろうとしたところ、うまく力が入らなくてなかなか上手く行かず、そのうちみなみちゃんのお尻が、きよたかくんのお顔に乗っかる形になっちゃったんですね~」
「……!?」
「きよたかくんが、何とか呼吸をしようともがいていると、ちょうどきよかたくんの鼻と口が、みなみちゃんの一番大事なところを刺激しちゃってたみたいで、それでみなみちゃんは力が入らなくて起き上がることもできず、悲鳴を上げていたんですね~」
「そんなことになっちゃってたんですか!?」
「私としては~、滅多に見られない面白い光景だったので、もう少し見ていたかったんですけど~、タマキさんが早く2人を助けようと言うので、タマキさんと私で動けないみなみちゃんを起こしてあげたわけです~」
……。
コハルさんの説明をひととおり聞き終えたところで、僕はこれまでの記憶を整理すると、1つの疑問が浮かんできた。
「でも、そうすると、みなみちゃ、いや栗林さんって、ひょっとしてパンツ穿いてませんでした?」
僕がそう尋ねたのは、僕の記憶している視覚情報の中に、栗林さんの下着らしきものが全く無かったからである。あのときに僕が見た者は、たしか肌色と綺麗な割れ目だけだった。
僕の問いに、栗林さんはビクッと身体を震わせた。どうやら図星らしい。
「きよたかくん。アマツの国では、そもそも女性がパンツを穿く風習はないのよ~。みなみちゃんが着ている巫女服も、パンツを穿いたら脇からパンツが丸見えになっちゃうから、パンツを穿かないことが前提の衣装なのよ~。ちなみに、私やタマキさんも、パンツは穿いてないわよ~。疑うなら、私のスカートの中、ちょっとだけ見せてあげようかしら?」
「い、いいです!」
僕は、コハルさんの申し出をすぐに断った。
ただし、興味がないからでは無く、ただでさえ「栗林さんの可愛いおしりと大事なところを見ちゃった~!!!」って感じで、僕の脳内はピンク色になってしまっており、股間も勃起してしまっている。これ以上性的刺激を受けたら、我慢の限界を超えてしまう氾濫危険水域にあるのだ。
「それにしても、きよたんは本当に運が良いわね。さすがLUK140を誇るだけのことはあるわ」
クスクス笑いながらそう言ってきたのは、上水流さんではなくタマキさんだった。ついに、タマキさんまで僕のことを「きよたん」呼ばわりするようになってしまった!
「どういう意味ですか!?」
「だって、アマツに来た初日に、早くも可愛い女の子の大事なところを見ちゃって、顔を真っ赤にしながら興奮してるんでしょう? こんなラッキースケベ、滅多に無いわよ」
「そんなことありません! 転んで後頭部を強打した上に、もうちょっとで窒息死するところだったんですから!」
僕が、タマキさんに向かって反論していると、栗林さんがおずおずと、僕に向かって話しかけてきた。
「あの、お名前は……?」
「ああ、まだ名乗って無かったよね。僕は村上清隆と言います。よろしく」
「栗林みなみです。先ほどは、その……、私の不注意のせいで、お怪我をさせてしまった上に、汚らしいものをお見せしてしまって、申し訳ありませんでした」
頭を下げて、丁寧に謝ってくる栗林さん。可愛い。
「そ、そんな気にしなくていいよ。別に、怪我っていうほどのものじゃないし、汚らしいどころか、栗林さんのおしり、とても可愛くて綺麗だったし……」
「本音が出たわね、エロタカ」
僕の言葉に、不機嫌さを増した上水流さんがゴミでも見るような目でそう呟いた。
そして、栗林さんの方もコハルさんに抱き付いて、泣き叫んでいた。
「やっぱり、バッチリ見られちゃってます~! わたし、もうお嫁に行けない身体になっちゃいました~!」
「大丈夫よ~、みなみちゃん。こうなったら、きよたかくんのお嫁さんになればいいだけの話だからね~」
栗林さんを慰めているコハルさんが、さりげなくとんでもないことを言い出した。
「え、私、きよたかさんのお嫁さんになっちゃうんですか?」
「悪い話じゃないわよ。きよたかくんはあんな可愛い顔して、実は将来有望な騎士よ。それに、きよたかくんとみなみちゃんは、同じ日にこのアマツへやってきて、しかも出会った途端、あんな素敵なハプニングがあったんだもの。たぶん2人は、女神アテナイス様の手によって、既に運命の赤い糸で結ばれているのよ」
「コハルさん! 新入生に向かって、適当にでたらめな話を吹き込まないでよ!」
コハルさんの爆弾発言に、なぜか上水流さんが怒り出した。
一方、栗林さんの方は、僕の方をしげしげと眺めながら、
「むらかみ、きよたかさんでしたっけ」
「そうだよ」
「きよたかさんって、何となく受けっぽい感じのする方ですね」
「はあ!?」
困惑する僕をよそに、栗林さんは勝手に話を進める。
「えーと、そちらの方は……?」
「上水流萌音よ、よろしくね」
「栗林みなみです。よろしくお願いします。……でも、女性の方でしたか、残念です。非常に攻めっぽいお方なので」
「はあ!? あんた、何言ってんのよ!?」
上水流さんも、栗林さんの謎発言に困惑しているようだ。
「とてもお強そうな上水流さんを男性に見立てれば、攻めの上水流さんと受けのきよたかさん、まさに男同士の熱い友情。そして、上水流さんに誘惑されたきよたかさんが、攻められて可愛い喘ぎ声を挙げる……。とても尊いです……」
周囲の困惑をよそに、一人で悦に入ってそんなことを呟く栗林さん。
上水流さんを無理やり男性に見立てる、栗林さんの妄想力逞しい腐女子的発言により、爆発寸前だった僕の性的興奮は、だいぶ収まることになった。
◇◇◇◇◇◇
いささかのハプニングはあったが、一同気を取り直して、『冒険者人材育成センター』のガイダンスを始めることになった。
「新入生さんもいるので、改めて自己紹介するわね。私はタマキ・セト。主に、日本出身の冒険者訓練生に対する教育指導を担当しているわ。そんなわけで、少なくとも訓練中は、私のことは『タマキ先生』と呼んでくださいね。そうでないときは『タマキさん』でも良いけど」
「コハル・ウエノです~。主に、日本人訓練生の皆さんが日常生活に困らないよう、身の回りのお世話を担当しています~。何か、困ったことがあったら、いつでも私に相談してくださいね~。それから、私のことは、気軽に『コハルさん』と呼んでくださっていいですよ~」
「さて、もう半年くらい訓練生を続けているもえちゃんはともかく、今日アマツの国に来たばかりだという新入生のきよたんとみなみちゃんは、ほとんど何も分からない状態だと思います。そこで、まずこのセンターがどのような施設かを説明するわね。この『冒険者人材育成センター』は、トーキョーの町を統治するユーリコ知事の肝煎りにより、5年ほど前に発足したばかりの、比較的新しい施設です」
「タマキ先生、質問いいですか?」
「どうぞ、きよたん」
……どうやら、きよたんというあだ名はすっかり定着してしまったらしい。もうこの件は諦めよう。
「さっきから名前が気になっていたんですけど、そのユーリコ知事って、どういう人ですか?」
「フルネームで呼ぶと、ユーリコ・コイケヤ知事よ。6年前のトーキョー知事選挙で、『12のゼロ』を公約に掲げて当選を果たした女性知事で、現在2期目を務めているわ」
……なんか、すごくネタっぽい名前なんですけど。突っ込んだ方がいいのだろうか。
そんな僕の思いをよそに、タマキ先生の説明は続く。
「そして、ユーリコ知事による最大の目玉政策、『モンスターゼロ』を実現するための政策の一環として、このセンターは設立されました。アマツの国では、それまで人類に危害を加えるモンスターや猛獣などと戦ったり、他人からの依頼を受けて捜索業務を行ったりする『冒険者』を統括する公的機関はなく、冒険者たちの活動は各自の自主性に委ねられていました。そして、女神アテナイス様の手によって、アマツの国を救うために派遣された日本人たちの活動も、各自の自主性に委ねられていました。
ところが、10年前にガースー総統がこのアマツの国を支配するようになると、モンスターなどの活動も活発化し、各地で危機的な状況が発生する一方、せっかく派遣されてきた日本人たちが、ろくな準備もせずモンスターと戦って無駄死にしたり、酷い場合は衣食住に困った挙句犯罪者になってしまったような例もありました。また、アマツの人々が冒険者になる道も事実上閉ざされており、モンスターの活動から人類の生存圏を守るには、冒険者の数があまりにも不足しているという点が問題視されていました」
そんな状態だったのか。夢を持って異世界転生したら、食うに困って犯罪者になっちゃいましたでは、物語にもならん。
「このような状況を打開するため、ユーリコ知事の肝煎りで設立されたのが、この『冒険者人材育成センター』です。センターの主な目的は2つ。1つ目は、アマツ世界を守るため日本から転生してきた人たちが、円滑に冒険者としての活動を始められるよう、このセンターで訓練生として、アマツ世界の一般常識と、基本的な戦闘技術などを習得してもらい、アマツの国で活動するのに適切な4人から6人程度のパーティーを組んでもらって、送り出すことです。これによって、女神アテナイス様が派遣された貴重な日本人を無駄にすること無く、多くの日本人がアマツの国で、冒険者として定着し活躍してもらうことが期待されています。もちろん、訓練生を卒業した後のアフターフォローもここでやっているから、何か困ったことがあったらいつでも相談に来てね」
「「はい」」
偶然にも、僕と栗林さんの声がハモった。
「もう1つの目的は、冒険者になろうとするアマツの人々に対し、冒険者になるための訓練を施すことです。ただし、女神アテナイス様の力により、最初から基本職に就きそれに相応しい能力を授けられている日本人と異なり、アマツの人々で最初から、基本職に就けるほどの能力を持っている人はほとんどいません。
そのため、冒険者を目指すアマツの人々は、このセンターで『冒険者見習い』として、基本能力を向上させるための訓練を行い、基本職に就ける最低限の能力が備わった時点で基本職にクラスチェンジし、冒険者としての戦闘訓練などを行うことになります。アマツの人々が、このセンターで訓練生として登録してから、基本職にクラスチェンジするまでに必要な期間は、今のところ1年から1年半ほどですが、初期能力等に照らしあまりにも見込みのない方については、訓練生としての登録自体をお断りする例もあります。
センターの開設当初、この役割はあまり期待されていませんでしたが、実際には意外と多くの志望者が集まっており、日本人とアマツ人の混成パーティーが組まれた例もあります」
へえ。
「そのようなわけで、新入生のきよたんとみなみちゃんについては、明日からこの『教室』で、アマツ世界の一般常識や、戦闘その他アマツでの活動に必要な知識についての講義を受けてもらい、戦闘の実技訓練なども受けてもらいます。座学及び実技で所定の成績を収め、アマツの国で活動するパーティーが編成できたら、めでたく訓練生卒業となり、およそ1か月分の生活資金が支給されるとともに、初心者パーティーでも挑戦可能な任務の紹介も行われます。卒業までに必要な期間は、順調に行けばおよそ1か月程度です」
「タマキ先生、質問です」
「はい、きよたん、どうぞ」
「通常1か月程度で訓練生を卒業できるというなら、上水流さんはどうして、半年間も訓練生のままなのですか?」
「ああ、その話ね。もえちゃん、率直に話しちゃっていいかしら?」
「いいわよ」
「もえちゃんは、武闘家としてはとても優秀で、戦闘の実技では文句無しの成績を収めています。座学での学習は若干苦労しましたが、これも卒業可能な成績を既に収めています。ところが、日本人もアマツ人も、みんなもえちゃんと一緒のパーティーになることを嫌がるため、もえちゃんは未だにパーティーを組むことが出来ないのよ。
仕方ないから、もえちゃんには加入するパーティーが決まるまでセンターで特別訓練を受けてもらうことになり、今では上級職のモンクにクラスチェンジするほど成長したものの、いかに優秀と言えど一人で冒険者として旅立つのは危険すぎるので、未だに訓練生を卒業できないわけです」
「一体、上水流さんの何が問題になっているんですか?」
「きよたん、その件についてはあたしから直接答えるわ」
上水流さんは、そう言って僕の質問を遮った。
「あのね、あたしは一言で言えばガチ勢なのよ。本気でガースー討伐を目指すパーティーに参加したいわけ。ところが、このセンターに来る連中は、日本人もアマツの連中も、ガースー討伐なんて誰も本気で考えてなくて、適当に危険の少ない任務をこなしたりして、このトーキョーで楽な生活を送りたいくらいのことしか考えてないのよ。アマツの連中も、実際に卒業まで行く奴は、日本人冒険者のお嫁さんになりたいとか考えてる馬鹿女どもばかりだわ」
「そうなんですか?」
僕は、一応タマキ先生に確認した。
「残念ながら、大体合ってるわ。アマツ出身の訓練生で、実際に卒業できた人は今のところ全員が女性。男性は志望者自体がほとんどおらず、アマツ人の訓練コースは、事実上男性日本人冒険者のお嫁さんになりたい女性の、花嫁修業コースみたいになっちゃってるのが実情ね。
そして、男性冒険者は数自体が少ないものだから、編成されるパーティーのほとんどは男1人、女3人といった感じのハーレムパーティーになっちゃうんだけど、男の子は大抵女性をえっちの相手とみなしてメンバーを選ぶものだから、もえちゃんみたいな気が強い子はいらないって判断になるみたいね」
「えっと、そもそも同じパーティーメンバー内で、えっちしていいんですか?」
「いいわよ。そもそも、若い男女が一緒に行動していたら、暇になったらえっちが始まるのは当然じゃない。もっとも、女性の冒険者は妊娠してしまうと長期間仕事が出来なくなってしまうのと、時々モンスターなどに犯されたりしてしまう危険があるので、すべての女性冒険者とその訓練生には、このセンターから避妊ポーションを支給し、5日に1度服用することを推奨しているわ。正しく服用していれば、妊娠の可能性はほぼゼロよ。
現代の日本と違って、このアマツは性に関しては非常におおらかな国だから、男女のえっち自体を非難する人はいません。当事者の同意があれば、1人の男が複数のお嫁さんを持つことも、1人の女が複数の夫を持つことも、あるいは結婚せずフリーセックス生活を送ることも自由です。あと、このセンターも日本の学校なんかとは違うから、訓練生同士のえっちについても、お互いの同意があれば特に問題はありません。
ただし、教室とか公共のスペースでえっちされるとさすがに風紀が乱れるので、えっちするときは自分の個室とかでやってね」
「はあ……」
あまりにも大らか過ぎる。
「一応、それを前提で意思確認をさせてもらうけど、まずきよたん、無事訓練生を卒業できた際には、もえちゃんを自分のパーティーに加えていいと思う? あくまで、今の段階での意思でいいから」
「えーと、えっち云々の話はともかく、上水流さんと同じパーティーになること自体は、僕としては問題ないです。僕としては、かなりの偶然とはいえ、最初から騎士という恵まれた立場で転生したからには、ガースー討伐まで行けるかどうかはともかく、このアマツを救うため、出来る限りのことはしたいと思っています。モンクの上水流さんがパーティーに加わってくれれば、戦力としては非常に心強いので、むしろ大歓迎です」
「おお、きよたん真面目~! 良かったわね、もえちゃん。やっと貰い手が現れたわよ」
嬉しそうな顔をしているタマキ先生を尻目に、上水流さんはちょっと頬を赤らめて、こう返してきた。
「タマキ先生、まるで嫁の貰い手が来たみたいな言い方しないでくれる!? それはともかく、きよたんが現段階で、あたしをパーティーに加える意思があることは分かったわ。あんたのパーティーに加わるかどうか、じっくり考えさせてもらうわ」
「それとみなみちゃん。あなたも現段階の意思でいいから、仮にきよたんともえちゃんがパーティーを組むとしたら」
「是非とも参加させて頂きます!」
栗林さんは、若干食い気味に即答してきた。ただし、その眼は明らかにイケナイ妄想をしている感じで、若干怖い。
タマキ先生も、そんな栗林さんの様子には問題を感じたらしく、僕に確認してきた。
「きよたん、何か若干問題のありそうな子だけど、みなみちゃんもパーティーに加えてもらっていい?」
「まあ、断るほどの理由はありませんけど、おかしな妄想は控えめでお願いします」
「わーい、お願いしますね、きよたかさん!」
……なんか、僕は問題児の引き取り手になってしまったような気がする。
◇◇◇◇◇◇
「本格的な授業や訓練は明日からにするから、あとは訓練生同士で雑談でもして、親睦を深めてもらえばいいかな……と思ったら、何かお客さんが来たようね」
僕たちがいる『教室』に、戦士らしき1人の男性冒険者と、それに付き従う3人の女性冒険者と思われる一行がやってきた。
「誰かと思ったら、先月卒業したヨーイチ君たちじゃない! 元気にやってる?」
タマキ先生の問いに、女性の冒険者たちは「おかげさまで、今も元気に暮らしております」などと丁寧に答えていたり、「今日も楽しくやってるよ~!」などと元気に答えたりしていたが、ヨーイチと名乗った男性冒険者は、ややガラの悪い人間らしい。
「まあな。先公、クエスト依頼の斡旋を受けにきたついでに、その面拝みに来てやったぜ」
「ヨーイチ君、相変わらず口が悪いわね」
呆れたという感じのタマキ先生の答えには耳を貸さず、次いでヨーイチは上水流さんにこんな台詞を吐いた。
「やっぱりまだ居たのか、この男女! まあ、誰もお前みたいなメスゴリラとパーティー組もうなんて酔狂な奴はいねえだろうな」
「何よ、あんたあたしに喧嘩売りに来たの? 買ってあげるわ。ちょっと表へ出なさいよ」
「しねえよ。金持ち喧嘩せずって奴だ。うん? 今回は見かけない顔がいるな」
「今日ここに来たばかりの、村上清隆くんと、栗林みなみちゃんよ」
「そうか。村上とかいう女みたいな顔した奴、よく覚えとけ、俺様は、先輩冒険者のヨーイチ・タカハシ様だ。この俺様の手にかかれば、モンスターなんてさざ波みたいなもんさ。今更アマツに来たとしても、お前が卒業する頃にはもうお前の出番はねえよ。お前は大人しく、適当な女といちゃついてればいいさ」
「……はあ」
何か、感じの悪い人だなあ。あと、ヨーイチ・タカハシって名前、どこかで聞いたような気もするけど、日本ならどこにでもいるような名前だから、敢えて気にしないことにしよう。
「それと、みなみちゃんだっけ? かなりの別嬪さんじゃねえか。何なら、卒業したら俺様のパーティーに加えてやってもいいぜ」
「お断りします。あなたのような人は、私の好みじゃないので」
栗林さんは、結構毅然とした態度で、ヨーイチの誘いをあっさり断った。
「ふん、まあいいさ。俺には極上の女が3人もいるからな。うん? そこの村上とかいう奴、その剣は何だ?」
「これは、女神のアテナイスさんにもらった剣です。詳しいことはまだ分からないんですが、僕専用の剣だそうです」
「何? お前専用の剣だと? 俺、そんなもの貰ってねえぞ。どれ、見せてみろ」
ヨーイチはそう言って、僕の腰にある鞘から剣を強引に引き抜こうとしてきた。
「危ないですよ、ヨーイチさん。たしかアテナイスさんは、この剣は僕専用で、他の人は使うどころか持つことも出来ないって言ってましたから」
「きよたんの言うとおりよ! ヨーイチ、この剣はあんたに扱えるもんじゃないわ。怪我したくなければ、この剣には触れないことね」 僕の声に続いて、この場にいる人間の誰のものでもない声が、教室内のどこかからこだました。
不可解な事態に皆動揺していると、声は続いた。
「あたしよ! この世界を管理している女神・アテナイス様よ! そこにいるエルフっぽい娘2人以外は、みんなあたしが送り出した子たちなのに、もう忘れちゃったの?」
「アテナイスさん、どこにいるんですか?」
「そこにいるわけじゃないけど、きよたんがその剣を持っている限り、あたしは好きなときにきよたんと会話できるのよ。今までの話は全部聞かせてもらったけど、きよたんって良いあだ名よね。あたしは今後、きよたんのことをずっときよたんって呼ばせてもらうわ」
……うるさいのがまた1人増えた。
僕がうんざりしていると、ヨーイチは何やら叫び始めた。
「そんなはずはない! 俺は、女神アテナイス様によって選ばれた、この世界を救う勇者様のはずだ! その俺が、こんな奴の持っている剣を扱えないだとおおおっ!?」
「ヨーイチ、わたしはあんたに、『アマツ世界を救う勇者になってください』とは言ったけど、ただ一人の勇者なんてことは一言も行ってないわよ。それに、あんたまだ戦士のレベル15でしょ。基本能力なら、そこにいるきよたんの方がはるかに上よ」
アテナイスさんの非情な言葉にキレたヨーイチは、
「えーい、こうなったら俺が、世界で唯一の勇者だってことを実力で証明してやる!」
と叫びながら、強引に僕の剣を抜き取ろうとした。すると、
「あぎゃあああああああああっ!!!???」
ヨーイチは剣を取り落とし、物凄い悲鳴を上げた。
「これ大変よ、肩が脱臼してるわ! 今すぐヨーイチ君を、治療室に連れて行ってあげて」
ヨーイチの様子を見たタマキ先生がそう指示すると、連れの女性冒険者たちは心配そうに、ヨーイチを支えながら治療室へと連れて行った。3人のうち、1人は日本から来たっぽい女性で、2人はエルフのような耳をしているので、たぶん日本人ではなくアマツの現地人だろう。3人ともかなりの美人で、なぜこんな奴と同じパーティーになったのかと一瞬思ってしまった。
あと、同じパーティーになっているということは、当然のように毎日えっちし放題なのかな?
ヨーイチ一行が退場した後、僕は剣を取り戻し、元の鞘に納めた。この剣は結構危険だ。取り扱いは慎重にしよう。
タマキ先生が、嘆息しながら話す。
「えーと、もえちゃんは知っていると思うけど、あのヨーイチ君は、訓練生の頃からガラが悪くて、女の子たちにも当然のように手を出しまくり。戦力より見た目重視であの3人を選んで、初心者向きの難易度が低いクエストを余裕で達成したってことで、最近調子に乗っているの。戦士・僧侶・探検家・商人の組み合わせって、あまり難易度の高いクエストには向かないような気がするんだけどね。
きよたんは、優等生っぽいからあまり心配はしていないけど、ああいう冒険者にはならないでね」
「分かりました。慢心しないよう気を付けます」
「それじゃあ、栗林さん、簡単でいいから自己紹介お願いできる?」
「……分かりました」
指名された栗林さんは、一呼吸置いてからおもむろに話を始めた。先ほどの毅然とした対応とは打って変わって、かなり緊張しているらしい。
「栗林みなみです。日本では一応中学3年生でしたが、生まれつき身体が弱く、病気ばかりしてほとんど学校に行くことはできませんでした。そして、私の面倒を見てくれていた両親が、第5波で2人とも疫病に感染してしまい、間もなく私も感染してしまいました。
でも、病院がどこも満床でなかなか入院することが出来ず、一家揃って自宅療養を続けていました。そのうち重症化したお母さんだけ、やっとのことで入院先を見つけることが出来たのですが、お母さんは私を置いて入院することは出来ないと言っていたので、私は『もういいよ。お父さんとお母さんだけでも生きて。今まで、私をずっと看病してくれてありがとう』と言って、お母さんに入院するよう勧めました。その結果、お父さんとお母さんは何とか一命を取り留めたようですが、私は間もなく重症化して、そのまま亡くなってしまいました」
「今の日本って、そんな酷い状態になってるの!?」
タマキ先生が、かなり驚いた様子で聞き返してくるも、僕と栗林さんは、一様に黙って頷くしか無かった。
「そうしたら、私の前に女神アテナイス様が現れて、『病気なんて全く抱えていない健康な身体をあげるから、異世界で人生やり直してみない?』と勧められたので、私は詳しい話も聞かずに、即答で承諾しました。職業は、日本での私のように、病気で困っている人を助けてあげられたらと思って、僧侶を選びました。これからよろしくお願いします。
あと、日本での私の人生はこんな感じだったので、ろくに走ったことも、同年代の男の子と話をしたこともありませんでした。それが、異世界で元気に走ることもできる健康な身体をもらって、ちょっとはしゃぎ過ぎました。ちょっと暗い話をしてしまって、本当にごめんなさいです」
「気にしなくていいよ。お互いの身の上を知っておくことは、むしろ重要なことだと思うから」
僕が栗林さんを慰めると、彼女はさらに続けた。
「それときよたかさん、先程は痛い思いをさせてしまって、おまけに私の汚らしいものまで押し付けてしまって、本当にすみません!」「もうその話はしなくていいよ! というか、思い出させないで!」
僕がそう言い返す傍で、タマキ先生とコハル先生が、クスクスと笑っていた。
……栗林さんは、腐女子の性癖さえ無ければ120点をあげてもいいくらいの美少女なので、理性の糸が切れると本当にヤバいんですけど。
「じゃあ、次はきよたんお願いできる?」
「はい。出来れば、きよたん呼びはやめてほしいんですけど」
タマキ先生に指名されたので、自分の自己紹介を始めた。
「村上清隆です。日本では、普通の高校1年生でした。ある日、下校途中に横断歩道上で立ち往生している女の子を見掛け、その子がダンプカーに轢かれそうになっていたので、身を挺してその子を助けようとし、僕もその子も重傷を負いました。本来なら、現代日本の医療水準で助けられるほどの怪我だったのですが、疫病の影響で通常医療にも支障が出ており、僕もその女の子も入院先がなかなか見つからず、治療が手遅れになって亡くなってしまいました。
そして、僕の前に女神アテナイスさんが現れ、異世界への転生を勧められたんですけど、あまりにもしつこく薦めて来るので逆に怪しいと思って断ろうとしたところ、アテナイスさんは特別に騎士にしてあげるから、この剣をあげるからといった感じで、本当にしつこく食い下がってきて、根負けしたような形でアマツの国へやって来ることになりました。
別に、ゴネ得をしようなどとは考えていなかったんですけど、結果として能力面などでは他の冒険者さんよりかなり優遇されているようなので、この国では冒険者として微力を尽くすつもりです」
「きよたん、あの疫病って、第5波まで続いているの? あたしは、ちょうど第3波のときに亡くなったんだけど」
上水流さんがそう尋ねてきた。
「うん。第5波が、結構ヤバいくらいの規模になってる。その後のことは当然知らないけど、第6波なんかが来ても全然おかしくない状況みたいで、政府の無策に対する非難の声が殺到してたよ」
「それで、東京オリンピックやパラリンピックは、結局やったの? 中止になった?」
「スガ総理の強い意向で、無観客だけど強引にやった。ちょうどオリンピックの最中に第5波が急拡大して、総理に対する非難の声が殺到し、総理の側近が横浜市長選で、ゼロ打ちとか秒殺とか言われる物凄い勢いで負けた。僕は、その直後に亡くなったんで、その後どうなったかは知らないけど」
「そうだったんだ……。私は、オリンピックは是非やって欲しいと思ってたんだけど、非難されるオリンピックはさすがに嫌ね」
上水流さんの感想を聞いた後、僕はこう続けた。
「それともう1つ。僕は、もともと内向きの性格で、日本では勉強とゲームくらいしかやってこなかった人間なので、恋愛とか女の子とかには免疫がありません。なので、あまり刺激の強すぎる話は、勘弁してください」
「それはかわいそうね、きよたん。でも、ここではもう我慢しなくていいのよ。後でコハルさんがあなたの部屋を案内してくれるから、そうしたら気に入った女の子を口説いて、自分の部屋に連れ込んでえっちしちゃっていいのよ」
「タマキ先生! きよたん呼びは止めてほしいって言ったのが聞こえなかったんですか!?」
「そうやってムキになるところがきよたんなのよ。そうねえ、今夜中に同期のみなみちゃんあたりを口説いて初えっちを済ませることが出来たら、きよたん呼びは止めてあげるわ」
「僕をからかってるんですか!?」
「そうじゃなくて、アマツの国ではえっちは良い事とされているんだから、気持ちを切り替えなさいって言ってるのよ。みなみちゃん、きよたんがいつその気になって襲い掛かって来るか分からないから、今のうちに避妊ポーション飲んでおきなさい」
「は、はい」
栗林さんは、タマキ先生に促されるまま、迷うことなく避妊ポーションらしきものを飲んだ。
……僕を、そんな危険人物だと思っているのか。
「これで、きよたんがいつ発情して襲い掛かっても問題なし、と。それじゃあ、次はもえちゃん、お願いできるかしら」
「わかったわ。あたしは上水流萌音。日本ではボクシングをやっていて、本気で女子ボクシングの日本代表を目指していたの。ところが、あたしが高校1年生だったとき、ちょうど疫病の第3波が流行していて、そんな時にあたしは、暴走してきた乗用車に撥ねられて大怪我しちゃったわけ。乗用車を運転していたのは80代のおじいちゃんで、アクセルとブレーキを踏み間違えたのが事故の原因らしいわ。
その後はきよたんと似たようなもので、通常時なら右足切断で命だけは助かったらしいんだけど、入院先が見つからずに結局死んじゃったわ。でもその後、あたしの名前を『じょうすいりゅう もえおと』なんて読み間違えたあの馬鹿女神が、完全な身体であたしを異世界へ転生されてくれるって言うんで、二つ返事で引き受けたわ。職業は当然のように武闘家を選んで、今は武闘家の上級職にあたるモンクのレベル3よ。
ボクシングと分野は違うけど、早く訓練生を卒業して活躍の場が欲しいところだわ。あと、こっちで練習してジャンピングキックとかいろんな技を覚えたから、元ボクサーと言っても、今はパンチ以外の攻撃も当然できるわよ。もっとも、一番の得意技は怒涛のパンチ連打、名付けて『北斗百○拳』だけどね」
なるほど、そういう経歴の持ち主だったから、さっきオリンピックのことを気にしていたのか。
……あと、『北斗百○拳』という技の名前については、敢えて突っ込まないことにしよう。
上水流さんの自己紹介が終わると、なぜかタマキ先生が、手を挙げて質問してきた。
「はーい、そんなもえちゃんに、タマキ先生から質問でーす。もえちゃんは、男の子との恋愛の経験はありますか?」
「……特にないわ」
「今日、きよたんがもえちゃんとパーティーを組んでも良いって言ってましたけど、きよたんは初えっちの相手としてアリ? ナシ?」
「そんな質問を、今答えなきゃいけないの!?」
「別に、簡単なことでしょ。今の段階でする気が無ければ、ナシって答えれば良いだけの話だから。今までも、似たような質問すると即答でナシって答えてたじゃない」
「えーと、あたしにはちょっと事情があって、恋愛はたしかにしたこと無いけど、えっちは別に初めてじゃないから、きよたんがどうしてもしたいって言うなら、……してあげてもいいわよ」
え!?
「おお! それじゃあ、みなみちゃんにも同じ質問。きよたんは初エッチの相手として、アリ? ナシ?」
「ええ? 私ですか!? ……えーと、きよたかさんは別に嫌いなタイプではありませんし、先程ご迷惑をおかけしたことのお詫びとしてなら、とりあえすアリ……です」
アリなの!?
「ねえ、きよたん、聞いた? 聞いてるわよね。2人の返事を聞いて、きよたんの名槍清隆丸が鋭く反応したのを、先生は見逃さなかったわよ。でも、2人ともアリとなると、逆にどちらを選ぶか迷っちゃうわよね~」
「タマキ先生、なんか悪ノリしてません?」
それと、『名槍清隆丸』って何ですか。
「それはともかく、転生前のお話になったので、これから冒険者として旅立つ皆さんへの参考も兼ねて、わたくしタマキ・セトの経歴もお話しするわね。わたしは、大学で教員免許を取って念願の高校音楽教師の職に就き、さあ人生これからだと思っていたところ、暴走したスポーツカーに撥ねられ、あえない最期を遂げてしまいました。ほぼ即死でした。
でも、こうやってみんなで自分の死因を語り合う光景って、なんかシュールよね」
タマキ先生の言葉に、一同皆苦笑いするしかなかった。
「それはともかく、私も女神アテナイス様に誘われてこの世界に転生、職業はほぼなんとなくって感じで戦士を選びました。わたしが転生した当時はこんなセンターなど無かったので、何も分からないままトーキョーの町をぶらぶらしていたところ、冒険者パーティーのリーダーをしている日本出身のある男性戦士に声を掛けられ、パーティーに拾われました。日本では処女でしたが、アマツではその男性戦士の優しさにほだされ、その日のうちにその男性に処女を捧げました。
その後、私はそのパーティーで冒険者としてのイロハを学びましたが、そのパーティーはその男性戦士以外すべて女性というハーレムパーティーで、私はその男性にとって5番目の女という位置づけに過ぎないことが、間もなく分かりました。そのときはちょっとショックでしたが、他に生きていく道も無かったので、私に嫉妬する他の女性メンバーの嫌がらせに耐えながらも、パーティー内で2人目の戦士として腕を磨きました。そんな生活が3年ほど続き、私は騎士にジョブチェンジすることが出来ました。その男性戦士からも、単なるハーレムの一員というだけでなく、戦力をして数えられるようになりました。
しかしある日、私を戦力として数えることを前提とした高難易度のクエストに挑戦している最中、男の寵愛を失いパーティーから外される寸前の状態になっていた女魔術士が、よりによって戦闘中に魔法でその男の身体を麻痺させてしまいました。それが原因でそのパーティーは壊滅、私以外のメンバーは全員モンスターに殺されました。私は、自分がモンスターから逃げるだけで精一杯で、男や他のメンバーを助けることはできませんでした。
その後、私は路頭に迷うかと思いましたが、その頃には私はトーキョーでも評判の美人女性騎士として有名になっていたらしく、間もなくトーキョーのある裕福な家庭に、冒険者を目指す息子さんの剣術師範として招かれ、間もなくそこの主人に口説かれ、その主人が亡くなったら遺産の半分をわたしがもらうという条件で、そこのご主人と結婚しました。
そして間もなく、トーキョー・シティーの知事に就任したユーリコ女史から、この『冒険者人材育成センター』の指導教官にならないかという打診があり、私の経験が少しでも後輩冒険者たちの役に立てればと思い、この仕事を引き受けることにしました。
その主人は、ちょうど5年前にトーキョーで大流行した疫病で亡くなってしまい、主人との間に子供はいなかったので、現在はフリーよ。一応、男子の訓練生に手を出しても良いか担当職員に問い合わせたところ、相手の合意が得られればOKということだったので、これまで多くの訓練生を育てつつ、童貞の男子訓練生には筆おろしをしてあげました。亡くなった主人の息子さんや、さっきのヨーイチ君なんかも、わたしが筆おろしをしてあげた訓練生の1人ね。それと、冒険者を引退した後は避妊ポーションを飲んでいないので、現在サクラという3歳の一人娘がいますが、その時期にはここの訓練生に限らず、結構いろんな男の子の筆おろしをやっていたので、サクラの父親が誰かはわたしにも分かりません。おわり」
「タマキ先生って、結構壮絶な人生送っているんですね……」
僕が思わず感想を漏らすと、タマキ先生は急に真面目な顔になり、
「まあね。このセンターにいる間は懇切丁寧にお世話してあげられるけど、冒険者になってからの生活は決して楽じゃないわ。亡くなってしまった卒業生も少なからずいます。皆さん心して、そして悔いの残らないように、明日からの訓練生活に励んでください。
以上で、今日は解散にするわ。新入生のきよたんとみなみちゃんについては、この後コハルさんから自分用の個室と、主な施設の案内があります。その後はみんなで夕食を取って、それが終わったら明日の朝まで完全自由行動ね」
◇◇◇◇◇◇
そして夕食後。
食事はそこそこ美味しかったが、僕の個室にはベッド以外ほとんど何もない。
お喋りできる友達なんかもいないし、異性の上水流さんや栗林さんに話しかけようとすれば、どうしてもえっちを意識してしまう。
かと言って、このまま寝るまで何もしなければ、相当に暇を持て余してしまいそうだ。
僕がどうしようか悩んでいると、タマキ先生が僕に近寄って、そっと耳打ちをしてきた。
「ねえきよたん、暇だったらこれから、わたしの部屋に来ない?」
「先生の部屋へ?」
「そう。先生と一緒に、楽しい時間を過ごしましょう? さて、何をすると思う? 当ててごらんなさい」
タマキ先生が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……まさか、僕の筆おろしをするとでも?」
「大当たり。タマキ先生が、まだ童貞のきよたんに、えっちの手ほどきをしてあげる。最初の10日間くらいは、わたしが相手をしてあげるから、それでえっちの基本的な知識とテクニックを身に付ければ、他の女の子ともスムーズにえっちできるわよ」
ええええっ!!!???
「い、いえ、結構です! ご遠慮させて頂きます!」
「どうして? わたしじゃ不満なの? 今でも、顔やプロポーションには、結構自信があるんだけどなあ……」
「いえ、そういう問題では無くて……」
「ひょっとして、早速今夜、みなみちゃんとえっちするつもりなの? みなみちゃんは確かに可愛いけど、初めて同士のえっちはあまりお勧めしないわよ。大抵上手く行かないから」
「違います!」
「えっ!? それじゃあ、もえちゃんの所に行くつもりなの!?」
「それも違います! どうして、そういう発想になるんですか!?」
「だって、えっちしなかったら、その滾っている名槍清隆丸をどうするつもりなの? 先に言っておくけど、このセンター内でオナニーは出来ないわよ」
「え?」
「そんなことをしたら、どこからともなくコハルさんが現れて、パクっと食べられちゃうわよ。あの人、わたし以上に童貞食いが大好きだから」
「……そんなことしていいんですか?」
「きよたん。この国の常識を1つ教えてあげる。この国では男女問わず、オナニーは『誰でもいいからえっちしてください』っていう意思表示とみなされるの。だから、きよたんがオナニーしている現場を取り押さえて童貞を奪っちゃうのは、法的にも倫理的にも全く問題なしよ。あと、きよたんの個室に鍵は掛けられないからね」
……。
「きよたん、なんか顔が蒼ざめてるけど、やっぱり内緒でオナニーする気だったのね。でもね、ここはそういう環境だから、童貞のまま訓練所を卒業した男子なんてこれまで1人もいないわよ。もう一度聞くわ。観念して、私からえっちの手ほどきを受ける? それともコハルさんにする?」
「む、無理です……」
「恥ずかしがり屋さんねえ。わたしとしては、コハルさんも『美味しそう』と絶賛していた名槍清隆丸を、この身体で味わいたかったのに。でも気が変わったら、いつでもわたしの部屋にいらっしゃい。ちなみにわたしの部屋は、きよたんの部屋を出てすぐ前のところよ」
僕は、タマキ先生から逃げるように、急いで自分の部屋へ駆け戻った。
……そんなこと出来ないよ。
だって、初めてのえっちは、普通好きな人とするものだよね?
それに、昨日まで女の子の手を握ったことも無かったのに、今日会ったばかりの女性といきなりえっちするなんて……。
そのまま自室のベッドにうずくまった僕の心には、もはや恐怖しか無かった。
(第4話へ続く)
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