僕の転生した世界があまりにも生々しい件

灯水汲火

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第1章 訓練生編 『目指せ、アマツ世界を救う冒険者!』

第2話 はじめての異世界

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「ここは……?」
 目を覚ますと、僕は草原の中に寝転がっていた。
 たしか、アテナイスとかいう女神に、異世界へ転送された後のことだから、ここがおそらく『アマツ世界』なのだろう。
 とりあえず、起き上がって自分の服装を確かめると、明らかに僕が日本で着ていた服装ではなく、若干薄汚れた生地で作られた上着とズボンに革製らしき靴。アテナイスさんからもらった剣を収めた鞘は、僕の腰に丈夫そうなベルトでしっかりと固定されていた。
 なんか、一般庶民が明らかに場違いな王家の剣を持っているような感じで、かなりアンバランスだ。これが『アマツ世界』の標準的な服装なのかも知れないけど、服の着心地も決して良いとは言えない。

 周囲は、ところどころに木々の生えた自然豊かな草原で空気もおいしいが、こんなところでピクニックを楽しんでいる余裕は無い。とりあえず、明るいうちに人のいるところを見つけないと、食事も寝るところもままならないし、モンスターや凶暴な肉食獣でも現れようものなら、食い殺されかねない。立派な剣だけは持っていても、それ以外は無装備も同然だし、戦い方も当然分からない。

「アテナイスさん、もう少し分かりやすいところに転生させてくれれば良いのに……」
 僕が、愚痴をこぼしながらも手掛かりを探していると、さほど遠くないところに街道らしきものを見つけた。
 近づいて見てみると、道幅はかなり広いが舗装はされておらず、土が剥き出しになっている。馬車が通ったような形跡はあるが、残念ながら人影は見当たらない。
 街道のどちら側に進もうか迷っていると、遠くに大きな城壁らしきものが見えた。城壁があるということは、あの先に大勢の人間が住む町があるということだ。とりあえず、あの城壁に向かって進むのが妥当だろう。


 僕が、城壁に向かってしばらく歩を進めていると、後ろから農作物らしきものを積んだ馬車が近づいてきた。
「すみませーん!」
 僕が馬車に向かって大声で叫ぶと、その馬車は僕の目の前で停まってくれた。
「うん? 何かね、若いの」
 怪訝な顔をして僕に尋ねてきたのは、馬を御している男性だった。見た目年齢は40代くらい、背は低いけどがっちりとした体格をしている。とりあえず、日本語が通じることに安堵したものの、一体この人に、自分の立場をどのように説明したらいいのだろう。
「えーと、あのー、僕は、故あって異世界から転生してきましたといって通じるのかな、とにかく僕はこの辺には初めて来たもので、この辺のことはさっぱり分からないので、出来ればどこか人のいるところへ連れて行ってほしいんですけど……」

 僕が、しどろもどろの説明をしていると、おじさんは少し首をかしげて、
「お前さん、ひょっとしてニッポン人かね?」
「はい! 日本人です! 名前は村上清隆と言います!」
「そうかそうか、ならトーキョーまで送ってやるから、俺の横に乗りな」
「ありがとうございます!」
 おじさんは意外と気前良く、僕を馬車に乗せてくれた。

 馬車に揺られつつも、僕は少しでもこの世界の情報を得るため、おじさんに話しかけてみることにした。
「おじさん、この辺には日本人がよく来るんですか?」
「まあ、よくという程ではないが、たまに来るよ。それと、俺はダイゴロー・トードーって言うんだ。しがない農夫だが、気軽にトードーさんとでも呼んでくれや」


 その後、僕はトードーさんと色々話をして、この世界についていくらかの情報を得た。
 この世界は「アマツの国」と呼ばれており、女神アテナイスがアマツの守護神として広く信仰されていること。
 この世界では、日本人は女神アテナイスによって遣わされた者であることが広く知られており、一定の敬意を払われていること。
 これから馬車で向かおうとしているところは「トーキョー」と言い、アマツの国における最大の都市であること。
 トードーさんは、近くにそれなりの規模の農園を所有しており、農作物をトーキョーで売りさばいて生計を立てていること。

 ただ、トードーさんは、若干気になることも言っていた。
「最近は、ニッポン人の質が若干落ちたみたいでな、ろくな準備もせずにモンスターの群れに突っ込んで、無駄死にするような奴も少なくないんだよ。確かムラカミと言ったかね、お前さんも気を付けろよ。アマツの国の命運は、お前たち日本人の働きにかかっているんだから」
 その際は、思わず「はい、気を付けます」と答えたものの、トードーさんの言葉には、何となくモンスターとの戦いを他人任せにしているようなニュアンスが感じられた。

 そのほか、トードーさんはトーキョーの知事は最近やる気が感じられない、何もかも総統の言いなりだなどと愚痴をこぼしていたが、「知事って何ですか?」「総統って何ですか?」などと根堀り葉掘り尋ねるのも失礼な気がしたので、その辺の話は適当にスルーすることにした。
 時計が無いので正確には分からないが、馬車に乗せてもらってから30分くらい経った頃だろうか。馬車はトーキョーの城門前に停まり、門番の兵士が声を掛けてきた。
「トードーさんですね。念のため、いつもどおり荷物の点検をさせて頂きます」
「ああ、いいよ。さっさとやってくれ」
 どうやら、トードーさんと門番の兵士さんは、互いに顔見知りのようだった。
「それとトードーさん、横に乗っている見慣れない若者は何者ですか?」
「ああ、こいつはニッポンから来たんだってよ。名前はムラカミ何とかっていったかな」
「村上清隆です」
 トードーさんの言葉に僕が補足すると、門番の兵士は少し驚いた様子で、
「なんと、新しいニッポン人を連れてきて頂いたのですか。ムラカミ殿と申しましたかな、ここからは我々がご案内致しますぞ」
 間もなく、伝令役らしい別の兵士が、慌ただしい様子で馬を走らせて行った。僕は、トードーさんにお礼と別れを告げた後、兵士たちが用意してくれた別の馬車に乗ることになった。

「えーと、僕はこれから何処に連れて行かれるのですか? 王様と面会でもするんですか?」
 僕が、馬を御している兵士に尋ねると、兵士は若干不愛想な感じで、
「違う。そもそも、今のアマツには、そもそも王様と言える存在はいない。これからムラカミ殿に行って頂くのは、『冒険者人材育成センター』というところだよ」
「冒険者人材育成センター?」
「君たちニッポン人や、冒険者を志す者たちを一人前の冒険者に養成し、その他冒険者たちの総合的なサポートを行う施設だよ。比較的最近になってユーリコ知事が開設されたものだが、知事からは新たなニッポン人が発見されたときは、センターにお連れするようにとの命令が出ている」
「なるほど」
 馬車からトーキョーという町の風景を見る限り、結構多くの人で賑わっているものの、木造の家屋や露店などが多く、文明はそれほど発達していないように見える。その割に、発想だけはやけに現代的だな。

◇◇◇◇◇◇

 兵士の御する馬車に乗って程なく、『冒険者人材育成センター』と大書された看板のある、石造りらしき立派な建物が見えてきた。
「あの建物だ。正面の入り口から中に入って、受付の者に声を掛ければ、その後のことは係の者が案内してくれる。それではムラカミ殿、貴殿の健闘を祈っている」
 僕は、兵士に促されるまま、馬車を降りてセンターの建物に入った。間もなく、『受付係』と書かれた場所に座っているおばさんの姿を見かけたので、とりあえず声を掛けてみた。
「すみません、僕は村上清隆と言いまして、日本からここに連れて来られたんですが、どうすればいいんでしょうか?」
「あら、見かけない顔の男の子が来たと思ったら、ニッポンから来られたのですね。それでは、まずこの申請書に、必要な事項を記入して頂けますか?」
 そう言って、受付のおばさんは僕に1枚の紙と、鉛筆のような形をした筆記用具を差し出した。
 用紙を見ると、表題は『冒険者新規登録申請書』と書かれており、記入事項は氏名とふりがな、年齢と男女の別、アマツ人と日本人の別だった。なんか、市役所にでも来たみたいな気分だ。

 僕が必要事項を書き終えると、その間に受付のおばさんから連絡が行っていたらしく、奥から案内係と思しき若い女性がやってきた。
「お待たせいたしました~。わたくし、ニッポンから来られた方のお世話を担当しております、コハル・ウエノと申します~。よろしくお願いしますね~」
 コハル・ウエノと名乗った女性は、独特の少し間延びした口調で僕に挨拶してきた。見た目年齢は20代くらい、物腰柔らかそうな美人のお姉さんである。
「村上清隆です。よろしくお願いします」
「それでは、まずお着換えの後、『教室』へご案内させて頂きますね~」
 僕は、そのままコハルさんに付いて行き、まず衣装室らしき部屋へ入った。
「キヨタカくんは男の子ですから、格好いい服装の方がいいかしらね~?」
「えーと、服装のこだわりは特にないんで、適当なやつでいいですよ」
 僕がそう告げると、コハルさんは手際良く僕の身長や体系を測って、僕の体形に合った新しい衣服を持ってきてくれた。
 そこまでは良かったのだが、コハルさんはなんと、「それではお着換えしましょうね~」と言って、いきなり僕の来ていた服を次々と脱がせ始めた。僕は抵抗する余裕もなく、たちまちコハルさんによって全裸姿にさせられてしまった。
 しかも悪いことに、僕の股間にある例のモノは、コハルさんにちょっと触られたこともあって、痛いくらいに勃起してしまっている。思春期で童貞の少年である僕にとって、年上の若いお姉さんにこんな姿を晒すのは、正直言ってかなり恥ずかしい。
 僕は、何とか手で股間を隠そうとするも、コハルさんに止められてしまった。
「別に、隠す必要はありませんよ~。キヨタカくんは、顔は結構可愛いのに、随分立派なモノをお持ちですね~」
「えーと、コハルさん?」
「はい、何ですか~?」
「アマツの国では、こういうやり方が普通なんですか?」
「こういうやり方って、どういうやり方のことですか~?」
「えっと、だから、コハルさんのように若いお姉さんが、僕みたいな若い男の子に対して、自分で着替えさせるんじゃなくて、わざわざ全部服を脱がせて着替えさせるっていう、日本ではちょっと考えられないような風習が、アマツの国では普通なんですかという意味なんですけど……?」
「普通ですよ~?」
 事も無げに言ってのけるコハルさん。
「殿方も、それだけ立派なモノをお持ちであれば、女性に対してもいちいち隠すことなく、堂々と見せ付けるのがむしろ普通ですよ~。だから、キヨタカくんも恥ずかしがらないで、もっと堂々としていいんですよ~」
 そう言った後、コハルさんは何かに気付いた様子で、こう続けた。
「ひょっとして、元気すぎてもう我慢できなくなってきちゃいましたか~? それなら、お着換えの前に、わたしが鎮めてあげてもいいですよ~?」
「い、いいです! まだ大丈夫です!」
「あら、そうですか~? それじゃあ、裸だと寒いから早くお着換えしちゃいましょうね~」
 コハルさんは、一瞬なぜか少し残念そうな顔をした後、僕に新しい服を着せてくれた。先程までの村人みたいな衣服と異なり、今回の衣服は何となく身分の高い人が着るような感じの服で、着心地も悪くない。鎧などは付けていないが、アテナイスさんからもらった剣の鞘を腰に装着すると、いかにも剣士らしい風格が感じられる。
 衣装室にあった鏡で、そんな自分の姿を確認すると、ついワクワクしてきた。最初は乗り気ではなかったものの、やっぱり男はこういう衣装に憧れてしまう性なのだろうか。

◇◇◇◇◇◇

 コハルさんの手で、いきなり素っ裸にされた件はひとまず忘れることにして、僕はコハルさんに付いて階段を昇り、2階にあるという『教室』へと向かった。幸い、その頃には股間の勃起もひとまず自然に鎮まってくれていた。
「タマキさーん、モエちゃーん、新入生の方ですよ~。しかも、待望の可愛い男の子ですよ~」
 そんなコハルさんの言葉に、一体何が「待望の」なのか一瞬気になったが、とりあえず今回は気にしないふりをすることにした。

 『教室』は結構広く、ざっと見て、一般的な日本の小中学校にある教室の2倍くらいの広さがあり、20人分くらいの机と椅子が並べられていたが、その中にいたのは女性2人だけだった。
「あなたが、さっき連絡のあった村上清隆くんね?」
 僕に話し掛けてきたのは、コハルさんよりちょっと凛々しい顔をした、同じく見た目20代くらいの美しい女性だった。腰に剣を帯びているあたり、おそらく戦士系の職業に就いている人なのだろう。
「はい」
「私はタマキ・セト。日本風に名乗るなら瀬戸玉珠ね。私は、女神アテナイス様によってこの世界に送られた元日本人で、私と同じく日本からやってきた人たちの教育係を主に担当しているの。そして、村上くんを連れてきたのは、私と同じく日本出身のコハル・ウエノ、日本風に名乗るなら上野小春ね。小春は、主に日本からやってきた冒険者訓練生たちの、身の回りのお世話を担当しているの」
「はい。コハルさんについては先程聞きました」
「それで、村上くんは今日この国に来たばかり?」
「はい。まさに今日この世界に連れて来られたばかりで、まだ右も左も分からない状態です」
 僕の受け答えを聞いて、タマキさんはクスリと微笑んだ。
「村上くんは正直な子ね。でも、その気持ちはよく分かるわ。私も、初めてこの世界に来た時は、本当に分からない事だらけで色々と苦労したわよ。しかも今と違って、日本から来た人へのサポート体制なんてろくに無かった時代だったから」
「わたしもそうでしたね~」
 タマキさんの話に、コハルさんも乗ってきた。ただし、嘆息しているタマキさんと異なり、コハルさんの方はニコニコしており、苦労したという様子が全く感じられないのだが。

「本来なら、まだ何も分からない様子の村上くんのために、このセンターの概要についてガイダンスを始めるところなんだけど、今日は村上くんの他に、新入生がもう1人いるのよ。センターに到着したのは村上くんより先なんだけど、女の子だから衣装選びに時間がかかっちゃってるみたいなのよね。その子が来たらガイダンスを始めることにするわ」
「分かりました」
「それじゃあ、わたしはみなみちゃんの様子を見てくることにしますね~。そろそろ選び終わっている頃じゃないかと思いますから~」
「お願いね、コハル」
 こうして、コハルさんはもう1人の新入生を迎えにいくため、教室から出て行った。どうやら、もう1人の新入生は女の子で、名前は『みなみ』というらしい。


「ちょっと時間が空いちゃうから、その前にまず冒険者カードの登録手続きを済ませちゃうわね。もう、村上くんの分は出来上がっているから」
「冒険者カード?」
 僕は、思わず首をかしげた。教室内のどこを見渡しても、カードらしきものは見当たらない。
「村上くん、不思議そうな顔してるわね。この国で使われている『冒険者カード』っていうのは、一応カードという名前にはなっているけど、日本のカードみたいな紙媒体のものじゃないのよ。魔法の力で作られた仮想カードを、冒険者にセットするだけ。紙媒体のカードと違って紛失のおそれも無いし、カードに記録されている情報はセンターでも共有しているから、とても便利なのよ」
「はあ……」
 何のことだかさっぱり分からない。
「言葉で説明するより、実際に使ってみた方が早く理解できるわよ。じゃあ、仮想カードをセットするわね」
 タマキさんはそう言って、右手の掌を上にかざすと、青みがかったカード状の物体らしきものが出現した。
「それっ!」
 そして、タマキさんが僕の方を指差すと、そのカード状の物体は、瞬く間に僕の身体に吸い込まれ姿を消した。

「これで登録手続きは完了よ」
「一体何が起こったのか、全然理解できないんですけど……」
「大丈夫よ、今説明するから。とりあえず村上くん、心の中で『自分のステータスが見たい』と念じながら、左手をこうやって前にかざしてみて」
「分かりました」
 半信半疑ながらも、僕はタマキさんに言われたとおり、心の中で『自分のステータスが見たい』と念じながら、左手を前方にかざしてみたところ、僕の眼前に、何やらゲーム中の画面みたいな映像が出現した。その映像には、以下のように書かれていた。


NAME:キヨタカ ムラカミ(村上 清隆)
SEX:MALE(男)
AGE:16
JOB:騎士
LV:1
HP:1300/1300
MP:650/650
STR:120
AGI:110
DEX:108
VIT:130
INT:138
LUK:140


「何よこれ! 今日入ってきたばかりの新人なのに、職業が中級職の騎士!? しかも、基本ステータスが全部100超えじゃない!」
 これまで、会話に参加していなかった女の子が、驚きの声を挙げた。どうやら、彼女にも僕のステータスは見えているらしい。
「君は?」
「ああ、あたしの自己紹介はまだだったわよね。あたしの名前は上水流萌音(かみずる もえ)。読みにくいってよく言われるけど、漢字ではこう書くのよ」
 そう言って、上水流さんは『教室』の黒板らしきものに、『上水流 萌音』と書いてみせた。ただし、チョークなどは使わず、黒板らしきものを指でなぞったら文字が現れ、その後掌でこすったら文字が消えた。
 不思議な黒板の仕組みについては、どうせ魔法を使ったハイテクだろうと割り切って突っ込まないことにしたが、上水流さんの名前には聞き覚えがあった。例のダメな女神のところで。
「ああ、君が」
「え? あんたとあたしって初対面よね? どうしてあたしの名前、聞き覚えがあるみたいな顔してるの?」
 上水流さんの当然すぎる問いに、僕は少し迷ったものの、結局真相を全部話すことにした。
「それはね、僕たちをこの世界に転生させた女神のアテナイスさんが、僕と対面している最中に、以前『上水流萌音』っていうすごく読みにくい名前の子が来たって愚痴ってたから」
「あの馬鹿女神、そんなこと言ってたの!? あたしが会ったとき、しょっぱなから『あのー、じょうすいりゅう もえおとさんで よろしいですか?』って尋ねられて、あたし思わずずっこけちゃったわ」
「ああ、そんな風に名前を読み間違えられたんだ……」
 話を聞いただけで、困った顔をしてそうなアテナイスさんの顔が、目に浮かぶような気がする。しかし、確かに読みにくい名前だとはいえ、さすがに『じょうすいりゅう もえおと』はないだろ。

「あんたも名前を読み間違えられたの?」
「いや、僕のときは名前の読み方は合っていたけど、別のところでアテナイスさんの馬鹿女神っぷりをたっぷりと拝見することになりました」
「へえ、そのあたりの話は、後でたっぷりと聞かせてもらいたいわね。それで、むらかみ、きよたかくんだったっけ? このセンターでは、あたしが訓練生としての先輩よ! これからよろしくね」
 上水流さんが、そう言って僕に右手を差し出してきたので、僕は上水流さんと握手を交わすことになった。
 上水流さんは、見た目僕と同年代かちょっと上くらい。武闘家のような服を着ているが、顔立ちは整っていて美人そのもの。しかも、上水流さんの手には、女の子特有の柔らかさと甘い香り、そして名状し難い不思議な感覚があって、僕は上水流さんの手を握った瞬間、思わず胸が高鳴ってしまった。
 ……正直に言うと、僕が女の子の手を握ったのって、日本時代を通じてこれが人生初の経験なんです。
「か~わいい! あたしと手を握っただけで、真っ赤な顔しちゃってる! ねえ、これからあんたのこと、『きよたん』って呼んでいい?」
「えーと、さすがにその呼び方はちょっと……」
「よろしくね、きよたん!」
 僕の態度を見て上機嫌になった上水流さんは、か細い声で発した僕の抗議を完全に無視して、勝手に僕のあだ名を決めてしまった。


 上水流さんにこれ以上抗議しても無駄なようなので、僕は話題を変えることにし、2人のやり取りを面白がって聞いていたタマキさんに話を振った。
「タマキさん、ちょっと話が脱線しましたけど、ステータスの意味や、僕のステータスがどう凄いのか説明お願いできませんか?」
「いいわよ。名前と性別、年齢については特に説明は要らないと思うけど、まずは職業ね。
 普通、日本から転生して送られてきたばかりの訓練生は、最初から基本職である戦士、武闘家、僧侶、魔術師、探検家、商人のいずれかに就いているのが普通なんだけど、村上くんはいきなり、戦士の上級職である『騎士』に就いているから、私も驚いているのよ。
 戦士が、上級職である騎士にクラスチェンジするには、戦士としてのレベルを30に上げて、さらにSTRとVITを80以上にすることが必要なのよ。クラスチェンジするとレベルは1に戻るけど、能力値やスキルなんかはそのまま引き継がれるから、村上くんは転生直後にして、既にレベル30以上の戦士に相当する実力を持っているわけね。ここでちょっと訓練すれば、モンスターとの実戦でも即戦力になるわよ」
「なるほど……」
 アテナイスさんが言っていたとおり、僕はこの世界で相当優遇されているようだ。

「そして、さらに凄いのは基本ステータスね。HPとMPについて説明は要るかしら?」
「えーと、HPはヒットポイントの略で、攻撃を受けたりしてゼロになると死ぬ、MPはマジックパワーの略で、魔法なんかを使うときに必要という理解でいいんでしょうか?」
「正解よ。ただし、この世界では残りHPが20%以下になると戦闘不能状態に、MPがゼロになると気絶して同じく戦闘不能状態になっちゃうから気を付けてね」
「分かりました」
「残り6種類のステータスは、まずSTRがいわゆる筋力で、この数字が高いほど、物理攻撃の威力が高くなるわ。AGIは素早さで、この数字が高い程、戦闘で素早く行動できるようになるの。DEXは器用さで、この数字が高いほど、弓矢攻撃なんかの命中率や威力が上がったり、手先の器用さが求められるスキルの成功率が上がったりするわ。VITは耐久力で、この数字が高いほど防御力が上がり、戦闘で殺されにくくなるわ。INTは知性で、高いと魔法攻撃などの威力が向上するほか、魔法の研究なんかもしやすくなるわ。LUKは運で、これが高いと良いことが起こりやすく、逆に低いと悪いことが起こりやすくなるわ」
「僕、日本では色々と不運な死に方をしたんで、どちらかと言えば運は悪い方だと思うんですけど?」
「日本での運ではなくて、このアマツ世界での運よ。これだけ運の数値が高ければ、きっと村上くんはこの世界で多くの幸運に恵まれ、かなりの偉業を成し遂げる可能性が高いと思うわ。もっとも、村上くんの場合、運だけじゃなくて他の数値も総合的に高くて、一番低いDEXでも108あるからね。通常、騎士のレベル1ではこんなステータスにはならないのよ。
 参考までに、もえちゃんのステータスも見せてあげていい?」
「いいわよ」
 上水流さんが同意すると、僕のステータスと並べるような形で、上水流さんのステータス画面が表示された。


NAME:モエ カミズル(上水流 萌音)
SEX:FEMALE(女)
AGE:16
JOB:モンク
LV:3
HP:1420/1420
MP:50/50
STR:143
AGI:132
DEX: 41
VIT:138
INT: 17
LUK: 20


「ええと、何と言うか、ずいぶん凸凹のあるステータスですね……。僕より数値が高い項目もある一方、なんか極端に低い項目もあるって感じで……」
「悪かったわね」
 僕が恐る恐る感想を述べると、上水流さんから凄い目つきで睨まれた。これ以上のコメントは差し控えよう。
「もえちゃんは、現在武闘家の上級職にあたるモンクのレベル3で、総合的には村上くんよりちょっと上くらいの位置にいるはずなんだけど、ステータスの平均値は明らかに村上くんの方が高いわね。もえちゃんの例はちょっと極端だけど、6種類のステータスはある程度凸凹があるのがむしろ普通なのよ。
 ところが、村上くんの場合、騎士として重要なSTRやVITが十分及第点に達しているだけじゃなくて、僧侶や魔術師系統の職業に必要なINTの数値が、本職もうらやむほどに高いのよ。こんなにINTの高い騎士は、私も見たこと無いわ」
「きよたん、あんたどんなチート技で、そんな能力手に入れたのよ?」
「いや、別に特別な手段を使ったわけではなくて、アテナイスさんからこの世界への転生を勧められたとき、何となく怪しそうな話だと思って断ろうとしたら、特別に騎士からスタートさせてあげるからどうしても行ってくれって感じで、あの手この手で懇願されたというだけです。このステータスも、おそらく特別サービスで高くしてくれたんじゃないかと思います。あと、アテナイスさんからはこの剣をもらいました」
 そう言って、僕が腰に差した剣の鞘を指差すと、タマキさんはその剣に興味を示してきた。
「村上くん、その剣見せてもらえるかしら?」
「良いですよ」
 僕が腰に差していた剣を抜いて見せると、タマキさんはかなり驚いた様子だった。
「何か凄そうな剣ね! 私もこんな剣、今まで見たことがないわよ。装飾も立派だし、剣身も青白く光っているし、何か特別な力が宿ってそうね」
「この剣は、アテナイスさんが自分の髪の毛から作った剣で。名前は『アテナイス・ソード』と言うそうです。アテナイスさんの話によると、この剣には女神の特別な力が宿っていて、僕が成長するにつれて本来の実力を発揮するようになり、たぶん大魔王ガースーとの戦いでも使えるだろうということでした」
 僕が話していると、上水流さんが不機嫌そうな様子で、
「何それ? あの馬鹿女神、二つ返事で転生を承諾した人には普通の能力しか与えなくて、きよたんみたいに転生を嫌がってゴネる人には、特別な力や武器をくれたりするの? ゴネ得の世界なの?」
「えーと、アテナイスさんの話によると、異世界へ転生させるために召喚した人間が転生を断ったというのは、神界でも全くと言って良い程前例がないらしくて、僕が転生を断ったということになると前代未聞の不祥事になってしまう、ただでさえアテナイスさんは成績不良なのに、僕に転生を断られたらもう確実に更迭されちゃうっていう感じのことを言っていて、相当慌てていたみたい」
「ふーん、あの馬鹿女神、女神としても成績不良なんだ?」
「そうみたい。この世界を管理する女神でありながら、日本人を何百人も転生させて送り込んだ割に、魔王を討伐できないどころか、この世界の衰退を止めることもできない状況なんで、何とかして大きな成果を挙げないと、更迭されて神界史編纂室とかいう名のリストラ部屋に……」


 僕がそこまで言いかけたところで、『教室』の外からコハルさんの叫び声が聞こえた。
「みなみちゃん! そんなに走ったら危ないわよ!」
「そんなこと言ってられません! 私のせいで他の皆さんに迷惑を掛けてるなんて……」
 そんな声と共に、何やらバタバタとした足音が聞こえたので、僕は一体何が起こったのかと思い、『教室』の外に出て様子を確認しようとした。
 その瞬間。
 僕は、何かに思い切りぶつかり、衝撃を受けてその場に転倒した。


(第3話へ続く)
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