日本がダンジョンになったのを、俺以外誰も知らない~魔法を無限に使えるようになったけど誰にも言えないからこっそり無双して、ダンジョン攻略する~

時雨

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Chapter.1 プロローグ。

第三話 終わり、そして思い出す

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「灯璃……起きろ、灯璃」

 なんだよ。うるさいな。
 まだ起きるには早いだろ? いい加減、起床時刻の2時間前に起こすの、やめてくれよ。

「そうじゃないってば。……もしや記憶失ってんのか?」

 圭こそなんの話だよ。別に記憶なんて失ってないよ。

「そうか……。じゃあさ、だったら、覚えてんだったらさ、目覚ましてくれよ」

 だからまだ起きるには早すぎるんだって。

「灯璃っ! なに言ってんだ! もう十分寝たじゃないか! 寝てる場合じゃないだろ?」

 なにをそんな必死になってんだよ。分かったよ……

「起きればいいんだろ?」

 ぼんやりと目を開ける。霞む視界に映るのは、どこか見慣れない天井。白いのは自分の部屋と変わらないけど、微妙に模様が違う気がする。

「気のせいかな……」

 首を捻りつつ、体を起こす。辺りを見回して、ギョッとした。

「医務室……?」

 呟く。倒れたりしたっけ? 病気になった覚えもてい……というか、圭は?
 さっきから起こせって何度も何度も……

 彼を探そうとベッドから降りると、強く腕が引っ張られた。点滴だ。それと、目の端に映るブレスレット。微かに血のついた、ブレスレット。

 あぁ、そういえば……

「夢か」

 無意識に、体がベッドに逆戻りした。バタン、と派手な音を立てる。

「そっかぁ。さっきのは、夢か……」

 じわじわ滲んでいく景色に慌てて、腕で目を覆った。影者討伐隊の医務室らしい、入院着。そうだな。ここ、設備揃ってるもんな。普通の病院……下手したら、それ以上には。病室だって、あるよな。

「夢だったんだなぁ」

 だって血のついたブレスレットの持ち主は、圭だ。魔王と対峙していたときに引っ付いていた手はさすがになくなっている。きっとこのブレスレットは、代わりなんだろう。
 
――そう、圭はもう、この世にいない。

「そうだよな。だって俺は、誰も助けられなかった」

 冷静に魔王と渡り合ったつもりだった。頭に浮かんだ法則を徹底して、ひとまず、ある意味、魔王に勝ったつもりだった。生き残るつもりだった。
 結果、生き残ったことには生き残った。

「でも自分だけ生き残っても、無意味なんだよ」

 助かって良かった、とは心から思う。
 けどあのとき俺はどうした? ただただ周りを観察して、囮にして、なにもしなかった。俺自体は、なにもしなかった。
 あのときは、自分だけでも生き残れば良いと思った。本気でそう思った。
 助ける暇なんかなかったし。
 
「最低じゃないか……」

 けれど思う。あのときの怖いくらい妙に冷静な自分に対して。それから、今の自分に対しても。

 ――最低だ。最低だった。

 もしかしたら、みんなを助けるために動いていたら、俺は死んでたかもしれない。でも可能性はあった。だって俺は、魔王だかいう男に気に入られていたから。
 それなのに俺は、なにもしなかった。考えもしなかった。自分のことばっかりだった。
 
「ほんと最低だよな……」

 ボソボソ、独り言。涙声の、独り言。
 小さな声が病室にこだまする。

「灯璃……!! 目、覚めたのか……!?」

 しばらく最低だと唱え続けていると、まるで光が差すように聴き慣れた低い声が混じって、俺は目を擦った。泣いてたのはバレるだろうけど、きっと言及しないだろう……有明さんなら。

「あの、」

「あぁ、ずっと意識失ってたんだよ。1週間くらいかな? だいじょぶか? どっか痛いとことかないか?」

 もはや抱きつくような勢いに気圧され、コクコクと頷く。

「大丈夫です。痛いところもないです」

「そうか……良かった」

 ほっ、と有明さんが安堵のため息をつく。

「大丈夫~、灯璃くん?」

 パーテーションを開けてもう1人入ってくる。この声は……叶江かなえさんか。
 有明さんとは対照的なソプラノの声にもやっぱり安心する。なにより2人からは、影者討伐隊の、馴染んだ匂いがした。

「えぇ、大丈夫です」

「一応、身体的には問題ないみたいなんだけどね。あの、その……やっぱり、心的にちょっとしんどかったのかな」

 叶江さんは気まずそうな様子で濁した。
 そりゃそうだろうな。
 14人いた仲間たちの中でたった1人生き残ったとなれば、なんて声かければ良いかなんて俺ですら分からない。それに魔王に関しては向こうに情報を通信する暇もなかったから、影者の仕業だと思っているだろうし。
 そのせいできっと、悲惨な光景(それも事実だけど)を見て、ショックのあまり目を覚ましてなかったんだと思われてるんだろうな。

「そうだったんですね……」

 なんて返したらいいか分からず、俯くと、叶江さんは分かりやすく眉を顰めて顔をそむけた。

「まぁ、しばらくゆっくり休め。きっといろいろ疲れただろうし、話を聞くのはあとでも良いからさ」

 な、と微笑んで、有明さんがポンポン、と頭を軽く叩いた。ゴツゴツした大きな手の感触。有明さんは、影者討伐隊の中でも一二を争うほどの筋肉美を誇っている。

「ですね。……でも、事情聴取とか終わったらできるだけ早く、復帰させてもらえませんか? こうして身体も、なにもないんですし……」

「いや、それは構わないけど、ちょうど人手も足りてないしな。灯璃は良いのか?」

「動いてた方が、忘れていられるので……」

「そうか……」

 有明さんは所在なさげに何度も頭をポンポンしながら、頷いた。
 空気が重くなってしまったけど、仕方ない。だって早く復帰して、魔法野発動条件を学んだり、できれば実験なんかもしたい。もちろん、ダンジョンの第1層のボスだって探さなきゃならないし。

「そうだな。じゃあ、できるだけ早く復帰できるよう、掛け合ってみるよ。でもまずは、回復が先な。なんだかんだ言って、1週間も意識が戻らなかったんだから」

 有明さんはそう言ってニコリと微笑むと、手を振って病室から去って行った。彼の後ろ姿を追いかけるように、叶江さんも病室を出る。

「灯璃くん、無茶だけはしちゃダメだからね」

 部屋を出る直前、叶江さんはたったそれだけ言った。

 

 
 
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