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漂流
第二十話 拒絶
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あと残り数秒のぎりぎりで、唯香がウシミツの首を切り落とした。切り落とされた首がごろりと守のもとへ転がって、その頭部から無数の魂が溢れ出てくる。彼は最初の一太刀を浴びせることができたものの、それ以上の働きをすることはできなかった。
透けていた体が元に戻る。唯香、よとぎ、とばりは溢れ出て止まらない魂たちを必死で回収していた。守はもう何もすることがなくなって、ただ悔しさのみを味わっていた。隣にいるノノが、流石ですね、倒したんですよと言ってくれるのが、さらに守の悔しさをかき立てる。
守以外の死神連中は、かなり傷ついていた。そしてその傷が、ウシミツの強さと、その死神連中の貢献度を物語っていた。守はほとんど役に立てなかったことを悔しがった。そして悔しがるうちに、彼はウシミツの痛いという悲鳴を思い出した。その悲鳴が耳に張りついて離れなくなる。
魂が溢れ出ているのが止まって、死神連中は守のもとへとやって来た。全員で部屋を出ると、そこにはしゃがみ込んだあの異形の姿がある。
「異形、ウシミツを倒したよ」
「ありがとうございました。気をつけてこの廃屋を抜け出てください。私はこれで失礼します」
守には異形の声が震えているように聞こえた。それは彼が泣いていたからかもしれないと考える。彼は廃屋を出たら、ついさっき決断したことを唯香に伝えようと思った。それは、魂狩りをやめたいということであった。廃墟を出る。まだ陽は空の真上にあった。
「なぁ唯香、俺、魂狩りをやめたいんだ」
「どうして?」
「俺、声が聞こえてくる気がするんだ。痛い、苦しいっていう声が、聞こえてくるんだよ。だからもうやめたい」
「いいですよ」
それは唯香の意外な返答だった。思わず、彼は唯香の顔を凝視する。彼女は彼に向かってもう一度、いいですよと言った。守は驚いていた。彼女が、地の果てまで追っかけて、この義務を遂行するよう迫る死神であると、彼は考えていたのだ。意表をつく返事に、彼は何も言うことができない。
「実は私、毎週、魂のノルマを達成しなくてはならないんです。でも四異形を倒して、魂をたくさん手に入れたから、当分はそのノルマを考えなくてすみそうなんです。だからもう一緒に行動する必要はないんです。ありがとうございました」
彼女は去ってしまった。とばりも、じゃあやることなさそうなんでと言って、死神の国へと帰っていく。よとぎはなぜか彼のもとに残っていた。
「なぁよとぎ、よとぎは帰らないのか?」
「俺は、俺は守に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいことって?」
「実は、護衛の任務を手伝ってもらったとき、守と唯香を試したんだ。もしあの時、異形が現れなかったら、守と唯香がオモイを奪った人間であると、俺は断定していた。結局ウシミツの犯行だと分かったから良かったけれども、もし異形があの時現れなかったら、守と唯香が犯人であるとして、俺は二人を殺していたかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。すまない」
守はその話を聞いていて、よとぎに怒ろうとする気持ちはまったく生まれなかった。それは、彼が死神としての仕事から解放されて、すがすがしい気持ちになっていたからであった。よとぎはそれだけを言いたかったと言って、死神の国へと帰っていく。ノノと守だけが取り残された。
彼は彼の家へと帰った。今までを振り返って、彼は、あっという間だったと考えた。しかしそのあっという間の時間のなかで、彼は何一つとして手に入れることはできなかった。かえって、何か大切なものを失ってしまったと思えてくるくらいであった。
電車のなかで、彼はおもむろに携帯を取り出して唯香からのメールが来ているか確認した。しかし、一通も彼女からのメールは届いていなかった。彼は解放されたことによるすがすがしさが、何か鬱屈とした感情に変わっていったのを感じた。あれだけ乗り気でなかった良心が、今度は死神としての義務を、お前は放棄したのだと責め立てる。
彼はこれで良かったのだと思い込もうとした。しかし、築き上げてきた唯香との絆を、その一言で壊してしまったのではないかという考えが、彼の脳裏をよぎって抑えきれなくなる。彼は言ってしまった後悔と、勇気を出して言えたことを褒める心との間で板挟みになった。
彼は彼の家に着き、部屋に荷物を置いて、ベッドにどっと体を預けた。ノノは彼に何も言わない。それが彼には、苦しんでいる彼を、彼女が楽しんでいるように思えて嫌な気持ちになるのであった。彼は眼鏡をかけ、途端に孤独に変わった世界で、布団に顔を埋める。
彼は孤独であった。それもあっという間に、たった一つの言葉で、孤独になってしまった。彼は孤独である彼自身が嫌になり、眼鏡を外して、ノノの姿を探す。ノノは彼の勉強机の前で漂っていた。
「なぁノノ、俺はどうしたらいい?」
「私は、夢玉を作るのがいいと思うの」
「夢玉?」
守は、机の上に作りかけの夢玉があることを思い出した。彼は立ち上がり、その夢の詰まったカプセルを手に取ってみる。彼はこれをどう作り替えようかと迷った。迷ったが何一つ良い案は浮かばなかった。彼は、思い悩んだ末、翔に話を聞いてみることに決めた。
透けていた体が元に戻る。唯香、よとぎ、とばりは溢れ出て止まらない魂たちを必死で回収していた。守はもう何もすることがなくなって、ただ悔しさのみを味わっていた。隣にいるノノが、流石ですね、倒したんですよと言ってくれるのが、さらに守の悔しさをかき立てる。
守以外の死神連中は、かなり傷ついていた。そしてその傷が、ウシミツの強さと、その死神連中の貢献度を物語っていた。守はほとんど役に立てなかったことを悔しがった。そして悔しがるうちに、彼はウシミツの痛いという悲鳴を思い出した。その悲鳴が耳に張りついて離れなくなる。
魂が溢れ出ているのが止まって、死神連中は守のもとへとやって来た。全員で部屋を出ると、そこにはしゃがみ込んだあの異形の姿がある。
「異形、ウシミツを倒したよ」
「ありがとうございました。気をつけてこの廃屋を抜け出てください。私はこれで失礼します」
守には異形の声が震えているように聞こえた。それは彼が泣いていたからかもしれないと考える。彼は廃屋を出たら、ついさっき決断したことを唯香に伝えようと思った。それは、魂狩りをやめたいということであった。廃墟を出る。まだ陽は空の真上にあった。
「なぁ唯香、俺、魂狩りをやめたいんだ」
「どうして?」
「俺、声が聞こえてくる気がするんだ。痛い、苦しいっていう声が、聞こえてくるんだよ。だからもうやめたい」
「いいですよ」
それは唯香の意外な返答だった。思わず、彼は唯香の顔を凝視する。彼女は彼に向かってもう一度、いいですよと言った。守は驚いていた。彼女が、地の果てまで追っかけて、この義務を遂行するよう迫る死神であると、彼は考えていたのだ。意表をつく返事に、彼は何も言うことができない。
「実は私、毎週、魂のノルマを達成しなくてはならないんです。でも四異形を倒して、魂をたくさん手に入れたから、当分はそのノルマを考えなくてすみそうなんです。だからもう一緒に行動する必要はないんです。ありがとうございました」
彼女は去ってしまった。とばりも、じゃあやることなさそうなんでと言って、死神の国へと帰っていく。よとぎはなぜか彼のもとに残っていた。
「なぁよとぎ、よとぎは帰らないのか?」
「俺は、俺は守に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいことって?」
「実は、護衛の任務を手伝ってもらったとき、守と唯香を試したんだ。もしあの時、異形が現れなかったら、守と唯香がオモイを奪った人間であると、俺は断定していた。結局ウシミツの犯行だと分かったから良かったけれども、もし異形があの時現れなかったら、守と唯香が犯人であるとして、俺は二人を殺していたかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。すまない」
守はその話を聞いていて、よとぎに怒ろうとする気持ちはまったく生まれなかった。それは、彼が死神としての仕事から解放されて、すがすがしい気持ちになっていたからであった。よとぎはそれだけを言いたかったと言って、死神の国へと帰っていく。ノノと守だけが取り残された。
彼は彼の家へと帰った。今までを振り返って、彼は、あっという間だったと考えた。しかしそのあっという間の時間のなかで、彼は何一つとして手に入れることはできなかった。かえって、何か大切なものを失ってしまったと思えてくるくらいであった。
電車のなかで、彼はおもむろに携帯を取り出して唯香からのメールが来ているか確認した。しかし、一通も彼女からのメールは届いていなかった。彼は解放されたことによるすがすがしさが、何か鬱屈とした感情に変わっていったのを感じた。あれだけ乗り気でなかった良心が、今度は死神としての義務を、お前は放棄したのだと責め立てる。
彼はこれで良かったのだと思い込もうとした。しかし、築き上げてきた唯香との絆を、その一言で壊してしまったのではないかという考えが、彼の脳裏をよぎって抑えきれなくなる。彼は言ってしまった後悔と、勇気を出して言えたことを褒める心との間で板挟みになった。
彼は彼の家に着き、部屋に荷物を置いて、ベッドにどっと体を預けた。ノノは彼に何も言わない。それが彼には、苦しんでいる彼を、彼女が楽しんでいるように思えて嫌な気持ちになるのであった。彼は眼鏡をかけ、途端に孤独に変わった世界で、布団に顔を埋める。
彼は孤独であった。それもあっという間に、たった一つの言葉で、孤独になってしまった。彼は孤独である彼自身が嫌になり、眼鏡を外して、ノノの姿を探す。ノノは彼の勉強机の前で漂っていた。
「なぁノノ、俺はどうしたらいい?」
「私は、夢玉を作るのがいいと思うの」
「夢玉?」
守は、机の上に作りかけの夢玉があることを思い出した。彼は立ち上がり、その夢の詰まったカプセルを手に取ってみる。彼はこれをどう作り替えようかと迷った。迷ったが何一つ良い案は浮かばなかった。彼は、思い悩んだ末、翔に話を聞いてみることに決めた。
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