始まりは嘘

奈越 三郎

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漂流

第十九話 ウシミツ

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 翌朝、あの異形はやはりやってきた。今日は休日であるため、学校に行く必要はなく、彼はその異形の来訪を緊張のなかで迎えた。異形は、あのときと同じ、異様に膨らんだ両腕と、頭のこぶを持っている。彼はそれを、不気味だと改めて感じた。

 「守さん。今日はよろしくお願いします」

 「どうやって俺は行けばいい?」

 「電車を使ってください」

 異形は駅名を述べ、ではお先にと言って、あの力強い走りで去っていった。守は朝食をいつもより少なめにしてとったため、少しお腹が空いていた。しかし、お腹いっぱいでは動けまいと考えて、その空腹を我慢した。召喚機を取り出して、よとぎを呼ぶ。本当にこれで勝てるのだろうかと、彼は不安に思った。

 「守、これでは勝ち目が薄い。だから、これで新しい死神を召喚してくれないか?」

 どうやらよとぎも同じ考えだったらしいと思うと、守の焦りは少し穏やかになった。よとぎから渡されたオモイを受け取り、彼は召喚機にそれをはめ込む。オモイがどろりと溶け出し、雫が床に落ち、円が現れる。円が金色に輝きだした。そして死神の少女が現れる。

 「私は、とばり」

 「俺は守、こっちはよとぎとノノ」

 「守は、人間なのね。死神と契約する人間なんて見たことなかったわ」

 とばりはそう言って守に笑いかけ、手を差し出した。守も手を差し出して、とばりと握手をする。どす黒い光が守ととばりを包み、契約が成立した。守はとばりに今までの経緯を説明し、今から四異形の一体であるウシミツを倒すのだと言った。

 とばりはその話に驚いているようだったが、すぐに事態を受け止め、では倒しに行こうと言った。よとぎにこれで勝てるのかと聞くと、よとぎは、それは守次第だと答えた。守は、その言葉を聞き、次こそはしっかりと貢献できるようにしようと決意した。なぜなら彼は、ウシミツを優しく楽に殺さなくてはならないからだ。

 まず守たちはあの駅に向かい、トイレの前で唯香と合流した。唯香は、眼鏡を外して新しく仲間になったとばりを見て、大所帯になったわねと言った。彼らはあのこぶ付き異形の指示した駅へと向かう。よとぎととばりは、電車の外で、守と唯香の横を飛んでいた。

 目的の駅に着いた。守たちは、あの異形と落ち合う。そして駅の外に出て、あの異形の後ろを歩いた。

 「なぁ異形、お前は魂をいくつ食べたんだ?」

 「私は魂を食べません。食べたのは死神の魂です。私は無造作に人間の魂を斬りつける死神が憎いんです。だから死神を食べるのです。ただあなたは例外であると、私は思っています。人間のあなたならきっと苦しませない殺し方をしてくれるでしょう」

 異形のその言葉に、彼は叫びだしてしまいそうだった。しかし、もう後戻りができないことを、彼は知っていた。彼がそう言ったところで、目の前を歩く異形は、謙遜をしていると思うに違いないからだ。だから彼は諦めて、自分を責め立てる良心の攻勢を堪えて歩いた。

 異形が指し示したアジトは廃墟だった。守と唯香は周囲に人がいないことを確かめてから中に入り、ウシミツがいるという場所まで、薬を飲まずに歩いた。眼鏡を外している彼には、異形や魂の姿が見えてもよかったのだが、不思議にも、他の異形や魂の姿は見えなかった。

 「異形、どうして他の異形や魂はいないんだ」

 「それはここにウシミツを隠しているからです。人目に触れないように、一部のみしか知らない場所に、中毒になったウシミツを隠しているのです。この次の場所にウシミツはいます。薬を飲んでください。ではご武運を祈っています」

 唯香から渡された薬を、守は飲み込んだ。唯香も同様に薬を飲み込んだ。二人の体が透けていき、目配せをしてから、守は部屋に入った。そこには、だらりとよだれを垂らし、壁にもたれかかって虚空を見つめるウシミツの姿があった。

 ウシミツは堂々とした体躯の持ち主で、身体中にこぶができている。以前はその姿に風格があったのだろうが、その姿も今では落ちぶれ、垂れたよだれすら拭うこともせずに、だらしなく座り込んでいる。守と唯香はそのそばへ軽くなった体で近づいた。

 「誰だ。俺の邪魔をしようとするのは?」

 「私は死神よ。魂をあなたから奪い取る死神なのよ」

 「どうして死神がここにいる?」

 「それは教えないわ。なぜならあなたはここで息たえるのだから」

 唯香はそう言って、鎌を振り下ろそうとする。その一撃を、ウシミツは難なく避けた。衰弱しているはずなのに、かなりの瞬発力がある、注意しなければと守は思った。よとぎやとばりも唯香に続くように、鎌をウシミツに向けて振り下ろした。

 守もその後に続いて、走り出し、一気に距離を詰め、鎌を振り下ろした。その一撃はウシミツの腹をかすり、ウシミツは、痛いと悲鳴をあげた。どうやらウシミツは混乱しているらしく、怒号をあげながら、しばしば誰もいないところめがけて拳を振り下ろしていた。
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