闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇−141

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 帝国内はもとより、世界中から集められた珍味、美食が振る舞われた晩餐会も惜しまれつつ終わると、舞踏会へと大広間に移動する。
 
 ファーストダンスを主役の二人が優雅に踊るとその洗練されたステップに周囲はため息をこぼす。
 その後、順次各国の国王夫妻たちや普段はへそ曲がりで気紛れな帝国内外の高位貴族も明るい音楽に合わせて踊り始めると同時に華やかな衣装を競うかのように煌めかせる。
 軽やかなステップを踏むが、それもまた祝宴に華を添えるようなものであった。
 踊り終えたアレックスとツキヨの前に見慣れない礼装を着て髪を撫でつけ整えたゲオルグがツキヨの手を取り祝いの言葉を述べてダンスに誘う。
 いつもの温和な笑顔で前掛けをしている姿とは違う一面にドキリとする。
「麗しの皇后陛下……是非とも老いたこの身に最後の一花を」
「あー、はいはい。老いてない老いてない。最後の一花って何年後だよ。最低でもあと100年後な。まだまだ若いから平気だろ」
「あ、ゲオルグさん……」
 声をかけようとしたツキヨをズルズルと引っ張りアレックスはゲオルグに見世物じゃありませんとばかりに前から立ち去る。
 慣れたもんだよと、いつもの笑顔で片目を瞑りツキヨに手を振っていた。

 年若い貴族や魔族の族長、当主夫妻たちの踊りでまた盛り上がっていた頃、若い女性と男性を連れた白髪の男がエストシテ王国の最礼装に身を包み不敵な笑みを浮かべてアレックスとツキヨの前に現れた。
 よく見ると三人ともどこか似ている顔だった。
「お久しぶりでございますな。皇帝陛下、そして新たな皇后陛下」
「おう、あんたも息災でなによりだな」
 ニヤリと笑いながら声を交わす白髪の男はジョルジュ・ドゥ・マリスス公爵だった。

「皇帝陛下、皇后陛下本日は誠におめでとうございます。この良き日にはじめて拝顔の栄に浴します、わたくしはヨハンナ・ドゥ・マリススと申し、父ジョルジュ・ドゥ・マリススの長子、長女でございます」
「父と共にこの日にお招きいただき有難うございます。末永い御代と幸福をお祈りいたします。私はヨハンナの弟で長男のリカルド・ドゥ・マリスス、子爵位を王国より賜る身でございます」
 姉と弟は美しい所作で挨拶をする。
「まさか……」
 微かに怯えた声のツキヨの鼓動が跳ね上がる。
「大丈夫だ。この野郎はツキヨに不貞を働いたのは事実だが少しだけ訳があるんだ。まぁ、しいて言えば親馬鹿なのは間違いはねぇ」
「ツキヨ皇后陛下……あのときの振る舞いはいくら訳があろうとも許されないことでございます。
この老体にいくらでも罰、極刑をお与えください。それほどのことをした事実は消し去ることはできません」
 背の高いジョルジュの頭が下がるとそれを庇うようにヨハンナとリカルドがツキヨの足元に跪く。
「恐れながら、皇后陛下!父は……父は許されないことをしたと聞き及んでおります。マリスス家の長子としても深くお詫びを申し上げます!!父はマリスス家……いいえ、この私を愚かな前王から救うために……」「ヨハンナ、リカルドやめなさい。身内のために同情を引くような浅ましい教育をした覚えなどない」ヨハンナの涙混じりの言葉をジョルジュは咎める。
「お前らちっとは落ち着けよ。……あのときのことを裁くのはこの皇后陛下だ」
 アレックスは優しい声で落ち着かせるようにツキヨに求める。
「この白髪の親父は目に入れても痛くもない娘をあの前王に拐わられるように連れて行かれて無理矢理愛妾にさせられたんだ。それの『お礼』として与えられたのは不必要な傲慢と不正と賄賂だ。
元来クソ真面目な親父は『それを利用して』娘を取り返すことにしたんだ。
本来は親馬鹿な公爵で領地の領民からも愛されまくり、私設孤児院で教育を施して育てている子だくさんで、賄賂は使わないで帝国の金預け所にしまっていてこれから『不正貴族』たちに熨斗をつけて返金予定だ。
だがな、それは別の話だ。あの時、苦しんだのはツキヨだ。死刑でも全裸靴下で引回しのうえ裸踊りでもなんでもいい。少しでも憂いを消し去ることをやれ」
 ツキヨの肩を抱き寄せるアレックスは頭を下げ続けるマリスス一家を見つめる。
 ワルツが奏でられる中、あのときの恐怖の記憶に身を震わす。
 それと同時にアレックスが全力で守ってくれたことも思い出すが今更、演技と知っても身に染み付いた恐怖を塗り替える方法は今後も見つかるかは不明だ。
 震える声をツキヨは出す。

「ゴ、ゴドリバー帝国の皇后としてジョルジュ・ドゥ・マリスス公爵に命じます。
このような苦しみに合いながらも名乗り出ることもできないものは男女や年齢を問わずいるかと思います。
そういった人たちの救済、名誉回復をすることに力を注ぐことをマリスス公爵家全員に命じます」
 小声ながらも皇后として張りのある声はマリスス家の三人に心へ響き、沁み渡る。
「寛大な御心に感謝を申し上げます……このヨハンナは長子として与えられた使命を全うをすることをお誓いいたします」
「皇后陛下、私も若輩の身ではございますが父と姉、ほかの家族たちと力をあわせその使命を全ういたします!」
 ヨハンナとリカルドは更に深く跪くとジョルジュは何も言わずに最敬礼をした。

「俺の大事なカワイイ可愛いかわいいこーごーへーかのご命令だからな、頼むよ、親父さん。ついでに教育制度について聞きてぇから、よろしくな」

 アレックスは少し硬い表情のツキヨの肩を抱いて、気晴らしに異国の舞踏団が楽しげに歌い踊る舞台へと向かった。
 レオは給仕に椅子を運ばせてヨハンナとリカルドに手を差し出し、ジョルジュに席をすすめた。
 祝の席に似合わない内容だが三人は今後のことを話し続けていた。




 舞踏団を見ている観客の中にツキヨの父マルセルとエリザベスを発見するが、酒の力もあるようで親しそうに笑いながら舞台を二人で見ている……その様子にツキヨは一瞬、一抹の不安を覚えた。
「考えるな。感じるな……」
「えぇ……」
 アレックスとツキヨは見なかったことにしてその場をそっと離れると更に後ろにいたフロリナと母のビクトリアもキャッキャウフフするエリザベスとマルセルを生暖かい目で見守っていた。


***

 舞踏会も予定の半分以上が滞りなく順調に進み給仕や侍女、従僕、レオやフロリナ、ビクトリアがホッとしていた頃、会場内で何かがブチッと切れる音がした。

 いわゆる、堪忍袋の緒が切れた音だった。

 そしてその瞬間、主役の二人がその場から消えた。
 正確には「強制的に新妻が抱きかかえられて消えた」であるが。

 「ここまでよくもったな」と感心しながらもフロリナは眉間にシワを寄せた。
 そもそも、やりたい放題な性格であるアレックスに堪忍袋の緒があるのか疑問に思いつつもレオは舞踏会開始後の半分と少し、フロリナは三分の一でアレックスたちが消えると賭けていた。
 フロリナの横を鼻歌交じりでご機嫌なレオが通り過ぎていった。
 招待客たちは突然消えた新婚夫婦を笑顔で讃えながらも宴は華やかに続き、鷹揚な父のマルセルも笑い、祝福をした。

 主役は不在ではあるが気まぐれで適当なゴドリバー帝国の魔族の長や高位貴族たちも他国から招かれた王族、貴族らに混じり歓談をしている。
 時には自慢げに黒い羽を広げて見せたり、手のひらに青い炎を灯して驚かせる。
 他国の王は王妃の着るドレスの細やかなレースや宝石を見せると、その珍しさから商談に進める魔族もちらほらといた。

 あれ程、忌み嫌われていた魔族の国は一体どこへいったのか。

 キラキラと輝く水晶のシャンデリアを眩しそうにレオは見つめていた。
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