闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-137

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 歓声が止まぬまま、手を振りながらツキヨとアレックスは露台から部屋へ戻る。
 ビクトリアの手によって窓が閉められると歓声でビリビリと震えていることにツキヨが驚くと「簡単に割れねぇから」とアレックスが細腰を抱き寄せながら笑う。
「何事もなくたくさんの人にお祝いをされて…本当に嬉しかったです」
「おう、そうだな。何もなく終わってよかったな!これで俺の可愛い奥様兼皇后陛下としてお披露目ができたぜ」

 何事もなく…そう、何もなかった。
 お祝いの歓声に笑顔で応え、手を振り、たくさんの種族に見守られる…それだけが重要であり、目にしないでいいものは一切目にしないでいい。

 汚いものは取り除き、排除する。
 ツキヨの夜闇のごとく美しい黒い瞳に不要なものが映ることはアレックスがこの先、許さない。

「さぁ、奥方様。少し休憩をしていただいたあとは一部の友好国とのお茶会でございます」
 大広間で執り行われた式に招待、出席した100組のうち、帝国としては『止む得ないがお付き合いはほどほど』にしたい国や貴族などがいるのも確かである。
 また、豪商、王または王妃が体調不良であったり喪中などで式のみ参列、晩餐会や舞踏会は控えたいという国もあるため半分弱は『お茶会』のみという招待、出席となっている。
 ただし、晩餐会と舞踏会のみという帝国内の貴族や部族長、魔族的体質として「夜を好む一族」もいるため晩餐会も式と変わらず大人数が参加するのは間違いはなかった。

「あぁ、この色のドレスを脱がないといけないのね…少し寂しいわ」
 月色以上に希少な白色のオリエ布のドレスに触れながら父や紡いだ人、織ってくれたイエロたちに心の底から感謝をしつつ名残惜しそうに黒い瞳を少し伏せる。

「これはこれでこのまま保存してもいい、また着たいなら毎日着てもいいぞ。もう二度と着てはいけないことはないからな」
 むしろアレックスは月色はもちろん白色のオリエ布の存在も知らしめるために着てほしいとホクホクと算盤を弾く。
「毎日はだめですけど、せっかくこんなに美しいのですからまた何かの折に着れたら…それにしまっていたら勿体無いです」
「そうよぉぉぉぉっ!せっかくなんだからぁ、もう少し楽な形に直してあ・げ・る!」
 赤毛の美丈夫がツキヨに向かってバッチリと片目を瞑る。
「それであれば、もう少し気軽な舞踏会などでも着られますわ」
 フロリナが化粧道具を手に持ちながらエリと頷き合うとビクトリアもツキヨも今後のドレスについてワイワイと盛り上がり始めるが「はいはい、申し訳ないけど女子会の続きは応接間でどうぞ!」とレオが部屋の扉を開けた。

 一度、アレックスは城内の私的な応接室に戻り、ツキヨはエリとビクトリア、フロリナとドレスを着替えるために再び部屋に戻った。
「俺も手伝うぜ!!任せろよ!うひひ…」
 大変心強いアレックスの申し出があったが女子会力で丁重にお断りをした。
 拗ねたアレックスを宥めるのにレオがとても渋い顔をしていたことをツキヨは一生忘れないだろうと思った。



「お茶会用はぁ…式と似てるけどぉぉぉっ!あくまでお気楽極楽動きやすく、そして軽くて華やかなお花の雰囲気よっっっ!!!そして、この渾身の最新技術をぶちんこまくった色!んんんんんんっっっ!!これぞ、ツキヨちゃんんんんんんーーー!!!!エリの技術力はぁぁぁっっ、世界一ィィィィッ!」
 エリがトルソーにかかっていた布をバサリと取る。

 ドレスの形は一般的な胸下から細くなる帝国式ではあるが、胸元に白色のオリエ布でできたコサージュがあり、あとは月色の布ではあるが裾に向かって少しずより濃くなっているのがわかる。
 
「こんなに濃い布ができたのですか?」
 トルソーのドレスの裾をツキヨは手に取り目を見開く。
「これは…お館様のワガマ…げふん。強い要望でイエロさんとケン…討論の末に薄い月色の布を濃い目に織り上げたのです」
 眉間に小さな皺を寄せたフロリナが説明をする。しかし、その内心は『私が想像した以上に色の濃さ!具合!塩梅がっ!ツキヨ様に似合ってるぅぅぅ!!お館様のくせにぃっ!悔しいーーーっ!』と叫んでいた。
「父から聞いてますが糸を紡ぐのも大変な繊維だと。紡ぐ人やイエロさんたちにもたくさんお礼をしないといけないです…」
 うつむき加減の目尻からポロリと雫が溢れる。
「落ち着いたら、奥方様自らご挨拶に行かれるときっとよろしいかと思います。
さぁ、今日は感謝を胸にお美しい幸せな笑顔をお見せください」
 トルソーからドレスをそっと外すビクトリアにツキヨは頷く間にフロリナが一応男子のエリを穏便に部屋から出してドレスを着付けた。


【っっくっあぁぁぁーーーーっっ!!!!!麗しやぁぁぁぁ!!!!!】

 自ら有り余るエネルギーで着付けただけのはずがツキヨの内包する美しさと相まって簡素な意匠のドレスですらより華やかになったのを見たビクトリアは脳内で悶ていた。
当然だが、親子でもあるフロリナも悶ている。

「く…エ、エリに化粧の仕上げを頼まないと…む、無理。た、耐えられない。吸いたい…吸いたい…すすすす…」
 息も絶え絶え、ビクトリアはエリを呼ぶ。
「あらぁん…ビッキーったらぁ、そんな耐えられないなんてぇ、めずら…ゔぁーーーーーーーーーーーーっ!
 こ、ここここここ股間直撃がっちんこちんこ!むっちんこちんこでアババババ!!」
 エリ、ビクトリアはヘナヘナと座り込んでいたが、フロリナは既に死んでいた。

「あ…あの。どこか変でしょうか」
「だだだだだだ大丈夫よぉぉぉぉぉっ。あたしは、耐える。耐えられる。耐えろ。耐えられるだろう。耐えられません…耐えるぅぅ」
 途中、イヒヒヒヒヒとエリが謎の叫び声をあげつつも黒髪を梳いて大粒のダイヤモンド一石でできた髪飾りをつけ、昼用の少しおとなし目の化粧を震える手で仕上げた。

 怯えるツキヨをイヒヒと笑い震える3人は跪いて祈りを捧げてから、アレックスの待つ応接室に戻った。



 扉を開けた瞬間、アレックスは笑顔で鼻血を出した。両穴から。
「ハッハッハッ!さすがに俺の見立てだな!世界一だっ!ハッハッハッ!」
 レオは片方の鼻の穴に布を詰めていたが、アレックスの鼻の穴にも布を詰め込んだ。

 ここにはツキヨに耐性のない者が多過ぎるが、唯一神が応接室に来ていた。

「ああっ!!ツキヨ!!会いたかったよ!」
「お父様!!やっと、近くでドレスを見せられます!!」
 長椅子から立ち上がった唯一神マルセルは変わらぬ笑顔でツキヨを大切に抱きしめた。
「月色のドレスも素晴らしいけど、式の白色のドレスも素晴らしかったよ!!まさに感無量でユージス国王陛下から手巾を借りてしまったよ」
「あんな素晴らしいドレス…紡いだ人にもイエロお婆さまにもなんとお礼をしたらいいのか」
「アレックスさんの取り計らいで帝国一の画家に姿絵を描いてもらうことになったんだ。
観賞用としてアレックスさんと我が家に一枚ずつ、保存、保管、予備、念の為の予備と万が一の予備とついでに予備とその予備を残すそうだよ。領地での式のはエストシテ王国一の画家にユージス国王陛下が描かせるとまで仰っていて…ツキヨの晴姿がずーっと目の前に残って見られるなんて本当にありがたいよ」
「お父様に喜んでもらえるようにきれいに描いてもらいたいですね!」
「国一番の画家様でもツキヨの可愛さを描ききれるか僕は心配だよ」
 マルセルとツキヨは久しぶりに笑顔で親子の会話を楽しむ。
 休憩をしつつも式や露台からのお披露目など知らず知らず緊張が溜まりツキヨも思わず嘆き声を上げてしまいそうになる寸前だった。

「まぁ、二人とも座って休憩をしよう」
 キリッ!と鼻に布を詰め込んだアレックスが椅子を勧める。
 アレックスの横にツキヨが座ると正面にマルセルが座る。
「さすが、親父殿。正面だから晴姿が一番見えるな」
「これは皇帝陛下にはない父の特権ですからね。ましてや皇后陛下の横に座るとは恐れ多い」
 レオが熱い紅茶を給仕して、小さな茶菓子も並べられる。
「皇帝陛下の特権と交換しねぇか?」
「大地が割れない限りは交換はお断りいたしますよ」
 ニッコリとマルセルは笑い、紅茶を飲む。

「よしっ!!今から大地を割ってくるから、ちょっと待ってろ。なに、すぐに終わるから予定に問題はない」
 すくっとアレックスは立ち上がる。

「え…」とツキヨは固まる。
「割るなら細かくはしないでくれよ、大変だからな」
 レオがアレックスの肩を叩く。
「だ、だめ!だめです!絶対にだめです!!割ったらだめです!絶対にだめです!迷惑です!困ります!
あ!あとで、正面の席は交換しましょう!」
 隣のツキヨがアレックスの服の裾を掴む。
「お、そうか。
交換すればいいのか。さすが、ツキヨだな。天才だ」
「そうです…交換です。交換しましょうね」
 変な汗のせいでツキヨの化粧が崩れたことにビクトリアが気がつく。
「僕の娘ですからね!そういえば、まだツキヨが小さい頃、領民の女の子と喧嘩をしたのですよ。その時…」
「ああっ!お父様!また、小さい頃の個人情報バラマキはやめてくださいっ!」
 また変な汗で化粧が崩れたツキヨにエリとフロリナが嘆く。

「その情報、詳しく聞こう。国家機密だが、俺は皇帝陛下だから問題はねえな」

 その情報がマルセルから皇帝陛下にもたらされている最中、ツキヨの味方は当然誰もいなかった。

 アレックスが原因による化粧崩れに嘆いたエリとビクトリア、フロリナは「化粧直し」をしているときだけ味方になった。

 傷は勲章。
 味方がいない最前線でツキヨは頭を抱えていた中、マルセルは「お茶会には出ないけど晩餐会のドレスも楽しみにしているよ」と優しく声をかけた。
 ツキヨの頭を優しく撫でてからマルセルは城内の客室へ戻ろうとすると『唯一神マルセル』を崇め奉るものたちがざっと跪いて見送っていた。

 どこかに「正しい味方のつくり方」という本でもないかとツキヨは嘆息した。
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