闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-135

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「あぁぁぁぁんっ!ツキヨちゃぁぁぁん゛!!かわいいいいいい゛い゛っ!!素敵ぃぃぃぃぃぃぃっ」
 控えの間に戻った途端、『美丈夫』姿となっていたエリがツキヨを熱く褒め称えるのをビクトリアはどうどうと見えない手綱で止めて落ち着かせる。
「エリ!気持ちは充分わかるからっ!!私も我慢してるんだからっ、独り占めしないで!」
「そうです!エリ様、ずるいですわっ!ツキヨ様はみんなのものなのですよ!」
 二人の親子の説得内容に違和感を覚えるが今、深く考えるのは止める……ことにすっかり慣れたツキヨだった。

 一旦、落ち着いて長椅子にエリとツキヨは座って式が恙無く終わったことに安堵をするとビクトリアとフロリナが紅茶とサンドイッチなど軽食をテーブルに並べる。
 ツキヨも二人にお礼を述べつつ、一緒に休憩をすることを勧めると遠慮がちに近くの椅子に親子そっくりな座り姿で紅茶を飲み始めた。
「それにしても…月色のドレスがどうして白色になってしまったのでしょう?用意していたのは月色のほうだったと思うのですが」
「あぁぁん゛!そ・れ・は…マルセルパパンよ。実は材料のシウクでも稀に白っぽいものが採れるから、試しに糸にしてみたら…っていうことよぉん!まさに、パパンのお陰!マルセルパパンすてきぃぃっ!」
 なぜかマルセルについて熱烈に褒めて、途中からハァハァしているエリは放っておいて、ビクトリアが引き継ぐ。
「本当に稀なものらしく、式で着たドレス一着分がやっと採れたのをマルセル様がアレックス様に送って…ただ、せっかくだから当日まで内緒にしようという訳でございます」
「ビックリしてしまいました……でも、月色はもちろんですがこの白もとても清楚な華麗さがありますね」
 今度は汚さないためにローブを着ているが少し捲ってドレスを改めて見つめる。
 可憐な白い花のような色が眩しい。月色も美しいがそれとは違う種類の白色の華麗なオリエ布はまた更に噂話となって話題となるだろう。
「さぁ、ツキヨ様。今度は城の露台から解放された庭に集まった国民へのお披露目ですわ」
 化粧を直す準備を始めたフロリナは疲れ知らずの笑顔だった。

「エリさん……そういえば、今日は珍しい姿ですね」
 化粧を直している親子の後ろで軍服の礼装姿のエリが宝冠とベールを調整している。
「そぉなのよぉ。せっかく新しいドレスを作ったのにぃっ、アレちゃんがツキヨちゃんをビックリさせてやれって…ひどくなぁい゛っ?!」
 鏡の中の赤髪の美丈夫が膨れっ面で文句を言うが、それすらも絵になりそうだ。
「だ・か・ら!!!エストシテ王国のマルセルパパンのお屋敷でその新しいドレスをパパンのためにぃぃぃっ!着るわっっ!!!はぁん!!」

 その宣言は一体何かというのを今、深く考えるのは止める……ことにやっぱりすっかり慣れたツキヨだった。



 化粧直しを終えて、エリたちと一緒にお披露目をする露台前の応接室へ向かう。
 元より重厚な石造りの頑強な城ではあるが近づくにつれて開放した庭の方向から少しずつざわめきが聞こえ始めてくる。
「あらぁん。やっぱりぱりぱり賑やかぁん゛っ!!ツキヨちゃんを見たくてどっさりどっさり来てるわよぉぉぉぉん!!これで、ドレスも布の宣伝もずんどこばっちりぃぃぃぃん」
 軍服の赤髪の美丈夫…その姿であればどこの誰でも飛びつくほどの格好の良さであるが、長い脚に引き締まったお尻をぷりぷり振ってフロリナときゃっきゃっと喜んでいるとは誰もが想像できないと思われる。

 『普段の姿』が分かっても問題もなさそうな気もするが…。

 嬉々としながらは外からの声がどんどん大きくなる中、露台のある部屋の前に着いてビクトリアが扉を叩く。
「アレックス様、ツキヨ様をお連れいたしました」
 返事もなく扉が開くと、レオが笑顔で迎え入れた。
「改めて、近くで見ると本当に似合っていていいね!」
「ありがとうございます…それはエリさんが作ったドレスのお陰です…」
 そのまま、一旦長椅子にそっと座ると褒め言葉に俯く。
「いーーや。んなこたねぇ。ツキヨが布より可愛さが溢れ出して、煮詰まって茹って吹き零れてるんだ!」
 待っていたぜ、とツキヨの隣にドンとアレックスが座るとするりとツキヨの腰に腕を回す。
「俺の…奥様。お疲れさん…疲れてねぇか?疲れていたら、もう帰って寝て…」「おいおいおいおいおい!」レオがアレックスに声を上げる。
「なんの計画だ!まったく…ちゃんとやれ、ちゃんと!まだまだご予定は続くんだぞ!」
「そんなもん、もういいだろうよ…式はやったんだからよー」
 面倒臭そうな顔でツキヨの髪に触れる。

「お館様…晩餐会と舞踏会は別のドレスはご覧にならないということですね…残念ですわ」
 最終兵器フロリナを初っ端から投入する。
「んが…そうだ…うん。きゃわわなツキヨを見ないと罰が当たるぜ」
 こめかみに口付ける。
「でもよ…俺はここからツキヨを見せるのも嫌なんだよなぁ……くそー、皇帝なんて仕事誰かやらねぇかな…くっそー。エリみてぇに服屋でもやるかね」
「あらぁん、アレちゃんが商売敵?嬉しいわぁんんんんん゛」
 しなしなとしなを作ってエリがアレックスに近づく。

「おっと、トマホークベーゼをブチ込まれて死ぬ前に国民どもにご挨拶でもすっかね……さぁ、奥様お手をどうぞ…」
 すっとした美しい立ち姿をそのままにアレックスはツキヨ皇后陛下に恭しく手を伸ばす。
「は……はい」
 さっきまでぶつくさ文句を言っていたアレックスとは別人のような姿に見惚れたツキヨだった。

【お前らー、露台に出るぞー。準備はいいかー?】
【あぁ、いいぜ】
【いい男なら大☆歓☆迎☆】
【はい。お館様】
【はい、全ては奥様のために】



 露台の目の前の窓の前に立つと歓声がビリビリと身体の芯から響く。
 城内の広々とした庭全体に集まった人々が見える…が庭に入りきらないのか庭の向こうの城壁にも登っていたり、城門の向こうの高い建物の窓や屋根にも人がいる。

 窓の前に立つとビクトリアとフロリナが両開きの窓を開けると「わぁぁぁぁっぁぁっ!!!」と歓声が上がると同時に拍手や太鼓、笛が鳴り響く。

「え……」

 ツキヨの驚きの声がかき消されるとまずはレオとエリが露台に立つと更に歓声が大きくなる中、驚くツキヨを尻目にアレックスは優雅にツキヨをエスコートをしてゆったりと露台へ歩み出て、背後にビクトリアとフロリナ、左右にレオとエリに挟まれて二人で並んで立つ。

 おおおおおおぉぉぉぉぉっ!わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 ツキヨは隣国まで歓声が届くのではないのかと思うほどの大歓声と鳴り物の音量に驚く。
 国中の魔族……獣人か尻尾や獣の耳が生えたり二足歩行の獣姿のもの、鳥やコウモリのような羽をはためかして空を飛び紙吹雪を撒くもの、頭のからすっぽり布をかぶったもの、樹木の姿をしているものは嬉しそうにバサバサと枝を揺らし、わざわざ桶に水を入れてきたのか魚のようなもの…の老若男女が庭中そこかしこに集まっている。

「皇帝ーーー!!おめでとうーーーー!」
「このクソ野郎!いい女房貰いやがってーーーー!」
「リア充死ねぇぇっぇぇぇっ!!」
「可愛いーーー!皇后陛下可愛いーーーハァハァ」
「とっととうちのツケを払えーーー!」
「うちのババァが健康で幸せに長生きしてるぞー!お前のせいだーーー!」
「宿題減らせー!」


 歓声は多種多様ではあるが、概ね祝いに集まったものであることは間違いはない……。

 二人は手を振るとさらにわぁわぁと歓声が大きくなる。

「こらー!この筋肉だるまさーーー!聞いてるかー!」
 聞き覚えのあるしゃがれた声が露台の下辺りから聞こえる。
「おおっ!イエロのばぁさんじゃねぇか!!今日のためにいろいろありがとうよ!あんたのお陰で三国一の花嫁さんになれたぜ!」
「イエロおばあ様!お久し振りです!素敵な布を織り上げていただいて、ありがとうございます!」
 大歓声を掻き分けるように二人で声を張り上げる。
「ツキヨちゃん!あんたさ、そんなのに本当に嫁ぐの大丈夫かね?!」
「た、多分、大丈夫かと…」
「まさか筋肉だるまが皇帝とは知らなかったぜ!」
「お!ブラウン!ベジュのおふくろさんも久し振りだなー!あ!お前の名前…えーっとオジサン?」
「ち違います…僕はオランジです…ご結婚おめでとうございます!」
 相変わらず影の薄いオランジだった…。
「悪りぃな!オランジ!今度は忘れねぇよ!」
「皇帝陛下に覚えてもらえるだけで有り難いです!」
 ブラウンとイエロ、ベジュも笑いながら祝い事を述べる。
「俺も皇帝とは思わなくてよ!でも、また手伝いに来いよ!祝いに丸太を大量に用意してあるからよ!」
「是非、お二人でいらしてください。お料理を準備してお待ちしていますわ」
「丸太も料理も楽しみにしてるぜ!これからもよろしくな!!」
 ガハハと笑うアレックスの横でツキヨも手を振る。

「この、筋肉だるま!ツキヨちゃんを幸せにしないと張り倒すかんね!」
「イエロばぁさんに言われなくても死ぬ気で幸せにするから心配すんなよ!」
 イエロたち周辺にいた集落から一緒に来た他のドワーフ族たちからもわぁぁっと歓声が上がるとツキヨも露台から身を乗り出すようにイエロたちに手を振る。


「ちっ……めんどーくせーなー…」
 不意にツキヨの反対側の露台の高い木に向かってアレックスが指をさすと黒い雷がドンッッ!!と一閃……する。
 微かに呻き声が聞こえると、焼け焦げた木から炭化した投擲武器と黒いがどさりと落ちる。それを黒装束の木の葉たちが周囲に気づかれないように慌てて回収する。
 ツキヨも周辺の声の大きさで気がついている様子はなく、手を振っている。

「ふぅ…」
 溜息をつくと同時に露台に立つレオは足元の隙間からキン!と手から糸の針を投げつけると、観衆と同じ服装をしたキツネの耳を持つ獣人の女の額に深く突き刺さるとそのまま崩れ落ちるように倒れる……同じく木の葉がささっと手早く回収する。
 露台へ投げつけようとしたのか、獣人の手には毒霧を発生させる薬草が入った小瓶があった。


【開始早々でこれかよ…まぁ、分かっていたけどよぉぉ…せめてもう少し殺し応えがあるやつが来いよ】
 ツキヨと一緒に心地よい歓声に応えつつもアレックスはニヤリと笑った。
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