闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇−121

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 宵越祭クリスマス…なんて今までのアレックスには関係ないものだった。
 一年を過ごすうちのただ普通の一日…屋敷の通いの者たちへ特別手当を渡し、少し美味いものを食べ、あとは気紛れにそれなりな女を誘って次の朝、寝台から適度に優しくして追い出す。
 それがアレックスの宵越祭だったが、今は目の前で頬を薄っすらと赤く染めて可愛い包み紙を渡そうとしているツキヨに年甲斐もなくドキマギとしている自分の鼓動が恨めしかった。

「これはアレックス様のです…」
 食後のデザートと温かい紅茶が置かれたテーブルを白い細腕が易々と乗り越えてきた。
「あ、ありがとうよ」
 ガサリ…と軽い包み紙を受け取る。

 他にツキヨはそばにいたレオとフロリナにも包み紙を渡すのが腹立たしいが、今夜は宵越祭…アレックスは仕方なく、大変不本意に思いながら片目を薄く微かにほんのちょっとだけ瞑った。

「急いでいたので気に入ってもらえるか心配ですが…」
 両手で頬を包み隠しながら小声で何か言い訳をしているが、それが雑巾でもその辺の木の枝でも石でもツキヨからの贈り物であればアレックスはすぐにでも国宝に指定することに決めていた。
 ビリビリと包み紙を破く。レオもフロリナもそれに倣った。

「まぁ!」
 フロリナは黒の毛糸で編まれた帽子を手にして声を上げた。
 細かい葉の模様編みがあり、フロリナはまとめてある髪を失礼…といって解いてかぶってみる。大きさも、濃紺の髪色にも合っている…。
「素敵です!ありがとうございます!早速これは…大切にしまって厳重に保管して…」
「あの…フロリナ。普段使いにしてもらうほうが嬉しい…かな…」
「はっ!そ、そうですね。失礼しました…大切に使いますわ」
 フロリナは編み目の一つ一つに触れて数を数える…その分、他の人より編み込まれていることを自慢するために。
 編み目を384目まで数えた頃、遠い国に神を奉る棚があると聞いたことをフロリナはふと思い出した。
 いつもの置場に飾るのもいいと思ったが、それとは格が違う。
 我が主が望むように使った後は、そこの棚に置いて崇めて祈り奉る…素晴らしい計画だわ…と早速、年が明けたら木工職人のブラウンに相応しいものを作るように依頼することを決めた。
 
「俺のは何かな…お!手袋だ!」
 濃紺の毛糸で編まれた手袋をレオはニヤリとアレックスに見せつけながらはめてみる。
「凄い!ぴったりだし、暖かい!ありがとう!寒いから助かる」
 レオも魔人であり、寒さには強い。
 毛糸…アラクネの冬糸と気づいてはいてもツキヨが編み編みと五本指の部分を編み分けて且つ、手の甲には複雑な蔦のような模様が編み込まれているのをレオはフロリナに見せる。
 編み目の数は多くないだろうが、複雑さや繊細さはフロリナの帽子の倍以上はあるだろう、と。
「レオさんもちゃんと使ってくださいね。雪かきとか冷えますし…」
「これなら雪かきも捗るよ!」
 本当は握るスコップに魔気を流し、熱くして雪をかいている上にレオの体力からしたら然程重労働とも感じない。
 ただ、ツキヨが時々庭で遊ぶのに不自由がないように個人的趣味でやっていることであったが、それを心配をして手袋を編んでくれるということなら、もっと雪が降ったら何がもらえるのかと…天候を動かす禁術を使うことを検討をしようと決めた。

「俺は何かな?俺は何かな?」
 鼻歌交じりにアレックスは青い毛糸で幅50cmほどの輪のようなものを手にしていた。
 幅に合わせてシンプルで少しあっさりとした模様編みがあり、他の二人からするとやや地味な印象だった。
「これは…???」
 世の理の全てを熟知しているとまでは言わないが、アレックスはいろいろな知識を総動員して愛するツキヨの作ったものの裏や表を見て、コック帽のように頭に乗せてみたりした。

「あの…その…は、腹巻です」

 俯いたツキヨは肺の中の酸素を全て出し切るようにして答えた。
「腹巻?!」
 少々のことでは驚かないはずの帝国の重鎮?である三人は驚愕の事実に目を白黒させる。
「おぉ…確か…寒いときに腹に巻いて暖をとるやつだよな…」
「お館様…寒いところに住む人らはしばしば使うと聞きますわ」
 フロリナは興味深そうにツキヨの作品を見る。
「腹は急所でもあるから守りには相応しいものだな」
 同じくレオも『希少品、珍品としてコレクター心を擽る…』と別の意味で興味深かった。

「はい。お腹に巻いていると暖かくって…アレックス様にいいかなぁと思ったのです」
「俺はそんなに腹を冷やすことはないとは思っているが…」
「そのー…アレックス様は知らないかもしれませんが、寝ていると寝相が悪くてお腹を布団から出していることがよくあって…」
 さすがにレオとフロリナは共寝をしているとはいくら知っていても寝台の上のことを簡単に説明するというのはツキヨにとっては羞恥の極みであり、耳まで真っ赤にして腹巻の作成由来をぽつぽつと話した。
「俺はそんなに寝相が悪りぃのか!?いつも、ずんどこペロンちょのあとに寝るときはツキヨにへばりついて、絡まって、四の字固めはしていないが抱き枕にして寝ているぞ。朝も起きると俺の胸元で子猫のようにツキヨは可愛い寝息を立てて寝ているじゃねぇか」
 しかし、当の本人が追い討ちをかけてくる。
「…うぅ。詳細は省きますが、途中でその抱き枕を放して掛布から飛び出して、そのあと寝ながら三回転して元の位置へ戻ってくるのです!!!!」
「お、俺は無罪だ!無罪だ!そんなに寝相は悪くない!」
 腹巻を抱えながら無罪を訴えるが、弁護士すら味方をしたくないくらい有罪だった。


 裁判は結審した頃、「そろそろ黒薔薇が咲くかと」とオジーから声がかかり応接室へ移動をした。
 テーブルに置かれた黒薔薇の蕾はあと数時間のうちには咲きそうなほどになっている。
 暖炉には薪がくべられて赤々とした炎が室内を暖めるが、今は黒薔薇がうまく咲くようにオジーの指示に従いいつもより薪を多くしていた。

「でも、これいいなぁ…ウヒヒ」
 有罪でもなんでも関係ないと、目を細めて腹巻に頬をスリスリとアレックスはすり寄せた。
「帽子や手袋よりも珍しいもんだからなぁ…」
「子供のようにお腹を出して寝るほうが駄目だと思います…」
「でも、こうやってツキヨのお手製の最強最高な腹巻が手に入るんだぜ」
 長椅子に座るツキヨの横に密着状態で腹巻を自慢している姿は一国の皇帝ではなく、ただのお子様だった。
「俺はあとでツキヨにいいもんを用意しているからな」
「え?!わぁ、なんでしょうか?!」
 普段、アレックスから「天気がいいから傘を」「雨だからルビーの原石」「エリからの押し売りにあったから新作ドレス」と言い訳をされて多種多様な贈り物をされる。
 あまりにも多いためフロリナに泣きついて、衣類や宝石は誕生日や記念日のみとツキヨはアレックスを説得をしたが、その代わり珍品やお守り、食品の類を贈るようになってきた。

 「マンドラゴラの本体一式(叫ばないように猿轡つき)」「お守りのためにドラゴンの牙(無理矢理引っこ抜いたと龍人族から苦情が来て謝罪)」「喉にいいというキラービーの蜂蜜(怒り狂う女王蜂とフロリナが話し合いの上、半分だけもらった。美味しい)」「淫魔族伝来の媚薬(エリの押し売り)」…などツキヨは頭を抱えるものがほとんどだったため、宵越祭という特別な日にが贈られるというのは童心に返ったかのように楽しみだった。

「お楽しみにしてろよー」
 腹巻をコック帽のように頭に乗せてアレックスは菫色の瞳をキラキラとさせる。

 ほかほかと暖かい部屋で晩餐の続きで、ワインを飲みながら黒薔薇が咲く瞬間を待つ。
 レオもフロリナも今は仕事をせずに一緒に座って見つめていた。

「あと少しで咲くと思うので灯りを幾つか消しますよ」
 オジーが応接室のほとんどの灯りを消す。薄暗いが今夜は新月のため星明りだけが応接室と庭に降り注ぐ…シンとした庭のどこかの木から雪がドサリと落ちると同時に暖炉の薪がパチッと爆ぜた。


 黒薔薇が深呼吸をするようにふるっと震えたように見えた瞬間、蕾の中心部から静かに少しずつゆっくりと開花した。
 皆、固唾を呑み、目を見開く。

 黒い…闇よりも暗い色の薔薇が一輪だけ咲いた。

「…ほ、本当に黒い。そして、きれいですね…」
 ツキヨがゴクリと唾液を飲む音が聞こえたアレックスはそっちがご褒美だった。
 しかし、薄暗い中ツキヨの髪色と瞳と同じ色をした薔薇の美しさに感嘆するのではなく、薔薇がツキヨの色を真似たのかと艶やかな黒髪を梳いて口付けた。
「俺はツキヨのほうが何倍もきれいだ」
 耳元で囁いた。

「うまく咲いて嬢ちゃまが喜んでもらえれば何よりです」
 オジーもうまくいくか冷や冷やしていたらしく、ほっと息を吐いた。
「まぁ、一緒に栽培方法を研究して今までよりもっと咲く方法が分かったからな」
「オジーとレオさんはいつの間にそんな研究を…どうやってうまく育てるのですか?!」
 黒薔薇姫…と呼びたくなるような瞳でツキヨはレオを見る。
「あー…」
 アレックスは黒薔薇姫の瞳を手で塞ぐ。
「そんな黒薔薇よりもきれいな目でレオなんて見るな。病気になるぞ!」
「えー」
 突然目を塞がれて、口を尖らすツキヨの唇に口付けをした。

 黒薔薇の育成方法はツキヨでも門外不出だった。
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