闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-99

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 ツキヨは来客用の応接室へアレックスのエスコートですっといつもよりふかふかの応接椅子に座らされる。
 来客用の応接室はいつもの応接室よりも広く、日当たりもいいため室内は暖かい。応接用の椅子の重厚な木製部分は細かい彫刻がされているが座面は薄黄色の布張りであっさりとした雰囲気で、それに合わせて活けたのか花瓶の花も黄色や橙色の花がアクセントとして咲き乱れている。
 馬車同様、あっさりとした内装だがあまり目立たないようなところに目を見張るほどの高価な飾り皿や絵画や置物が飾られているのはアレックスの趣味だった。

 あとから少しめかしこんだレオが入室をしてきてツキヨのドレスを褒める。
「やめろ、見るな!ツキヨが減る!」
「減らないから安心しろ!」
「いや、今ので0.37くらいツキヨの脈拍が遅くなった!」
「脈拍まで測るのはやめろ」
「駄目だ!こんな細いんだから死んだらどうする!」

 …きゃいきゃいと恒例行事が始まった。

「せめて、身長と体重くらいにしろ!」
 レオの一言にツキヨは慌ててアレックスに「それは止めてぇぇ!!」と懇願をした。

「え?普通だろ、それ」
「あぁ…そうだよな」

 なぜ、そこだけ二人とも同じ意見なのかとツキヨは問いただしたい。

「失礼いたします。そろそろ、到着されます」
 侍女が声をかけてきた。
「ツキヨちゃんは、ここでとにかく待っていれば大丈夫だから」
 そうレオは言い残してアレックスと一緒にさっさと玄関へ行ってしまった。
 とにかく、身長と体重だけは必ず問いただすことにして、ツキヨは来客を待つがほとんど利用しない応接室や丁寧に作られたこの来客用のためだけのドレスにそわそわと落ち着かない。
 玄関はやや離れていて、さらに重厚な扉のせいで声もほとんど聞こえない…まさか、エストシテ王国の王族方いや、舞踏会で知り合った他の国の王侯貴族だろうか…

 廊下の絨毯を数人で歩く音がこちらへ向かっていることに気が付き立ち上がる。

 コンコン…
「ツキヨ様、お客様をお連れいたしました」
 レオの呼びかけに応じてツキヨは淑女の礼をして美しい織り模様の絨毯を見つめる。
 扉が開くと下を向いているツキヨの僅かな視界に三人のよく磨かれた革靴が見えたが、一人は二人に比べて小さい靴だった。

「ツ、ツキヨ・ドゥ・カトレアと申しますっ!!!!あの、このたびは…」「いいよ、ツキヨ。お前さんのことは誰よりもこの客人は知っているぜ」とアレックスが挨拶を止める。
「顔を見ればそのドレスでめかしこんだほど大切な客人だって分かるぜ」

 そっと、顔を上げる…ツキヨの黒い瞳に映る。
「不甲斐無い父親のせいでいらぬ苦労をさせてすまなかった…可愛い僕の娘、ツキヨ」
 小さい靴の主は父のマルセルの靴だった。

 ツキヨは挨拶も何もかもかなぐり捨てて、扉の前のマルセルに飛びついて子供のようにワァワァと泣いて再会をした。
「うぅ…うぐ…お父様!!!!お…父様!!ふ…えぐ…」
「あぁ…わ、悪かった。う…ぅう…本当にすまない、ごめんよ。父親失格だ…うぅ…」
 マルセルもポロポロと涙をこぼして謝罪の言葉ばかりを口にする。



「ぅ…ぅ…ぅ…」
「う…」
 父と子の再会に邪魔はしてはならぬ!と歯をくいしばって涙を堪える男二人だった。


***
 程よく、再会が落ち着いてツキヨと並んでマルセルが長椅子に座り、正面にアレックスとレオが座ると全員が泣き腫らした目をしていた。
 フロリナは何も言わずに紅茶を淹れて、退室をする。

「アレックスさん、レオさん…お屋敷の皆様で…ツキヨを大切に守っていただいてありがとうございます」
 マルセルは深々と座礼をする。
「手紙もアレックスさんのちゃんと読んだよ。それで、お世話になっていることとかを知ったんだ」
 マルセルはその後の話をする…が、マリアンナたちのことやマリスス公爵家のことなどは除いたうえで。

「今は、そのドレスのリボンなどに使ってくれている布の原材料を栽培して領民たちと一緒に糸に加工することに専念している」
「これは…お父様たちが育てて糸にしているのですか?!」
 ツキヨは腰のリボンを手に持つ。軽く、柔らかい肌理の細かい繊維が指先に心地よい。
「雑草だと思っていた草が領地では既に廃れてしまった高価な織物の原材料だったんだ。それで、まぁ…その…いろんな伝手でアレックスさんが布にする協力をしてくれることになって…あとはあのオリエの持っていた織機を再現して布になったんだ」
「アレックス様、織機をブラウンさんたちと再現していたのはこのためだったのですか?!」
「まぁな…成功するかはなんとも言えなかったが、ツキヨの記憶のお陰でイエロばぁさんも織れてこうやって布地にすることが可能になったんだぜ」
 遠回りでも内緒でも、あの時あの一瞬、父と糸が繋がっていたとツキヨの胸が熱くなる。
「ブラウンからも織機はもう3台完成して、まずは村の小さな子供と暮らしている母親にイエロが教えているそうだ。明日、親父さんとブラウンのところへいこうぜ、ツキヨ先生」
 ニッとアレックスは笑った。
「糸はツキヨちゃんのお父さんの領地から帝国からの国家事業として輸出をしていて、糸の加工場で働く人や栽培農家もみんな収入を得られることになっているんだ」
 書類挟みから紙を取り出してレオは今年度の予定収穫量から算出された収支表をツキヨに見せる。

「へぁっ!こ、こんなに?!」
「糸は皇帝陛下が自らが購入して厳重に織り手に渡される。あとは帝国以外門外不出の布として販売されれば織り手、織機を作る人にも収入になるんだ。
アレックスさんから聞いたよ。帝国で仕事に困っている人に仕事を…と。子供の時ツキヨが畑を耕せなくなって困ったおじいさんを雇ってほしいと言ったときから全ては始まっていたんだ」
 マルセルはそっとツキヨの黒髪を撫でるそこには月色の布のヘッドドレスが輝いている。

「俺はみんなが飯を食えない国なんて嫌だからな」
 ぷいっと恥ずかしそうにツキヨから視線を逸らす。
「あとは、この布の名前についてだけど…『オリエ布』『オリエ糸』ってどうかな、と」
 レオはまた書類挟みから帝国の生産登録書にその名前と商品化をしたときにつける印が記載されていた。印は満月に寄りそう菫色の瞳をした白銀の獅子が描かれていた。

「お母様の…名前が…」
「ツキヨちゃんもお父さんもオリエさん、お母さんの力で繋がって再会できたんだ。そのお母さんが残した力がこの糸と布なんだよ」
 優しく若草色の瞳でレオは微笑む。
「アレックス様もレオさんもお父様も…うぅ…もう、なんて言っていいのか…あぁ…お母様…ぉ母様…」
 顔を覆い泣き崩れる。まだまだ親が恋しい17歳の娘をマルセルは優しく抱き締めた。



「ぅ…ぅ…ぅ…」
「う…」
 父と子の語らいに邪魔はしてはならぬ!と再び、歯をくいしばって涙を堪える男二人だった。

***
 再び、落ち着いて身を正すと全員が泣き腫らした目をしていた。
 フロリナが何も言わずに紅茶を淹れ直して、退室をする。

「お父様は、こちらへはいつまでいらっしゃるのですか?」
「うん、3日間は帝国にいる予定だけどアレックスさんがここのお屋敷に滞在をと、申し出があってそれをありがたく受けようと思っているんだ。短いけどツキヨと一緒にいられるとは考えてもなかったよ。
でも、明日は午前中に王城近くのベガ侯爵家のカルスさんにご挨拶をして農作物の取引再開のお知らせをして昼食をご一緒にする予定だ。それ以降はほとんど予定はないけど、滞在中にツキヨのお世話になっている人たちにできる限りご挨拶ができればと考えているよ」
「俺も帝国のツキヨの友人たちに会ってもらいてぇからな、案内するぜ。あと、ベガんに行くならうちの馬車を使ってくれ」
「そ、そんな馬車まで気を使っていただいて…」
「御者が暇そうなんで遠慮なくどうぞ」
 早速、レオは侍女を呼び明日のことを御者と厩舎に伝えるように指示を出した。

「しかし、カルスって奥方以外には結構気難しいやつなのに仲いいんだな」
 アレックスの一言でレオが『i love 惚気パンチ』で心を抉られまくったことを思い出す。
「販路拡大のため一か八かで帝国の商会議所に行ったら夫とはぐれて困っていた女性がいたので一緒に探したらその方がカルスさんだったのです。再会したら熱烈に抱き締めあってまるで100年振りの再会のようでしたよ!
お礼に食事に招待されて、お土産に領地の農作物や加工品を持参したら奥様が果物の甘煮や干したのを気に入られてからカルスさんのライラ商会と取引を始めて現在に至るのです。お互い商品開発とかで切磋琢磨をするような関係で…こんな田舎貴族でもお付き合いいただいてありがたいものです」
 マルセルが紅茶を一口飲むと「アレックスさんたちにもいろいろ持ってきたので召し上がってください。ツキヨにも果物をたくさん持って来たよ」と秘密兵器を自慢するように笑った。

 その世界で辣腕を振るうベガ侯爵とマルセルの出会いにアレックスとレオは静かに驚いていた。
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