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闇-92
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「よう。お邪魔するぜ」
まるで20年来の親友の家に遊びに来たように洒落た帽子をかぶった銀髪の美丈夫は長椅子に悠々と座っていた。
応接室は屋敷の主の趣味によって明りが計算されたようにところどころに設置されていて夜の室内を灯している。
「ふん…」
白髪交じりの紳士は音もなく正面の椅子に座った。
「勝手に我が家の息子を名乗って女を誑かすのは勘弁してほしいところですな。皇帝陛下」
「まぁ、そういうなよ、ジョルジュ・ドゥ・マリスス公爵閣下」
ニッとアレックスは笑う。
すっとジョルジュは立ち上がり、豪華な細工のされた飾り棚より酒瓶とグラスを2つ取り出してテーブルに置いて焦げ茶色の酒をグラスに注ぐと少しスモーキーな香りがふんわりと漂う。
「閣下からのおもてなしかい?有難いねぇ。舞台の成功とヴィヴィアン女王陛下に乾杯」
軽くグラスを上げるとジョルジュも不機嫌そうな顔でグラスを少し持ち上げて、お互い酒を口にする。
「これだけ好き勝手にされたからには、例の約束のものだけは先にいただきたいね」
「おう、当然だ。俺は約束を守る主義なんだ。安心しろ」
右手の手のひらに黒い光がぼんやりと輝くと薬草などを煎じたような粉が入っている瓶が出てきた。
「意外と子煩悩なんだな。噂だとアレコレと言われているが…」
瓶を手渡すとジョルジュは今までの不機嫌な表情から一気にほっとした顔になる。
「王国内の立ち回りにはそういった情報戦も重要なのだよ。あんたの帝国より魔物がウヨウヨいるのがこの国の実情なんでな」
「これならヨハンナ嬢の病気もすぐによくなるぜ。なんせあんたが喉から手が出るほど欲しかった薬草類が腐るほど入っているからな。
あんたが密輸に携わる理由が『娘の病気の薬探し』だとは言わねぇから安心しろよ」
「もうヨハンナの肺の病気が治れば関わる必要はないからな」
手のひら程の大きさの瓶を見つめるジョルジュの顔は一人の父親の顔だった。
ある日の城の舞踏会でトルガー前国王に目をつけられたヨハンナは無理矢理連れて行かれるように愛妾とされた。会うたびに帰りたいと父に涙を見せるがそれが許されることはなく、その代わりと言わんばかりに『マリスス公爵家』としてそれ以上の権威を与えられた。周囲の貴族たちもあの手この手で国一番の貴族と親しくなろうと近づいてきた。
しかし、権勢が大きくなるごとにヨハンナの体調は悪くなり、やがて前国王は飽きた玩具を捨てるように宿下がりを命じた。
肺の病と診断されたヨハンナはマリスス公爵家の別荘で療養をしているが症状は芳しくないということだった。
「うちの女王陛下の名に置いて、帝国内の密輸については目をつぶってやるぜ」
「こっちも女王陛下の名に置いて、好き勝手されたことは目をつぶろう。むしろ、今回のあの舞台は近年で一番の盛り上がりだった。また、来年もよろしくと女王陛下に伝えてほしい」
「あぁ。デンファレ女子爵…いや、ヴィアンカ女王様という優秀な人材も見つかったしな…」
「あれは予想外だったな」
ハハハと二人は思わず笑い、グラスを傾ける。
「あと、これは頼まれていた契約書だ」
バサリと束になった書類を取り出して机に置く。
「おう。これでカトレア男爵家の屋敷や加工場なんかがマルセルの元に戻るな」
「購入費用、手数料、名義書換え費用なんかは帝国の私の金預け所へ入金しておけ」
最後に請求書を渡した。
「げ!なんだこれ!聞いていた金額とだいぶ違うぞ!!元のマルセル名義のものは格安だが、この慰謝料とか手数料とか出張費とか!?え?お茶菓子代??!!福利厚生費?!何でもかんでも費用に突っ込んでないか?」
「こういうことは、いろいろ金がかかってね。一国の皇帝陛下が何を騒ぐのやら」
「くそー…ケチケチしやがってー」
しぶしぶと折りたたんでそっと胸ポケットへしまった。
今後の国の情勢などについて会話をして、お互いのグラスが空になるとアレックスも「まぁ…これから付き合いがあるかもしれねぇからな。よろしく。新国王の戴冠式にはツキヨと来る予定だ」と告げて立ち上がる。
「仲のおよろしいことですな」
「たりめーだろ!俺らは世界一仲良しさんなんだぞ!」
「…はぁ。ならさっさと帰って奥方と仲良くして、奥方のご尊父にその書類を見せてはどうかと」
「言われなくても、そうさせてもらうぜ!明日までここには滞在しているからな。ジョルジュも、ま・た・明・日・!」
「こちらこそ、よろしく。アレックス殿」
立ちあがったジョルジュと握手をするとアレックスはニヤリと笑って影に消えた。
「変わった皇帝陛下だな」
薬瓶を見て呟いた。
***
ぞろぉり…と夜でも明るい応接室に戻った。
寝室ではツキヨが眠っている…がその扉の前に絨毯の毛の1億本以上数えながら魔気死魔無君はチンマリと座っていた。
「よ、お疲れさん!もう、戻っていいぞ」
やっと留守番兼警護役として解放された喜びかアレックスの影にさっさと戻った。
アレックスの中で早速、寝息が感じられた。
【宿泊先に戻ったが、各自何ら問題なく役目を果たしたなら報告は不必要。俺は寝る】
レオとフロリナに言霊を飛ばしてから愛しいツキヨの眠る寝室の扉をそっと開けた。
ふわぁ…とツキヨの石鹸やハーブの香りが暗い部屋の中に充満しているのを思いっ切り吸い込むと犬やら豚やら請求書のことなんて脳内から吹っ飛ぶ。
夜目が利く魔族でよかったーと、寝台に近づくとツキヨが薄掛けに包るようにしてぐっすりと眠っていた。
魔気死魔無君がいたとはいえ、なんら問題のない様子にほっとして帽子やベスト、トラウザースを脱いで下履きのみでツキヨ包る薄掛けを解体して一緒に包る。
「ん…」
もそもそとツキヨが動くと腕を薄掛けから出してしまう。
起こしたかとドキリとする。どんな魔物でも怯えることのない心臓がツキヨのことには反応をする。
起きていないことに安心すると腕を優しく薄掛けにしまい、ツキヨの背中から抱き締めて温かさを感じながら目を閉じる。
【もう、苦しむものも脅かすものもいない。なによりも暗い闇は俺が抱えてやる】
怒涛の一日は月が優しく包み込んで、地平線に沈むと交代をするように闇夜はぼんやりと明るくなり始めた。
まるで20年来の親友の家に遊びに来たように洒落た帽子をかぶった銀髪の美丈夫は長椅子に悠々と座っていた。
応接室は屋敷の主の趣味によって明りが計算されたようにところどころに設置されていて夜の室内を灯している。
「ふん…」
白髪交じりの紳士は音もなく正面の椅子に座った。
「勝手に我が家の息子を名乗って女を誑かすのは勘弁してほしいところですな。皇帝陛下」
「まぁ、そういうなよ、ジョルジュ・ドゥ・マリスス公爵閣下」
ニッとアレックスは笑う。
すっとジョルジュは立ち上がり、豪華な細工のされた飾り棚より酒瓶とグラスを2つ取り出してテーブルに置いて焦げ茶色の酒をグラスに注ぐと少しスモーキーな香りがふんわりと漂う。
「閣下からのおもてなしかい?有難いねぇ。舞台の成功とヴィヴィアン女王陛下に乾杯」
軽くグラスを上げるとジョルジュも不機嫌そうな顔でグラスを少し持ち上げて、お互い酒を口にする。
「これだけ好き勝手にされたからには、例の約束のものだけは先にいただきたいね」
「おう、当然だ。俺は約束を守る主義なんだ。安心しろ」
右手の手のひらに黒い光がぼんやりと輝くと薬草などを煎じたような粉が入っている瓶が出てきた。
「意外と子煩悩なんだな。噂だとアレコレと言われているが…」
瓶を手渡すとジョルジュは今までの不機嫌な表情から一気にほっとした顔になる。
「王国内の立ち回りにはそういった情報戦も重要なのだよ。あんたの帝国より魔物がウヨウヨいるのがこの国の実情なんでな」
「これならヨハンナ嬢の病気もすぐによくなるぜ。なんせあんたが喉から手が出るほど欲しかった薬草類が腐るほど入っているからな。
あんたが密輸に携わる理由が『娘の病気の薬探し』だとは言わねぇから安心しろよ」
「もうヨハンナの肺の病気が治れば関わる必要はないからな」
手のひら程の大きさの瓶を見つめるジョルジュの顔は一人の父親の顔だった。
ある日の城の舞踏会でトルガー前国王に目をつけられたヨハンナは無理矢理連れて行かれるように愛妾とされた。会うたびに帰りたいと父に涙を見せるがそれが許されることはなく、その代わりと言わんばかりに『マリスス公爵家』としてそれ以上の権威を与えられた。周囲の貴族たちもあの手この手で国一番の貴族と親しくなろうと近づいてきた。
しかし、権勢が大きくなるごとにヨハンナの体調は悪くなり、やがて前国王は飽きた玩具を捨てるように宿下がりを命じた。
肺の病と診断されたヨハンナはマリスス公爵家の別荘で療養をしているが症状は芳しくないということだった。
「うちの女王陛下の名に置いて、帝国内の密輸については目をつぶってやるぜ」
「こっちも女王陛下の名に置いて、好き勝手されたことは目をつぶろう。むしろ、今回のあの舞台は近年で一番の盛り上がりだった。また、来年もよろしくと女王陛下に伝えてほしい」
「あぁ。デンファレ女子爵…いや、ヴィアンカ女王様という優秀な人材も見つかったしな…」
「あれは予想外だったな」
ハハハと二人は思わず笑い、グラスを傾ける。
「あと、これは頼まれていた契約書だ」
バサリと束になった書類を取り出して机に置く。
「おう。これでカトレア男爵家の屋敷や加工場なんかがマルセルの元に戻るな」
「購入費用、手数料、名義書換え費用なんかは帝国の私の金預け所へ入金しておけ」
最後に請求書を渡した。
「げ!なんだこれ!聞いていた金額とだいぶ違うぞ!!元のマルセル名義のものは格安だが、この慰謝料とか手数料とか出張費とか!?え?お茶菓子代??!!福利厚生費?!何でもかんでも費用に突っ込んでないか?」
「こういうことは、いろいろ金がかかってね。一国の皇帝陛下が何を騒ぐのやら」
「くそー…ケチケチしやがってー」
しぶしぶと折りたたんでそっと胸ポケットへしまった。
今後の国の情勢などについて会話をして、お互いのグラスが空になるとアレックスも「まぁ…これから付き合いがあるかもしれねぇからな。よろしく。新国王の戴冠式にはツキヨと来る予定だ」と告げて立ち上がる。
「仲のおよろしいことですな」
「たりめーだろ!俺らは世界一仲良しさんなんだぞ!」
「…はぁ。ならさっさと帰って奥方と仲良くして、奥方のご尊父にその書類を見せてはどうかと」
「言われなくても、そうさせてもらうぜ!明日までここには滞在しているからな。ジョルジュも、ま・た・明・日・!」
「こちらこそ、よろしく。アレックス殿」
立ちあがったジョルジュと握手をするとアレックスはニヤリと笑って影に消えた。
「変わった皇帝陛下だな」
薬瓶を見て呟いた。
***
ぞろぉり…と夜でも明るい応接室に戻った。
寝室ではツキヨが眠っている…がその扉の前に絨毯の毛の1億本以上数えながら魔気死魔無君はチンマリと座っていた。
「よ、お疲れさん!もう、戻っていいぞ」
やっと留守番兼警護役として解放された喜びかアレックスの影にさっさと戻った。
アレックスの中で早速、寝息が感じられた。
【宿泊先に戻ったが、各自何ら問題なく役目を果たしたなら報告は不必要。俺は寝る】
レオとフロリナに言霊を飛ばしてから愛しいツキヨの眠る寝室の扉をそっと開けた。
ふわぁ…とツキヨの石鹸やハーブの香りが暗い部屋の中に充満しているのを思いっ切り吸い込むと犬やら豚やら請求書のことなんて脳内から吹っ飛ぶ。
夜目が利く魔族でよかったーと、寝台に近づくとツキヨが薄掛けに包るようにしてぐっすりと眠っていた。
魔気死魔無君がいたとはいえ、なんら問題のない様子にほっとして帽子やベスト、トラウザースを脱いで下履きのみでツキヨ包る薄掛けを解体して一緒に包る。
「ん…」
もそもそとツキヨが動くと腕を薄掛けから出してしまう。
起こしたかとドキリとする。どんな魔物でも怯えることのない心臓がツキヨのことには反応をする。
起きていないことに安心すると腕を優しく薄掛けにしまい、ツキヨの背中から抱き締めて温かさを感じながら目を閉じる。
【もう、苦しむものも脅かすものもいない。なによりも暗い闇は俺が抱えてやる】
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