闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-91

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 目を覚ました…はずだったが、前後左右何もわからない程の闇だった。

 寒くもなく暑くもない環境下で四肢は固定されて寝かせられていた。
 口に猿轡がないことに気がつき声を出してみたが口からハフハフと息が出るだけで何故か声を発することができなかった。

 声が出ないことに焦ると同時に実は闇の中にいるはずが失明をしているのかもしれない、と。


 あの煌びやかな舞台の上で男二人から借金のことを伝えられて気がついたらここにいた…身に覚えのないような借金で囚われの身になったとしても目が見えないと逃げることもできない。

【私は何も悪くない!!あの、薄気味の悪い魔物の娘がやっといなくなって家族で生活をしていて、そこからマリスス公爵家と縁続きになるはずだったのが一体どうしてこんな目にあわなくてはいけないのか!!】

 肺に空気を吸い、吐くと同時にパクパクと口を動かし静かに叫んだ。
 静かな怒声が届いたのか突然パッと明かりが灯り、静かに開いた重そうな扉からカルス・トゥルナ・ベガ侯爵と金髪に赤毛が一房混じった男が入ってきた。
 マリアンナはその姿を見て静かに怒鳴るがカルスは何事もないように「やっぱり、レオの言う通り『沈黙の叫び』を使って正解だったねぇ」とにっこり笑った。
「ベガ侯爵が言うように魔気によってあんたのうるさい声を奪った。侯爵の許可がなければ声を出すことは、もうできないからな」
 レオと呼ばれた男がニヤリと笑うと、さっきまで出せない声で叫んでいたマリアンナは目を見開いた。

「レオ…そんなことは言わないで。僕は優しいから死ぬ間際には解呪はするつもりだよ。だから、安心してほしいね」
 白髪交じりの金髪とそれに伴った年齢を感じる皺はあるが、青灰色のやや垂れ目と優しい声が相まって紳士的な印象を与える。
「お優しいことです、ベガ侯爵。さて、マリアンナの借金返済計画について話でもさせてもらいますよ」
 レオとカルスはそばにある粗末な木製の椅子に座る。怯えたマリアンナの顔がよく見ることができる特等席だ。そこでレオは一枚の紙を取り出して読みだした。

「まず、ここの場所は…あぁ、外に出ることは死ぬまでないし別にいいか。そして、返済の仕方はあんたの体だ!」
 体…と聞いて臓器や血肉を取るのか、それとも娘たちがなったように性奴隷にでもなるのかとマリアンナは涙を零し、震える。
「誤解させたかもしれないけどあんたのその醜い体には価値もない。だいぶ変わったご趣味の方から打診はあったけど売却したらそこで終わりだからね。それに大した額でもないし返済にあてても意味がない程なんだ。そこで、これから継続的に返済していくことを第一に考えた」
 うんうん、とカルスも頷いている。
「あんたのぶよぶよの内臓は取ったりはしない。ただし、継続的に増えたり伸びたりするものを採取して売る。
例えば、髪の毛や爪、血液や糞尿、唾液…あとは愛液とか売れるものは何でも売ろう。醜い体とはいえ、これらを闇市へ売ると質は問われるが純粋な人間のものということでそれなりな金額で売れるんだ。そして、伸びたらまた切ったりして売る…あぁ、人間農業?みたいなものだよね」
「まさに計画的な返済で素晴らしい!」
「返済はどのくらいかかるかは、わからないですが…」
「いやいや、ご利用は計画的にとかなんとかいうじゃないか。僕も無駄使いをすると可愛い妻に怒られるからねぇ…」
 顔をポッと赤くしたカルスからレオは『i love 惚気パンチ』を一発くらう。愛妻家で有名なカルスと話していると独身者には辛いくらい惚気られて心を少しずつ抉られる。
 もちろん、レオはここに来るまで数発くらっているので内心ボロボロである。



 ドンドン!

 扉が強く叩かれたがカルスは咎めることなく入室を許すと黒いフード付きローブをまとった背の低い男が入ってきた。
「侯爵様、お久しぶりでございます…」
「やぁ。いつも世話になっているね。今日もよろしく頼んだよ。今後は定期的に来てもらう予定だからは丁寧に扱うようにしてほしいな」
「畏まりました」
 一礼をしてマリアンナのそばに近づくと、鋏を取り出してずいっと顔に近づける…涙を流しながらも聞こえない怒声を張り上げているのか顔は真っ赤になっている。
 そして、腰まであるマリアンナの茶色の髪の毛を肩の辺りでジョキン!と一まとめにして切って紐で結んだ。
 鋏をしまい、浅黒い肌をした手でマリアンナのむっちりした手を持ち爪の様子を確認すると「爪は…次に切るのがちょうどいいかと思います」といいをそっと置いた。
 マリアンナは自慢の髪の毛が切られたことでギャーギャーとは言わないが何か叫んで顔をグシャグシャにして泣いていた。
「今のところ、市場から一番要望が来ているのは『女の髪の毛』だけでしたので本日はこちらのみでございます。ただ、次の新月前には先程の爪以外にも要望が増えそうなので採取できるように準備をしてきます」
「うん、手間をかけて悪いがよろしく頼んだよ」
 にっこりと笑うとカルスの目尻に少し皺が見えた。

「で、今回のこちらのお代金は…えーっと銀貨5枚と銅貨5枚ですね。長さは最適ですが傷んでいて乾燥も酷くて状態が悪いです。本当は銀貨5枚がいいところですがこの女の初回ということで銅貨分をオマケさせてもらいました」
「はは!気を使ってくれて悪いねぇ…確かに僕の妻の髪はもっと艶めいて絹のように美しいんだよ。それと比べたら全然だもんねぇ…」

 ガン!ゴン!

 レオとフードの男に『i love 惚気パンチ』が直撃した。
 二人はそっと涙を拭った…。

 男は髪を袋に入れて、金をカルスに渡してから挨拶をして部屋を後にした。

「僕も引退をしたら領地で野菜とか育ててみたかったんだよ。そして、それを僕の妻が料理をしてくれたら最高に美味しいものができると思うんだ!
しかし、そういったことをしたことがないんでね…これはいい練習になるかもしれないね!手入れをして育てて…」
 『i love 惚気パンチ』をくらいつつもレオは笑顔で「練習にはいいですね…えぇ…奥様もきっと野菜が育ったら喜びますよ…うぅ…」と答えるものの辛かった。頑張った!

「しかし、普通の貴族でそこそこ身だしなみを整えていれば髪の毛はあんな安いことはないのになぁ…あんたは15も稼げないんだな」
 その金額に覚えがあるのかは不明だがマリアンナは顔をレオの反対に向けて静かに毒づいていた。
【髪や爪やら程度ならなんとでもなる…借金なんて冗談じゃない!!逃げる機会を必ず見つけるわ!!!】


「それでは、一通り引き渡したので帰りますよ。うちのおっさんがうるさいんで」
「ははは!早く『奥さんがうるさいんで』って言えるようになれるように祈っているよ」
 レオの心がザクザク切り刻まれている気がするが気のせいだろう。

「うぅ…豊作を祈っています…」
「任せてくれ。ここには一通り人材が揃っているからね、問題はないはずだよ」
 その世界闇市で辣腕を振るう愛妻家の老紳士が青灰色の瞳をギラリとさせて若草色の瞳を見据えた。

 心に傷を大量につけられつつも、これなら借金返済は近いかなとレオは考えてからカルスに挨拶をして影移動をした。
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