闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-82

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 エストシテ王国一の高級社交倶楽部『リコリス・ラジアータ』…三階建ての地下一階の建物を有し古めかしい外観からは想像もできない程の高級な会員制倶楽部である。
 一見いちげんはお断りで会員から招待、紹介されても倶楽部に相応しくないものであれば高位の貴族でも豪商であっても会員にはなれない。
 会員になれても1階の店舗部分で美しい女性を侍らせてウィットに富んだ会話や贅沢な飲食を楽しむことしかできなく、2階と3階と地下は利用できない。それでも一般会員は充分楽しむことはできるうえに『会員』というだけで誰もが羨むような箔がつく。

 
 そして、ある一定の基準を満たすことによって『特別会員』になれる。
 ただし、何百回と来店しようが、毎日何百万と使おうが、高位貴族であろうが特別会員になれないものはなれない。

 特別会員になるための基準は未だに不明である。


 特別会員は2階と3階の特別室が使え、地下の演舞場でを楽しむことができる。

 演舞場で見染めた美女を2階、3階の特別個室で侍らせ、個人的に飲食や会話、ゲームなどを興じることができるが、各部屋には寝心地のいい大きなベッドが設置されている。

 それは、あくまで会員が宿泊するためのベッドであり何ら意味はないとされている。


 今夜は年に一度の特別な夜。特別会員であってもこの日だけは招待状がないと入ることはできない。



***
 
 地下演舞場の桟敷席の座り心地のいい長椅子でアレックスとレオは高級ワインを飲みながら舞台を眺めていた。
 異国の音楽が流れる中、褐色の肌の美女は、南国の美しい鳥の羽でできた大きな扇子を左右1つずつ持ち、見えそうで見えないように隠しながら踊り―――最前列は下から覗きこむような観客もいる―――それを嘲笑うように扇子をふわふわとさせて惑わす。
 最後に最前列の男に扇子の羽でふわりと触れてから最後にほんの一瞬だけチラリと見せてから、バッと隠してポーズを決めるとあやしげな異国の音楽も同時に終わった。
 女は一度、さっと下手しもてに行くと薄手のローブをまとってから再び舞台に戻ると歓声と拍手に包まれて、笑顔を振りまく。
 多くの男が演舞場用の紙製のチップをローブから覗く胸の谷間に挟んでいる最中に30代の男が後方で少女から豪華な花が活けられた花籠を買い褐色の美女ににっこりと渡すと、女は男の顔をチラリと見てから笑顔で受け取るとその男の頬に軽く口づけて、花籠を持って舞台裏へ下がって行った。

 男も気がつくと姿を消していた。



***

「最後の一瞬だけってなんかズルいよな…うん、ズルすぎるぜ」
 アレックスが溜息交じりに嘆く。
「あぁ…そして、それにニヤニヤしちまう男ってやつは情けないよな…俺も…」
 一応、レオは反省だけはした。

「このあとあの花を買った兄ちゃんと部屋でウハウハするんだろ?わー、いやらしー!!きゃー!!」
 自称・純情乙女のアレックスは帽子で顔を隠すも心も体もツキヨのものであるため決して下半身は暴走していない。
「いい歳して乙女ぶってんじゃねぇよ!」
 手酌でグラスに赤ワインを注ぐとゴクゴクとジュースでもレオが飲み干すと給仕がさっと空き瓶を片付ける。
 アレックスはまた同じ物を注文をするとすぐワインが届けられた。


「我らの女王様の手腕で観客から花をもらってほしいね」
 ぐっとグラスに注がれた美しい赤ワインをアレックスは飲んだ。


***

 会場内の熱気が落ち着いた頃…暗い舞台の上手かみての一か所がポツリと明るくなる…と、司会の男が立っていた。
 司会はよく通る声を張り上げた。

「…本日は一年に一度の特別な集まりでございます。
 そして、この日だけ降臨される麗しのお方…我々はお名前を呼ぶことすら許されない卑しい犬の一匹…涎を垂らしながら舞台を見るしかできない犬なのです。今宵は自ら手に入れた、まだ躾のされていない犬をここで直々に躾をされるとのこと…しかも、舞台後にその犬に花を買って渡せるとのことでございます!麗しのお方のお優しさに感謝を…歓喜と狂気…いえ、狂喜、狂乱の舞台をお楽しみください!!」

 司会の男が闇に消えると舞台は再び闇に包まれた。



 舞台中央がパッと明るくなると長い濃紺の髪が艶々と輝く…革張りの一人掛けの椅子に座り、長い切れ目のあるスカートから見える白く長い脚を優雅に組み、黒い長手袋をしたしなやかな腕を肘掛けに乗せて我が家のように寛いでいた。

 長い睫毛が影になった水色の瞳が舞台下の犬たちを一睨みをする。

「ごきげんよう。私の可愛い、駄犬たち…」


 その一言で観客のほとんどがザッと床に平伏し代表なのか一人の男の声が響く。

「麗しのヴィヴィアン女王様!今宵も我らはあなた様の忠実な犬はご挨拶ができるだけでも感謝を申し上げます!」

 数百匹の忠実な犬はヴィヴィアン女王様に一糸乱れずご挨拶をした。

 その光景にアレックスとレオは度肝を抜かれる…床に平伏すはエストシテ王国、近隣国の貴族の当主や子息、大富豪や劇場の名の知れた俳優などである。

「フロリナがいれば皇帝の存在っていらなくねぇか?」
「一応、存在していた方がいいかもしれないね…っていうくらいだと思う」

 帝国の行く末について考える必要があるとアレックスは冷や汗をかいた。


 犬たちはヴィヴィアン女王様から声がかからない限り頭を上げることはない。
 そのままの状態で、彼女は何事もないように装飾をした爪の小さな飾りを明りに当てキラキラと輝く様子を楽しそうに見つめていた。


「う…うぅっ…うぁっ…うっ…」

 平伏した男の一人が突然喘ぐような声を出すと、その周囲はあっという間にオスの臭いに包まれた。

「そこの臭い駄犬…追い出して頂戴」

「あぁ!ヴィヴィアン女王様ぁ!わ、私は…あなた様のことを…!!わぁ…!」
 股間に染みを作り、オスの臭いを撒き散らす男が屈強な給仕に抱えられて会場の外へ連れ出された。


「躾が足りない犬…私に必要なのは躾のされた忠実で可愛い犬だけ。さぁ、犬たち…顔を上げなさい。ご褒美に二足歩行を許すから人間みたいに椅子に座りなさい」
 
「あぁ…もったいないお言葉…!人として座ることを許されるなんて奇跡だ!」
「女王様は慈悲深い…この犬以下の私にお許し与えられるとは…」
 口々に感謝や賛辞の言葉を呟きながら…目に涙を浮かべ椅子に座る。感激しすぎたのかかすかに嗚咽が聞こえる。
 
「さぁ、今宵も…この夜と闇の底の境界線リコリス・ラジアータでハシタナイものに乾杯しましょう」

 水色の瞳が氷のような水色に変わった。
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