闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

文字の大きさ
上 下
47 / 150

闇-47

しおりを挟む
 アレックスは帝都サイドービの女性用の服飾店にいた。
「背は低くて、幅はこのくらい…あ、幅が思ったよりあるな…樽っぽい。色はなんでもいいか。相手は王国の女だから形は襟元とかが閉じてるやつだ。あと、もう一つも王国の形だ。背は高めで幅は細いな…柱みてぇな感じだ。色はさっきのと違えばいい。
それと一緒に履きもんとかも揃えてくれ。とりあえず、派手な感じであとは任せる!」

 筋骨隆々で背も高く、動きやすい服を好むアレックスは既製品が着れないためエリザベスの店で布をのんびりと選び、仕立て終わったものを買うのが常だった…そのため店員に服の説明をするのに四苦八苦していたが、店員も慣れない贈り物なのだろうと温かく見守っていたのが唯一の救いだった。
 既製品ではあるが色とりどりのドレスや髪飾り、首飾りが並べられている。そこそこの金額で流行りの型を揃えているため人気があるようで今も客が多い。

 場違いなおっさんは隅っこの方で荷物を持ち帰る用意をしてもらうため店内を眺めながら待っていた。
 既製品で安っぽい布地ではあるが当然、普段着よりも高価なものであるため客は裕福な商人や騎士階級、低位貴族が多い…夜会や個人宅の小規模な舞踏会へ行くのだろう。楽しそうなツキヨと同年齢くらいの女性の姿を見てしまう。

【王国は成人する16才の女が初めて参加する夜会が大舞踏会だっていうのが多いって聞くが、ツキヨは去年やっと16才になったのにに連れて行ってもらえなかったんだよな】

「お母様、この萌黄色のドレスにしますわ」
「あら。私はこっちの薄紅色の方がいいと思うけど…どうかしら?」
「ご試着して見比べてみますか?」
「お母様の選んだ薄紅色も悩んでしまうわ」
「それも一度着てみなさいな。あとは尻尾が出せるように調整してもらわないと…」
 笑いながら母娘と店員は試着室へ向かった。

【早く布ができねぇかな…】
 アレックスは楽しそうな母娘を見つめていた。

「お待たせいたしました」
 店員に代金を支払い、大きな荷物を受け取り店を出た。
 アレックスはあの布で世界で一番のドレスを楽しく仕立ててツキヨに着てもらい、その月の女神として王国に姿を現す…そこの全ての者が女神に平伏せるがいい。その姿を見ることすら恐れ多いことを知らしめてやりたい。

 その女神に触れていいのは…この卑しい欲望の塊の俺だけだ。

 

------------------------
 マルセルから糸を受け取る日がやってきた。
「ふー…」
「はぁ…」
 夜、屋敷内の部屋でアレックスとレオは深い…それは深い深いため息をついた。

「王国側に舞踏会は従来通りの予算と規模で開催をするということと今年は皇帝とその婚約者が出席するから警備を厳重にするようにと伝えたからな。
アレックスが参加する話をした途端、向こうの担当者が気を失ったがそれ以外は異常なしだ」
「そうか。あとはツキヨの安全が確保できれば特に何もないな…そして俺たちはこれをどこぞのお嬢様にお届けですよ…はっはっはっ…」
「これを届けることが今日の仕事の中心のように言うのはやめてくれ。せめてそれくらいは止めてくれ。今日は糸を受け取るのが重要な日なんだからなっ!!!」
 頭を抱えて半泣きで訴える。
「はっはっはっはっ…お前はまだまだだな!だんだん楽しくなって慣れるぞ!慣れたくないけどな!!」
「魔鬼死魔無君に届けさせるとかできないのか?」
 真剣な顔でレオが訴えるとアレックスの背後から黒い姿でずるぅっと現れたが両手で×を作って全力で拒否をしてさっと消えた。
「やつですら拒否をするって、どういう事態なんだろうな…」
「飼い主として謝罪をする…そんな事態だ」

 …。
 ……。
 ………。

「行くか…」
「逝くぜ…」

 荷物を抱えて影に身を投じた。


-----------------------

 毎度の煤けた屋敷…日に日に荒んでいくように見えるのは気のせいか。残っていた大きな木も切り株になっていた。
「掃除したい…掃除したい…」
「掃除しても無駄だろう」
「掃除したい…」
「おら、行くぞ!」

 公爵家の三男と四男はぐだぐだと門扉を開けた。相変わらずきぃきぃと鳴る。
「次の手入れの時にこの音がなるように依頼した」
「さすが早い手配だな!」

 玄関の扉を叩いた…すぐに例のメイドがすっ飛んできて目がチカチカする応接室へ毒茶と一緒に案内をされた。メイドは良い意味で成長?をしているようだ。
「鍛えるためにフロリナに布を手配をするように話したら…全力で止められた。鍛えるのに必要だと説明をしたのだけどとにかく止められた。毒茶も帝国内では流通していないようだ…」
「フロリナは分かってねぇんだ!俺達が鍛え続ける理由を…レオも探すようにしてくれ」
「あぁ!絶対探してやるぜ!」

 とんとんと応接室の扉が叩かれて…マリアンナたちが入ってきた。
 屋敷が煤けるほど、マリアンナたちのドレスが派手になっていく…が、今夜も安っぽい布地のドレスに一目で偽物と分かるような宝石?の首飾りで着飾っていた。

「おほほほほほほほ!今夜もいらっしゃっていただきありがとうございます!アルフレッド様、ニール様のご兄弟がいるだけで素晴らしい夜でございますわ!」
「今宵もいらっしゃるとは…わたくし…あぁ!恐悦至極でございます!この喜びを神に感謝をいたします。アルフレッド様のために新しいができまして…ぜひ、あとで聞いていただければ…と」
「ニール様ぁ!ミリアンもいつお会いできるかとお待ちしておりましたぁ!ご一緒に…またお話をさせていただければ…そして、将来のこととか…きゃぁ!わたくしったら…淑女としていけませんわ!」
 座った三人ではあるが、わぁわぁとそれぞれが興奮しているため収集がつかない。
 アレックスとレオははんなりとした笑顔を絶やさず神の降臨マルセルが来るのを待っていた。

「実は…本日はマルセルさんに用がございますが…これをお二人にと思いニールとお届けにきました」
 すっと10箱ほどを応接のテーブルに置いた…ところで、とんとんと扉が叩かれてマルセルが入ってきた。
「お二人とも今夜もようこそいらっしゃいまし…」「まぁ!これは一体なんですの?!」といつもより興奮気味のマリアンナが甲高い声を出した。

 マルセルはそっと静かに隅っこに座った。

「奥様のお眼鏡に叶うか心配ですが我々兄弟からお嬢様たちに贈り物です」
「兄と選んだのですが…お好みにあうか兄と悩んでしまって…」
「まぁ!なんていうことでしょう!!!娘たちにでございますか!?恐れ多いぃ!」
 恐れ多くてもなんでもお構いなしにマリアンナは箱を手に取り、娘たちの前に押しやっていた。

「アルフレッド様、ニール様…これは一体?こんなたくさん…娘たちへ?!」
 マルセルも何事かと驚く声を隠せない。
「まだ先ですが…今度、催される王国の大舞踏会のときにこれを着ていただこうと思い、ニールと一緒に選びました」
「開けてご覧になってください。僕たちからの大切な贈り物です」
 オロオロとするのはマルセルだけで姉妹はドーン!バーン!と箱を豪快に開けた。
 水色のドレスがメリーアンの開けた箱に丁寧に折りたたまれて入っているのをばっと取り出して嬉々として広げる。
「これは、まるで水の妖精のような…美しいですわ…それにこの胸元の繊細な刺繍が素晴らしいですわ!きっと職人が一つ一つ魂を込めて…」
 他の箱を開けると同系色にまとめられた履物や髪飾り、首飾りなどが入っていた。
「この水の妖精に相応しい星のような宝玉が…これぞ神の芸術の賜物…!あぁ…素晴らしい!ありがとうございます!おお!水をつかさどる生命の神よ…云々…」
 とりあえず、詩をぶつぶつと呟き呪文の詠唱始めたのでレオは念のため、変なものが来ないように結界を張った。

 ミリアンは桃色のドレスを手に取ると抱き締めて鼻息が荒く興奮する。
「素敵ですわぁ!これは今、流行りの形ので…まるで花のようですぅ。これをわたくしが着て…ぜひ、一緒に踊っていただけたら夢のようですぅ!そして、いつか白いドレスでニール様と…きゃあっ!」
 髪飾りを手に取りうっとりしているのをアレックスとレオは張り付いた笑顔で生温かく見守っていた。

「いずれも、当日に着てくださいね。楽しみにしていますよ」
 
 これで金があろうが無かろうが必ず参加をするだろう…それで己の醜さ…愚かさを知ればいい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

マフィアと幼女

ててて
恋愛
人身売買用に商品として育てられた幼女。 そんな彼女を拾った(貰った)マフィアのボス。 マフィア×幼女 溺愛話 *スローペースですから! スローペースですから!!

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...