闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-37

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 ブラウンから布の試作品をもらい、アレックスは影に身を投じてそのままマルセルの屋敷近くで溜息をついていた。すでに黄昏時も過ぎ人通りもない。
「今夜は生きて帰れるか…でも、犠牲者は俺だけじゃねぇからな…」

 アレックスのそばに影がボゥっとできた…金髪に一部赤毛の頭が出てきた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せて若草色の瞳まで出す。
「よう、レオ。遅いじゃねえか」
「帰っていいか?」
「まぁ、観光だと思って出て来いよ」
「帰っていいか?」
「動物園みたいなもんだ」
「帰っていいか?」
「珍獣博物館って作ったら面白いと思わねぇか」
「帰っていいか?」

 …。
 ……。
 ………。

「おるぁ!いい加減しろ!出て来い!!!」
 影から無理矢理レオを引きずり出した。
「帰りたい…」
「残 念 な が ら 俺 も だ !」
 2人で肩を叩いて励まし合ってからアレックスはアルフレッド・ドゥ・マリスス公爵家三男に姿を変えた。
 レオは…薄い茶色の短めの髪に灰茶色の瞳でややたれ目で甘い雰囲気のある青年に姿を変えた。
「こんなもんかね。僕はニール・ドゥ・マリスス公爵家四男…どうだい?アル兄さん…プッ…」
「ブフフ…いいんじゃねぇの…ブーッ!!!」
 しばらく、お互いの姿を見ては爆笑していた。これからいろいろ耐えらないことが起きるというのを少しでも忘れるために…虚しい笑い声だった。

「ふー」
「はぁ」
「そろそろ行くか…」
「あぁ…」
 大の大人2人がとぼとぼと歩いて煤けたマルセル邸に向かった。

「ここ?!なんだ、この屋敷?…ボロッ!!」
 夜目を利かせてレオが煤けて汚い屋敷をじっと見る。
「…あぁぁああああ!!掃除させろ!掃除したいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 レオが体をブルブル震わせて頭を抱えている…潔癖症ではないが掃除が好きなレオには耐えられなかった。
「落ち着け。お前の血が騒ぐのも分らない訳じゃないが耐えろ。内部もこんなだからな!この俺も掃除したくなるくらいなんだからな!はっはっはっ!」
 ずるずると半泣きのレオを引きずって門扉前に向かった。

「おい、レオ。俺はこの鉄製の門を屋敷に導入するべきだと思うんだ…」
「…何か仕掛けでもあるのか?」
「そうだ、これを開けると…音が自動で鳴るんだ。すると…中にいるやつも音に気がつくってぇ仕組みだ…便利だろ…」
「なんだと!!そんな便利な門なのか!こっちも導入するべきだ…王国の技術もさすがだな…」
「我々、帝国も見習うべき技術だ…今度、屋敷にも同じようにするぜ」
 
 アレックスは便をきぃきぃと言わせながら開けた。
 レオは頭の中で門の交換をする予算を計算していた。

 玄関扉をコンコン!と叩いた。
「はい…」
 前回よりやや早くなった返事に名を名乗るとばーん!と扉が慌てて開いた。
「い、いらっしゃいませ!ア、アルフレッド様!!!しょ、少々こちらで…お待ちください!!」
 いつものメイドがどたどたと応接室に案内をしてからどたどたと「お、奥様!奥様ぁ!!ア、アルフレッド様がぁぁぁ!!」と2階への階段を上がって行った。

「おい、アレックス…このギラギラした応接室はなんなんだ?」
「これは…目を鍛えるための訓練ができるんだ」
 煌びやかとは違うゴテゴテした室内にレオは目頭を押さえる。
「そうか、領主として毎日鍛える…心得がいいじゃないか…。俺は目が痛い…駄目だもっと鍛えないと」
「何気ない日々で鍛えられる…屋敷が機能的にできているんだ…」

「ア、アルフレッド様と…ご友人らしき方が来ましたぁ!!!」
「なんだって?!2人で!!あんた、さっさとお茶を出しな!この間、市場で買った一番いいヤツだよ!ほらさっさとやりな!」
 メイドがどたどたと厨房へ向かった。
「お母様!アルフレッド様がいらっしゃったの?」
「ミリアン、それはやっぱり運命なのよ!あぁ、新しい詩が紡がれるための…運命!!」

「アレックス…俺、やっぱり帰え」「ここの室内は魔封じの結界を張ったからな…逃がさねえぞ…くくく」悪い笑顔でレオを止めた。
「くっそぉ…」
 とんとん…「失礼いたします」とティーワゴンを押すメイドが扉を開けて入ってきた。
 がちゃがちゃとメイドが準備をして紅茶を注ぎ入れてから一礼をして部屋を出た。

「おい、アレックス…これは紅茶なのか?香りがおかしいぞ…」
「これは我々の精神力を試している。そして、毒に体を慣らすための訓練でもあるんだ」
「この屋敷は見習うところが多いな…よし、毒に慣れるために俺は…」
 カップを手に取るとレオは紅茶?を一口飲んだ。
 温い、臭い、未知の味…が咥内を犯す。
「ぐぅ!!!だ、駄目だ。俺は毒に…毒に…くっそ…帝国の者としてこんな毒に…新しい毒なのか?!」
「レオ!耐えろ!こうして、俺たちは強くなれるんだぜ!」
 叱咤激励をするがレオの顔色は悪かった。

 とんとん…「失礼いたしますわぁ…おほほ…」とラスボストリオが現れた。
「お久し振りでございます、奥様とお嬢様がた…」と貴公子然としてアレックスは挨拶をした。
 マリアンナとメリーアン、ミリアンが入ってきた。
「また、つまらない当家にいらっしゃるなんて…有難いことでございます…何かのご縁をやっぱり強く感じてしまいますのは私の勝手でございますでしょうか…おほほほほほほ!」
 ばしばしと扇子を長椅子の背凭れに叩きつける。
「お久し振りでございます!」
 メリーアンとミリアンが声を揃えて挨拶をして、3人とも座った。
 相変わらず埃が舞い上がる。
【俺にぃ!俺にぃ!掃除をさせろぉぉぉぉぉ!!】
「アルフレッド様、本日はご友人といらっしゃるなんて…」
「いえ、ご紹介が遅れました。こちらは私の弟です。同じく父に言われて遊学中です。
たまたま私の泊まる宿に来て…ちょうど、マルセルさんに会いに伺う矢先だったので…ご紹介を兼ねて連れて来てしまいました。いつも急ですいません【マルセル~マルセル~!早く助けてーーぇ!!あぁぁぁ!】」
 申し訳なさそうに眉根を寄せてニッコリと微笑んだ。
「あ、兄がいつもお世話になっていると聞いて一緒に来てしまいすいません。
僕はマリスス公爵家の四男のニール・ドゥ・マリススといいます。兄と同じく後学のため旅に出ています。偶然兄に会いまして…それで趣味の友人宅へ行くと聞いて一緒に伺いました。
まさか、年頃の美しいきれいなお譲さんが二人もいるとは思いませんで…せっかくならもっと洒落た服装で来ればよかったです。
兄共々どうぞよろしくお願いしますね【殺して…殺して…俺を誰か…今までやった悪いこと全てを謝罪します!お願いします!】」
 甘い雰囲気でレオは特に姉妹に向かって笑みを浮かべる。

「まぁ!わたくし、メリーアン・ドゥ・カトレアと申しますの…このミリアンの姉でございます。
…このニール様にお会いできたことを神に感謝をして詩に…おぉ!罪深き愛の女神よ!この我が身を愛の矢で打ち抜き射殺して…云々」
 しばらく、詩の発表会死の発狂会を聞いていた…【なんで人間が魔族の呪詛を知っているんだ?これは俺たちのことがばれているっていうことなのか?アレックスより完璧なはずなのに!!】
 やっと、終わりアレックスは拍手をしながら「さすが、メリーアン嬢は才能に溢れている…やはり公爵家にはこのような知性と教養のある女性が求められるので…素晴らしいですね!【耳が腐った。発酵した。寝耳に水!じゃなくて寝耳にミミズだ!!】」と褒め称えた。
「…んまぁ!アルフレッド様!そんな…わたくし…女子学校でも文学の授業がとても好きなので。お恥ずかしいですわ!」
 そばかすのある顔を赤らめてメリーアンはまたぶつぶつと詩を考え始めてしまった。

「姉からご紹介がありました、わたくしはミリアン・ドゥ・カトレアと申しますぅ。18才でございますの…もう、わたくしはそろそろ縁談も入り…結婚式のドレスに夢を見てしまいますの。
でも、今までの数多の殿方よりアルフレッド様とニール様がとても麗しく思いますわぁ…きゃっ!わたくし、女子としてなんてはしたないの~。いやぁん」
 赤い顔をしながら母似のふくよかな体をもじもじさせる。
「兄からお噂はかねがね聞いております…とても可愛らしい方だと。
女性であれば結婚に夢を見るのは当然ですよ…美しいドレスに身を包み夫と永遠の愛を誓い合う。とても尊いものでありますよ。貞淑で夫を支える…そんな方が好ましいと考えていますね【おい!アレックス!早く珍獣博物館を作れ!早く!捕獲しろ!確保しろ!逮捕しろ!なんとかしろ!珍獣ハンターを呼べ!】」とミリアンの夢を称える。
「そんなぁ、わたくしぃ…お2人を誑かすような…あぁ、でもニール様からお褒めいただけるなんて…こんな素晴らしいことございませんわぁ」
 身をぷりぷりとさせながらあれこれ夢を語り始めた。

【俺たちの地獄はこれからだ!】
【うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!】

 死んだ。
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