闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-10

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 その長身を包み込むのは、どろぉりとした黒い憤怒の炎。冷たくもなく熱くもないが触れればそこから凍結して焼き尽くされる。風も吹き荒れて、いつもきれいに磨かれているガラスがパリンと割れる。
「ア、アレックス様!」
 ベッドから出て、アレックスに声をかけると同時に異変を感じたレオとフロリナが駆け込んできた。
 フロリナが立ち尽くすツキヨを抱えて部屋の外へ出ようとする中で「アレックス!おい、落ち着け!」とレオがアレックスの腕を掴むがパシィィンッ!パァァンッ!とレオの腕に小さな黒い雷が落ちてスーツの袖を焼き、レオは傷を押さえながら倒れる。
「いってぇー!うぁー!クソ。だめだ、相当怒ってやがる。ツキヨちゃん、一体アレックスはどうしてこんな…」
「あの、ここに至るまでの私のことを詳細にお話をしたら…」「ツキヨ様、こちらへ!」とフロリナがツキヨの腕を引くがツキヨは彼女の手を振り払ってアレックスへ駆け寄り「アレックス様!お止めください!!もしや、私の代わりに悲しみ、怒っているのですか?!」と人生で一番の大声を出し、そして笑顔で優しくアレックスの腕をそっと掴んだ。
「危ない!」
「お止めください!ツキヨ様ぁ!」

…。
……。

 一瞬で何事もなかったかのように黒い炎がずずずずとアレックスの体へ戻っていく。
 それを見てツキヨは安心をしたが、レオとフロリナは唖然としていた。
「お、俺は…?」辺りをキョロキョロしながら呟くアレックスの腕から手を放して「はい、ほんの少し黒い不思議な炎に包まれていましたよ」とツキヨが落ち着いた声で話しかける。
「え?あ?」
「アレックスがブチ切れていたんだよ!まったく。覚えてないくらいキレていたのかよ」
 レオがいつも通りにブチブチとアレックスに言う。服は破れていたが傷はいつの間にかなくなっていた。
 フロリナは、バタバタと掃除道具を持ってきて滅茶苦茶になった室内の掃除を始めた。
 その室内の状態を見て顔が真っ青になったアレックスは頭を抱えて「う、うわあぁぁあぁ…だいぶ前に親父と酒を飲んで酔っ払って大喧嘩したとき以来だ…あぁぁぁ…ツ、ツキヨォ。悪かった。怖かったか」とどんどん小さくなっていく。

【どんな喧嘩なのか気になる…】

 レオとフロリナとツキヨは同時に考えた。

「まぁ、こっちは自然治癒レベルだから別に構わないけど、ツキヨちゃんだったら…大変なことになるし、気をつけてくれよ」ブツブツとレオは室内を片付ける。
 一方、かなり小さくなってしまったアレックスの体から、また黒い炎がぞろっと出てきた。全員身構えるが炎はふうぅっと手の形になってアレックスをグーでポカリと叩く。
そして、3人に謝るように手のひら?を下げて、またアレックスの体へぞろっと戻った。
「あのぅ…私は大丈夫ですし、怖くもありません。反対にいろいろアレックス様を困らせてしまい申し訳ありません。
しかし、アレックス様のあの不思議な炎は一体なんなのでしょうか」
 大変ではあったが、この騒動よりも魔族、魔人の肉体的な問題が分からないというある種の好奇心のほうが今はツキヨの心を占めていた。
「うぅ、ツキヨ。すまねえ。脅かして、悪かったよぉ。うぅぅう…」
 喜怒哀楽が激しいのがアレックスの性格なのだろう。ツキヨの話も碌に聞かないで今度はおぃおぃと泣いていた。そして、ハンカチは涙と鼻水の犠牲になっていた。
「おっさんの泣き顔なんて需要はないと思うぜ」
「う、うるせぇ!」手元にあった本をレオに投げつけるがひょいと避けられて「片付けの邪魔だよ!おっさん!」と持っていた塵取りをレオは振り上げるがサッと避ける。
「なんだと!おっさんじゃねぇよ!」「この泣き虫おっさん!あっちいけ、ばーか!」「ばかっていうヤツがばかなんだよ!」「ばかにばかって言って何が悪いんだよ?!」「あー!ばかが感染するからこっちに来んな!」「ばかは一生ばかだな!あー、ばか!ばーか!」と相変わらず低レベルな争いが始まったのはいいことかと、安心してしまうツキヨも自分もばかなのではないかと苦笑した。

 騒いでいる2人の間を「恐れ入りますが、足元を掃かせていただいてもよろしいでしょうか」とジロリと見ながらダークホースが箒を持って睨む。
「大変申し訳ございません」声を合わせて2人で仲良く同時に頭を下げた。
「掃除は私がいたしますので、ご歓談は応接室でお願いいたします」とフロリナはニッコリと微笑む。
「はいー!かしこまりましたーーー!」
 アレックスはツキヨを小脇に抱きかかえてレオと一緒に1階の応接室へ向かった逃げた

 白磁の大きな花瓶には今が見頃の生花が生けてある。淡い色彩のストライプ模様のソファーセット、同系色で少し明るい色のカーテンが高い天井まで届く窓枠が美しいドレスを着ているように見える。窓は庭に面した壁一面に並んでいて、全て開ければガーデンパーティーもできそうな優雅な作りの応接室にツキヨは母がいるのではないのかと驚く。
 以前の家の応接室は母のオリエの趣味でここと同じような雰囲気だったが、いつの間にかゴテゴテの派手な応接室になってしまっていたのが悲しかった。

 理想的な応接室でツキヨは改めてレオが用意した紅茶を飲んだ。
「ツキヨ、あとレオも悪かった。フロリナにも迷惑をかけたな。すまない。
こう…なんていうか…ツキヨの今までのことを全部聞いたら悲しくて…辛くて…ただ腹が立って…気がついたら…俺の『魔鬼死魔無マキシマム』君が暴走しちまって…」
 アレックスは頭をポリポリと掻く。
「魔鬼死魔無君…ですか???」
「あー、ツキヨちゃん。魔鬼死魔無君なんてアレックスは呼ぶけど一般的には『魔気まき』というんだ。量の差はあるが魔族が持っている力で、魔気があるからこそ魔族だという証明でもあるんだ」
 レオも一緒に紅茶を一口飲んだ。
「ちなみに、魔鬼死魔無君とか名前は普通はつけないからね」

 そうだろうな、とツキヨは思った。
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