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闇-2
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ツキヨは黒髪、黒い瞳に生まれたことに卑下することはなかった。
鏡を見るたびそれが母の血を継いでいるということが実感できる。母は黒髪、黒い瞳というよりも黒に限りなく近い焦げ茶色の髪と同色の瞳だった。それゆえに、周囲から疎まれることはなかった。
母は遠い遠い東の国から来た人の末裔で、その一族に代々伝わる不思議な器具を使い布を織っていた。それはこの国では見ないような文様も入れることができて時間があると趣味として織っていた。
あの布は、どこへ行ってしまったのだろうか。
日も暮れて使用人口から屋敷へ入り、厨房へ向かうと料理長のダンと料理人のルルーがいた。
ルルーがツキヨの手を取り「あぁ。ツキヨお嬢様、こんな手が冷たい。…風邪をひかれてしまいますよ。今すぐ、温かいスープをご用意しますね」と優しく声をかける。
「ルルー、お嬢様って呼ぶとルルーがマリアンナ様に叱られてしまいます。私はもう使用人でここにいられればいいのです」
「さぁ、嬢ちゃま、今夜はダン特製の鶏肉のスープだ!温まりますよ」とダンがほかほかと湯気があがるスープと黒パンを手に声をかけた。
「ダンまで…呼び方はマリアンナ様に気づかれないように気をつけて。
ダンの料理は最高なのだからマリアンナ様の怒りに触れてしまったら…また…」
以前のカトレア家には住み込みのメイドや使用人、庭師、料理人、馬番がたくさんいた。
彼らの技術力やマナーは当然だが素晴らしく、そして優しく、親切でツキヨもよく可愛がられ、そして時には悪戯をして叱られたりまるで大家族のようだった。
ここで働くことは領内でもちょっとしたステータスでもあったし、都合で他領地へ彼らが引っ越しをしてもその技術ゆえに「仕事に困ることもなく元気に暮らしている」と時々手紙が届いた。
ところが、マリアンナたちが来てから3人とも「このメイドは私に似合わない髪形にしか結わない」「使用人がイヤリングの片方を盗んだ」「こんな雑草みたいな花を植えるなんて男爵家の恥よ!」「嫌いなものを料理に混ぜるなんて嫌がらせよ!」「あなた、馬臭いから屋敷に入らないようにしなさい」と毎日毎日不平不満を撒き散らし続け「ご主人様、私はもう耐えられません」と泣きながら辞めていった。
現在は住み込みのメイドはおらず、通いのメイドが数名と辞めた庭師の小屋にすむ使用人としてツキヨがいて、料理人は住み込みのダンとルルーと通いの手伝い、馬番はツキヨと元々マルセルが馬が好きなため世話をしている。
だが、マルセルが馬の世話をしたらマリアンナは一週間は会わない。
厨房の隅の木製のテーブルでダンたちと食事を囲みながら話をしているとルルーが思い出したかのようにツキヨに話しかけてきた。
「そういえば、お嬢様。最近、この領地だけではないそうですが10代の娘が何人も人攫いにあっていると聞きまして…今、奥様のせいで髪が短くなってしまって男の子のようですが、どうぞお気を付けなさいまし」
「おう、それは俺も聞きましたぜ。何でも昼夜関係なく連れ去られて行方知らずになるとか」
「人攫いなんて、恐ろしいわね。
でも、今の私はどうみてもダンの息子といっても間違えられないくらい男の子にしかみられないから大丈夫よ」
ツキヨはマリアンナの指示で髪は肩よりも短く、庭仕事や馬の手入れをしているときは父のマルセルが「すまない、すまない。父さんが不甲斐なくて…ツキヨには苦労をさせて。今頃、オリエは泣いているかもしれない」と泣きながら謝る中「固めにできている糸でしっかりと織ったので破れにくいのよ」と言っていた母の布でできたズボンを渡してきた。
確かに、不甲斐無い父かもしれないが馬の手入れをしているときが唯一のコミュニケーションができ、折を見て干した果物やお菓子、手鏡や絹のハンカチなどを渡してきた。
父も苦しいのだろう。ツキヨは優しい父を責めることはできなかった。
そして、その大切なズボンをはいて作業をすることが多く一見すると新入りの若い男の庭師などにしか見えない。
「お嬢様、おふざけにならずに。とにかく、屋敷内は安心ですけど市場へ行かれたりするときはよくよくお気を付けくださいね」
「はーい」
「嬢ちゃま、そのお返事はいけませんな」
「あ、えへ。ごめんなさい。でも、二人の言う通り気をつけます」
ツキヨもにっこりと返事をした。
しばらくして、通いのメイドがダイニングルームで食事を終えた食器を下げに戻ってきたため、食事を手早く終わらせ、3人で片付けを始めた。
メイドは無表情で「お疲れ様でした」とお仕着せのエプロンを脱ぎながら裏口から出て行った。
片付けが終わるとダンから湯を木桶にもらい「おやすみなさい」と挨拶をして屋敷裏の小屋へツキヨは帰った。
小屋は平屋で窓が二つと炊事可能な小さめの暖炉がある。
あとは使い込まれた椅子とテーブル、ガタつくベッドと薄い布団、衣類などをしまっている長櫃だけだった。
木桶の入っている少し熱い湯に長布を浸して顔や手足、体を拭う。それだけ、長布はすぐに黒くなる。
濯いで何度か拭い、最後にちょうど良くなった湯へ足を浸す。
「ふぅ。これだけでも気持ちいい。明日は残り湯でいいから湯につかり、髪を洗いたいな」
木桶を片づけて、寝支度を整え薄い布団へもぐり、明日のささやかな希望を夢に見た。
鏡を見るたびそれが母の血を継いでいるということが実感できる。母は黒髪、黒い瞳というよりも黒に限りなく近い焦げ茶色の髪と同色の瞳だった。それゆえに、周囲から疎まれることはなかった。
母は遠い遠い東の国から来た人の末裔で、その一族に代々伝わる不思議な器具を使い布を織っていた。それはこの国では見ないような文様も入れることができて時間があると趣味として織っていた。
あの布は、どこへ行ってしまったのだろうか。
日も暮れて使用人口から屋敷へ入り、厨房へ向かうと料理長のダンと料理人のルルーがいた。
ルルーがツキヨの手を取り「あぁ。ツキヨお嬢様、こんな手が冷たい。…風邪をひかれてしまいますよ。今すぐ、温かいスープをご用意しますね」と優しく声をかける。
「ルルー、お嬢様って呼ぶとルルーがマリアンナ様に叱られてしまいます。私はもう使用人でここにいられればいいのです」
「さぁ、嬢ちゃま、今夜はダン特製の鶏肉のスープだ!温まりますよ」とダンがほかほかと湯気があがるスープと黒パンを手に声をかけた。
「ダンまで…呼び方はマリアンナ様に気づかれないように気をつけて。
ダンの料理は最高なのだからマリアンナ様の怒りに触れてしまったら…また…」
以前のカトレア家には住み込みのメイドや使用人、庭師、料理人、馬番がたくさんいた。
彼らの技術力やマナーは当然だが素晴らしく、そして優しく、親切でツキヨもよく可愛がられ、そして時には悪戯をして叱られたりまるで大家族のようだった。
ここで働くことは領内でもちょっとしたステータスでもあったし、都合で他領地へ彼らが引っ越しをしてもその技術ゆえに「仕事に困ることもなく元気に暮らしている」と時々手紙が届いた。
ところが、マリアンナたちが来てから3人とも「このメイドは私に似合わない髪形にしか結わない」「使用人がイヤリングの片方を盗んだ」「こんな雑草みたいな花を植えるなんて男爵家の恥よ!」「嫌いなものを料理に混ぜるなんて嫌がらせよ!」「あなた、馬臭いから屋敷に入らないようにしなさい」と毎日毎日不平不満を撒き散らし続け「ご主人様、私はもう耐えられません」と泣きながら辞めていった。
現在は住み込みのメイドはおらず、通いのメイドが数名と辞めた庭師の小屋にすむ使用人としてツキヨがいて、料理人は住み込みのダンとルルーと通いの手伝い、馬番はツキヨと元々マルセルが馬が好きなため世話をしている。
だが、マルセルが馬の世話をしたらマリアンナは一週間は会わない。
厨房の隅の木製のテーブルでダンたちと食事を囲みながら話をしているとルルーが思い出したかのようにツキヨに話しかけてきた。
「そういえば、お嬢様。最近、この領地だけではないそうですが10代の娘が何人も人攫いにあっていると聞きまして…今、奥様のせいで髪が短くなってしまって男の子のようですが、どうぞお気を付けなさいまし」
「おう、それは俺も聞きましたぜ。何でも昼夜関係なく連れ去られて行方知らずになるとか」
「人攫いなんて、恐ろしいわね。
でも、今の私はどうみてもダンの息子といっても間違えられないくらい男の子にしかみられないから大丈夫よ」
ツキヨはマリアンナの指示で髪は肩よりも短く、庭仕事や馬の手入れをしているときは父のマルセルが「すまない、すまない。父さんが不甲斐なくて…ツキヨには苦労をさせて。今頃、オリエは泣いているかもしれない」と泣きながら謝る中「固めにできている糸でしっかりと織ったので破れにくいのよ」と言っていた母の布でできたズボンを渡してきた。
確かに、不甲斐無い父かもしれないが馬の手入れをしているときが唯一のコミュニケーションができ、折を見て干した果物やお菓子、手鏡や絹のハンカチなどを渡してきた。
父も苦しいのだろう。ツキヨは優しい父を責めることはできなかった。
そして、その大切なズボンをはいて作業をすることが多く一見すると新入りの若い男の庭師などにしか見えない。
「お嬢様、おふざけにならずに。とにかく、屋敷内は安心ですけど市場へ行かれたりするときはよくよくお気を付けくださいね」
「はーい」
「嬢ちゃま、そのお返事はいけませんな」
「あ、えへ。ごめんなさい。でも、二人の言う通り気をつけます」
ツキヨもにっこりと返事をした。
しばらくして、通いのメイドがダイニングルームで食事を終えた食器を下げに戻ってきたため、食事を手早く終わらせ、3人で片付けを始めた。
メイドは無表情で「お疲れ様でした」とお仕着せのエプロンを脱ぎながら裏口から出て行った。
片付けが終わるとダンから湯を木桶にもらい「おやすみなさい」と挨拶をして屋敷裏の小屋へツキヨは帰った。
小屋は平屋で窓が二つと炊事可能な小さめの暖炉がある。
あとは使い込まれた椅子とテーブル、ガタつくベッドと薄い布団、衣類などをしまっている長櫃だけだった。
木桶の入っている少し熱い湯に長布を浸して顔や手足、体を拭う。それだけ、長布はすぐに黒くなる。
濯いで何度か拭い、最後にちょうど良くなった湯へ足を浸す。
「ふぅ。これだけでも気持ちいい。明日は残り湯でいいから湯につかり、髪を洗いたいな」
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