精霊徒然日記

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番外編

神在祭〜花畑の約束〜14

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木々を掻き分け進んでいくと、やがて広い花畑に出た。 赤や黄、ピンクなど、色とりどりの花々が風に揺られている。
見ると、花畑の中央には小さな小屋が立っていた。
 
――やはり。

それを見て、カエデは触手の正体を確信する。

「……ここは、まさか」
玉依姫には見覚えがあるようで、口を半開きにして辺りを見回している。
「ご存知の場所ですか?」
 
カエデは問う。

「あぁ、少しな。とても、懐かしい場所だ」
 
遠い日々を省みるように、玉依姫は花畑を見つめる。 そんな彼女の背を、カエデは軽く押した。

「行ってください。あなたの最愛の方です」
 
カエデに背を押され、玉依姫はゆっくり小屋に近づいていく。 小屋の前まで寄ると、玉依姫は立ち止まった。
すると。

「玉依姫か?」
 
声が聞こえた。 低い、労わりに満ちた声。   
姿は見えずとも、玉依姫には分かったのだろう。 いつも他者を寄せ付けがたい、凛とした表情をしている彼女が、まるで幼子のように顔を歪める。

「兄、様……」

震える声で、呼びたくてたまらなかった人物を呼ぶ。

「久しいな。相変わらず、君は涙もろいな」
 
気付けば、玉依姫の頬に涙が伝っている。 もっと近くで声を聞こうとしたのか、玉依姫は小屋に入ろうとする。
が。

「駄目です。中に入ってはなりません」
玉依姫の腕を、カエデが掴んだ。
「何故だ! 兄様はそこにおられるのだ!一目……」
「彼はもう、堕ちかけている!」

玉依姫は目を見開いた。

「堕ちかけている……だと?」
     
あまりの衝撃な事実に、振りほどこうとしていた玉依姫の力が緩む。 カエデの発言に、小屋の中にいる建御雷神がふっと笑った。

「……そうだ。その者の言う通り、私は荒神 (こうじん) になりかけている。今も、理性を保つのが精一杯の状態だ」
 
本来、荒神は不浄や災難を払う神として崇められる存在だ。 だが穢れを身にまとい神格を失った神の場合は、森を枯らし、病をまく疫神となる。
 
「あの触手は、私には殺意を向けても、決して姫様は傷つけなかった。だから、あなただと思ったのです」

天照大神にお会いしたとき、彼女はカエデに居場所を教えると共にこう言ったのだ。

――行けば、全てが分かるだろう、と。

(こういうことだったのか……)

天照大神はこのことを知った上で、そう告げたのだとようやく知る。
カエデが説明を終えると、玉依姫は肩を震わせる。
だが訊くべきだと決して、彼女は問いかけた。
 
「……兄様、どうして、私に何も言わず去られたのです。 この数年間、私は必死に兄様を捜しました。天照大神にもお聞きしたのに、建御雷神に口止めされているからと、 いっこうにお話くださらない。何故ですか」
「……」
「それほど、私がお嫌いでしたか。兄様を慕う私が疎ましいと、顔すら見たくなくなったのですか!?」
「違う」
「なら何故!」
 
話が進むごとに、玉依姫の怒りにも似た感情が露わになっていく。 だが建御雷神は、なかなか話そうとはしない。
このままでは埒が明かなかった。
そこで、カエデは地面に膝をついた。

「失礼ながら、申し上げる。建御雷様、あなたはこのまま怯えて、姫様に何も話さないおつもりですか」
     
彼は何も答えない。 カエデはさらに言い募る。
 
「私は天照大神に直接 お伺いし、あなたの居場所をつきとめました。 あなたが口止めしたはずの天照大神が、地方の長でしかない私にお教えくださった。その意味を、お考え下さい」
「……」
 
「天照大神は、あなたが決着をつける時を待っています。……否と言うのならば、私がその小屋を叩き斬ってでも 話していただきます」
「カエデ殿……」
 
最強神相手に、驚くような物騒な物言いをする。  これはまるで脅しだ。 普通ならば、ここで首を切られてもおかしくはない。
だが、ここで引いてしまえばもう二度と、彼から真実を聞けないだろう。
   
しばらく、三人の間に沈黙が続いた。 柔らかな風が花びらを巻き込み、さらっていく。
二人共、頑として動かなかった。
 
建御雷神は、二人がどうやっても動かないことを悟ったのだろう。 おもむろに口を開き始めた。
それは、カエデすらまだ生きていない、遠い昔の出来事だった。
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