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タイカの願い3
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カエデの葬儀についての一通りの話を終え、タイカは自分の森へ帰ろうとしていた。
「あぁ――疲れた……」
長になって数十年と経つが、未だに会議という固苦しいものには慣れない。
肩を回しながら片手で揉みほぐしていると。
「カエデ様! 待ってください!」
「あははっ! シキ遅ーい」
タイカと同じ会議に出席していたシキとチビカエデは、呑気においかけっこをしていた。 自由の身となったチビカエデが辺りを走り回っている。 それを追うシキは、すっかりチビカエデの親のような立場となりつつあった。
「あっ! タイカだタイカ。おーい!」
チビカエデはタイカを見つけるなり、長い袖を揺らしながら駆けて来た。 このチビカエデを追いかけて来たシキも、タイカの姿を認めると、軽くお辞儀をした。
「タイカ様。今、お帰りですか?」
「あぁ、今日はもう疲れたから、帰る」
「……すみません。何から何まで……」
恐らく、代理長を引き受けたことで、いつもの二倍の仕事量になってしまったことを言っているのだろう。
「別に構わねぇよ。あいつが消えちまったことは、オレに非があるからな」
カエデが遅かれ早かれ、消える運命だったとしても、その時期を早めたのは、彼に無理をさせた 自分の責任だ。そこだけはタイカも悪いと思っている。
「ははっ、タイカはもう一人のカエデが大好きなんだねぇ」
「はぁ!?」
チビカエデの言葉に、タイカは顔を赤くさせて声を上げる。
「どこをどう捉えたらそうなるんだ!?」
「え?違うの?」
「当たりめぇだ! オレはあいつのことなんか大っ嫌いなんだよ!」
カエデは自分にとって、ライバルであり敵でしかない。
心の中でも全否定していると、チビカエデがさらにこちらに詰め寄り、目を覗き込んで来た。 大きくて、何もかも見透かすような、透明感のある瞳はカエデにそっくりだ。
「じゃあ、タイカは何でそんなに悲しそうな顔してるの?」
「――は?」
――悲しい? オレが?
唖然とした。
タイカが何も言えずにいると、チビカエデはさらに続ける。
「少なくともね。カエデは――もう一人のカエデはね、タイカのこと、好きだったと思うよ?」
チビカエデは、生まれたばかりとは思えない、真剣な表情をする。
「何で……」
思わず訊き返すと、すぐにコロっと顔つきが変わった。
「だって、カエデはタイカのこと好きだもん!」
ガクッと肩が下がる。
タイカの反応を特に気にしたふうでもなく、チビカエデはタイカから離れた。
「――これだけは覚えていて。もう一人のカエデは、タイカの事を嫌ってなかったよ」
そう言うなり、チビカエデはこちらを振り返ることもなく、走り去っていった。
「じゃあ、タイカ様。僕達はこれで」
シキも頭を下げると、チビカエデを追って森の向こうへと消えた。
タイカはいつかと同じように、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。
----------------------------------------------------------
日が沈み、すっかり辺りは夜の静けさに包まれた。
誰もが寝静まる中、眠れぬ夜をタイカは過ごしていた。
―――タイカは何でそんなに悲しそうな顔をしているの?
先程のチビカエデの言葉が頭の中で反芻される。
(オレが悲しい? 馬鹿な。何でオレがあいつが消えて悲しがる必要がある?)
せいぜいカエデがいなくなって唯一心残りだったのは、結局勝負がつかなかったことぐらいだ。
お互い四百勝四百敗で、もうそこからカウントが動くことは叶わなくなった。
――そう考えた瞬間、胸がズキリを痛む。
『タイカはもう一人のカエデが大好きなんだねぇ』
途端にそんな台詞が浮かんできて、慌てて振り払った。 あり得ない。自分に限ってそんなことはない。
カエデは自分にとって、敵でありライバルであり、そして――
「……くそっ」
雑念を振り払うようにして寝返りをうつ。
そんなことを悶々と考えていると、あっという間に葬儀の日を迎えていた。
「あぁ――疲れた……」
長になって数十年と経つが、未だに会議という固苦しいものには慣れない。
肩を回しながら片手で揉みほぐしていると。
「カエデ様! 待ってください!」
「あははっ! シキ遅ーい」
タイカと同じ会議に出席していたシキとチビカエデは、呑気においかけっこをしていた。 自由の身となったチビカエデが辺りを走り回っている。 それを追うシキは、すっかりチビカエデの親のような立場となりつつあった。
「あっ! タイカだタイカ。おーい!」
チビカエデはタイカを見つけるなり、長い袖を揺らしながら駆けて来た。 このチビカエデを追いかけて来たシキも、タイカの姿を認めると、軽くお辞儀をした。
「タイカ様。今、お帰りですか?」
「あぁ、今日はもう疲れたから、帰る」
「……すみません。何から何まで……」
恐らく、代理長を引き受けたことで、いつもの二倍の仕事量になってしまったことを言っているのだろう。
「別に構わねぇよ。あいつが消えちまったことは、オレに非があるからな」
カエデが遅かれ早かれ、消える運命だったとしても、その時期を早めたのは、彼に無理をさせた 自分の責任だ。そこだけはタイカも悪いと思っている。
「ははっ、タイカはもう一人のカエデが大好きなんだねぇ」
「はぁ!?」
チビカエデの言葉に、タイカは顔を赤くさせて声を上げる。
「どこをどう捉えたらそうなるんだ!?」
「え?違うの?」
「当たりめぇだ! オレはあいつのことなんか大っ嫌いなんだよ!」
カエデは自分にとって、ライバルであり敵でしかない。
心の中でも全否定していると、チビカエデがさらにこちらに詰め寄り、目を覗き込んで来た。 大きくて、何もかも見透かすような、透明感のある瞳はカエデにそっくりだ。
「じゃあ、タイカは何でそんなに悲しそうな顔してるの?」
「――は?」
――悲しい? オレが?
唖然とした。
タイカが何も言えずにいると、チビカエデはさらに続ける。
「少なくともね。カエデは――もう一人のカエデはね、タイカのこと、好きだったと思うよ?」
チビカエデは、生まれたばかりとは思えない、真剣な表情をする。
「何で……」
思わず訊き返すと、すぐにコロっと顔つきが変わった。
「だって、カエデはタイカのこと好きだもん!」
ガクッと肩が下がる。
タイカの反応を特に気にしたふうでもなく、チビカエデはタイカから離れた。
「――これだけは覚えていて。もう一人のカエデは、タイカの事を嫌ってなかったよ」
そう言うなり、チビカエデはこちらを振り返ることもなく、走り去っていった。
「じゃあ、タイカ様。僕達はこれで」
シキも頭を下げると、チビカエデを追って森の向こうへと消えた。
タイカはいつかと同じように、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。
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日が沈み、すっかり辺りは夜の静けさに包まれた。
誰もが寝静まる中、眠れぬ夜をタイカは過ごしていた。
―――タイカは何でそんなに悲しそうな顔をしているの?
先程のチビカエデの言葉が頭の中で反芻される。
(オレが悲しい? 馬鹿な。何でオレがあいつが消えて悲しがる必要がある?)
せいぜいカエデがいなくなって唯一心残りだったのは、結局勝負がつかなかったことぐらいだ。
お互い四百勝四百敗で、もうそこからカウントが動くことは叶わなくなった。
――そう考えた瞬間、胸がズキリを痛む。
『タイカはもう一人のカエデが大好きなんだねぇ』
途端にそんな台詞が浮かんできて、慌てて振り払った。 あり得ない。自分に限ってそんなことはない。
カエデは自分にとって、敵でありライバルであり、そして――
「……くそっ」
雑念を振り払うようにして寝返りをうつ。
そんなことを悶々と考えていると、あっという間に葬儀の日を迎えていた。
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