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第四章 かめが舞う舞踏会

芋虫が変身するわよ!

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 昨日、旧公爵邸はなれ不審ふしんな事件と怪しげな暗号が見つかったせいで、あたしはてっきり今日の舞踏会ダンスパーティは中止にするものだと思っていたの。
 だから朝餉ちょうしょくを済ませた後、新三郎しんさぶろうが菊子様の部屋にイブニングドレスを持ってきた時は死ぬほど驚いたわ。

 もしかしたら、犬養兄弟かれらの間で事件の共有きょうゆうができていないのかしら?
 
新一しんいちから、昨日のことを聞いていないの?」
 不安になって問いかけると、予想のななめ上の答えが返ってきた。

「もちろん聞いております。
 ただ、昨日の時点で例え何が起ころうとも、舞踏会パーティの中止はしないというのがご当主かつらまる様の判断でした。」

 新三郎しんさぶろう真面目まじめ純真まっすぐな声で言われると『それ正解!』って言いたくなるんだけど、ちょっと待ってよ、そんなの普通じゃないわ。

が起こっちゃまずいから、中止にするべきだと思うのよ。
 しかも相手は銃を持っているのよ。
 襲撃されたら危ないじゃない!」

「今回の舞踏会イベントには多くの協賛企業スポンサーがつき、数十件もの皇室及び華族の方々と外国の来賓らいひんをご招待しています。
 お分かりになりますか?単価たんかの種類が違うのです。
 これは私の推測すいそくですが・・・今夜はかなりの額の金が動くのでしょう。」
「かなりって、どれくらい?」

「おそらくおく単位かと。
 そう易々やすやすとは舞踏会を反古ほごに出来ないはずです。」

 おくって・・・。
 あたしは絶句した。

 おくって何銭いくらのこと⁉
 
「今夜は監視モニタリング警備セキュリティをを万全にして対応するとのこと。
 なので土壇場での中止ドタキャンはあり得ないのです。」

 襲撃しゅうげきの危険よりも億単位の金 ってわけなのね。

 いやいや、でもでも、さすがに異常おかしいでしょ。
 人の命はお金じゃ買えないわよッ!

「さすがに標的ターゲットである皇太子様は来ないわよね。」
「そうですね。
 残念ですが、皇太子様だけは今回の参加は見送る方針になりました。」

 ホッ、良かった。
 皇太子の周辺まわりはまともな人で。

 それでも、またあの覆面の男たちが現れたらと思うと、あたしは胸のが残る気がしてやるせなかった。

「すみません。
 時間がありませんので、お話はここまでにしましょう。
 それでは菊子かめ様、下着ランジェリーとズロース姿になっていただけますか?」

 新三郎しんさぶろう風呂敷包ふろしきづつみからコルセットを手に取った。

 ああ、忘れてたわ。
 ドレスを着るには、これを締めなきゃいけないのよね。

 それにしてもこの兄弟、いつも平気で乙女あたしに『脱げ』って言ってくるんだけど、羞恥心はずかしさはないのかしら。

 葛丸かつらまる様が19歳せいじんで、ご学友がくゆう新一しんいちおない年なはずだから、弟である新二しんじ新三郎しんさぶろうの歳はあたしと大差かわらないはず。
 いくら色男イケメンでも世間ふつうは許されないのよ、逮捕案件たいほあんけんよ。

 大蒼たいせいなんて、あたしを抱きしめたくらいで真っ赤になっていたのにさッ。

 そこまで考えると、また昨日のぬくもりを思い出して、あたしはたちまちでタコのようになってしまった。

 ああ、なぜかしら。
 大蒼たいせいのことを考えると、自然と頬がゆるんでニヤけてしまうわ!

 もしかして・・・これが恋のはじまり⁉

「おや、あまり苦しそうじゃないですね。もう少し強く締めましょうか。」 

 その言葉の意味を理解した時にはすでに遅し。
 新三郎しんさぶろうが力の限りに腰のコルセットのひもを締めあげているところだった。

 ぐえぇえ・・・。
 やり過ぎ、やり過ぎなのよぉ。
 お肉が、脂が、みんな絞り出されていく・・・。
 
 し、新三郎しんさぶろう
 もう少し女のあつかいには気をつけないと、モテないわよ・・・。

 ※

 「では、次に寝台ベッドにうつせに寝てください。」

 え?
 コルセットを着けたら、すぐにドレスに着せ替えられて化粧と髪結いをするのだと思っていたのに、どういうこと?

 あたしが横になるのをためらっていると、ノックの音がして新一しんいちが姿を現した。
 でも、あたしと新三郎しんさぶろうが居る衝立ついたての中を覗いた瞬間、すぐに顔をひっこめたのよ。

新三郎しんさぶろう、かめに掛布タオルをかけてやってくれ。卑猥ひわいだ。」

 どこまでも失礼な男ね。
 ブスとかデブならともかく、卑猥ひわいなんて言葉を浴びせられたのは、生まれて初めてよ。

 むくれながらうつ伏せになると、新三郎しんさぶろうが下半身に掛布タオルをかけてくれた。
 ようやく衝立ついたての中に入って来た新一しんいちは、蒸気が昇る蒸しタオルをあたしの肩に乗せた。

 はわわ・・・じんわり温かくて、いい気持ち♪
 あたしは新二しんじに、顔のお手入れをされた時のことを思い出した。

 いつかの朝みたいに、肌を蒸してお手入れをしてくれるということなのかしら?

「過去に顔や背中、胸元の産毛うぶげったことはあるか?」
「顔に毛なんてないから、ったことなんてないわよ。
 動物じゃあるまいし。」

 あたしがそう返すと、新一しんいちはムッとしながら陶器の器に粉石鹸こなせっけんを入れ、茶筅ちゃせんのような太い筆でかき混ぜだした。

「細いからあまり気にならないかもしれないが、産毛うぶげはないわけじゃない。間違いなく誰にでもんだよ。
 ちなみに言うと、人間も動物だからな。」

 へえ。知らなかったわ。
 確かに男性はひけがあるもんね。

 試しに鼻の下から5ミリ上を指先を立てて引っ張ってみると、毛が引きれる感覚があった。
 痛い! 思ったよりびっしり生えていたわ‼

 新一しんいちがかき混ぜるにつれ次第にきめ細かい泡が立って、石鹸の良い匂いが辺りに立ち込めた。

「イブニングドレスは胸元デコルテ背中バックが大きく露出ろしゅつするので、産毛うぶげる必要があるんだ。」
るとどうなるの?」

「第一に肌の明るさが上がる。
 次にくすみが無くなりつやが出る。
 最後は化粧のノリが良くなる。」

 いいことずくめね!

「私と新三郎しんさぶろうが勝手に施術せじゅつするから、お前は黙って寝ていればいい。」

 きめの細かい泡をあたしの背中や腕や足にすうっと乗せるのがくすぐったくて、あたしは派手はでに動いてしまい新一しんいちに怒られてしまった。

 だ、駄目よ、これを我慢できる人なんて居る?

「これから日本剃刀にほんかみそり産毛うぶげる。
 三枚おろしになりたくなかったら、大人しくしろ。」

 にぶく光る銀色のはがねを目の前にチラつかせる新一しんいちの目が本気すぎて怖い・・・。

 一大興行いちだいイベントを控えているせいか、今日は1ミリの優しさも感じられないのよ~!
 仕方なくあたしはムグッと息を止めて、泡を塗る時間を耐えたのよ。

 新三郎しんさぶろう分厚ぶあつ日本剃刀にほんかみそりをなめしかわでササッと何回かなめすと、新一しんいちに渡した。

 切れ味は抜群ばつぐんね。

 あたしは緊張して背中に力を入れた。
 だって、あんな分厚いぶあつい幅広はばひろの刃物でられたら、大根の皮みたいに肌もカツラきにされるかもしれないじゃない。

 想像しただけで痛そうだし、怖いわ。
 そしてついに、剃刀かみそりの冷たいがあたしの背中に当てられた。

 ヒッ。

 痛ッ・・・

 く・・・

 ない⁉

 それは想像していたよりもずっとなめらかで、まるで肌をでられているような感覚だった。
 これは・・・新感覚‼
 揉捻マッサージにも似た気持ちよさの中に、られた後のヒリリとした爽快感がクセになるわ。

 同時に、新三郎しんさぶろうが足のすね毛と腕の毛の処理もしてくれて、あたしはあまりの気持良さに眠気ねむけもよおした。

 朝から二度寝にどねなんてしたことのなかったあたしが、気づくといつの間にか眠りに落ちていたのよ、ぐぅ。

 ZZZZZZ

 そして起こされて目覚めた時、大きな姿見鏡ぜんしんかがみを見せられたあたしは、驚愕おどろきのあまり固まってしまった。

 鏡よ鏡。
 この鏡に映っているのは一体、誰?
  

 

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